SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
そこに訪れた不思議な女客が、今や店の厨房を握っていた。
※喫茶・クロカゲの設定は完全なる公式外の捏造です←
第3節
とんとん、と小気味いい包丁の音が響く。
ここは、クロカゲの調理場。
暖簾が掛かってリニューアルされたその場所を、店舗の従業員であるソウルが覗いた。
「ソウルくんおかえりー」
「あれ、姐さんもう来てたんだ」
「もうそろそろ晩御飯の支度しなきゃだし、先に今夜の店で出す分も作っちゃおうかなと思ってね」
笑顔でソウルを振り返りながら出迎える、髪の長いリボン姿――ハーフアップにしているが、その下の姿は和装。袖をたすき掛けにした着物と袴の上に、エプロンを身に付けた女性が、まな板の上で茄子を刻んでいるところだ。
「ソウルくんは、オージさんのとこ?」
「うん。照明の手伝い。ウルカも、今日のステージは終わったから、着替えてこっちに帰って来るって」
「ハルツィナの子達は居なくなったけど、ウルカちゃん……っていうかコニちゃんは、今や
「だよなー。一応、帰り道付き添うって言ったんだけど、待たせたら開店準備が遅れるし悪いって聞かなくてさ、ウルカのやつ」
「付き添うって……別に、ヴァイスドームからここって、瞬間移動使えばそんなに離れてないでしょ。何かあった?」
包丁の手を止めて問い掛けた、和服姿の女性――ムラサキに、ソウルこと
「なんか、ドーム近くの表通りに、SOATが来てたみたいで騒がしかったんだよ。酔っ払いが大量に出たとか何とかで」
「あ、ひょっとしてさっきネットニュースになってたやつ? ドーム近くったって、E3地区じゃここと逆方向じゃん! ソウルくん過保護すぎ~」
「そうは言ったって、ウルカは可愛いから心配だろー! 姐さんは大丈夫だった?」
「まぁ、それはわかるけどね……。私は平気。来る途中に買い物寄ったら、ちょっと変な人に絡まれたけど、まぁあのへんの通り歩いてたらいつものことだしね」
「……え。まさかあの騒動、姐さんのせい?」
「いやいや、私は近くの道歩いてただけで関係ないし。どっちかっていうと巻き込まれた方だっての」
苦笑して手を振るムラサキに、ソウルはふーんと返事をする。
ムラサキは、ある日ソウルとウルカがクロカゲで留守番をしている間、突然現れた。
この世界を支配している存在であり、クロカゲのトップでもあったニレが消えてから後、賭場ことクロカゲは今までと同じ娯楽施設でありながらも、やや平穏を取り戻していた。
SOATがクロカゲを政府認可の娯楽施設とし、最低限の秩序を守るために掛け金の配当制度を作ったり、治安維持に乗り出したせいもある。
そんなクロカゲのメインホールは、昼営業の間はギャンブルなど影も形もない。「喫茶・クロカゲ」として、主にソウルとウルカが仕切ってきたのだ。
そして、ある日昼間の営業時間中にふらりと現れ、ソウルとウルカの目の前で料理を一口食べて閉口したムラサキは、こう言った。
『ねえ。
差し出がましいお願いでなければなんだけど、私をここで働かせてくれない?
私免許も資格もないから手の込んだものはできないけど、何ならお給金要らないし、見た感じここ人手足りてないでしょ?
料理の方なら、少なくとも手伝えると思うんだけど』
と。
「それにしても、食材のデータから作るだけで、こんなに味って変わるもんなんだな」
「ただの家庭料理だよ?」
「最初、米とか味噌って言われた時はびっくりしたけどさぁ。リアルの世界じゃ普通だけど、そんなに元から料理してる奴、セブンスコードで見たことねぇもん」
「いや、ここの人達一体どうやって料理してんの……」
暇なのか、傍から覗き込んでくるソウルと話をしながら、ムラサキはちゃっちゃと米を研ぎ、炊飯器に設置してから鍋に湯を沸かし始める。
一見動きづらそうな和服でも、袖を汚さないよう器用に動き回る様は、かなり慣れているようだ。
「でもさぁ、『白飯』って言えば炊きたての飯が出てくる世界なのに、何故か姐さんが米から研いで作ったご飯って、美味いんだよなぁ。味が違うってゆーか」
「ふつーに研いで炊いてるだけだよ? ってか、思いっきり炊飯器使ってるし」
「それでも、ひと手間掛けてる分、他の店とは違うだろ。こっちで料理してる奴の方が珍しいよ。その釜? ってやつも、直ったら使ってみたいよな」
炊飯器やガスコンロは、クロカゲでは長らく調理場の奥で埃を被っていたものなのだが、あったことをこれ幸いとばかりにムラサキは喜んだ。
賭場を建設する際に飲食店街を買収したのか、それとも昔の調理器具を扱う博物館の跡地でもあったのかは知らないが、煮炊きが出来る竈や暖炉を発見したムラサキは、興味津々で今それのリフォームを頼んでいる。
格安業者なので、工事はだいぶ後回しにされていて、なかなか進んでいないが。
「……その『麻婆茄子の素』って奴も、姐さんがデータから持って来たのか?」
「うん。これ、あると便利なんだよー。……ありゃ、茄子切り過ぎちゃったね。どう見ても山盛りだし……具が被っちゃうけど、お味噌汁も茄子でいいかな?」
「いーんじゃね? まあ、ここに来るのならず者の連中ばっかりだしさ。高級料理を求めるお客さんには、最初っから丁重にお帰り頂いてるし。姐さんの好きなようにしていいと思うよ」
「さすが。……っていうか、姐さんて」
ぷふっ、とムラサキは可笑しそうに笑う。それを見て、ソウルが不思議そうな顔をした。
「何がおかしいんだ?」
「いや、だってさぁ。ソウルくんぐらいの年頃の子が、私のこと姐さんて……なんか、極妻にでもなった気分だよ」
「ゴクツマ?」
「ヤクザの奥さんのこと。ソウルくん、組の下っ端の若い子みたい」
「だって、名前長ぇんだもん。俺の頭じゃ覚えらんねー。これ以上短くしようとしたら、ムラっちとかサッキーになっちゃうぜ?」
「そんな長くないでしょー。別に私はそれでもいいけど……でも、姐さんって呼ばれるの、正直気分的には悪くないな」
「だろ? 姐さんは、最初見た時から姐さんって感じなんだよ」
そうくすくすと笑い合う二人のすぐ背後で、暖簾をめくる気配がした。