SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
心配したヨハネが見舞いに訪れると……?
第6節 看病
こうして、ムラサキとヨハネが二人三脚で任務に当たることになってから、約一ヶ月。
今のところ目立って大きな事件はないものの、見回りや事務周りの仕事を振られながら、ムラサキも少しずつSOATやSOATの面々に馴染んできていた。
心配していた風俗店のママには、姿を消していた間のことを散々叱られながらも事情を話し、個人経営でムラサキが担当していたお客を何割か受け持ってもらって、今は無理なく両立できる範囲で二つの仕事を続行している。
とはいえ、いつ緊急時の通報が入るか分からないので、優先となるのはSOATの方だ。
元々リアルの世界では、公務員の職場で働いていた機会が多かったムラサキにとっては、正直なところかなり有難い職場環境ではあった。
マニュアル的というか、大体の人間の反応や要求が読めるので、とても仕事がしやすかったのだ。
ヨハネも見回りで体力的に無理のある仕事は振らないし、それ以外の時間は本部の執務室で、頼まれた資料作成業務や補助を行いながら、かなりのんびりしていられる。
それなのにお給金までゴールドでもらっていいのだろうか……と思いつつも、ムラサキがSOATに所属して最初の日々は、順調に過ぎていった。
しかし、どんなに順調に見えても、パートナーを信頼していても、言いづらい悩みというのは知らないうちに生じているものだ。
その日、ムラサキはSOATの仕事を休み、人知れずヨハネの激昂を買っていたのであった。
「な~、いい加減に機嫌直せって。お前に当たられる部下が可哀想だろうが」
「別に仕事の指示はいつも通りしてるけど!? それとも何!? SOATの廊下を足音荒げて歩くのさえ我慢しろっていうのかなぁ、イサク先生は!」
「いや、ただでさえ眉間に皺寄ってんのに、その顔で歩いてたらすげぇ怖ぇから、お前……若い奴らが泣いちまうだろ」
隣で今日一日、ヨハネと周囲の隊員の緩衝材役を買って出ていたイサクは、こいつでも仲間に取り繕えないくらい機嫌を損ねることもあるのか、と半ば意外に、半ば素顔を嬉しくも思いながら、呆れた目を向けている。
もちろん、ムラサキ本人からSOATに欠席連絡自体は滞りなくあったので、別に無断欠勤というわけでもないし、彼女が誰かに迷惑を掛けたということもない。
にも関わらずヨハネが怒っているのには、別の理由があった。
「まさかとは思うけど、こんだけ働いたぐらいで倒れるなんて、彼女のこと役立たずだとか思ってんのか?
体が弱いのは、お前自身も十分承知の上だろーが。自分から抜擢したくせに」
「違う! ボクが怒ってんのはそんな事じゃなくて!!!
あいつを一応パートナーなんだって認めてやったくせに、未だに一人でうじうじと抱え込んでるのが気に入らないんだよッ!
体調崩してるっぽいくせに、何で一番にボクに連絡が来ないのさ!? 直属の上司で相棒だよ!?」
思わぬ反応が、ぎっと目を吊り上げたヨハネから返ってくる。
化粧を施さなくとも十分美しいその眼を目にして、一瞬ぽかんとしたイサクは、肩を震わせて笑い出した。
「相……っ、はは、お前相当気に入ってんだな、ムラサキのこと」
「別に、ただボクが現状把握してないってのがイラつくだけ。なんでこんなにイライラするのか知らないけどさ」
「人はそれを、恋をすると呼ぶ」
朗々と言った瞬間、振り上げた拳で殴られそうになるのをぴょいと避けながら、イサクは爪を噛み始めかねないヨハネを、両手を広げて宥めた。
「まあまあ。んなこと言っても、例の植能絡みの話なら、女性職員相手の方が休むって言いやすいってことも、あるかもしんないだろ。
彼女はお前の性別のこと、知ってるわけだし」
「そりゃ、男と女で体の作りは違うのかもしんないけど。言っても仕方ない事で困らせないようにするために、あいつが気遣ってんのかもしれないけど」
それでも、ぶすくれた表情は変わらない。自分と彼女の間に「遠慮」という状況があるという、もうそのこと自体、ヨハネは腹立たしくてたまらないのであった。
そんな話をしながら歩いていたところへ、別任務から帰って来たミカが合流する。
「あらあら。アナタ達、もう今日の任務おしまい? だったらこの後、アタシにちょっと付き合って……」
「行かない」
「即答することないじゃないのよッ! んもうっ、つれないっ! もうヨハネなんて誘ったげないんだからッ」
「気にすんなよ、ミカ。あいつ、今ムラサキのことしか頭にないだけだから」
「あら、そうなの? そういえば今日お休みだったわねぇ、大丈夫かしら」
ごつい顔に手を当てて、ミカがおっとりと首を傾げる。
ロッカールームに入り、黙々と帰り支度を始めるヨハネは、無視を決め込んだらしい。
ショルダーバッグを背負ったその背に、イサクが苦笑しながら話し掛ける。
「そんなに気になるなら、見舞いに行ってやれよ。彼女、もう例のアパートに戻ってんだろ。
具合が悪い時なら、手早く食べれるモンのひとつやふたつ、持って来て貰えると助かるもんだぜ」
「……わかってる」
背を向けたままぶっきらぼうに答えて、ヨハネはすたすたと昇降口に歩き出してしまった。
「……なんだかんだであの子、ムラサキちゃんのこと大事にしてるのねぇ」
深く頷くイサクの傍で、ミカがその気持ちを代弁するかのように口にしたのだった。
それから、午後休を取ったヨハネは、既に来慣れたムラサキのアパートを訪れていた。
エントランスに足を踏み入れようとすると、アパートを回り込んで飛んでくる鳥の羽音がして、そのままぱさりとヨハネの肩に止まる。
「ことり。迎えに来てくれたのか」
「ぴぃ」
人差し指で頭を撫でると、青い
賢い上に好奇心旺盛な鳥で、ムラサキの部屋にいる間は来客の気配を察するのか、誰かが来る時に窓辺から飛び立って、こうしてアパートの外までわざわざ顔を見に来るのが習慣付いている。
オートロックの解除用のキーまで咥えて持って来るので、大したものだった。
「お前のご主人は元気か?」
「ぴぅ」
ぶーっと白い胸毛を膨らませたかと思うと、ことりがふるふると震えながら、だんたんと身をすぼめてしょげていった。
(……よく分かんないけど、あんまり元気じゃないってことかな)
さすがに鳥の言葉は解せないので、行った方が早いと判断して、ヨハネがエレベーターに乗る。
普通の客の場合は、部屋のある階に着いて案内を終えると、ことりは自力で飛んで玄関と反対側の窓から部屋に帰っていくのだが、ヨハネにはすっかり懐いているので、肩に乗ったまま下りようとしない。
そのまま玄関から入ろうと、ヨハネはインターホンを押す。
が、チャイムを押せど応答がない。
「ほーーーーう……? 仕事を休んだ上に、心配で見舞いに来てやったボクを無視とは、いい度胸だねぇ」
「ぴっ」
思わず引き攣った顔で笑みを形作ったヨハネの隣で、その殺気を察知したことりがびくっと体を強張らせる。
その時、ヨハネの端末が振動した。
「……ムラサキ?」
家の前にいるのになんで、と怪訝な顔つきになりながら、ヨハネは電話に出た。
「もしもし?」
『あ……ヨハネさん?』
「サキ? 今、あんたの部屋の前にいるんだけど。どこにいるの?」
『家ん中。こっから遠隔操作で開けるから、入って。インターホンまで動けないんだ』
力なさげな声が言う。電子音と共に扉が開錠される音が響いて、ヨハネがおっかなびっくりドアノブを握る。
「おじゃましまーす……」
一応そう声を掛けてから、玄関の靴をひょいと跨いで、薄暗い中を覗く。廊下の両脇に台所や風呂場が設置された、手狭なLDK。洗濯ものが散らかり、生活感の溢れる廊下を抜けて角を曲がると、左の壁際ベッドがこんもり盛り上がっているのが見えた。
随分と憔悴しきった死んだ目が、布団の下から覗く。ごそりと起き上がろうとしてムラサキが呻き声を上げたので、ヨハネは慌てて押し止めた。
「いい。いいって、動かないで! そこにいて」
「ごめん……SOATの任務は、私が直々に頼まれたお仕事なのにね」
「ボク一人で何とかなったから、大丈夫だよ。それより……」
心なしか、顔色も白い。ヨハネはムラサキの体を布団に横たえたまま、額に手を当てて体温を測ってから、手首の脈を取った。
ぱさぱさとヨハネから飛び降りたことりは、悪い物を追い出すように、ムラサキのお腹に乗ってその場で布団をつついている。
「ぴっ、ぴっ」
「こら、ことり。布が破けるだろ。お前の綺麗な羽根が羽毛と混じっても知らないぞ。
……顔色悪いな。バイタルサインも、あんま正常とは言えないね」
「何それ、そんなお医者みたいなことできんの……?」
疲れと痛みにぐったりしながらも、ムラサキは思わず小さく噴き出した。
「一応、SOATだからね。ログインする時に、何もアラート鳴らなかったの?」
「それは、よくわかんない……。こっちの世界の人と、おんなじ仕組みでログインしてるのかもよく知らないし」
「それもそうか。ったく、無理に来るくらいなら、ログアウトして休んでればよかったのに」
「だって、ヨハネのこと、お仕事中一人にしちゃうから」
「あんたがくたばってたら、一人だって二人だって同じだよ」
呆れたように言いながら、そのまま浅黒い手で額を撫でると、ムラサキはちょっと驚いたように瞳を見開いてから、柔らかく目を閉じた。
「多分、ここからログアウトしても、リアルの世界の私が具合悪いってわけじゃないと思うな」
「そうなの?」
「こっちの周期と、あっちの周期は違うからね」
「……?」
ずるずると身を起こし、クッションに背を横たえたムラサキは、青い顔のまま力なく苦笑する。
「大方、仮病だとでも思った?」
「いや、あんたに限ってそれは思ってないけど……痛いのはどこ? お腹?」
「そうだねぇ……子宮のあたり。まぁ、生理痛だから。これ」
とんだ災難だー、と言いながら布団で伸びるムラサキを、ヨハネは呆然とした目で見つめている。
「あ、ごめん。びっくりした?」
「え、いや、知ってるけど……その」
「寝込むほど酷いとは思わなかった、でしょ?」
「う、その……なんか、ごめん」
「いいよ、謝らないで。自分の身に起こらなきゃ、あんまり想像できないよね」
小さく笑って、ムラサキがパジャマの手を振る。
その様を見て、ヨハネがおずおずと聞いた。
「生理痛ってあの……それじゃ、もちろん血も出てるってこと?」
「さすがに直接はお見せ出来ないけど、そゆこと」
「……そ、そうなんだ」
ヨハネでも、さすがに概念くらいは知っている。けれど、こちらの世界の殻が女性でも、それを経験したことはないし、ましてや動けないほど酷い痛みに襲われるなどということもない。
それ以上返す言葉もなく、沈黙するヨハネに、再び布団の中へ戻りながらムラサキは微笑んでみせる。ことりがその頭の横へ蹲ると、毛玉のように丸くなった。
「ごめん、本当にどうしようもない時だけ休むつもりだったんだけど、なんか大ごとにしちゃったね。まぁ、そういうわけだから、あんまり心配しないで帰ってくれていいよ。寝てれば良くなるし」
「いや、これ放っておいて帰れって言われても、逆に困るんだけど……」
ベッドの上に横座りしながら、ためらいがちにヨハネが頭に手を降ろす。なんとなく行き場をなくしてそうした掌に、ムラサキはちょっと驚いたような顔をしながらも、おとなしく撫でられ続けていた。
この際、腹を割って話すいい機会だと思ったので、ヨハネは彼女の頭に触れながら、眠くなさそうなのを確認して話し掛ける。
「生理ってことは、これ毎月なるんだよね? もうこっちに来て何ヶ月か経ってるでしょ? ひょっとして、先月の任務の時も」
「まぁ、お仕事に被ってはなかったけど、それなりに重かったかな。一日か二日は」
「なんでそれ早く言わないんだよ……」
「いやその、さすがに言っても、ここまでの重症とは信じられないかと思って」
「あんたの身の回りに関しては、既に信じらんないような事の方が多く起こってんですケド!?
とにかく、ここから先のシフトはあんたの周期に合わせて変えられるようにする。いいね?」
隊長権限なので、いいも悪いもない。ムラサキがおとなしく頷くと、ヨハネはやっと安心したように小さく笑みを浮かべた。
「けど、こっちで植能以外の要因で具合を悪くする人なんて、滅多に見ないから……
つくづく何でこうなるのか、あんたが気の毒になる」
「陰陽紋は、代償の役割……なんだっけ。
あんまり規則性を厳密に測ったことはないけど、植能を使い過ぎた翌月は生理ひどかったりするんだよね、確かに。そもそも、使った直後も腹痛かったりするしさ。
まぁ、生まれつき体がそこまで強くないってのもあるから、100%植能のせいだと言うこともできないんだけどね。私が密航者だからなのか……」
喉が渇いたと言われてヨハネが水を持ってくる間、起き上がって額に手をかざしてから、あ、と何かに気付いたように声を出したムラサキは、ばったりと背中から倒れ込んでベッドに戻る。
「あ~、やっちゃった。買うの忘れてた」
「何を?」
「痛み止め……。もうそろそろ切れるから、買い足しとこうと思ったのに。ていうか、こんなに早く来るとか聞いてないし」
「薬も飲まずに、一人で部屋に籠って呻ってたわけ……?」
少しだけ怒りのバロメーターを笑顔で跳ね上げるヨハネを見て、ムラサキが慌てて言い訳する。
「だってしょうがないじゃん、動けないぐらい痛いんだから、買い物はおろか洗濯機に物入れる気力もなかったよ。血のついたシーツとかパジャマとか洗濯したかったのに」
「しょうがなくはないだろ。こういう時ぐらい、相棒を頼れよ」
苛立たし気に小さく舌打ちするヨハネを、ムラサキがぽかんと下から見上げた。
「あい……ぼう?」
「何。ボクはそのつもりだけど。言っとくけどね、このボクを片割れにしといて、あんたが元気ないとか、辛い時に一人で抱え込んでるとか、許さないから。
サキは、SOAT隊長の相棒なんだよ? ボクを引き立たせてくれるぐらい元気でいてくれないと、他の隊員に示しがつかないでしょ」
説教がましく指を突きつけるヨハネに、ムラサキは横になって膝を抱えたまま笑った。
「ちょっと。何で笑うの」
「ふふ、あはは。そっか、そっか。うん、いや。私が相棒になっていいんだ、って嬉しかったんだ」
「……え、そこから?」
「だって、ヨハネはすごい子だから。すごい子な上に、いい子だから。だって隊長さんでしょ」
「そりゃ、そうだけど……だからって今更距離感じなくてもいいでしょ、あれだけ馴れ馴れしくしといてさ。
一応、あんたの方が年上なんだし? 見えないけど」
「別に、仕事に年上も年下も関係ないでしょ。ただ、私自身のことでヨハネを顎で使うのが、気が引けるだけ。
でも、頼っていいんなら甘えちゃおうかな」
その言葉を待っていたというように、ヨハネは得意げに立ち上がった。
「何? 痛み止め? 買ってくるよ。さっき言った通り、あんまりこっちの世界の奴は薬を頼らないから、効果のほどは期待できないけど。他には?」
「えっと、そだな。じゃあ……」
「洗濯機、入れとく?」
「……それは、さすがに申し訳ない気がするんだが」
カーペットに放り出したままのパジャマ類と廊下の奥を、ムラサキが申し訳なさそうに視線で往復させるが、ヨハネは頑として引かない。
「女同士だからって最初に言ったの、あんただろ。別に、こっちの世界のだって入れて電源点けるだけなんだしさ。
食べるものも何かあった方がいい……よな。なんとなく、そうした方が気分よくなる気がするし」
「ヨハネさんって、料理作れるの?」
「簡単なのだけだけど。お粥でいい?」
「お粥うう! 上出来すぎるよ、助かる……。
あとさ、そっちの押し入れから、カイロ取ってくれる?」
腰にカイロを貼ってもらい、ほう、と一息ついたムラサキに、鞄を持って身支度を整えながらヨハネは背を向けた。
「それじゃ、後で何か必要なもの思いついたら、電話して」
「必要なもの……」
「? まだなんかある?」
疑問符を浮かべて振り返ったヨハネの顔と澄んだ瞳を、暫くの間じっと見つめる。
今更ながら、Tシャツに七分丈のカーゴパンツという、ラフな私服がムラサキにはとても新鮮に映った。
「……ううん。だいじょうぶ」
「そ。じゃあ、行って来る」
静かに玄関扉が閉まる音が響いた後で、布団にくるまって身を縮めながら、ムラサキは枕に顔を埋めた。
「……『ヨハネが居てくれたら、もう何も要らない』なんてね。さすがに、台詞が乙女過ぎるよね」
でも、本当にそうなんだけれど。
傍にいて話してくれるだけで、鈍く内臓を這い摺るようだった痛みが、少しだけ遠ざかったような気がする。
額に当てられた手の温もりを思い出しながら、ムラサキはことりに寄り添って、しばし微睡んだ。