SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
そのアパートへ向かうと、なんと彼女は部屋の中にいて……?
第7節 暗転
何がなんでも、ムラサキを見つけ出すことが先決だ。
そう判断したボクは、まずは喫茶・クロカゲに向かうことにした。当然ながらムラサキの端末には何度も電話したが繋がらないので、こうなった上は彼女を知っていそうな人たちを、片っ端から当たるしかない。
ムラサキと知り合った後、やっぱり彼女はクロカゲに出入りしていたらしい事を仄めかしていたので、ウルカやソウルなら――彼女を庇うくらい親密な彼らなら、何か知っているんじゃないかと思ったけど、残念なことに彼らも、ムラサキ本人の個人情報に関わることは、何も知らないらしかった。
「もうここへは随分と来てない。オレらも心配してるところでさぁ」
「……嘘じゃないんだよな?」
「こんな緊急事態に、嘘なんかつかねぇよ」
「もうヨハネにバレちゃってるなら、私達がムラサキのこと、隠す必要ないもんね。あっ、でも……」
何かを言い掛けたウルカが、ふと口を噤むのが分かった。
藁にも縋るような気持ちで、ボクは顔を上げる。
「頼む。何でもいい、小さなことでも。何か気になることがあるなら、教えてくれ」
「うん、でも……これは、私達が言ってもいいのかな」
ウルカに見上げられたソウルも、何かに思い当たったらしく、顔を曇らせる。
その二人に向かって、ボクは潔く頭を下げた。
「ムラサキになら、後でボクが全部謝るから。彼女に繋がることなら、どんなことだって知りたい」
「……。まぁ、姐さん本人が見つからないことには、どうしようもねえもんな」
「そうだね。ムラサキが無事なのを確認出来るのが、まずは最優先だもの。あのね……」
そう言ってウルカ達が教えてくれた情報は、驚くべきものだった。
彼女はあの植能を使って、女性向けの風俗を生業としていたのだという。
そしてその以前の所属先は、前にボクとムラサキが出逢ったあのバーの、ママの元だった。
「前に辞めるって言ってたし、その後で引っ越したりしてたら、住所聞いても意味がないかも……。
でも、そこのお店のオーナーなら、ムラサキの住んでる場所、もしかしたら知ってるんじゃないかな」
以前、家が嫉妬の柱の近くというのは聞いたけど、彼女を送り届ける前にテケテケに阻まれてしまって、結局彼女の自宅の住所は聞けずじまいだ。
そこに行けば、最悪居なくても、何か手がかりくらいは掴めるかもしれない。
頼みはここのママだけ、というつもりで店を訪れたボクを、空いた店内でママは優しく出迎えてくれた。
「あら、いらっしゃい。今日は随分と真剣な面持ちね」
ボクの表情から、何かを察したのだろう。
にこやかな対応は崩さないままに、さりげなく表の扉へ「CLOSE」の札を掛けるのを、ボクは見た。
この人も、こうやってここで生き残ってきたのだろう。
その気の回り方に感謝をしつつも、どう切り出すべきかボクは迷った。
マティーニ――風のノンアルコールカクテルを頼んで、楊枝に刺さったオリーブを弄ぶ。
「最近、ムラサキってここに来てる?」
「そうねぇ。ちょっと前に、あんたや友達と飲みに来てたけど、ここ一、二週間はとんと見かけないわ」
(二週間前……ムラサキがシェルターに引っ越した時か。そりゃそうだよな。ボクが出入りするなって言ったんだし)
ここでも期待した以上の情報は得られそうにない。ということは、何とかしてママからムラサキの住んでる場所を聞き出さないといけない。
果たして職務上の個人情報を、そうやすやすと漏らしてくれるだろうか。
最悪植能の行使も辞さないつもりで、ボクは仄暗い店内を見回しながら、話題を探した。
「最後に会った時に、……っていうか、ここに来た時に、何か気になることとか言ってた?」
「何も? いつもするような、当たり障りない話ばかりよ。なんか最近、鳥が友達になった~とか何とか」
「鳥……?」
「あの子、あんだけ人当たりいいのに、妙~に人間に心開かないとこあるわよねぇ。こんだけ賑やかな街に住んでて、鳥にしか本音を話せないあの子の姿が、目に浮かぶようだわ。でも、それがあの子らしいっていうか。
だからアタシ嬉しかったのよ。あんたがムラサキの友達になってくれて。ホントにあの子、嬉しそうだった」
バチバチにマスカラを塗った瞳で瞬くママは、多分事件のことは全部ニュースで見ているのだろう。
何とも言えない気持ちで黙ったボクに、なんと向こうから、びっくりするような提案を投げかけてきた。
「ムラサキの個人情報、欲しい?」
「っ、え」
齧りかけのオリーブを、思わずぽちゃんとカクテルグラスに落とす。
呆れたように肩をすくめたママは、カウンター内の作業を止めて、ボクの向かい側に座った。
「ホントはこんな事、アタシのポリシーに賭けて絶対にしないのよ。けどあんた、あの子を探してるんでしょ。SOATの隊長サン」
「……ボクが、あんたがムラサキのいた風俗店のオーナーだと知ってここに来たことも、わかって……?」
「大方そんなところでしょうと思ったわよ。あの子のここでの人間関係は狭いわ。風俗の客と個人情報のやり取りは滅多なことがないとしないし、あの子のコトを深く知ってるのは、クロカゲのかわい子ちゃん達を覗いたら、アタシとお得意様くらいよ」
「……ほんとは、邪道かなって分かってるんだ。でも、もうずっと手がかりがないから、心配で」
現場で見つかったリボンを、ぎゅっと握り締める。
そんなボクの前で、ママが微笑む気配がした。
「あんた、SOATの隊長にしとくには勿体ないぐらい、マジメでいい子なのねぇ」
「は、はぁ? なんで……」
「いーいわよ。あの子の顔見てたら、あんたにどれだけ気を許してるかなんてすぐ分かるの。あんたの真面目さと真摯さに免じて、あの子を採用した時の住所、教えてあげるわ。ただし行って空振りだったとしても、アタシを恨まないでよ」
ぽかんとするボクの目の前で、メモ用紙に書いたデータをボクに渡してくれる。
忘れないようにそれを慌てて端末にインストールしてから、ボクは慌ててスツールを立ち上がった。
「ありがとう!」
からん、とドアベルが鳴って外に一歩を踏み出し掛けた時。
ふと薄暗い店内の奥から、よく響く声が獣の如く、けれど静かに届いた。
「……もしそれ使ってムラサキに酷いことしたら、アタシが許さないからね」
カウンターの奥の、筋骨隆々なママの目が、キャンドルに照らされて迫力ある光を帯びている気がした。
足を止めたボクは、ふうと一つ深呼吸してから、ママに向き直る。
「SOATの名に掛けて、ボクがムラサキを見つけ出し、守ってみせる。あんたの期待に恥じないように。
……それに、あんただってあまり大きな事は言えないはずだ。
黙認されているだけで、あんたが昔、SOATから再生型リバーを持ち出していることは、ボクは把握している。
……あんたも、元SOATだったんだよね」
一気に口走った言葉に面喰ったママは、ふいに殺気立った緊張感を解いて笑い出した。
腰巻エプロン姿で笑う豪快な姿は、ただの女装をした気のいいバーの主人だ。
「やだぁ、もう。全部お見通しだったってワケぇ?」
「これだけ只者じゃない雰囲気出されたら、こっちとしても下調べぐらいしますよ……」
「ふふ、小さい隊長さんだからって、アタシが舐めすぎちゃったわね。改めてその有能さに感服するわ」
「これボクの偏見かもしれないけど、ミカといいトチハラさんといい、SOATってオカマ率けっこう高いの?」
「アタシはオカマじゃないから、その辺の事情はよく知らないわ。もしかして仲間内でコネとか出来てるのかもしんないけど。
ミカが有能な隊員なのは知ってたわよ? けど、なんていうか、アタシとはまた領域が違う種類の人間だからね。
喋ってみたことは、あんまなかったのよ」
昔を懐かしむようなママを見て、この人達にも色々複雑な事情があるんだなと思う。
まあ、ボクも人のこと言えないけど。
「じゃ、これで」
「ムラサキのこと、くれぐれもよろしく頼んだわよ」
今度こそ歩き出したボクの背を、ママが見送る声がした。
「えっと……この路地の先のアパートか」
ところどころ道が入り組んでいて、意外と歩きにくい。
遠くに見える嫉妬の柱を目印にしようにも、丁度ビルとビルの影が邪魔をして、地図がないと初めてでは行きにくい場所にそのアパートはあった。取り壊されたりしていたらどうしようと思ったけれど、幸いにも建物自体は存在していた。あとは、中にムラサキさえいてくれれば。
路地から顔を出すようにして、よいしょと最後のドラム缶の山を乗り越えたボクは、さっきまで見えていなかったものを前に唖然とした。
「こ、れは……」
噂に聞いていた、ムラサキのアパートの前の壁の落書き。
罵詈雑言の種類は彼女にちらと聞いて胸が痛んだけれど、こころなしか、それよりももっと種類も数も増えている気がした。
壁中をペンキで塗りたくったのではないかというくらい、アパートの前まで垂れたインクや文字が続いて、玄関のガラスに傷が付いている。
『⚠⚠⚠呪い⚠⚠⚠』
『操り人形ます』『二本足の獣を呼び出し』『土男』
『女性を生贄に爆弾犯』『コントロールの幻惑』『魔女見習い』『更地に出て行け』
「……」
支離滅裂な文言が多いながら、ところどころ事件の内容に関わるワードが出て来るところが引っ掛かる。
土。更地。爆弾。吹き飛ばされた現場の風景が、そんな風に見えなくもない。
二本足の獣。これは多分テケテケのことだろう。
操りや魔女、呪いといった、洗脳やコントロールを彷彿とさせる語。
(まさか捜査会議の内容が、どこかから漏れてる……?)
考えられないことだった。SOATの本部は、最上級のセキュリティで保護されているのだから。
けれど、何か嫌な感じを引き起こす文字だった。血のような色といい、他に混じり合う原色に近い色の気持ち悪さといい。
それが壁に落書きされているという事実も含めて、あまりいい予兆には思えない。
思わず写真を撮ってSOATに送ってから、ボクは早足で半壊のエントランスをくぐった。
エレベーターは動いているようだけれど、こんな場所に住人はまだ住んでいるのだろうか。ここまでくると、もはや見つからない方が安心かもしれないと思いながら、教えてもらった部屋まで廊下を走る。
と、その時、ぴいちいと高い声を上げながら、何かが中庭を飛んでくる気配がした。
「鳥……?」
野生の中では目立ちそうな、黄色に黒の縁取りの鳥。ボクを案内するように先を飛んだかと思うと、一つの部屋の前で地面にちょこんと着地する。
「ここ……?」
その挙動を不思議に思っていると、鳥は手すりから飛び上がって、再びどこかへ行ってしまった。
あまり気に留めている時間もないので、ボクはインターホンを押す。
エントランスのは壊れていたので、無理矢理セキュリティを解除して入ってきてしまった。
「ムラサキ? いる?」
「……」
沈黙が続いたインターホンに、不意にざざっとノイズが入ったような音がして、ボクは飛び上がった。
「ム、ムラサキ?」
「……はい?」
「びっくりした!!! いるの!? いるなら返事しろよ!?」
面食らいつつも、ボクはほっとしてインターホンのマイクに詰め寄る。自宅に戻ってるなんて事あるだろうかと思ったけど、まさか本当にここにいたなんて!
気怠げな声が、おっくうそうに続く。
「……ひょっとして、ママ?」
「そうだよ。あんたに住所聞き損ねたせいで、散々苦労させられたんだから。いいからちょっと顔を……」
「……入らない方がいい」
「はぁあ!?!?!?!?!?」
ここまで来させといて、ボクはもう心配というより怒り心頭になっていた。
こんな気味の悪い落書きだらけのアパートにたった一人、しかも容疑者として捕まるかもしれない状態のムラサキを、やっと見つけたのに放っておくわけにはいかない。
襲撃のことだって、何があったか詳しく聞かなきゃいけないし。彼女の疑いを晴らすには、何がなんでもSOATに連れて行かなくては。
「ねえ。あんた、このままだと立場的にマズいことになるんだよ。SOATがイヤなのは分かるけどさ、もうそんなこと言ってる場合じゃ……」
「わかってるよ。けど……マズい事になら、もうなってるの。だから……ごめん……何言ってるか分かんないと思うけど、帰って……お願い……」
ぷつん、と通信が切られる。
一体、何が起こったっていうんだ。そして、そんなか細い声で帰れと言われて従うほど、生憎ボクは素直じゃない。
意を決して扉に手を掛けると、予想に反してそこは施錠されていなかった。
回すタイプのドアノブを捻り、そっと手前に引っ張る。
「ムラサキ……?」
その途端。
隙間からぶわりと這い出て、瞬く間に足先から全身を包み込む濃く甘い気配に、眩暈がした。
彼女の、植能の気配。けれど、いつもよりずっと強い。
有無を言わさず、意識が奈落の底へ引っ張り落される。
「な……っ」
コルニアを発動する暇さえなかった。何が起こっているのかも分からないうちに完全に足をすくわれ、崩れ落ちながら倒れ伏すボクの目に、まだ見た事のない彼女の家の玄関先が、微かに映った気がした。