SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
その後、ヒバリを迎えにリアが現れて……
3-1 命名
第一節 命名
巨鳥、Halcyonとの対決を終えて一週間ほど経った後のこと。
ようやく、心身ともに回復の日を見た私は、今日SOATへ向かう前に、ヨハネとの待ち合わせ場所であるカフェへ向かっていた。
私だけでなく、私達が保護した青い鳥も元気を取り戻し、今や私の肩に止まってぴっぴと元気よく囀っている。ちょっとうるさいぐらいだ。道行く人達が興味深そうに振り返るのが面白い。
私が元居たアパートはといえば、例のテケテケにめちゃくちゃにされた壁やエントランスが修復に入ったので、療養を取る間滞在したのは、再建されたシェルターだった。
そして、シェルターといえば、今日はこの子も一緒である。
「ムラサキ、からだ、いたい、なくなった?」
「うん。大丈夫よ~。ヒバリちゃんが一生懸命看病してくれたおかげ。心配掛けてごめんね」
「ヒバリ、しんぱい、だいじょうぶ。こんど、むっちゃん、いない、ならない、ように、手、つなぐ」
私よりももっと小柄な子供なのに、しっかりと頼もしい光をその目に宿している。
ヒバリちゃんは、真面目な顔で私の手を隣できゅっと握って歩いていた。もう絶対に離さないというように。
その様子を、青い鳥が肩から覗き込んで、不思議そうに首を傾げている。
「とりさん。みはって、ないとだめ。むっちゃん、すぐ、ひとり、むりする。だめ。
わかった?」
「ぴ!」
ヒバリちゃんは、鳥にまで先手を打つつもりらしい。
しかも鳥は会話をしているつもりのようで、本当にわかったという様子で鳴くので、おかしくて思わず笑ってしまった。
(いやいやでも、ヒバリちゃんを心配させるのは、笑いごとじゃなく良くないもんね。
ヨハネとかSOATの人達のおかげで、この植能のことが色々分かるといいけど)
リアルは冬だが、セブンスコードでは冬景色が楽しめる日とそうではない日を作っているので、今日は常緑樹が街路に影を作りながら、さわさわと風に揺れている。
散歩するには丁度いい日和だなぁと思いながら、手を引いたまま待ち合わせ場所まで歩くと、私はテラスのビニール屋根の下の席で、ヒバリちゃんを先に座らせた。
一週間前、ワープで再建後のシェルターに現れるなり、ヒバリちゃんは今にも泣きそうな唇をぎゅっと結んだ顔で駆けてきて、
『むっちゃんの、ばか。いなく、なっちゃった、かと、おもった』
とお腹に抱き着くなり、顔も上げようとしなかった。
自分がここまで一人の子に深く想われていたということを知るだに驚いたし、同時に彼女のためにも、この植能を調べたりコントロールしたりする術をSOATで得るのは必要な事だろうと、私は決意も新たに、今日この場に臨んだのだった。
(……ていっても、面談は午後からだからそっちが口実で、本当はみんなとカフェデートしたかったんだけどね)
内心舌を出しつつ、メニューをヒバリちゃんと並んで見ていたところへ、黒い隊服に身を包んだヨハネが、颯爽と外を回って歩いてきた。腕には黄色の腕章が誇らしげに揺れている。
「よかった。二人とも、元気そうだね」
「うん。おかげさまでね」
「おかげ、さまで」
「お。ヒバリもよく喋るようになったな」
わしゃ、とグローブの手で頭を撫でられると、ヒバリちゃんは照れたように小さく笑みを浮かべた。
あんまり表情の変化がなかった子だけど、私には目を見ているとその気持ちがよく分かるし、こうして私やヨハネの傍にいる時はリラックスできるのか、笑った顔を目にすることもある。
心の傷を負ってセブンスコードに来たであろう彼女にも、いい変化が訪れているようで、私は微笑ましくその様子を見守った。すると青い鳥が、存在感をアピールするようにヨハネの肩口へ飛ぶと、つんつんその毛を引っ張り始める。
「いて。おいおい、いい度胸だなぁ。お前、元の姿に戻ってますます威勢良くなったんじゃないのか?」
「ぴーい!」
「ヨハネ、あそんで、ほしい。いってる」
「え。そんなの分かるのか」
「なんと、なく。むっちゃん、ねてた、とき、ヒバリ、おせわ、してた」
「雲雀ちゃんは、はじめて私がシェルターに来た時から、この子と仲良くしてくれてたもんねー」
にこ、と笑い掛けると、ヒバリちゃんは運ばれてきたミックスジュースを前にしながら、こくりと頷く。
その横から鳥がグラスに嘴を突っ込もうとするので、ヒバリちゃんは慌てて押し退けた。
「だめだよ。また、きいろく、なっちゃう」
「あははっ、ジュースが黄色くても、黄色になったりはしないよ。それに、まあリアルじゃ問題だろうけど、セブンスコードで人間の飲食物を与えても、動物には影響ないから。飲ませてやっても大丈夫だよ」
そう説明しながらヨハネが自らのコーヒーカップを取り上げるのを見て、じゃあヒバリちゃんルールだと、コーヒーを飲んだら黒くなるのかしらと考えていたところへ、つんっと袖を引っ張られた。
「ムラサキ」
「ん? なぁに?」
「とりさん、なまえ、ない?」
ぱちぱちと瞬きする平坦な瞳を見ながら、私はケーキのフォークを置いて考える。
そういえば、考えたことなかった。鳥とか黄色い鳥とか青い鳥とか、便宜上そう呼んでばかりだったけど、まさか飼うとは思っていなかったので、本気で命名しようとしたことがなかったのだ。
ジュースを飲んだ嘴を満足そうにぱちぱち鳴らす鳥を見ながら、私は考える。それにしても、鳥にミックスジュースって現実だったら動物愛護団体から苦情が来そうな光景だ。
「飼うんだったら、そろそろお名前付けてあげてもいいかなぁ」
「その方がいいよ、データバンクに登録しとけば、迷子になった時も探せるし」
「じゃあ、ヨハネはなんかいい案ある?」
「へ、は? ボク? なんでさ」
「いや、だって一緒に捕まえたっていうか、元に戻したんだし。ヨハネだって親みたいなもんでしょ」
「て言われてもな……ボクに、その辺のセンス自信ないし……
親代わりっていえば、ヒバリの方がよっぽどそれらしいだろ」
私達に視線を注がれて、膝の上で丸くなった青い毛玉を撫でていたヒバリちゃんは、不思議そうにゆっくりと首を傾けた。
薄青色の胸毛が、呼吸する度にふわふわと揺れている。話題の中心になっているのが分かっているのかいないのか、鳥はどことなく期待に染まった目で、ヒバリちゃんのことを見上げていた。
「ね、ヒバリちゃん。もしよかったら、ヒバリちゃんが名前を付けてみてくれないかな」
「わたし? が、この子、に?」
「うん。だって、私にとってもその子にとっても、ヒバリちゃんは命の恩人だもの。できたら一緒に飼えたらいいなって」
この鳥は賢いから、私のアパートとヒバリちゃんのシェルターを交互にねぐらにするぐらいは、器用にやってのけるだろう。
そう言う私をぽやんと見上げたヒバリちゃんは、薄い色素が混じった柔らかな茶色っぽい毛を揺らして、不思議そうに首を傾げる。
「ヒバリ、なにも、してない、よ?」
「そんなことないよー! ヒバリちゃんは傍にいてくれるだけで、元気が出るし勇気百倍になるんだもん」
同調するように、鳥がぴっぴっと膝から楽し気に鳴いた。
微かに優しい笑みを口元へ浮かべながら、風に短い髪を流して、人差し指で羽根を撫でていたヒバリちゃんは、不意にその鳥をテーブルの上に置くと、私達のことを交互に見上げた。
「じゃあ、ね」
「うん」
「ことり、が、いいと、おもう」
意外な答えにちょっと目を丸くすると、隣にいるヨハネもぽかんとしたようだった。
「小鳥? って、元が鳥なのにそんなアホな……」
「ヨハネ、ヒバリちゃんがいいならいいじゃん。ちなみに何でことりがいいの?」
「この子、が、まるく、なると、ころがって、ことりって、おとが、しそう、だから」
確かに、エレメントの力を失ってからというもの、この青い鳥は雀ほどに縮んで手のひらサイズになった。置物だったらころんと転がりそうな雰囲気を醸し出しているので、その比喩はぴったりだし可愛く思えた。
気に入ったように、鳥もちょんと掌に乗ったり下りたりしながら、ぴよぴよ鳴いている。
「それと、ね。みて、よはね」
「ん?」
ヨハネに注意を促したヒバリちゃんは、右手で親指と人差し指を伸ばし――鉄砲の形を作ると、それを青い鳥に向けて撃ってみたのだった。
「ばーん」
「ぴよっ」
野生の鳥もびっくりの演技で、一声鳴いてこてんっとテーブルに転がる青い鳥。見事な引っ繰り返り方だ。
滅多に笑い声を出さないヒバリちゃんが、それを見て楽しそうに肩を揺らした。
「ふ、ふ。うふふ」
「……なかなか残虐な遊びを教えるじゃないか」
「でもね、これ、この子が一番最初にやり始めたのよ?」
一緒に笑っていいのかどうか、何とも複雑な笑みを形作るヨハネに私が補足すると、彼は驚いたような顔でこっちを振り返った。
「シェルターでお料理をしてて、ヒバリちゃんが泣いちゃった時かな。たしか、火傷をしたんだよね。
私がおろおろしてたら、この子が突然、『ぴよっ』って鳴きながらテーブルにぱたーん、て倒れ出して。
可笑しくなって、え、なになに? て聞いたら、私の指をつっついて、それで撃てって言うの。
もう、意図を理解するのにしばらくかかっちゃったよ。本当に人間みたいなんだから」
話しながらその時の事を思い出したら、私も笑いが込み上げて来た。
あの時は丁度、台所の隣にあるリビングルームのテレビで、某県民の撃たれた時のリアクションみたいなのを特集していて。
それを見て、この子は真似したいと思ったらしい。
案の定、ヒバリちゃんには大ウケで、それ以来この子お得意の一発芸なのだ。
私達の話を聞いたら、釣られてヨハネまで笑い出した。
「あ~あ、笑った。そういうことか」
「ことりっ、て、たおれ、てるように、みえる、でしょ」
「うん、見える見える」
という訳で、カフェでの飲み物がなくなるまでの間に、無事青い鳥の名前は〝ことり〟に決まったのだった。
得意げに胸を張って肩に乗っていることりを見て、ヨハネが言う。
「なんか、研究所の奴らが見たら、あんただけじゃなくてこっちの鳥にも食いつきそうだな……」
「あ、エレメントを宿したことのある珍しい鳥だからってこと?」
「そうじゃなくて。どっからどう見ても、人間の言葉を解してるようにしか見えないから」
「ぴ?」
ヨハネが話しているのが分かったのか、ことりがそちらに不思議そうな顔を向ける。
「ことりは、賢い鳥さんだもんねー」
「まあ、餌食にならなきゃいいんだけど……」
「え、そんなやばいとこに連れてかれるの、私」
「いやまぁ……あんたの担当になるであろう研究員、人は悪くないヤツなんだけど、ちょっと度を越して研究熱心というか……とにかく不思議なモノって聞くとなんでもかんでも放っておかなくてさ」
「ははぁ……でもその気質、研究者には大事かもねぇ」
「大丈夫、ボクが見てるところで変なことはさせないから。リアちゃんにも様子を見に行ってもらうし。とりあえず、今日は話を聞くのがメインになるだろうから、あんた一人でいいよ」
そこまで話した時、テラス席の外から、ヨハネと同じ隊服姿のかわいい女の子が、こちらに手を振っているのが見えた。
「ヨハネさん! オオノさん!」
「ん。噂をすればだ」
私たちは席を立って店の外に出る。
さすがにヒバリちゃんをSOATの中にまでは連れて行けないので、シェルターへの帰りの送り届けは、リアちゃんこと
「お待たせしました!」
「全然待ってないよ。時間ぴったり。さすがだねリアちゃん」
「えへ……そういえば、そちらの方々とは初めまして、になるのですよね」
左右の色が違う瞳で、リアちゃんが私とヒバリちゃんに向き直る。
ヒバリちゃんはちょっと緊張気味な様子で、私の腕に掴まったまま後ろに隠れていた。
「大丈夫よ、ヒバリちゃん。この人すっごく優秀な、SOATの隊長さんだから。
……いや、もしかして今は、隊長以上にめちゃくちゃ偉いのかな?」
「名目上は色々と付いていますけど、この街を守る私にとっては、それは取るに足らないことです。
隊長も、本当はちょっと恥ずかしいですけど……親しみをもってそう呼んでくださるのは、うれしいですね」
相変わらず、人好きのする笑顔というか、見ている者の気持ちがまったりする不思議なオーラを、リアちゃんは纏っていると思う。ゲームの中でも見てたけど、実際に対面するとより癒される。
私も釣られて笑顔になりながら、頭を下げた。
「改めて、はじめまして。
えっと、私のことはヨハネさんから色々聞いてるかもしれないけど、そういうわけなので、リアちゃんのことも一応知ってはいて……ていうか、実はこっそり寮に入った時に、一方的に見ちゃったんだけど……!」
「はい、存じています。えへへ、実は私も同じです。オオノさんがこっそり寮に連れられて来るところを、ヨハネさんのお部屋の前まで尾行した時に、見てしまいまして……。でも、きちんとお顔を見て会うのは、今が初めてですもんね」
コルニアで上手く擬態させたつもりだったけど、やっぱりバレていたらしい。
お互いがお互いに探り合っているという、何とも居心地の悪い初対面を思い出した私が苦笑いになっていると、ヒバリちゃんが私の体の傍から、こちらをじぃっと覗いていた。
「あ、この子がヒバリちゃんです。いつも仲良くしてもらってて」
「シェルターで過ごしておられる方ですね。最近は保護者つきで外出許可も出たと聞いてたので、よかったです!
ヒバリさん、はじめまして。榊莉亜と申します」
「……ヒバリ、です」
小さくなって答えるヒバリちゃんに、リアちゃんは目線を合わせてくれる。
「ヒバリちゃん、リアちゃんがシェルターまで送ってくれるよ」
「はいっ。オオノさんはこれからSOATに御用があるので、ヒバリさんは私と一緒に帰りましょうか」
「……は、はいっ」
かしこまって返事をするヒバリちゃんを見て、リアちゃんは安心させるように笑顔になった。
「そんなに緊張しないでください。まだ時間はありますから、ヒバリさんが他にも寄りたい場所があったら、そこに行ってから帰りましょう?」
「はいっ。……あ、あの、ムラサキ、は、だいじょう、ぶ?」
「心配いりません。ヨハネさんが、きっといいようにしてくださいますから」
隣に立つヨハネはというと、喫茶店にいた時もコーヒーカップを持ちながら上の空だったところを見るに、緊張はしているんだろうなと思ったが、私はヨハネにすべてを預けて信じてここまで来たも同然なので、リアちゃんと同意見だ。
頷いて笑い掛けてから、私は掌にことりを乗せて、ヒバリちゃんに差し出した。
「はい。早速なんだけど、私は行ってくるから、ヒバリちゃんにことりを預かっといてもらえないかな」
「わかった。ヒバリ、おへや、つれていく」
「ありがとね。ことり、ヒバリちゃんとこでいい子にするんだよ」
「ぴぃ」
お行儀よく両足を揃え、頭を振りながら返事をしたことりは、ぴょんぴょん跳んでヒバリちゃんの腕から肩に上っていった。
ほっぺたに頭をくっつけることりに、くすぐったそうにしながら、ヒバリちゃんが笑みを浮かべる。リアちゃんも思わずといった様子で顔を綻ばせた。
「わぁ、かわいい鳥さんですねぇ」
「この子、ことり。むっちゃん、と、ヒバリの、ともだち」
「ぴーよ」
羽根をばさばさしてご挨拶することりを見て、リアちゃんは驚いたようにまた笑顔になる。
本部へ続く街路に出て、反対方向へ行くヒバリちゃん達を見送りながら、ヨハネも安心したように頷いた。
「リアちゃん、ごめん。あとは頼んだ」
「お任せくださいっ。さぁ、行きましょう」
差し出してくれたリアちゃんの掌を、ヒバリちゃんがおそるおそる握っているのを見て、私も安心する。
今はちょっと緊張しているみたいだけど、ことりもいればきっと仲良くなれるだろう、と思いながら、その背を見送った。
「さあ、ボク達も行こうか」
「うう、ダンジョンのラスボス攻略に行く前の気分……」
「そんなに緊張するなよ。少なくとも、あんたから見れば顔見知りに会うことになるんだろ?」
「そうかもしれないですけどもおおおおお!」
全然無関係の人間として見ているのと、当事者として行くのとじゃ違い過ぎるのだ。
けれど、私が愛した人達ならきっと大丈夫だろう、何とかなると内心は思いながら、私は道の先に佇むSOAT本部のオフィスを見上げた。