SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
一方、クロカゲへ辿り着いたヨハネは、アオカゲの一派と乱闘するソウル達を助けた後、彼らと共に謎の映像を解析する。
第10節 暗所
「いや、すばらしい成果だね」
「これはどういうことだ……?」
現状より少し前。ムラサキのいた、女性用シェルター襲撃事件の日のこと。
とある廃ビルの一角に構築した裏空間で、咎める男の声など聞こえてもいないかのように、少年がうっとりと市街地の映像を覗き込む。
粉々に爆散された建物。テケテケに襲われた女性達。
まるで意志でも持っているかのように、少年の周囲に浮いた球体型モニターへ、次々とライブカメラが映る。
押し殺した声で尋ねていた男は、ついに顔を上げて、自分より何倍も小柄な子供である少年を、怒鳴りつけた。
「どういうことだと聞いている!! 我々アオカゲは、配電施設を制圧し、電波の拡張器を工面して各地に設置しろとお前に言われたから、言うことに従っただけだ!
それがなぜ、こんな無関係の人々を巻き込む事態になっている……!?」
理解力のない子供を前にしたような視線を向けて、少年はうんざりと溜め息をひとつ吐くと、冷たい色をその目に宿した。
モニターの明かりを反射して、薄暗い空間でその瞳だけが銀色に輝いて見える。
「今、君が自分で言ったじゃないか。無関係だ、とね。
このシェルターで起こっている〝事故〟は、土のエレメントのもの。
ボクが君達に頼んだのは、通信妨害装置を作り上げ、雷のエレメントを使って例の怪電波を抽出・増幅して、周辺地域に流すこと。
抗議活動に必要な分の資金は、ボクの支払いから手に入れただろう。
一体、何が君達の利を害するというんだい?」
「ふざけるな……っ! どうせお前が何かろくでもないプログラムを差し向けて、俺らの提供した技術を利用し、施設を襲わせたんだろう!?
俺たちが、金を手に入れればそれで満足するような、そんな組織だと思っているのか!
あんたが俺らをバックアップしてくれると聞いたから、仲間を裏切ってまでこっち側に付いているんだぞ!
それをあんたは……っ!」
ひゅっ、と空を指が切る音がして、次の瞬間、男は顎先から地面へと、無理矢理ひれ伏させられていた。
コンクリートに擦りつけた顔に血が滲む。指を触れず、その体を操り人形のように操った少年は、再び指の一振りで、その男を壁の反対側まで放り出した。
叩きつけられた反動で、男の頭の青いバンダナが揺れる。
「ぐ……っ」
「図が高いよ、お前。自分と自分の家族がなんで生きてられるのか、忘れたわけじゃないだろうね?
潰そうと思えばいつだって潰せるんだ。君も、家族も、仲間も全て。
所詮君たちは、ボクの捨て駒にすぎないんだから」
血の滲んだ唇を、男は噛み締める。
口答えしようにも、圧力を掛けられていて喋ることすら出来ない。
みし、と微かに肩口の骨が軋む音を聞きながら、銀髪の少年が美しい顔でゆっくりと微笑んだ。
「イタい? ボクの作ったこの空間で味わう痛みは、カクベツだろうね。
何せ、ボクはハルツィナの他に痛みを司る事の出来る、唯一の存在だったんだから。
表の世界で、生温いSOATだの何だのに感化してしまったお前達に灸を据えるには、丁度いいよ」
「ニレ……貴様……」
「その名で呼ばれるのは、何だかな。ボクはニレのバックアップから蘇った存在に過ぎない」
癪に障ったようにふっと笑いながらも、ニレと呼ばれた少年は指先から力を抜き、背後の壁に外の空間へ通じる窓を描いて作り上げると、混乱に騒ぐ往来を覗いた。
男がげほげほと、咳き込みながら起き上がる。
救急車が到着し、徐々にシェルターへ駆け付けてくる隊員達を眺めながら、ニレは独り言のように口にする。
「行動理念も、思考形態も引き継ぎながら、けれどボクという存在の中心は、この頭脳の中の
……言ってみれば、バックアップである人格と、奴の開発した最新鋭の人工知能との融合体さ。
ボクはあいつとは違う。あいつのやり損なった最高の実験を、ボクは今度こそボクの意志で、完璧な形で執り行うんだ。
この、セブンスコードという箱庭でね」
ぞくぞくするような笑みを浮かべながら、白い頬を仄かに朱に染めて、長いジャケットを翻しながら、ニレは振り返った。
いつもと同じように、狐のごとく無邪気な目を細めて。
「……次は、どうする気で?」
「うん、そうだね。
例の計画を、予定通り進めてくれ」
「……? しかし、奴らを再強化して、あの女を奪う手筈では」
「そのつもりだったんだけどね。……気が変わった。あの駒は、ボクが想像する以上に使えそうだ。
久しぶりにこんなにワクワクしたよ。何かを苛んでばかりのボクが、焦らされる楽しみを味わうなんて」
そう言ってニレがアップにしたモニターの先には――降り始めた雨の中、路地裏に倒れ伏すムラサキの姿がある。
悶絶する彼女を見て尚、彼の顔は恍惚に歪んだ。
「さあ、君はどこまで耐えられるかな。
……最後まで生き残った暁には、ボクが最高のご褒美をあげよう。永遠という名のご褒美を。
早く、
……君を手に入れるその日が、本当に楽しみだ」
背後でその独白を耳にしながら、男は抵抗することも出来ぬまま、膝をついてニレの傍に仕えていた。
逆らえば、殺される。自分が殺されるだけならまだしも、自分の大切な者達までもが、すべて奪われる。
「……シキ。電波拡張器の増産を。君達の望む混乱に世界を陥れるための考えが、僕にはある。
その後で、SOATを弾劾しようと反乱を起こそうと、君達の好きにすればいい」
「はっ」
シキと呼ばれた屈強な男は、血の垂れる頭で黙って立ち上がり、その場を後にした。
所変わって、こちらはクロカゲ。
構成員に店舗の警備を任せたソウルとウルカは、フェンスとゴミ箱の間に身を顰め、通りの様子を窺っていた。
「……やっぱり、いるよな」
「うん。あの青いバンダナ、間違いないね」
真剣な瞳で、ウルカが視線を送る先には、複数の男の影。
以前クロカゲを襲撃して来た者達と同じ、体の一部に青いバンダナを巻いているという特徴を持つ、アオカゲの一味だった。
路地に、何やらコードが繋がった機械のような物を設置しようとしている。
このあたりは、急に理性を失った者達の暴動が増え、道が封鎖されたばかりだった。
「……怪しいよな」
「あやしい」
ソウルの問いかけに、間髪入れず同意するウルカ。
しゃがんだウルカの後ろから肩に手を置き、重なるように顔を出して覗いていたソウルは、一歩前に出る。
「オレ、ちょっと行ってくるわ」
「一人で大丈夫? 私も一緒に」
「へーき! ウルカは危ないからここに残ってろ。あいつらが何かしてきたら、すぐにクロカゲに助けを呼びに行ってくれ」
ウルカが頷いたのを見て、ソウルは抜き足差し足で相手に近づいていく。
暗がりで耳をそば立てると、会話が途切れ途切れに聞こえて来た。
「シキ様は、ここに三台用意するようにと……」
「足りるのか? 有効範囲は……」
「OSからJW……嫉妬の柱から三区画分は、これで何とか……」
(奴ら、この装置を使って一体何をする気だ……?)
ぱっと見は、大型のアンテナかスピーカーのように見える。
あれこれ考えているより動いた方が早い、と結論づけたソウルは、物陰から飛び出し、声を張り上げた。
「おい! そこの怪しいヤツら! ここはクロカゲの領分だぜ。何やってる!」
まさか封鎖された地区で、こんな風に声を掛けられるとは思っていなかったのだろう。
びくぅっ、と肩を跳ね上げた下っ端らしき男らは、ソウルを前にして一気に陣を組むと騒ぎ立て始めた。
「こいつ! クロカゲの青二才……!」
「テメェには関係ない! ちょっとでもこっちの秘密を握っちまったからには、生きて帰すわけにゃあいかねえな!」
「へえ? そっちが暴力的な手段に訴えるってんなら、こっちも応戦しないワケにはいかないよな!
ソウルが肩口に、巨大なガス砲を顕現させる。
焦ったアオカゲの下っ端たちが、植能を発動させた。
「ネイルズ! 切り裂け!」
「ブラッズ! あいつに血の棘を……!」
「的の定まらない場所で、物騒なモン振り回すと危ないぜ! コロン! ガス弾を射出!」
ソウルが得意げに大型の弾を打ち上げると、ぶわりと蛍光色のスモッグが周囲に広がる。
完全に視界を奪われる中で、ウルカの呼んで来た応援部隊たちが、敵たちを制圧した。
「おとなしくしろ!」
「くっそぅ……! お前ら、オレらの邪魔をしといて、タダで済むと思うなよ!」
「このヤロォ……! せめて報いを受けやがれッ!」
次々に縄を掛けられる中、衝動的にナイフを振り上げた一人の男の手が、ソウルに迫る。
ウルカが思わず息を飲んだその時だった。
「コルニア! 視覚情報を改竄!」
「ぐあぁ! 目が!」
塀の上から、すたっとヨハネが舞い降りる。このエリアに近づくのに怪しまれないよう、SOATの制服は脱いでいつものクチュールを纏っていた。
窮地を救われたソウルが、目を輝かせる。
「ヨハネさん……!」
「戦闘に首突っ込む気なら、最後まで油断しない。背を向けた瞬間に急所を取られてるようじゃ、自業自得だよ」
「ご、ごめん……」
「一体これは何の騒ぎ? 録画があるって言うから来てみたら。ただでさえこっちはてんてこ舞いだってのに、余計に事態をややこしくしてるんじゃないだろうね」
「ヨハネっ、ソウルは関係のありそうな人達を見つけて、協力しようとしてただけだから……!」
キツく睨んだヨハネとソウルの間に慌てて割って入るウルカを見て、ヨハネは深く溜め息をつく。
「……分かってる。ウルカが言うならそうなんだろ。とにかく、あんたらにケガがないんだったらよかったよ」
「ウルカが言うならって、どういうことだよー!」
「それより、こいつらは? 前に言ってた……アオカゲ、だっけ? ボクも直接対峙するのは初めてだな」
縛り上げられた男らにヨハネがヒールの音を立てて向き直ると、彼らはびくっとしながらも、めいいっぱい目を吊り上げて虚勢を張ろうとした。
「お、お前らなんかに、何一つ情報は漏らすもんか!」
「そうだっ、せいぜいオレらが何をする気なのか当てられずに、足掻くがいい!」
「へーえ? やっぱり騒動の中心はあんたらってコトだね。何かをするのに加担してる自覚はある、ってコトだ」
「こ、答えないからな! 何も!」
植能での拷問も辞さないつもりのヨハネであったが、そんな彼の裾をウルカはつんっと引っ張ると、持ってきたポーチをそっと開いて、中の物を見せた。
ああ、という顔になったヨハネが、にたぁりと口元に悪い笑みを浮かべた。
思わずたじろぐアオカゲの男たち。
「……な、なんだよ」
「お前ら、腹が減ってるんじゃないか? おやつの時間だぞ」
ヨハネが手袋の指先に挟んで、優雅にハート型のチョコを振ってみせる。
その後、強制的に口中へムラサキお手製の媚薬チョコを突っ込まれた下っ端たちが、洗いざらい情報を吐かされたことは言う間でもない。
ぴくぴくと痙攣して路上に転がる男たちを後に、ソウルが空恐ろしいものでも見たような顔をして、引き上げてきた。
「姐さんのチョコえっぐ……マジでエグいわー、あれ……
オレ間違っても絶対に食いたくない……」
「口に入れなかったら大丈夫だよ。……とはいえ、あんまり有効な情報は聞き出せなかったね、ヨハネ」
「ああ。けど他に仲間がいることは分かったから……その位置は、あいつらが持ってた端末にハッキング掛けた方が早いな。おそらく、セブンスコード全域に例の怪電波を流せるポイントがあるはず」
「じゃあ、私がやってみる。にながハッキング強いし、あの子ならすぐ通信装置を復旧できるはずだから。ハルツィナヴァイスの他の子達にも声を掛けて、怪しい奴らを取り押さえられるようにしてみるね。七人いれば、街中を探すのも早いよ」
「ありがと、ウルカ。協力感謝するよ。けど、あんた達は無理をするな。ろことはるか以外は武器を扱えないんだから、手分けするなら各自必ずSOATの隊員についてもらって。ボクからも連絡する」
てきぱきと連携を組み、トランシーバーを使って付近の隊員達と連絡を取り合うヨハネとウルカを見て、未だ男たちの晒した恥辱のショックから立ち直れていないソウルが、げんなりと問い掛けた。
「ていうか、なんで二人ともあれ見て平気なワケ? 特にウルカ」
「女の子の方が、こういう事態には強いのよ。身を守らなきゃいけないんだから、いざという時に、こんなことくらいで怖じ気づいていられない。ね、ヨハネ」
「そうだよな。こっちが欲しいのは、下ネタじゃなくて情報なんだ。あいつらの汚物以下の下半身を見せられたところで、こっちが動じてやる義理なんか1ミリもないね」
「ええ~……そういうもん???」
きっぱりと口を揃えて答えるウルカとヨハネに、冷や汗顔で首を傾げるソウル。
敵に同情する気は一切ないが、男としてはなかなか堪えるものがあるらしかった。
残党の処理を残りのSOAT隊員らに任せ、クロカゲに向かいながらヨハネが口を開く。
「余計な邪魔が入って遅れちまった。例の録画は? 保存してあるのか?」
「ああ。しっかし、これを取りにわざわざ本部からここまでって、よっぽどSOATも混乱してるんだな」
「今電波も流せない状態のテレビ局に押しかけるよりは、こっちの方が遥かに早いと思ってね」
改めて映像を解析に掛けるつもりで、データを他の隊員に託したヨハネは、がら空きのクロカゲ店内の椅子に陣取った。
SOATへ戻って見るよりは、ここで見て気付ける点は洗い出した方が早いと思ったからだ。
できるだけ大型のスクリーンを用意してから、ソウルもやって来る。外からはゴロゴロと雷が鳴り響き、電気を消しただけで室内は十分に暗い。
「どうせ通信網はまだ復旧しないんだ。ここで何か手がかりを……」
ヨハネがそう呟いた時だ。ぶつんっ、と音がしたかと思うと、録画したファイルに繋がるはずだったスクリーンは、勝手にテレビ放送のカラーバーと砂嵐を映し出す。
再び流れ始める、不気味なBGM。
「! 入力切替ができない……!? おいヨハネさん、断片的にしか繋がんねぇけど、なんか今ネットで騒ぎになってるみたいだぞ。今度は街中でこれが流れてるって」
「はぁ!? マジかよ、ここまで来たボク、完全に無駄足じゃん……」
ざざっと荒れながら流れるゴミ処理場の不気味さよりも、自らの徒労が先だってがっくりと首垂れたヨハネだが、気を取り直して、先ほど流れたのと全く同じ映像を、ソウルと一緒につぶさにチェックする。
「けどコレ、ほんとユイトさんの名前ばっかりだよなぁ……なんで同じ名前ばっか? 誰かがめっちゃユイトさんを狙ってるってこと?」
「クソガキらしい単純な発想だけど、割とそうなのかもね。イサクが上手くやってくれてるといいけど……」
朝の時と違い、今回は映像が終わらずリピート再生されているようだ。
音を絞って不気味な文字列のロールを流し続ける画面を見つめていると、仲間たちへの連絡を終えて戻ってきたウルカが、ふと映像を見上げて言った。
「……ねえ。これ、ところどころ、小さく文字が入ってない?」
「えっ?」
パソコンをモニターに繋げ、遠隔操作で映像の一部を切り取ったウルカが、その部分を拡大する。
たしかにうっすらと、蛍光色っぽい文字の輪郭が浮き出ていた。
ヨハネが驚きの表情を浮かべる。
「大きい画面で見るまで、まるで分からなかった……よく気付いたな」
「私も、最初見た時は気付かなかった。こんな不気味な動画を、わざわざ拡大して見ようと思う人なんて、いないもんね。
……何かの暗号かな」
「これを見た人にだけ、分かるようになってんのかも? オレらで解いてみようぜ」
三人寄れば文殊の知恵、と言わんばかりに、ヨハネ、ウルカ、ソウルの三人がテーブルを囲んで頭を寄せ集める。
一人が映像をストップさせ、一人が読み上げ、一人が書き留める分担で、三人は組み込まれた暗号文を解析し始めたのだった。