SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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ムラサキの家の前で、気を失ったヨハネ。
目が覚めた先にいた彼女が無事だったことに安堵するも、どこか様子がおかしくて……?


2-8 激昂

第8節 激昂

 

 次にヨハネの意識が浮上して、呆れ顔のムラサキと目が合った時。

 彼は、見覚えのないベッドに横たわっていた。

 

「ここ……あんたの部屋……?」

「そうだよ。だから、無理矢理入るのやめた方がいいよって、言ったのに」

 

 ばさりと羽音がして、枕辺に黄色くふわふわのものが見える。

 ふとヨハネが寝返りを打てば、もぞもぞと体に首を埋めた黄色い鳥が、敷いてあるタオルの上で眠りについたところだった。

 

「こいつ……さっき、アパートの外で……」

「ああ、うん。私の友達なの。玄関の反対側の窓から、入ってくるんだ。ケガしてる間だけ保護してたんだけど、ここが気に入ったみたいで」

 

 普段と違う紺色の袴を着たムラサキが、湯気の立ったカップを渡しながら、そう言ってくる。

 顔色は随分と悪いが、特に怪我の跡は見えず、ヨハネの想像とは違って案外ぴんぴんしている様子だ。

 説明を求めるように、ゆっくりと身を起こして口を開きかけるヨハネに向かって、きまり悪そうに目を逸らしたムラサキは言った。

 

「ごめん……ちょっと仕事の後で気が立ってた。

言ったじゃん、私は植能のコントロールが効かないんだって。特に性的に興奮した後は、一時的な暴走状態になってウームのフェロモン効果も強まるの。あんなの近距離で当たったら一発だよ」

「あ……」

 

 つまり、自分は押し掛けた挙句、ムラサキの出す植能の効果にやられて、玄関先で倒れ、あまつさえ具合の悪いムラサキに看病までさせていたらしい。

 

「ッ、ごめん……」

「謝らなくてもいいけど。被害者は完全にヨハネだし……」

 

 ふう、と溜め息を吐きながら、念の為を思ってか、少し離れた場所にカップを持ったムラサキが座る。毛足の長いカーペットへぺたんと腰を下ろしながら、ココアを冷ますムラサキの様子は、随分と憔悴しきっていた。

 

「あんた、事件の後から、ずっとここに……? 仕事って、もしかしてここで」

「……ママに聞いてここに来たってことは、全部知って来たんだよね。

うん、そう。最近ログインしてもずっと調子が悪いから……でも受けてる分の予約だけは、なんとかこなそうと思って。外での待ち合わせじゃなくて、ここにしてもらってたの」

「なんで……っ、なんでもっと早くっ、ボクに言ってくれれば!」

「ヨハネに仕事のこと、バレたくなかったから……。植能を使って春を売ってるような人間、軽蔑、されるかもと思って。

……でも、来てくれたんだね」

 

 囁くように答えた顔が、弱々しく微笑む。

 その顔が、単なる仕事の疲れだけには思えないように見えて、ヨハネは思わず唾を飲んだ。

 

「具合……悪いの?」

「うん。今はだいぶ落ち着いたんだけど、あの事件の後から、どんどん酷くなってる……っていうか」

「っ、そうだ! 事件! あのシェルターで何があったのさ!? 誰も何も、覚えてないって……!」

 

 そう叫んだヨハネは、反射的に頭を抑えたムラサキを見て、思わず口を噤む。

 

「うまく……ごめん、思い出せないの……。思い出しそうになると、頭が……ぐるぐるして……肝心なところだけ、思い出せなくさせられてる、みたいに……」

「そ、そっか。だったら、無理しなくていい……」

「あそこ、襲ったの、何のエレメントだったか、分かった……?」

「え? あ、い、いや、まだ調査中で……」

「……多分、土、だと思う。あのテケテケがいた……シェルターの人を、なんとか守ろうとしたんだけど。無我夢中で、私、部分的にしか思い出せなくて」

「まだ数名行方不明者が出てるけど、見つかった人は全員無事だ。みんなあんたに助けられたって言ってた。あのヒバリっていう少女が、あんたのことを一番最初に教えてくれたんだ」

「……! ヒバリちゃん、無事なんだぁ……! よかった……」

 

 今日一番の安堵の表情が、彼女の顔に喜びと共に浮かんだ。

 けれどすぐに、苦痛に満ちた表情で傾きそうになる体を、ヨハネは支えようとしてムラサキに制された。

 

「ま、って。大丈夫だから。また、当たったら大変な目に遭っちゃう」

「けど、あんたの植能はなんで……? 今まで、植能が持ち主の手を離れて暴れるっていうのは、『捕縛』の審判の時ぐらいしか見たことない」

「……これは、もしかしたら植能のせいじゃないのかもしれない、けど」

 

 躊躇いがちに息を震わせて、上気した頬でヨハネを見上げたムラサキは、潤んだ瞳で何かを訴えようとしていた。

 

「……ヨハネ。私の秘密、見る気ある……?」

「へ……?」

「ずっと、植能のこと、知りたがってたでしょ。

今なら、説明できるかもしれないから……」

 

 思わぬ呼び掛けに、丸く開いた青い目を瞬かせたヨハネは面食らったようだったが、勢いに押されながら反射的に頷く。

 

「……ちょっと、待ってて。先に、着物解除するから」

「あ、ああ……。っていうか、洋服も着たんだ。あんた」

 

 単純に着替えるのかと思い、そう呟いたヨハネに、ムラサキは怠そうに立ち上がりながら答えた。

 

「当たり前でしょ。ずっと着物だけなんて、さすがに炊事も家での時間も、息苦しくて仕方ないよ。あれデータに変換しても割と肩凝るからね」

「まあ……それだけ重ね着してたらそれはそうだね。どうぞ。ご随意に」

 

 そう言いつつ戸惑うヨハネを置き去りに、袴の紐を解きにかかるムラサキ。帯の飾りに引っ掛けて固定されていた紐を解くと、スカート状の袴がすとんと落ちて、着物が現れる。

 

「そんな仕組みになってたんだ」

「和服、着たことない?」

「モチーフとしては見たことあるけど、原型で着てる人は見るのも初めてだね」

 

 この世界のスキンや衣装は、自動で全身切り替えられるシステムと、手動で変換するシステムがある。娯楽で風呂やプールにでも入らない限りは、そもそも衣装を脱ぐ必要もないので、全自動にしている者が大半だが、彼女は一枚ずつ手動で着込んでいるらしい。

 

「それ。自分で着付けてるの?」

「一応ね。時間ない時はさすがに自動だよ? ただ、出来る時には自分で組み込んどかないと、自動装着にしておいても、なんとなく、着心地が悪いというかさ」

「まあ、それは何となくわかる気がする」

「ヨハネさんも、いっぱい衣装持ってるもんね。賭場での衣装とSOATの隊服しか、私はこの目で見たことないけど」

「……それだけ知ってたら十分じゃない?」

 

 ドン引きするヨハネにそう苦笑しながら、腰紐を解いてするすると外側の着物を脱いだムラサキが、それを長いハンガーに掛ける。

 竿の長いハンガーを珍し気に見上げながら、ヨハネは呟いた。

 

「あんたの容疑、施設の損壊とか傷害とかじゃなくて、やっぱりボクへのストーカー罪じゃないだろうな」

「当たらずとも遠からず、かもね? 過去にいた時は、ずっと見てたもん。ヨハネさんばっかり」

「うっわ……最低。いくらボクが魅力的だからって、そこまでする奴いる?」

 

 そして、少しずつ二人の会話に日常の温度を取り戻しながら、ムラサキが白い長襦袢の紐に手を掛け、解きかけたところで――ヨハネは漸くはたと気が付いたように顔を上げる。

 

「……っていうかっ、あんたなんでボクの前で平然と脱いでるのッ!?」

「……へ? ダメだった?」

「ダメ……っていうか、だって、その、さ!」

「いや、女同士だからそんなに気にしないかなと」

「そそそ、そうだけどっ、ま、まあ別に? ボクだってアイドルのプロデューサーしてたぐらいだから、衣装替えくらい手伝ったことも採寸もしたことあるけどさぁ! だからってそんn……わわわわわ!」

 

 言っている間に、ばさりと胸元が露になって裾が翻る。

 威勢の良い脱ぎっぷりに、何故か慌ててそっぽを向くヨハネ。

 

(え、ちょ、ちょっと待って……なんでボク今、ムラサキの裸を見そうになってるんだっけ……???)

 

 顔まで赤くなってくるヨハネの様に、ムラサキは訝しげに首を傾げる。

 

「そーんなに恥ずかしがらなくたっていいじゃん……自分だっておっぱいぐらい付いてるでしょ」

「バ、バカ言わないでよっ、ボクは自分の体をまじまじと見たことなんて……っていうか、あんたが恥じらいなさすぎなんだよッ!」

「水着同然の露出度の衣装着てた人に、恥じらえとか言われてもな」

「! いっ、いい加減にしないと、ストーカーに露出狂も追加で訴えるからね!? うわぁっ、痴女! こっち向かないでったら!」

「そっちが脱いでいいって言ったんでしょうが……」

「着替えていいって言ったんだよッ! 裸をボクに見せていいなんて一言も言ってない! さては襲う気!? 襲う気なんだろ!? うわ、ホイホイ家になんか来るんじゃなかった!」

 

 ぎゃあぎゃあと煩いヨハネに、もはや言葉を掛けるのも面倒になったのか、呆れた顔をしながら、ムラサキが残された肌襦袢に手を掛けたまま振り返る。

 

「あのさ……」

「ぎゃーーーーーーッ!?」

 

 思わず失神寸前のガチな悲鳴を上げてうずくまったヨハネの前で、静かに息を吸う音が聞こえ――

 最後の布が落ちる音はしないままに、ムラサキが着物を着込む気配がした。

 

「あ……?」

 

 おそるおそる、顔面を覆っていた指先からヨハネが覗く。

 袴までは着ずに、着物だけを着直して床の上に座り直したムラサキは、侮蔑の視線を――もっと言うと、何かに傷付いたような目をしたまま、ヨハネを睨んでから乱暴な足捌きで台所へ向かっていく。

 がちゃんと、荒々しくカップを置く音がした。

 

「へ……あ、あの……」

「……そんなに汚いかな。私の裸って」

 

 何か思い違いをさせたような気がして、ヨハネが慌てたまま、おずおずと口を開く。

 

「あ、あのさ。そういう、意味じゃ……」

「叫び声上げるほど、目にも耐えないぐらい醜いモンなのかな。まぁ、そりゃしょうがないよね。そんな誰もが羨むほど綺麗でスタイルのいい体してたら、一風俗嬢の裸なんか、吐き気がするほど気持ち悪くて穢らわしいモンですわな」

「ちょ、ちょっと待って!」

「帰って」

 

 押し殺した声。着物の背中から、ハリネズミのように凄まじい怒りが膨れ上がるのがわかった。

 これも、植能の効果なのだろうか。

 さっきまで人を誘惑するような蠱惑的で気怠い空気が流れていたのが嘘のように、ヒリヒリと、全身を刺すような鋭いオーラを感じる。

 

「ッ……! 待ってよ! ボクはあんたのために……っ」

「いいから帰ってッ! 少しでも信じていいかもって、期待して損したッ!」

 

 漂っていた怒りが、爆発した。驚くヨハネに構わず、乱暴にその腕を引っ掴んだムラサキが、玄関まで体を引き摺っていく。温厚で優しい彼女からは、信じられない力だった。

 放り投げるように、玄関扉の外へ華奢なヨハネを突き飛ばしたムラサキが、彼を見下したままで怒鳴り声を上げる。

 

「何が……何が『真実を見通す瞳』よ!

ヒトが打ち明けようとした一番大事な真実から目を背けといて、何が『クヌギ ヨハネのいいところは、真実から目を逸らさないところ』なわけ!?

あんたなんか、正義感の皮を被ったその辺の化け物と同じじゃない。

結局は、あたしみたいな人間のことなんか、どうしようっていう気もないくせに。

別にそれでもいいよ。それでもいい、けど……! 自分の正義を全うするために、仕事するフリで人の心を踏み躙るぐらいなら、そんな二つ名名乗らなきゃいいじゃないッ!」

 

 一気にそう捲くし立てたムラサキは、呆然とするヨハネから涙のボロボロ落ちる瞳を逸らさずに、思いっきり息を吸い込んで叫んだ。

 

「もう二度と来んな!」

 

 ばんっ、と目の前で荒々しく扉が閉まる。

 間抜けにぼさっと廊下に座り込んだままで、ヨハネはしばらく、物言わぬ扉を眺めていたが。

 

「は……はあァ!? なんでボクがそんな事言われなきゃいけないわけ……ッ」

 

 一泊遅れて、理不尽な怒りが込み上がって来る。

 確かに、「綺麗」だとか「可愛い」とかは飽き飽きだった。

 けれど、リアルでもセブンスコードでも、すれ違った誰もが見目麗しさを褒めそやすこの見た目を持っていて、「化け物」扱いされたのは、正真正銘今が初めてだ。

 

「何なのさあの言い方ッ!? あんな礼儀知らずの奴の担当、これ以上はこっちから願い下げだよッ!」

 

 誰にともなく返事をしながら、立ち上がったヨハネがすたすたと玄関ホールを抜けていく。

 

(二つ名って……だいたい、なんであいつが知ってんだよッ? ボクが心の中だけで勝手に決めたことを、まるで読んだみたいにして……気持ち悪っ)

 

 いくら過去からやって来ているとはいえ、自分が心の中で口にした一言一句まで知っているものだろうか、普通。

 もしや、ムラサキは過去を知っているだけではなくて、当時の人間の心を読む能力でもあるのだろうか、とヨハネは訝しがる。それにしても、心の中身まで読まれているというのは、いささか居心地が悪いが。

 

(勘弁してよね……)

 

 結局一人でSOATに戻ったヨハネは、勢いのままユイトの元へ報告に向かう。

 怒り心頭のヨハネに少々面食らいながらも、ユイトはそれを落ち着いて聞いていた。

 

「……だってさ! それで、あのバカは部屋から出て来ようとしないんだけど!」

「彼女が出たがらない理由はボクにもよく分からない……けど、恐らく植能の暴走を懸念してのことなんだろう?

それから、彼女は例のシェルターの件は、土のエレメントの仕業じゃないかと言ってたんだな」

「ああ。そういえば、調査班の方はどうなった? 結果は出たのか?」

「彼女の言葉通りだ。現場から見つかった残滓は、土のエレメントの物だった」

 

 ヨハネが息を飲む。

 これが、吉と出るか凶と出るか。彼女が操っていたからこそ、正しい証言が出来たと取られかねないのではないかと、ヨハネは苦い顔になるが、それを安心させるように、ユイトが先に口を開いた。

 

「今、一番大きい土紋と思われる破片が出て、再現作業を行っているらしい。つまり、前回の八尺様のような、紋に憑依された人間は見つからなかったものの、紋自体は完全に破壊されていたんだ。

それから、これはコニの情報だが、破壊された紋に、未確認の植能の気配が付着していたと。

……もし彼女が植能を使ってそれを壊したのだとしたら、女性達の証言通り、大野がシェルターを救ってくれたことになる」

「! っ、じゃあ……!」

 

 明るい顔を上げるヨハネと、今回ばかりは思わずユイトも顔を綻ばせながら頷き合った。

 

「彼女の疑いは晴れるだろう。となると、後は彼女の体に出ている、その不調というのが気に掛かるところだが」

「結局原因不明なんだよね……あああ、もう、だからSOATに来いって言ってるのに」

 

 頭を掻き毟りそうになりながらも、頭の奥からはムラサキの傷付いた瞳が離れないまま、ヨハネは小さく舌打ちをした。

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