SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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なんとか謎の敵から逃げおおせて、ヨハネの家にそのまま押しかけることになったムラサキ。
世間話も交えつつ、自分の知っている都市伝説の情報を提供する。


2-4 自宅

第4節 自宅

 

 次の瞬間、ヨハネにがっちりしがみ付いた格好で、ムラサキは微かな賑わいが聞こえる、セブンスコードの闇の中に佇んでいた。

 おそるおそる周囲を窺えば、黒っぽい建物の影が並んでいる。先ほどとは種類が違う、少し下品な笑いが飛び交う感じの賑わいが、表から聞こえてきた。

 

「ここは……?」

「ごめん。結局ボクの家に連れてきた。地点登録してるリストでココが一番上に出て来るから……」

「あ、ああ、まぁそりゃそうだよね。カーナビとかも、『自宅へ帰る』っていう経路が一番先に出て来るし……」

 

 一生懸命まともな会話をしようと思いつつも、完全に肝が潰れてしまったムラサキの怯えは、すぐ傍で触れ合っているヨハネには隠しようもない。

 瞬間移動を挟んでまで追って来るような気配はなかったが、震える手を引いたヨハネが階段を上がり、ビルの三階にある部屋の前まで連れて行き、オートで灯る玄関先の暖かい電灯を浴びるまで、ひとごこちはつけなかった。

 がちゃり、とドアを閉めて施錠した途端、モダンなデザインのこぢんまりした玄関にようやく安堵感が広がり、二人は改めて、顔を見合わせながらほーっと溜め息を吐く。

 

「こ、ここまで来れば、さすがに大丈夫、だと思うけど」

「だよねぇ。よかった、ありがと……助かった……」

 

 繋いだ手すら離せないままで、ムラサキが安堵の涙を浮かべつつ笑った。

 当初の予定からは大幅に変わったものの、さすがにあんな状況を経験した後ではヨハネもムラサキを突き放す気にはなれず、戸惑いながらも、カタカタと震えている肩を包むように、そうっと両腕を回す。

 

「大丈夫……?」

「う、うん……ごめん、ヨハネが折角、色々考えて守ろうとしてくれてたのに……私、何もできなかった……っ」

 

 俯いたムラサキは、差し伸べられたヨハネの両腕の中へ顔を埋め、無我夢中でしがみ付いた。

 寒い場所でもないのに、ヨハネが触れた着物の下の腕には、ぶつぶつと鳥肌が立っているのが分かる。受け止めていたヨハネは、ふと思いついて、温めるように両腕で体をぎゅっと抱き締めた。ムラサキはほんの少し驚いたように一瞬だけ身を強張らせたが、その優しさに甘えるように身を委ねているうち、徐々に呼吸が静かになっていった。

 広い掌が、着物の背を撫でる。

 

「少し、落ち着いた?」

「うん……ほんと、ごめんね。何から何まで、迷惑掛けっぱなしで」

「別に、迷惑掛けられるのは今にはじまったことじゃないし。少しくらい増えたって、どうってことないでしょ。それにあれは……無理もないよ」

 

 前回の八尺様も、不気味といえば不気味だったが、今回の恐怖はそれとは桁違いだった。

 明らかに、敵意と害意を持って襲い掛かってきたのだから。

 ヨハネだって、隣にいるムラサキを何とかして守らなければという意識が先だって頭をフル回転出来たものの、もし一人きりであの状況に放り込まれていたら、冷静に対処できていた自信がない。

 震えは収まったものの、ぴったりくっついた体は離そうとしないままで、ムラサキが顔を上げる。

 

「ってことは、あのカフェの物陰に連れ込んだ時点で、ヨハネにはわかってたってこと……?」

「何が追って来てるのかまでは、さすがに知らなかったけどね。あの通りに差し掛かった後くらいから、数メートル空けて付いて来る妙な気配がいたから、念のためにと思って」

「全然わかんなかったよそんなん……すごいや……探偵映画みたいじゃん」

「一応、これでも伊達にSOATやってませんから」

 

 ひょい、と肩を竦めたヨハネに感心したような目を向けながら、ムラサキはふと体を離し、思い出したように赤くなった。

 

「で、でもさぁ、びっくりしたぁ……突然人の耳噛むんだもん……っ」

「だ、だってっ、その方が、あんたの酔い醒めると思ったからッ……!」

「と、とっくに醒めてるよっ! てかあそこまで顔近づけられて、醒めないわけないでしょ!? あんなっ……」

 

 キスされそうな距離まで、近づいておいて。

 そう言い掛けながら、ぶわっと顔に戻って来た熱を覆い隠すように、ムラサキは両頬を挟む。気まずそうに互いに目を逸らしながら、玄関先のクローゼットの前で崩れ落ちているムラサキと、その隣に立っているヨハネ。

 

「……寒い」

「とりあえず、入ろうか。お茶ぐらい出すよ」

 

 なしくずしに押しかけた形にはなってしまったが、入る許可は貰えたので、改めて丁寧に脱いだブーツを並べ、ムラサキはヨハネの自宅に足を踏み入れる。捕縛の時は「隠れ家」と呼ばれていた場所だ。

 

「中、普通の家みたいになってる……」

「前はクロカゲの寝室同然のボロさだったけど、さすがに纏まった金が入ったからね。一応、マンションのモデルルームを参考にして、リノベーションしてみた」

 

 得意げに顎を反らすヨハネに促され、ソファに座りながらお茶が出て来るのを待つ。全体的にダークブラウン調の家具で統一された、少し角ばった印象のある部屋になっていて、きちんと整理されたテレビラックやデスクや本棚の合間にも、鮮やかな色の時計やクッション、壁掛けのアートパネルや観葉植物があったりと、持ち主のハイセンスさが目立つ。

 黒っぽい部屋なのに、差し挟まれる色の効果で暗い部屋という感じはしなかった。

 

「はい、これ」

「ありがと。うーん、お洒落なお部屋。家フェチの血がガンガン騒いじゃう」

「家フェチとかあんの……?」

 

 コーヒーメーカーで淹れたコーヒーを手渡すと、ふぅふぅ冷ましながらムラサキが安らいだ表情を浮かべた。

 床に座るか少し躊躇ったヨハネは、これも今更かと思いながら、思い切ってムラサキの隣に腰を下ろした。

 

「私が勝手に言ってるだけだけどね。ヨハネさんまだ未成年ろ? よくこんなにお洒落なデザインっていうか、間取りできるね」

「い、一応、実家を独立して出たら、こんな家欲しいなって思いながら、調べたり3Dソフトで作ったりとか、してたこと、あって……」

「へぇ」

「リアルの方の家は、普通に手狭な四畳半だよ? ママはもっと広い部屋に住めばって言ったけど、でも、自分の稼ぎでなんとかなるとこに、したかったから……」

「ヨハネさんて都会の方に住んでる人でしょ? そういうとこお家賃も高いのに、自活できるなんてすごいじゃん」

 

 少し恥ずかしいと思いながらの告白にも、ムラサキは馬鹿にすることなく、ひたすら感心したように飽かずリビングを眺めている。

 そういえば、ムラサキはどこに住んでいるのだろう、学校には通っていたのだろうか、とヨハネはふと気になった。

 二人で何度も命からがらの目を潜り抜けてきたというのに、そんなことさえ知らない。

 

「……」

「どうしたの?」

「あっ、いや。なんでも。さっきのアイツら、何だったのかって考えてた」

 

 ムラサキを見つめていたことを知られたくなくて、無理矢理話題を逸らすと、彼女はうーんと呻りながらコーヒーを啜る。

 

「私が知ってる日本の都市伝説にそっくりだったんだけど、てことはまた、八尺様と同じでエレメントに操られてる系案件なのかなぁ」

「そういえば、あんたさっき逃げる時にそんなこと言ってたね……えっと、テケテケ?」

「そう。テケテケ。元になってるって言われる話は各地にあって、でも一番多いのは、何らかの列車事故で電車に轢かれちゃった女の子が、上半身だけ生きてるのにそのまま救急隊に見捨てられちゃったから、今でも遺体の下半身を探してるとか、苦しみながら死んだ恨みで夜中に生きてる人間の下半身を奪いに来るとか、そういう感じかな。

でも、あくまで都市伝説なんだよ? そもそも、走って来る電車に轢かれた場合は肉が飛び散るのが普通で、綺麗に真っ二つになるような轢かれ方ってしないらしいし、そんな粉砕状態で意識が残ってるってこともあり得ないらしいから」

「……やけに詳しいな。けど、それで何であんたが追い掛けられるんだよ。踏切で誰か轢き殺したことでもあるわけ?」

「んーなわけあるか!!! 恐ろしいこと言うな!!!!!」

 

 怖いから調べたんだとぶーぶー言いながら、今度はムラサキの方から質問する。

 

「あの時、空間の位相がどうたら言ってたけど、セブンスコードにも裏空間みたいなやつはあるの?」

「ほら、建築物を建てる時に、最初に足場を組んで、そこに人が昇ったり機材をぶら下げたりして、作業するでしょ。あんな感じのイメージかな。あくまで目につかない、メンテナンスエリアって感じの扱い。

けど大概、都市計画の時にフォーマットされてるはずなんだけど」

「うひょお。セブンスコードの裏世界も都市伝説だぁ……」

「手を入れないデータっていうのは、大概劣化して人の記憶から忘れ去られていくものなんだよ。だから、どこにも属しないしさっきみたいに文字化けが起こったりする。向こうのデータが、こっちの機材では読み取れない風に、だんだん変質してくんだ。

ここらへんだと、地下鉄(チューブ)とかがそれに近いけど」

「廃線になったっていう、あの? 確かその駅が、『捕縛』の時七本の柱にされたんだよね」

 

 ムラサキの言葉に頷いたヨハネが、コーヒーの水面を見つめながら、難しい顔になった。

 

「あんたの家って、確か嫉妬の柱の近くにあるんだったよね? そのことと、電波障害と、テケテケの出現は、何か関係があるのかもしれない」

「あいつらを作って操る特殊電波を、誰かが意図的に流してる……とか?」

「それも考えられるかも。だとしたら、あんたが狙われたのはたまたまで、もしかしたら無差別に一般人に攻撃を仕掛けてるって可能性も、考えられなくはないけど……そんな通報は、今のところないし」

「いや、こんなん襲われても通報できっこなくない? 誰にも信じてもらえるはずがないと思っちゃうよ、普通」

「う……そ、それもそうか」

「それに、私達もだけど、襲われた場所は電波が届かなかったんでしょ。もしヨハネみたいに首尾よく脱出出来なかったんだとしたら、あの空間に取り残されたままあいつらに襲われて、そのまま……」

「わーーっっ! タンマタンマ!」

 

 思わず背筋がぞーっとして、ムラサキの言葉を途中で遮るヨハネ。

 それにしても、敵はわざわざ、他人の入り込まない異空間にヨハネとムラサキを追い込んでまで、攻撃しようとしてきたのだ。

 周りに気付かれるような騒ぎを起こしたくなかったのだとしても、あまりにも狡猾で、用意周到に思えた。

 

「……とりあえず私達二人とも、当分寝る時に布団の中へ足を入れておいた方がいいかもね」

「っ、ちょっ、やめろよ! 怖くなるだろ!?」

「いや、だって、この話聞いた人のところにテケテケが来るって言うし」

「じゃあなんで話したんだよッ!?」

「事件の手がかりなんだから、状況的に話さざるを得ないでしょうが!」

 

 すっかり縮み上がったヨハネの肩をぽんぽん叩いて安心させようとしながら、ムラサキがカップを手に立ち上がる。

 

「これ、向こうでいい?」

「あ、いいよ。適当に置いといて……」

「ヨハネの分も洗っとく。折角淹れてもらったしね」

 

 意外と律儀なところを見せるムラサキが台所に立つ背を見ながら、ヨハネはふと力を抜いて、ソファに横になりながら体を沈めた。

 疲れた。

 今日は色々と、想定外な事が起こり過ぎだ。

 

「あ、いいなぁー。寝てる」

「あんたの分の場所はないからね」

「物凄く詰めたら並んで寝れるじゃん」

「だっ、誰がこんな狭い場所で……!」

「わかってるわかってる、冗談だって」

 

 笑いながら戻って来たムラサキが、フロアライトを回り込むと、すとんとソファの傍に腰を下ろして顎を座面に乗せる。

 その様子が何となく、主人の傍へ顎を乗せて寝そべる犬を彷彿とさせて、ヨハネは可笑しくなった。

 そんな気持ちは露とも知らないままで、眠そうな目をしたムラサキが呟く。

 

「てーことは、落書きしたのも、あいつらの仕業だったのかなぁ……」

「アイツらなのか、アイツらが操ってた人間の仕業なのかは分からないけど。けど地面に這いつくばってるのに、壁に文字なんて書けるか?」

「あんな恐ろしい奴らなら何だって出来そうな気もするけど……でも、それもそうか」

 

 ペンを持って一生懸命届かぬ壁に落書きをしようとするテケテケを想像すると、なかなかにシュールな光景である。

 仰向けになったまま、ヨハネが呟いた。

 

「ストーカーなら、こっちが彼氏のフリすれば引いてくかと思ったんだけど、全然効果なかったのはそういう訳か」

「ストーカーどころか人間じゃなかったしね……。ていうか彼『氏』?」

「あっ、わっ! ちがっ、ごめん、なんでもない!」

 

 本来の性別と現在の外観を全く考慮しないままで、思わず口を滑らせてしまったことに焦りながらヨハネが謝罪を口にするが、ムラサキは別にその違和感を気に留めたわけではなかったらしい。

 

「ふふ、別に女の子同士でも『彼氏』って名乗る人はいるんだから、それでもいいのに」

「えっ。あっ、『彼氏』を名乗ったことに対するツッコミ自体はナシなの……?」

「別に私は、彼氏ができても彼女ができても構わないけど?」

「『彼女』……??? いや、よくないでしょ。あんた結婚してるんだからさ」

 

 目の前の彼女の性別と、飛び交う単語に混乱しながらもヨハネがたしなめると、ムラサキは腕の上に頭を乗せながら微笑んでみせる。

 

「一応、いいって言われてるんだよ? 本気で好きになったなら、外で恋人作るのは。さすがに離婚はできないから、それでもいいって相手の人が言えばだけど」

「ええー……」

「それに、うちの人も知ってるけど、私、バイセクシュアルなんだよね。男の人も女の人も、両方好きになる人間なの。だから、それ自覚してからはもう恋人やら結婚は無理だろなって思ってたんだけど……なぜかそれでもいいって言う変わり者と結婚して、今に至る、と」

「そ、そうなんだ……?」

 

 さらりと為された重大なカミングアウトに、ヨハネは目を白黒させる。

 一方でさして気にしていないように手を振ってから、ムラサキは目を閉じた。

 

「まあ、でも、このへんの込み入った話は、また時間のある時にでもゆっくりね」

 

 今夜は、もう互いにいっぱいいっぱいだ。

 寄り掛かってもなお座り心地の良さが分かるソファの面に突っ伏しながら、ムラサキは心の中だけで呟く。

 

(そっかぁ……。じゃ、あの時言ってくれたことは、私をその気にさせてくれるための演技なんだよね、うん……)

 

 そのことをほんの少し残念に思いながらも、ヨハネの腕に寄り添いながらソファにうつ伏せているうち、ムラサキは心地よさに本格的にうつらうつらし始めた。

 

「……なんか、傍にいたら、ねむくなっちゃう。かえりたくないな」

「バカ。あんまり長時間ログインすると、あんたの体に障るよ。今日はもう帰んな」

 

 子供をなだめるように頭を撫でられて、ムラサキが唇を尖らせる。

 ヨハネは、自分の手がごく自然に彼女の頭へと伸びたことに、自分で驚いていた。

 それ以上駄々をこねることはせず、床から立ち上がりかけたムラサキの唇が、無防備に寝転んだままだったヨハネの頬に、ちゅっと触れる。

 

「ありがと、今日は楽しかったよ。一緒に寝れなかったのだけが残念」

「ばっ……! 別に今度来たって、添い寝なんかしてやんないからね!」

「来るのはいいんだ?」

「~~~~っ!」

 

 キスされたところへ思わず反射的に触れながら、釣り上げた眉でヨハネが睨み返す。

 その初心な反応から味わう余韻を振り払うように、ムラサキはさっと、ワープの移動空間が立ち昇る光の輪へ足を踏み入れた。

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