SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部   作:大野 紫咲

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ムラサキから悪夢の内容と原因を聞き出し、改めて彼女の苦しみを減らしたいと願うヨハネ。
そんな彼は、ついにある決心を……?


3-8 決心

第8節 決心

 

「……サキ。ムラサキってば!」

「ぴぃーぁ」

 

 ばさばさと、鳥が扇ぐように羽根を羽ばたかせる音で目が覚めた。

 けたたましい声で鳴きながら、ことりが一回り大きく見えるほどに体を膨らませ、すごい勢いで青と白の羽根を目の前でばたつかせている。

 その横にはヨハネがいて、自分の体を揺すって起こしてくれていたのだと、ムラサキは気が付いた。

 ムラサキを苦しめた悪夢へ敵意を剥き出しにするかのように、未だことりは全身の毛を逆立てて怒っている。

 

「ほら、ことり。もう大丈夫だ」

「うるるるる」

 

 未だ低い鳴き声で呻っていることりの背を、ヨハネが掌で撫でて宥めようとしていた。一人と一匹を前に、慌ててムラサキは体を起こす。

 酷い夢だったが、体の具合は幾分か楽になったようだ。

 

「あ……お、おかえり。やだ、帰って来てたんだったら声掛けてくれればいいのに」

「声掛けろったって、寝てたのはあんただろ……どうしたんだよ。魘されてたぞ」

 

 あくまで何でもないように振舞うムラサキの額の汗を、ヨハネが指先で拭う。

 掌の周りを気遣わし気にちょんちょん跳ねることりの毛羽立った体を、ムラサキは笑ってそっと撫でた。

 

「ごめんね、ことりも。心配してくれたんだね、ありがとう」

「ぴるるる」

「うん、大丈夫大丈夫。おかげで、ちゃんと目が覚めたから」

 

 それでも心配なのか、ことりはムラサキの腕の方に止まったまま、傍を離れようとしなかった。ぼんっ、と体を変化させて風船くらいに大きくなると、丸々とした体でそのままムラサキに抱き枕のように抱かれている。

 それはヨハネも同じで、お使いはとっくに終わったものの、ムラサキの右隣りへ寄り添うように腰を下ろしたまま動かない。

 両脇からあったかい存在に挟まれて、不意に気持ちが緩んだムラサキは、ぼすんっと隣のヨハネに寄り掛かった。

 

「〜〜っ、ごめん! やっぱりちょっとだけ胸貸して!」

「! っ、いや、いいけど……本当にどうしたのさ」

 

 無理に笑おうとしながら肩を震わせるムラサキを慌てて支えたヨハネが、困惑気味だった瞳を微かに見開いた。

 

「……サキ? 泣いてるの?」

「……」

 

 こんな時どうしたらいいのか、SOATのマニュアルにも書いてない。

 他人を慰めるのが苦手なヨハネにとっては、相手が女性だということも含めて、甚だしく対応に困る状況だ。

 

(でも……なんでだろう。どうして欲しいのか、わかった気がする)

 

 ことりを抱えて黙ったままのムラサキの背中へ、躊躇いがちに手を伸ばしたヨハネは、思い切ってその腕を回しながらぎゅっと抱き締めた。

 

「……大丈夫?」

「っ、う……」

 

 顔を埋めながら、耐えきれずにムラサキの瞳から涙が零れた。羽毛が濡れるのも厭わずに、ことりは抱き締めたムラサキの腕の中でじっとしながら、くぅくぅと鳴き声を立てる。

 長い睫毛に乗った雫を、息を飲んで見つめるヨハネの前で、顔を離したムラサキが俯きがちに口を開いた。

 

「じ、事件の……夢を見てた。あのシェルターが崩壊した日に……私が、まだあのシェルターにいた時に……起こった、あの」

 

 この震え方に見覚えがある、とヨハネは思った。

 初めて彼女と飲んだ日、帰り道にテケテケに襲われた彼女を匿った、あの時と同じ。

 ボールのように丸くなっていたことりの毛を、ふわふわと梳かしながら、ムラサキが座り直して涙を払う。

 

「だ、だいじょうぶ……ごめんね、突然泣いたりして! でも、泣けたらスッキリするから……」

「……サキ。もしかしてあの時のこと、何か思い出した?」

「……」

「話はあの時助かった全員から聞いたし、大変だったんだろうなとは、思ってるよ。けどあんたの怯え方は、尋常じゃないでしょ。今までどんな化け物を前にしても最後は物怖じしなかった、あんたらしくもない」

 

 ムラサキ的には、常に怯えて状況に対応するのが精いっぱいだと思っていたので、思わぬ過大評価だと思ったが、ヨハネは少し哀しそうに微笑んでから、ムラサキの頭をそっと撫でる。

 子供のように撫でられて、ムラサキは安心しながら思わず目を閉じた。甘えるように肩口にくっついても、今のヨハネは何も言わない。そのくらい、ムラサキが精神的に参っているのを、察してくれていた。

 

「『泣いたら大丈夫になる』っていうの、なんかちょっとズルいよ。

『大丈夫』にしてるのはそっちじゃん。

あんたのことだから、どうせ泣くべき時は泣いて、それ以外の時は泣いたり悲しんだりしないように、きっちりケジメ付けるべきだとか思ってるんだろ」

「……」

 

 いい年した大人だから、と思ったのだが、いけなかっただろうかとムラサキは考えつつ、間近にあるヨハネの瞳を見つめ返した。

 こんなに近くにいるのに、ただただ呼吸まで寄り添っているかのような心地よさがあるだけで、不思議と恥ずかしさは感じない。

 広い掌に、ムラサキの艶やかな黒髪が柔らかく絡む。

 

「別にボクの前でくらい、理由なく泣いてもいい。無理に悲しいコトを終わらせようって、思わなくていい。

い、一応、だってほら……その……相棒(パートナー)、なんだし」

 

 その言葉に思わず息を止めて顔を見上げたムラサキが、気を緩めてくしゃっと笑った瞬間、またぼろぼろと涙が零れ落ちた。

 

「ふ、ふふっ。そう、だね」

「ほら。話してよ。わかったんなら」

 

 先を促されて、ベッドに並んで座ったまま、ムラサキはあの日起こったことを覚えている限り話した。

 途中でなぜか辛そうな顔をされてしまうのが、見ていてムラサキにもしんどかったが、情報を共有しておくことは大事だ。

 傍にことりが居て癒してくれたのもあり、何とかゆっくりと話を終えたムラサキが、小さくなったことりのふわふわの頭を撫でながら呟いた。

 

「あの後で、……ことりが傍で鳴いてる音で目が覚めて……あの子と一緒に、アパートの部屋に帰ったの。もう、どうせ襲われても闘えないと思ってたし、他に行く場所、思いつかなくて」

 

 よく考えれば、一緒にシェルターに避難していたことりが無事だったのも、幸運でしかない。

 掌に乗せて、その体に頬ずりしたムラサキに、ことりは嘴でキスをしながら嬉しそうに応える。

 慰めの言葉よりも、何か一つでもムラサキを安心させるような要素があった方がいい、と考えたヨハネは、今までの話から分かることを整理しながら、顎に手を当てて頭をフル回転させた。

 

「今までは、エレメントが何かの形で人間に憑りついて暴走させるってパターンが多かったけど、あんたが倒したその男は、多分違う。

現場から何も見つからなかったってことは、IDも正規の殻も存在しなかったってこと……おそらくあいつがヤマノケ自身。エレメントが化け物に姿を変えたものだ」

「人間……じゃ、ないってこと……?」

 

 それは少し意外な結論で、ムラサキは小さく目を見開く。

 いつの間にか外は暗くなっていて、スタンドの明かりを捻り光を強めてから、ヨハネが傍に戻ってくる。

 

「サキが心配してたことは分かった。早めに気付いてあげられなくて、ごめん。

けど安心して。もし殺人や失踪事件だったら、セブンスコード内の入場と退場の人数が合わなくなるんだから、とっくに大騒ぎになってる。そっちは、雷鳥の時のテケテケを倒した後に救出された人達を含めたら、ちゃんと解決してるんだよ。

あんたがSOATに初めて顔を出した時だって、カシハラは何も言ってなかったろ。ホントにあんたがヤバい奴なら、あのカシハラが黙ってるハズない」

「……信頼してるんだ、ユイトのこと」

「言いたくないけど、〝神様〟らしいからね? セブンスコードの。やたらとそういう勘が働くんだ」

 

 犬みたいな奴、とふんと鼻を鳴らしながら皺を寄せるヨハネを見て、ムラサキは漸く小さく笑った。

 

「そもそも、相手が生身の人間だったとしても、サキのそれは正当防衛でちゃんと認められると思うけどね……」

「で、でも……」

 

 人間じゃなかったからと言って、安心していいものだろうか。

 そんなムラサキの気持ちを察するようにして、ヨハネは目を見ながら小さく頷いた。

 

「分かるよ。殻が崩壊してくのは、見てて気分のいいものじゃない。

ボク達だって、『捕縛』の時は別として、相手を倒す時に致命傷を負わせることは、今じゃ滅多にないからね。

……でも、あんたは人殺しなんかじゃないよ。あんたがやらなければ、あんたも、その場にいたその他大勢の人も、危なかった。

あんたは、自分とみんなの身を、守ったんだ」

 

 一般人には、あまりに酷な仕事だっただろう。

 自分が見ていない間にそんな目に晒してしまったことを、唇を噛んで悔やみながら、ヨハネがムラサキの体を正面から抱き締める。

 

「それでも納得できないなら、ボクが一緒に背負ってあげる。

この力で……市民に身勝手に裁きを下すのは、ボクも、SOATも同じだ。

ボクが帰属する場所に、あんたは全てをなすりつけていいんだよ。元はといえば、ボクらが早く駆け付けられなかったせいなんだから」

 

 そんなことない、とムラサキは慌てて首を振るけれど、一番に欲しい言葉をくれるヨハネの優しさが嬉しかった。

 細身のようでいて、意外と逞しい部分もあるヨハネの体に寄り添いながら、ムラサキは目を細める。

 

「ありがと。こんなこと言うのもあれだけど……すごく楽になった。

……なんか、運命共同体みたいだね。私達」

「とっくにそうなっててもおかしくないけどね。ていうか、もっと本当の意味で運命共同体になってもいいんだけど」

 

 ムラサキの腕を掴みながら、正面からヨハネが顔を見据える。

 オレンジ色の灯りがくっきりとその目鼻立ちに陰影を落としていて、真摯な瞳に今更のように心臓がどきどきとした。

 

「えっと……それは、どういう意味で……?」

「セブンスコードは、アウロラの臓器や体細胞の遺伝子をコード化して、植能にしている。

あんたの子宮(ウーム)も、もし同じ理屈なら、破壊は出来なくても何かしらの方法で〝譲渡〟は出来るんじゃない?」

 

 遅かれ早かれ、聡明なヨハネがそれに気付かないはずはないと、ムラサキは思っていた。

 こくりと小さく唾を飲み、ミソラが理論上は可能だと言ったそれを、ムラサキは繰り返して口にしながら彼を見上げる。

 

「譲……渡?」

「その植能……少しでもボクが引き受けられれば、ムラサキは楽になるんじゃないかって」

 

 本気、なのだろうか。

 ひとまず認識を擦り合わせようと思い、ムラサキは脳内から自分の知っている知識を引っ張り出しながら、指先を頭に当てた。

 

「ええっと……植能のデータを、何か媒体に移し替えたり、通信を使ってデータで殼に転送するっていう、あれだよね」

「そう。SOATで植能を貸与する時も、コンタクトレンズに入れて渡されたし、カシハラからコルニアを取り返す時も、データをボクの殼に移し替えることには成功した。今度も、多分……」

「譲渡……譲渡かぁ」

 

 真剣な瞳のヨハネを見て、ここまで来て言い逃れは出来ない、とムラサキは思った。

 不思議そうにやり取りを聞いていることりを撫で、ひとつ深呼吸をすると、顔を上げてヨハネの瞳を見据える。

 

「……やったことないけど、一部にしろ全部にしろ、多分人に受け渡すことは可能だと思う。ってミソラが言ってた」

「本当か!? ってか、なんでそれもっと早く言わないんだよ!?」

「……譲渡したところで、力や負担が分散するだけっていうか、完全にはなくならないの。それにこの淫紋は、私自身とも繋がってるから。

私がこの能力を使った代償として痛みを伴う場合は、それがヨハネにも伝わるし、元々痛みなんか不必要なセブンスコードで、君自身も理不尽に痛みを味わうことになるんだよ? それはいいの?」

 

 痛いのはイヤだ、と常日頃から言っているヨハネが、それに怯まないはずは無く。

 不安を隠し切れないまま、正直に黙り込むヨハネを見て、ムラサキは優しげに微笑んでその手でヨハネの頬に触れた。

 

「あーあ、無理しちゃって。気持ちだけで十分嬉しいってのに」

「……べ、別にいい」

 

 しかし、そっぽを向きながら続いた言葉に、ムラサキは驚いたように目を丸くする。

 

「いや、別にいいって、そんな軽々しく。今までの私の様子見たでしょ。痛いよ?」

「構わないよ。元々ボクだって女の体だし」

「いやだって……それ一応アバターの話でしょ?」

 

 現実世界のヨハネの性別はもちろん知っているが、知ったところでどうだっていい。

 ヨハネの性別はヨハネだ、というのがムラサキの暴論である。この顔と体が、自分の好みであることには間違いなかったが。

 けれど、多少恥ずかしそうな様子を見せながらも、ヨハネの決心は揺るがないようだった。大きな掌が、ムラサキの手を握る。

 

「ここに来る前から、心の準備は出来てる。……少しでも、あんたの苦しみを減らせるなら、ボクは受け入れる」

「な、何でそこまでしてくれるの?」

「なんでって……」

 

 そんなの言わなきゃ分からないのか、とでもいうような目を向けられて、ムラサキは一瞬混乱しかけた。

 

(こ、これは、〝仕事上の〟パートナーだからなの? それとも……)

 

 確かに、ムラサキの体が楽になればヨハネ達の足を引っ張ることも減るのだから、仕事の上でも役に立つとは言えるだろうが、その分ヨハネの不調が増えるだろうし、彼にとってはデメリットしかない。

 それを進んで受け入れてくれるという、ヨハネの「パートナー」という言葉には、本当にビジネスの範囲内の意味しか、含まれていないのだろうか。

 何かを期待してしまいそうで、ぐるぐると頭が回っているところに顔を近づけられて、ムラサキはますます慌てた。

 

「わかったんなら、さっさと」

「あーー! ちょ、ちょっと待って。もうひとつ問題が」

「まだ何かあるの? 折角人が痛みを折半してやるって言ってんだから、大人しく受けとけばいいんだよ」

「ていうか、こっちの方が一番の問題かも……」

 

 何故か困ったように、顔を手に当てながら他所を向くムラサキの頬が、心なしか赤い。

 

「……?」

「さっき、植能の譲渡には方法が色々あるって話したよね」

「ああ、言ったね」

「ミソラが調べてくれたとこによれば、植能を司ってる淫紋のコード化と移行自体は可能なんだけど、それを出入力するシステムの部位に問題が」

「出入力……?」

「要は、取り出したり送信したりする時に、特定の手順を踏まないといけないってこと」

「なんだ、それだけの事だろ。どうすればいいんだよ」

 

 得意げに軽く言ってのけるヨハネの前で、盛大に溜息をつくムラサキのつむじを、尚も不思議そうにヨハネは見下ろしながら首を傾げている。

 

「?」

「……はあ。あのね、特定の身体部位を介在しないと、情報が送受信出来ないようになってるの。少なくとも、絶対にそこを経由しないとコードを取り出せすらしないみたいで、故に機械じゃ私からの植能の移譲はできない」

「……えっと、どこだって?」

「ここ」

 

 つんっ、とムラサキの人差し指が唇をつついた瞬間、すべてを理解したヨハネの葵色の瞳が見開かれる。

 

「それ、って」

「そゆこと。……ヨハネ。私とキスできる?」

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