SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
周囲の異変を警戒しつつも、SOATの面々は各地へ奔走していく。
第9節 怪文
「はぁ……それで飛び出してきたってわけね」
「飛び出して来たんじゃない。あっちから追い出されたんだ」
「女の体にビビって逃げてきたんなら、似たようなもんだろ」
「ビビってなんかねぇよ。目の目で突然人が脱ぎ始めたら、当然の反応でしょ」
翌日。
SOATの休憩室で、イサクに昨日の出来事を相談してみたヨハネは、イサク手製のコーヒーを片手に、横目で彼を睨み上げた。
ずっと調査に行っていたので、出所するのは久しぶりらしい。イサクは持って来ていた書類を脇に置き、コーヒーを啜りながら遠い目になる。
「でもさぁ、その反応はオレもちょっとどうかと思うぜ」
「はぁ? 女の子の裸見て、任務中のラッキースケベだって興奮して喜べって言うの? そっちの方がどうかと思うけど」
「誰がそんな変態っぽい反応しろっつったよ。犯罪だろ」
呆れたように返しながら、イサクがヨハネを見た。
「お前の性別はともかく、殻は女の子だろ? 『女同士だから』ってことは、彼女はお前を信頼して、体を見せようって気になったんじゃねぇの?」
「……何のために?」
「……そりゃあ、オレには分からねえけど」
「分かったようなコト言ってるくせに、やっぱ半人前じゃないか」
「くぅ、先輩面晒してんじゃねえよっ。ちょっとオレより先に入ったからって! いい気になりやがって、このこの!」
「ちょっと、重いんだけど!」
肩を組んでくるイサクを、うっとうしそうに見上げるヨハネ。
その時、端末が鳴り響いて、表示された意外な名前にヨハネは目を見開いた。
「……クソガキ……? もしもし?」
『ヨハネさん、今テレビ見た?』
「は? テレビ?」
『なんか、妙なモンがクロカゲのテレビに映ってる。そっちでも映るかわかんねぇから、念のため今録画してるんだけど』
端末から聞こえたソウルの声に、顔を見合わせたヨハネとイサクは、休憩室に並んだモニターに映る、各局のテレビを点ける。
流れて来るのは、いつもと同じニュースやバラエティなどの各種番組……ではなかった。すべての局が、砂嵐とカラーバーを表示している。ざーざーと不愉快な音が、どのスピーカーからも聞こえていた。
「な、なんだこりゃあ……?」
あっけに取られたイサクがぽかんと口を開ける前で、ぶつっ、とレコードが途切れるような音がしたかと思うと、今度は砂嵐の代わりに、暗い色合いのゴミ処理場のような背景と、不気味極まりない音楽が流れ始める。
聞く人間を不安にさせるような、どこかぞっとする歪んだ不協和音が、高く低く、背筋を撫でていく。
「お、おい、なんだよ、これ……」
イサクばかりでなく、傍を通りがかった隊員達全員が、呆然と足を止めるのも無理はなかった。
スクロールする画面には、映画のエンドロールのように、ただ一人の人間の名前だけがびっしりと並んで、延々と表示され続けていたのだ。
「カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト
カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト
カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト
カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト
カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト カシハラ ユイト」
駆けつけてきた隊員達で、昼間の休憩室と廊下がいっぱいになる。
白いフォントで繰り返し横並びになる、ユイトの名前。
それらが不気味な音と共に画面を流れ去ったかと思うと、動けない聴衆たちの前で、抑揚のない誰とも知れぬアナウンスが突如流れた後、画面はぶつっと切れた。
『明日の犠牲者は、この方です。おやすみなさい』
一旦暗転し、何事もなかったかのようにジャックされていた局の番組が流れ始める。
けれど、映像の強烈さが残した不気味さと不愉快さは拭い去りようもなく、隊員たちは今目にしていたものを思い返しながら、ある者は震え、ある者は体を抱いて顔を見合わせながら、不安げな面持ちを隠せないでいた。
「ただの……電波ジャック……? イタズラか?」
真っ先に思い浮かんだ説を口にするも、どう考えてもただのイタズラとは思えないヨハネが、眉根に皺を寄せる。
現実味を欠く何かが、次々とこの都市で起こっている。けれどもそれらは全部、エレメントが引き起こす大きな事件と、最終的には関わりのあることだった。
「今の映像の件について、各局に問い合わせしてみてくれないか」
「はっ、わかりました! ……し、しかし隊長、実は今朝からネット機器の具合がおかしくて……」
「何だって?」
「SOAT内も時々通信が途切れる他、外部に繋がるケーブルに何か問題が発生しているようです。公共設備班が、現在民間の業者と提携して解決に当たってるんですが、そことの連絡にも支障が出ているため、作業を進めようにも現状を把握しようにも、なかなか……」
ヨハネの号令で少しずつ隊員達が動き出していくものの、どうにも彼らが戸惑ったように二の足を踏んでいるのは、それが原因だったらしい。
隣で聞いていたイサクが、納得したようにうなずく。
「ああ、なるほどな。どうにも今日は報告書とか依頼してたメールの上がりが遅いと思ってたら、それが原因だったか」
何の他意もない言葉。しかし、一人の隊員がイサクに向かって突如噛み付いた。
「なんなんだよてめぇ、口先だけ偉そうに! 自分がカシハラ指揮官の右腕だからって、どーせオレらの事なんかって見下しながら嘲笑ってんだろ!?」
「!? お、おい、どうしたんだよ突然……!?」
「役立たずって言うなら言えよ。頼まれた仕事一つ出来ないオレに、あんたの立場までのし上がる機会なんか、一生巡って来ねえんだからよ……!」
「おい、隊長に向かって何て口聞いてんだ! やめろって!」
周りの隊員達が、慌てて羽交い絞めにして止めに入る。力では叶わず、恨みがましそうな目をした男の隊員は、他の隊員達に引きずられて廊下の外へ消えていった。
ぽかんとした目で、イサクがそれを見送る。
「……なんだったんだ」
「すみません隊長。あいつ、滅多なことじゃ怒らない優しいヤツで……いつもはこんな事、言わないはずなんですが」
「オレも話したことあるから、何となく人柄は知ってるぜ。まぁ、朝から慣れないトラブルへの対処の連続じゃ、ストレス溜まってても無理はねぇよな。気にしないでいいって言っといてくれよ」
掴みかかられたシャツの胸元を直しながらイサクが言ったが、恐縮する隊員の前で、ヨハネは顎に手を当てながら沈思黙考していた。
「……ヨハネ? どした?」
「なあ、そこのあんた。さっきの彼と似たような小競り合い、今日はSOATで他に起きていなかったか?」
「はっ? ……言われて見れば、いつもよりは多少多く目撃するような気がしますね。それもこれも、電波障害で皆ピリピリしているせいだと思ったのですが」
首を傾げつつ、今気が付いたというような隊員の答えを受けて、ヨハネはイサクに向き直る。
「イサク。念の為だけど、SOATの防護シャッターを下ろして、隊員と職員をみんな地下に避難させてくれないか」
「はぁあ!? お前までどうしたんだよ!? まさかあんな悪趣味な合成映像に、マジで怖じ気づいたってのか!? どこの誰だか知らねーけど、ユイトの名前まで使いやがって……!」
ギリッ、と歯を食いしばるイサクに、ヨハネが頭を振った。
「一般人に、カシハラの名前は知られていないはずだ。
わからないけど、その名前をわざわざ出してくるということは、カシハラがセブンスコードの根幹だということに、気付いている犯人の可能性がある……」
「お、おい、マジかよ、それ」
「もちろん、ただの嫌がらせか同姓同名の別人かもしれないけどね。だからあんたには、避難指示を出した後はカシハラの身の安全を確認して欲しい」
「おうっ! 言われなくても駆けつけてやるぜ!」
勢いよく返事をしたイサクは、不思議そうにヨハネを見下ろした。
「んにしても、そこまで大げさにする必要あんのか? 通信が阻害されてるっていっても、こっちには最高級のセキュリティとファイアウォールが揃ってんだぜ。避難するってんなら、せいぜいユイトだけを安全な場所に移せばいいんじゃ」
「……ボクもそう思ったけど、なんかこの電波障害、ただの現象じゃない気がするんだ。前にテケテケが出た時も、同じことが起こってた。混乱の前触れか、もしくは何か……人の情緒に作用する働きが、あるのかも」
「え、ええ? んなバカな……さっきのあいつの事言ってんのか? たまたま虫の居所が悪かっただけだって、周りの奴らも言ってたじゃねぇか」
イサクはヨハネのことを心配性気味に思っているようだが、ヨハネは納得しない表情を浮かべている。その顔をじっと見つめ、イサクは力強く請け負った。
「わかったよ。一応、できる奴らは避難させてみる。ただ、全員は地下シェルターに入らねえし、本部のシステムに残って動かさなきゃいけない奴らもいるから、順次交代制になるぜ」
「十分だ」
「お前はどうする?」
「ボクはソウルのとこに行って、あいつが録画したっていう映像を確認してくるよ。この通信状況じゃ、動画がこっちに送信されてくるのに何分かかるか分からない。他の奴らも、ワープが使えないんじゃ現場への急行や合流が出来ずに困ってるだろ」
「車を使うのか?」
「自動運転車は動かないだろうね。システムが電波干渉を受けてたら、事故る可能性もあるし……手動運転で送迎や観光をやってる、民間のサービス業者に頼んでみよう。
電話も公共交通もこっちで触ったことない隊員達だけじゃ、今頃四苦八苦してるはずだから、ボクが教えてやんないと」
「おっけ! 気を付けて行けよ!」
二人揃ってコーヒーの紙カップを投げ捨てると、別々の方向に走り出す。
ヨハネが階を下りると、案の定公共設備班だけでなく、当直で出動に当たるはずの班たちまでが、大混乱を起こしていた。
「隊長! オレたちどうやって現場まで行けばいいんすか!? 朝からもう何件も通報があるのに、拾い切れてないんですっ……!」
「マニュアルの再起動を試しても、官用車が動かないんっス! 久しぶりに開けたらバッテリー上がってるし、修理を頼もうにも業者にも繋がんなくて……!」
「あーあ、こういう時はいいよなぁ、ネット接続が繋がらなくても使える地図アプリを持ってる奴はよぉ。ついこの間まで、会議で時代遅れ扱いされてたくせに」
「今はそれは関係ないだろ!? オレたちが喧嘩してどうするんだ!」
出動用の車庫を兼ねた裏出入口にたむろする隊員達の喧噪を前に、ヨハネが思わず大声を張り上げる。
「みんないい加減にしろッ! 一旦落ち着いて! 全員静かにしな!」
凛と通る、一本の糸のような澄んだ声音に、全員が一瞬言葉を忘れていた。
背筋を伸ばして真ん中に進み出たヨハネは、てきぱきと指示を飛ばす。
「A班は通信室に行って、トランシーバーと黒電話の準備。ここのジャックから地下ケーブルに繋げば、固定回線を引いてる事業所には電話が繋がるはず。
みんな、端末の電波状況が悪い時は、無線を使って。古い時代に使われてたチャンネルだから、これなら妨害の影響を受けないかもしれない」
「ラ、ラジャー!」
「B班は、今すぐ図書室に行って。旧市街地のタウンページと地図をコピーしたら、全員に配って。多少変わってるけど、大枠は同じだからないよりはマシなはずだ。移転したとこもあるけど、電信機器関連の業者もそこに載ってるはず。諦めないで一軒ずつ当たるんだよ。古くから名の知れてるところは今も営業を続けてることが多いから、事情を話して力を貸してもらって」
「了解ですっ、隊長!」
何からすべきか分からず焦りだけが募っていた隊員たちは、ヨハネの言葉で道すじが明らかになったようで、士気を取り戻して一気に動き始める。
元々自主性を重んじられている隊員達なので、一度動き始めた後は早かった。次々に、やるべき仕事を見つけて各所へ散っていく。
「C班とD班は、今調達出来てる分のモーターカーで今すぐ出る。自転車でもバイクでも、使えそうなモンは全部搔き集めて。通報はどっちの地区に集中してるの?」
「はい、座標の第一象限と第二象限あたりが特に多く、ほかの地区もそれなりに……」
「SOATから出向くには逆方向か……。他に、通報したくても出来てない人がいる可能性もあるね。じゃあ、班構成は……」
人数の割り振りをヨハネが丁度行おうとした時、半分開いたガレージの外から、聞き慣れない獣のいななきが聞こえ、ヨハネを始めとする隊員達は一斉に振り返った。
「すまない、開けてくれないか!」
大慌てで隊員の一人が飛び出してシャッターを開ければ、そこに立っていたのは、騎士然とした様子で馬の上に跨り、騎馬隊を編成するSOATのベテラン隊員達だった。
ぱからっぱからっという音と共に、土埃を舞い上げて入って来た四本足の獣が溢れ、広いガレージはあっという間に厩舎と化す。
唖然とする若手隊員の中から、一番先頭にいた鞍の上の人物を見上げたヨハネは、驚きのあまり大声で叫んでいた。
「ミライ隊長!?!?!?」
「交通網と通信網が、どこもダウンしていると聞いてな。私の詰所から牧場が近いので、事情を話して貸してもらってきたところだ」
「や、で、でも、なんで馬なんか……?」
「ああ……これか? 私事だが、リアルにいる間に乗馬を習っていたことがあってな。他にも我が隊に何人か同士がいたおかげで、とりあえず連れて来られるだけ引っ張って来られたのだ。
機械に頼らない陸路の移動手段といえば、獣だ。ひと昔前の代物といえ、こいつらであれば、電波も何も関係なかろう?」
しゃんと背筋を伸ばして鞍に座るミライの姿勢は安定感があり、両脚でしっかりと馬の胴体を挟みつつも、その帽子の下の表情は、照れたように笑っていた。
ひきつり笑いしか出来ないほどに度肝を抜かれたヨハネの前で、ミライが馬の向きを変え、ぴっと隊服の腕を振るう。
「ここにいる班の半数は私に付いて来い! 乗れない者は、馬車も借りて来たからそちらに乗り込め! 一刻も早く、この混乱に乗じて強盗や強姦を行おうなどという不埒な輩を、我々の手で殲滅するッ!」
「オォーーッ!!!!」
概念としては知っていても実際の馬を見たことがある者は少なかったのか、物珍しさも手伝って、これだけでまた士気が高まったらしい。
各々、道具や武器を手に騎馬隊の編成へ向かっていくのを、ヨハネは見送った。
(へえ……? なかなかやるじゃん、ミライさん)
ミライはSOAT本部には戻らず、三基点にある詰所と、さらに僻地にある出張所を順に巡回する業務を行っている。
ユイトと離され、民間人同士の紛争の仲裁や見回りなど、こまごました雑事が多い現職を嫌っているのかと思いきや、そうでもないらしい。
そんなヨハネの心を読んだように、去り際振り返ったミライが、白馬の上から不敵に笑った。
「民間人を守るのが、我々SOATの務めだ。各地には、見回り時に顔を合わせる知り合いも多くいる。彼らの生活を脅かすものは、私も許さない」
「ここまでして、あんたがセブンスコードのために駆け回ってくれるとはね。ちょっとだけ見直した。頑張ってよ、隊長サン」
「はぁ……正直、白馬に乗るのは私じゃなくて王子様がふさわしいと思うんだけど……」
「鬼神みたいなあんたに恐れをなさない王子がいたら、こっちだって見てみたいもんだ。ほら、バカなこと言ってないで早く行って」
冗談だという風に手を振ったミライが、颯爽と馬を歩かせる。
その後に釣られ、外へ出て空を見上げたヨハネは、唖然とした。
分厚い灰色の雲が天井を覆い、太陽がどこにも見えない。不穏な淀んだ空気が、都市の中に溜まっている感じがした。ゴロゴロと雷の音が、近くや遠くから聞こえて来る。
「こ、これ……?」
「ああ。道中ずっとこんな感じだ。天候システムにも設備班が今行っているらしいが、原因不明だと聞いている」
そのミライの言葉の途中にも、被せるようにしてすさまじい雷鳴が響き渡り、稲光が眩くガレージの内側を照らす。怯えたように、何人かの隊員が悲鳴と共に身をすくめた。
「セブンスコードの中で、こんなに天気が荒れるなんて……」
「……嵐になるかもしれんな」
ぴしりと手綱を打ち、尻と尾をいからせながら小走りで駆け始める馬を、ミライは乗りこなして隊の後を追って行った。