SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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ヨハネの勧めで、今のアパートから一時的にシェルターへと引っ越すことを決めたムラサキ。
その話をした帰り、二人は公園で、不思議な出来事に遭遇するが……。


2-5 移転

第5節 移転

 

「引っ越し……?」

「そう。あの後思ったんだけど、一時的にでも、あんたは別のところに移動した方がいいんじゃないかって」

 

 あれからヨハネの報告により、嫉妬の柱周辺の地域は入念な捜査が入ることになったのだが、今のところ不審物や、裏空間への綻びなどは見つかっていない。

 表面上は普段通りの日常が流れる中で、連絡先を交換したムラサキをある日カフェに呼び出したヨハネは、目の前のカプチーノを啜りながらそう言った。

 向かいにいるムラサキが、きらんと目を輝かせる。

 

「ヨハネさんの家は?」

「さも名案みたいに言うな。却下だ却下」

「ぴえん」

「そんな顔してもダメ!」

「いーじゃん! 普段は寮に住んでんだからお家ぐらい貸してくれても! ケチ!」

「はぁ!? 人を心配してやってんのにケチとか言われる筋合いないんだけど!?」

 

 明るい昼間の光に溢れたテラス席からは、セブンスコードの大通りが見える。

 ヨハネの職場であるSOATの本部からも、ほど近い店だ。

 呆れたように、ヨハネが言葉を続ける。

 

「そもそもあんたに入居してもらうシェルター、ボクの家より遥かにSOATに近いんだよ。寮のすぐ隣の地区にある。あそこなら通信状況もいいし、あんたにもし何かあっても、すぐに駆け付けられるだろ」

「えっ……そんな近いんだ……?」

 

 あまりの近さに、もしや今度は監視下に置くつもりなのではと警戒の色を強めそうなムラサキであったが、その反応を見越していたかのように、ヨハネは説明した。

 

「この間の八尺様事件の時みたいな、被害者の女性に暮らしてもらうための、専門のシェルターがある。

実際は、リアルではもう事件の加害者や家族から離れて、落ち着いて一人で暮らせるようになったって人がログインしてることが多いかな。生活の補助や就職支援、心のケアを一番に目的にしてるって感じだ」

「そっか。リアルで離れた場所にそれぞれ保護されてたり暮らしたりしてる人達でも、ネットでそういう場所に集まれれば、交流もできるもんね」

「そういうこと」

 

 感心したように頷いたムラサキが、目の前でミルクコーヒーのカップに入ったスプーンをかき混ぜた。

 

「ふーん、おもしろいねぇ。いや、内容的に面白がっちゃいけないんだろうけど、アイディアが、っていうか」

「前から細々と運営自体はやってたんだけど、SOATもそこまで力は入れてなかったから。この機会にと思って」

「そんな場所に、私が入って大丈夫なの?」

「今回の調査が落ち着くまで一時的にって感じだろうし、あんたさえイヤじゃなければ。各自の部屋は個室になってるから、やろうと思えば全く顔を合わせずに生活はできるよ」

 

 それを聞いて、ムラサキが笑いながら小さく首を振る。

 

「折角入居するんだし、最低限のお付き合いぐらいはするよ。私に何ができるかわかんないけど、その人達の力になれることがあれば、私も嬉しいし、手伝いたい」

「変わり者だなぁと思うけど、あんたならそう言ってくれると思った。

あっちには寮のスタッフもいるし、手伝ってあげてくんないかな。最近また人が増えて、ちょっと家事が大変だって言ってたから」

「こっちの世界も家事とかあるんだ……まあ、私も水道捻ったり洗濯機回したりとかはしたけど」

「機械やプログラムで手間がなくなる部分は多いから、あんたからしたらちょっと不慣れかもね。けど、出来るだけリアルに近い作業をした方が、脳の活性化にも好影響だって言うし、あのシェルターは結構アナログな作りにしてあるよ」

 

 そういうわけで、合意が取れたムラサキ一名分の入居手続きをその場で行ったヨハネは、手持ちのパッドをさらさらとスクロールしながら、確認するように問い掛けた。

 

「えっと、費用はこっち持ちだし……あ、そうだ、荷物。持ってきたい物とかある?」

「そうだねぇ……一時的にだったら、この着物さえあれば正直なんとかなるかなって……特に拘りとかはないから。あ、強いて言えば」

 

 ムラサキが、何かを思いついたようにそう言った時。

 ふと、表の通りで何か騒ぎが起きているのが聞こえた。

 

「……? 何だろう」

「ごめん、ボクちょっと見て来る」

「私も行くよ」

 

 街の治安の維持がヨハネの仕事なので、たとえプライベート中であっても、何かあれば急行に値するが、無関係のムラサキもそれに付いて行くことにする。

 人だかりの中を行くと、公園の入り口で騒ぎの中心になっているのは、人……ではなく、鳥の群れだった。

 くるっくーと鳴きながら、街中でよく見る土鳩たちが何かを囲んでいる。心なしか、何かを心配しているような鳴き声だ。

 

「な、なんだろう……? 何かを守ってるのかな……?」

「鳩の中心に何かいるな……ちょっと、ごめんよ」

 

 わざわざそう鳩に声を掛けながら、よいしょとその長い制服の脚で跨いでいく姿を見て、シュールだけどなんか可愛いなぁと思いながら後に続くムラサキ。

 その群れの中心に横たわる、何か黄色っぽい塊に近づこうとした瞬間、ぱりぱりっ、と電光が空気を切り裂いて、ビームのような眩い光を放った。鳩たちが驚きながら一斉に飛び立つ。

 

「ヨハネ、今の……!」

 

 はっと顔を見合わせた二人は、互いに頷き合ってから慌てて駆け寄った。

 鳩の群れに紛れていなくなってしまったのか、電光を発した何者かはその場から消え去っていたが、地面に小さく焼け焦げのような跡が残っていた。

 その場を手袋の指で撫でながら、ヨハネが呟く。

 

「今のは、雷のエレメントの力……? あんたも、見たよね」

「うん。そうかもね。でも、どうして鳩がそんなの取り囲んでたんだろ……? それにこの跡、すごくちっちゃい」

「……もしかしてだけど、エレメントは人間にだけじゃなくて、動物にも憑りつくのかも。その動物が手負いの状態か何かでここにいたから、鳩が仲間と勘違いして寄ってきたのかもしれない」

「てことは、まだ近くにいる?」

「その可能性はあるね。ボクはこのまんま、周囲を探しに行く。さっきのシェルターの座標を送るから、あんたは直接向かって。見送りに行けなくて悪いけど」

 

 端末を使って送られてきたデータを見ながら、ムラサキが顔を上げる。

 

「ああ、ありがと。えっと……あのアパートには荷物とか取りに戻らない方がいいって話だったんだよね」

「うん。またアイツに巻き込まれたらヤバい事になるだろうし、しばらくは近づかない方がいいだろうね。それだけじゃなくて、ボクがいない時の一人の外出も、出来るだけしないで欲しいけど……」

「あはは、そんなに毎回私とデートがしたかったの?」

「でっ……!!! ……ち、ちが……っ、もういい! 人が折角親切心から護衛してやってんのに!」

 

 真っ赤になって怒り出すヨハネに、ムラサキはますます楽しそうに肩を震わせた後、謝りながらも優しい笑みを浮かべた。

 

「ごめんごめん。もちろん、分かってるよ。私を守ろうとして言ってくれてるんだよね。ありがとう」

「わ、わかってるんならいいけど……」

「そういやこの間言ってた、テケテケに襲われた人が行方不明者になってんじゃないかって仮説、どうなってるの?」

 

 危機意識の再確認のためにムラサキは問い掛けたのだが、木漏れ日の影が揺れる下で、複雑そうな表情になったヨハネからは、案外深刻な答えが返って来た。

 

「……。管理局に問い合わせたら、数日前から、セブンスコードの入出場の人数が合わなくなってきてる。まだアイツらの仕業って断定はできないけど、もしそうだったら結構マズいことになるね。当然、リアルの世界でも意識は戻んないだろうし」

「うおお、ガチでヤバいやつじゃんそれ……」

「だから、ホントに気を付けてよね。あんたが一人でフラフラ出歩いてる間に、テケテケに遭遇して襲われたとかなったら、シャレにならないんだから」

 

 真面目な顔をしてこくこく頷くムラサキに、まっすぐシェルターへ行けと念を押してから、ヨハネは公園の中を調べに行ったようだった。

 座標を確認し、電波の届く場所へ戻ろうとしたムラサキは、ふと傍の茂みから、さっき散っていったはずの鳩の鳴き声が聞こえてきたことに気付く。

 

(……。まっすぐ行けって言われたけど、ちょっとだけなら……)

 

 自分も、出来ることなら何か捜査の進展に協力したい。もし例のエレメントに関するものを見つけたら、すぐにヨハネを呼べばいい。

 そう思って、何か見つからないかと茂みを覗いたムラサキは、思わずはっとして目を見開いた。

 数羽の鳩が放電する物体を取り囲んで、つついたり羽根で扇いだりしている。

 その度に、何か黄色いネット状のバリアらしき球体が、中にある核らしきモノを守って展開し、鳩たちを退け、時に弾き返してしまっている。

 鳩たちの中で、一際丸々として威厳に満ちたリーダーらしき鳩が、助けを求めるようにムラサキを振り向いて鳴いた。

 一方ムラサキは、その光景を目にしながらも、鳩が攻撃を仕掛けているエレメントの中に囚われている存在を見て、心臓が潰れそうになった。

 

「あの子……!!!」

 

 それは、いつもアパートの近くでムラサキの喋り相手になってくれる、黄色い鳥だった。

 白目を剥きながら、全身が痺れたように痙攣し、羽根をバタバタさせて苦しそうにもがいている。

 反射的にエレメントの光が四方八方に散る中へ突っ込んでいくと、ムラサキはエレメントのネットに囚われた鳥を触ろうとした。

 

「うっ……! い゛っ、い゛だだだだ」

 

 やはり雷のエレメントなのか、その電撃はすさまじく、触れた手から腕の感覚がなくなりそうな程にびりびりと痺れる。

 全身の力が抜けて芝生の上に座り込みながらも、その鳥を球体ネットごと離すまいと、ムラサキは着物の腕へ抱き締めた。

 鳥が、痙攣しながら狂ったように鳴いている。

 

「びびびびび」

「お願い、どうしちゃったの、しっかりして……!」

 

 歯を食いしばってネットを破ろうとするムラサキを手伝うように、鳩たちが嘴で攻撃を与える。襲い来る鞭のような電撃に撃たれながらも、電気の網目を引っ張ったり、つついたり。必死の攻防が続くうち、光の間にほつれが出来て来た。

 

「も、もうちょっとで破れそう……効くか分からないけど、イチかバチか……っ、ウーム!」

 

 魅了でどうこうなるとは思えず、攻撃的な気持ちになりながらもとりあえず植能の力を込めたのだが、それがダメ押しになったと見え、ばちぃんという一際大きな衝撃と、皮膚が鞭で引っぱたかれたような痛みを残しながら、ネットが破れ去った。

 ムラサキの袴の上に、もはや焼け焦げで元の黄色が分からないほど茶色く染まった鳥が、ころりと気を失って転がる。

 

「あ、ああ……!」

 

 ぽろぽろ泣きながら、必死の思いでその体を擦るムラサキ。

 鳩たちも心配そうに顔を寄せてくうくうと鳴く中で、鳥はうっすらと瞳を開いて、意識を取り戻した。

 

「ぴぴ……ぴい」

「あ、よかったぁ……! 気がついたぁ……!」

 

 火傷と焦げ跡だらけになりながら、安心して包み込むように抱いたムラサキの手の中で、一際大きく零れた涙を浴びた鳥が、すりすりと身を擦り寄せる。

 火傷の怪我は酷いが、どうやら意識は正常のようだ。

 それを見ていた鳩たちは、丸い鳩の号令でどこからともなく数を増やして集まってくると、今度はぎゅうぎゅうにムラサキと鳥をおしくらまんじゅうにし始めた。

 

「わ、わっ、みんなどうしたの」

 

 目を真ん丸くするムラサキを、構わずもふもふの羽毛で埋め尽くす鳩たち。

 

「……???」

 

 訳が分からないまま、気持ちいいのでただその感触をしばらく楽しんでいたムラサキだが、再び号令で鳩たちが去っていった時に、何気なく己の腕と黄色い鳥を見下ろしたムラサキは、あっと驚きの声を上げた。

 

「すっ、すごい! 傷、なくなってる……!」

 

 エレメントの力でダメージを受けた皮膚が、つるりと綺麗な輝きを取り戻している。

 ムラサキは得意げに胸を張る鳩の前で、しげしげと腕を日に翳して眺めてしまった。

 黄色い鳥も、もとのふわふわした羽毛と元気を取り戻していて、ぴっぴっと元気に鳴きながら、鳩と追いかけっこをして遊んでいる。

 

「鳩……は平和の象徴だから、その力で癒しのパワーがある、とか……?」

 

 謎の現象に首を傾げながらも、ムラサキは助けてくれた鳩たちにお礼を言いつつ、この鳥をどうするか考えていた。

 

(ヨハネ……に言おうと思ってたけど、まさかこの子が関係あるとは……。

でも、さっきのエレメントはもう消えちゃったみたいだし、あれで全部? でももしこの子がまだエレメントに憑りつかれてるんだとしたら、SOATに殺されちゃうかも……)

 

 よく見ると、怪我を完全には癒しきれなかったようで、びっこを引きながら鳩の後を追い掛けている。その怪我の手当も含めて、転居先に連れて行こうとムラサキは心に決めた。

 

(怪我が治る間くらい、待ったっていいよね。それまでにまた何か変なことが起こったら、ヨハネに相談しよう)

 

 鳥獣飼育の許可がシェルターで出るようにと祈りながら、ムラサキは最後まで鳩たちに手を振って、ワープでその公園を後にしたのだった。

 

 

 

 それからの日々は、比較的慌ただしかった。

 外出時は付き添うと言ったものの、ヨハネは自分の仕事が忙しく、会えたのは一度、パトロールついでにシェルターへ様子を見に行って、玄関ですれ違った時くらいだ。

 彼女の身の心配と、会えたことへの安心を押し隠すようにして、ヨハネは口実を探した。

 

「あ、あのさあ! 本当に一人で大丈夫? 別に、たまになら家遊びに来てくれても構わないし、ボクも暇つぶしに付き合ってあげてもいいけど!」

 

 あらぬ方向に目を逸らしながら呼び掛けるヨハネに、驚いて振り返ったムラサキは、笑って手を振った。

 

「ありがと。でも、ヨハネには助けてもらってばっかだし、これ以上面倒は掛けないよ。忙しい時に押しかけられても迷惑でしょ?

そっちが落ち着いた頃に、また連絡するから、飲みに行こ。約束だよ」

 

 照れたような笑みを残して去って行く彼女に、まさかあんなことが起こるとは。

 この時のヨハネは、想像する余地もなかった。

 知っていたらどれ程、呼び止めて彼女を行かせまいとしただろう。

 知っていたらどれ程、恥じらいも照れも捨てて、家に来いと言い張っただろう。

 けれど、起こってしまった後では、全てが遅すぎる。

 

 SOATに一本の無線が駆け抜けたのは、それから程なくした頃だった。

 

「通達! EQ地区のシェルターが、何者かに襲撃された模様! 負傷者多数! 至急現場へ向かうように!」

 

 ぞわりと肌が粟立つような気配がした。

 何かが、悪意を持って彼女を狙ったと感じられる予感がした。

 そして、成し得る限りの速さで現場に駆け付けたヨハネの目に飛び込んで来た光景は、想像を絶していた。

 

 乾いた砂埃が、風に乗って頬へ吹き付ける。

 無残に散らばる、衣類や家具と思わしきものの切れ端。

 破壊されつくした家屋。破壊の上の破壊、レンガの一片さえ残さぬという徹底加減すら感じる、瓦礫と土の山。

 

 原型など跡形もない、シェルターだった(・・・)ものの跡地で、ヨハネは一人、立ち尽くした。

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