SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
互いに狼狽する二人だが、その距離はだんだんと縮まって……。
どうでもいいんですが、二人がなんとなくいい雰囲気の時って、横で見てることりちゃんはどうしてるんでしょう。
すごく気になります。
第9節 誓約
当然のことながら、漫画のように綺麗に固まったヨハネは、面白いぐらいその顔を真っ赤にさせて口走った。動揺のあまり、声が半分くらい裏返っている。
「え……は、はぁ!? ちょ、ちょっと待ってそれボクに……ぼっ、ボクに、あんたにちゅーしろって、そう言ってる!?」
「ちゅー……可愛いなそれ……うん、まあ、そういうことなんだけど」
思わぬところでムラサキがツボを突かれた一方、ヨハネはベッドに倒れ伏して身悶えしている。
普通植能の譲渡と言えば、額だったり掌だったりを介してデータを送受信すれば即終了なので、その反応も無理はない。
一応言ってみただけなのだが、ムラサキは諦めの溜め息を吐いて、ヨハネが買ってきたお惣菜をレンチンし始めた。買い出し中仲間に引き止められた時点で作るのは諦めたのか、お粥も出来合いのものを買ってあったが、十分美味しそうだ。
湯気の立ったそれを、絨毯の上に設置したローテーブルに乗せながら、床に座ってムラサキがヨハネを招く。
「はあ……無理だよねぇ、やっぱり。純情真っ盛りの高校生にキスなんて……っていうか、年齢差のことを考えても私が既婚者ってことを考えても、問題があり過ぎるわ。児ポ法とか引っ掛かるんちゃう? 無理無理犯罪者になっちまう。
っていうわけで、やっぱりこの話はなかったことに……」
「まてまてまて待てッ!」
勝手に早口でセルフツッコミしながら話を畳もうとするムラサキを、必死で止めながらベッドから振り向くヨハネ。
「え……? いや、そもそも何でだよ、どういうこと……? 唇の皮膚接触で、データの送受信が行われるってことか?」
「唇、もしくは粘膜に該当する部位。プラス、本人と相手が同意する意志が必要。だってさ。
そこを介して契約を行えば、あとはその人に触れる度に、自動でデータのインストールが相手に行われるし、相互の負担も軽減できるって話。多分、覚醒した紋のデータも、契約すれば順次そうやって相手に移るだろうって。
ミソラが構築した理論上は、そうなってるらしいよ。もっとも、誰とも試したことはないんだけど」
それは安堵した方がいいのかどうなのか、という複雑な表情になりながら、ヨハネが向かい側にやって来る。
火傷しないように、匙に移して冷ましたお粥を、ことりは器用につついていた。
渋面を作りながらも、ヨハネも自分の分のお粥を啜る。
「いくらなんでも他に方法が……」
「私もそう思ったんだけど、これしか無し。これに関しては、ミソラが風俗のお客だった時代から結構いじくり回してて、唇からデータが抽出出来るってことまでは分かったの。ただ、そこに触れてるのが相手の体以外だった場合――たとえば検出器とかね――は、植能を抽出出来てもただの劣化版コピーになるだけで、私の中から淫紋も力もなくならない。
要は、相手の生身の肉体も経由しなければダメってことみたい。
皮膚とか粘膜の穴から直接データが移る事でしか、譲渡が出来ない植能だからだろう、ってミソラは言ってたけど」
「……まるで性病だな」
「言い方クソ酷すぎるから選んで欲しいけど、まあその通りだね」
「あっ……ごめん。一番に連想するのが、それだっただけで。別に他意はなかったんだ」
素直に謝るヨハネに、目をぱちくりさせてから笑って首を振ったムラサキは、思いついたように匙を置くと腕を組んだ。
「ああ、他の方法ってことなら、なくもないか」
「えっ」
「つまるところ皮膚とか粘膜同士の接触が必要ってことは、キスが一般倫理に照らし合わせると一番精神的抵抗が低そうな方法ってだけで、キス以外にも一応やり方はあるわけでしょ。色々と」
「……」
「もっとエグい方法になるけど、言った方がいい?」
「……いや、いい。期待したボクがバカだった」
げんなりとヨハネが答える。
精力を与えることで暴走が収まるとは聞いていたので、最悪そっち方面の覚悟もヨハネはしていたが、キスで済むならキスでいいような気がしてきた。
一緒に湯気を吹き、卵の入ったお粥を口に運んでいると、汗が噴き出してくる。さっきから頭を使う会話をしっぱなしだったので、ようやく一息つきながらも、ヨハネは呆れたように問い掛けた。
「それで今まで、よく客にその紋様が移らなかったね」
「言ったでしょ、相互の意思が要るって。一方的にあげようとか貰おうとかじゃ無理なんだよ。 まあ、一応お客さんには全部『刺青です』で通してるし、そもそもこんなの欲しがる人間いるわけないしね。私もあげようなんて思わないけどさ」
「なんかあんたの植能って、譲渡方法だったり精神的要因だったり、色々と複雑だよね」
「私自身もそういう面倒くさい人間だから、ある意味ぴったりかもしれないけど、こっちの世界の人にとっちゃたまったもんじゃないかもね」
苦笑しながら、ムラサキが匙を口に運ぶ。
食べ終わって食器やごみを片付けながら、随分と元気を回復したムラサキのパジャマ姿に安堵しつつ、ヨハネはその長い髪を見つめていた。
「……そういえば、今日は下ろしてるんだ」
「え? ああ、あはは、今日はみっともないとこ見せすぎだよね。リアルでも伸ばしてるんだけど、手入れしておくと、防御力が上がるみたい。戦闘の時も、髪型変えたりすると色々違った補助効果があるみたいで、重宝してるんだ」
「別に、下ろしてても綺麗だと思うけどな。ボクはさすがに髪までは伸ばせないし、羨ましい」
するっと自然にヨハネが褒めたので、ムラサキは頬を赤くしたが、櫛を持って梳かしながらヨハネの前にぺたりと座ると、肩越しに振り返った。
「触る?」
「……いいの?」
「別に、セクハラで訴えたりしないよ。さっきは散々胸貸してもらったし。
こんなのでお礼になるなら、いくらでもどうぞ」
笑いながら身を委ねたムラサキの後ろに座ると、ヨハネは褐色の指先でするりとその長い黒髪に触れる。
自分の長さの二倍か三倍は優にありそうな髪が、滝のようにさらりと零れ落ちて、いくら指先に絡めて遊んでいても、ヨハネは飽きなかった。
もつれることなく、指の間を流れていく感触を楽しみながら、微笑みすらその口に浮かんでいる。
「……楽しいな。これ」
「ふふ、ヨハネさんなら、練習すれば髪結ぶのも上手そうだよね」
「三つ編みとか? ボクやったことないよ」
「どんだけでも練習していいよ。ヨハネさんならいくらでも弄らせたげる」
そういえば、初めて彼女に手錠を掛けたあのあたりの店に、つげ櫛を扱う店もあったと、ヨハネはふと思い出した。
ゴールドが溜まったら、オイルか何かと一緒に買ってもいいかもしれない、と当たり前のように考えていた自分に、ヨハネは驚く。
思えば、たったこれだけの期間しか経っていないのに、共に居るのが自然で、会えば何か一緒に食べに行ったり、出掛けたり、似合う物があれば贈りたいと思ったり。仕事仲間だとかは関係なく、特段気負わずにそう考える自分がいる。
(別に、リアちゃんやイサクにもたまに贈り物とか奢りぐらいするし、ミカの好みだって把握ぐらいしてるけど)
それとは、何が違うのだろう。小柄な頭を撫でながら、ヨハネは考えた。
(……サキはどうなのかな)
口にはしないものの、ムラサキといる時間はそれなりに楽しい。
だからこそ、力になってもいいと考えるのも、ヨハネにとっては自然なことだったのだが、それをどう確かめればいいのか。
するすると指を通しながら、ヨハネは考え考え問い掛ける。その横顔を、ベッドサイドランプの優しい灯りが照らしていた。
「あんたはさ……あんたこそ、その、イヤじゃないの。ボクと、そういう……」
「……ちゅーすること?」
「か、からかうなよ。真面目に言ってんのに」
「ごめんごめん、あんまり可愛かったから。……私は、イヤじゃないよ。ヨハネさんの心情を思うと、申し訳ないけど。
嫌じゃないどころか、その……望んでる、まであるけど。私は、ヨハネさんとなら……」
俯いた彼女の声がだんだん小さくなっていって、聞き取ろうとヨハネが身を屈めると、顔の横の長い黒髪に隠れながら、ムラサキは真っ赤になっていた。
「あんた、何て顔してるのさ」
「ち、違う! これはイヤだからじゃなくて! 自分の言ったことが、恥ずかしくて……もう」
髪を両手に持って髪の毛の中に隠れた、妖怪みたいになってしまう。
そんなことしても顔は見え見えなんだけど、と呆れた顔になりながら、ヨハネはふと目元を緩めた。
「ボク達、もしかして同じこと考えてる?」
「え?」
「ボクだって、ボクが構わなくてもあんたが受け入れられないって思ったら、それ以上ボクからムリに押すわけにいかないだろ」
「そ、そんなわけないでしょ! 私こそっ、自分がこんな特殊な理由で付き合わせるなんてさぁ、非常に都合がいいというか、浮ついてるみたいで……」
「浮ついてるのは別にいいんじゃないの? あんたが得をするって話なんだから」
「い、いいのそれ?」
「だいたい、あんたがボクの事大好きすぎるのなんて、最初から知ってるし?」
「なっ……そっちこそからかわないでよ! 大体、ヨハネは全然私の好きの意味わかって……っもう!」
久しぶりにマウントを取れたので、ヨハネは目を細めて得意げに唇を緩ませながらも、嬉しそうだ。
子供のように膨れっ面をして両腕を振り回していたムラサキは、ふと我に返ってけらけらと笑い出す。
その向かいにいたヨハネも、つられて楽し気に笑った。
「ふふっ……あーあ、バカみたい」
笑い過ぎた呼吸を整えながら、ベッドに寄り掛かって笑うムラサキを見つめるヨハネの目に、ほんの少し切ない色が宿った。
これは植能のせいだとか、単純に馬が合うからってノリで流されたら痛い目を見るとか、頭の中では色々なことを言う自分がいる。
けれど、もう止まりたくない。
そのせいで、あくまで仕事の一環なんだと、後になって自分に言い訳をする羽目になっても。目の前の光を、失いたくない。なぜか、強くそう思った。
「……はーあ」
「えっ。わ、私何かまた気分を害すること言った!?」
「違う。どうせ、ミソラに報告する羽目になるんだと思ったら、何か癪で」
「?」
ふっと、ムラサキの方へ身を屈めた拍子に、壁の影も動く。
きょとんと素で不思議そうに顔を上げた、ムラサキの無防備な唇に、ヨハネの唇が触れていた。
「……っ」
頭が、真っ白になった。不意打ちすぎて、匂いも味も、呼吸も感じられないくらい。
片手で引き寄せるように触れられた右の耳に、ムラサキは電流が走りそうになる。
ほんの一瞬触れただけだったけれど、顔を離すと既にヨハネの身に変化があった。
「これ……」
「あっ!? ヨハネの脚にも蔦模様できてる!?!?」
しゅるりと、足元で何かが動いた。ごく薄いものだが、右足の見える位置にムラサキと同じ紋様が転写されている。
そのあたりの事を深く考えていなかったムラサキは、キスの衝撃のままパニックでわたわたと手を振った。
「ど、どうしよう!?!? ごめんっ、これ普通に隠すの難しいのに……!」
「大丈夫、普段は隊服で見えないし。こればっかりは、あの露出が極度に少ない隊服に感謝だな」
「う、で、でもさあ、クチュールとか……」
「あれだって、お世辞にも大人しい格好とは言えないんだから、変に浮いたりはしないでしょ。あんただって入れ墨で通してるんだし」
ボクも入れたことにしようかな、と体を一通り見まわしてから、ふと気付く。
「……なんか、薄いよね」
「そりゃ、まあ……一回じゃ、無理だろうから」
「何回すればいいの?」
「わかんない……暴走が起きたり、紋が定着したタイミングで都度、とか……?」
かくなる上は、後でもう一度ミソラに詳しく話を聞くしかなさそうだ。
しかし、これでもう、定期的にヨハネとキスをしなければならないことは、確定したと見える。
吹っ切れたような顔で、ヨハネが微笑んだ。
「あんたとの約束が、もう一個増えたね」
「約束?」
「あんたを傷付けさせない、必ず守るっていうのと、もうひとつ。
……あんたの持つ痛みは、ボクも一緒に抱えていく」
ぴっぴっ、と嬉しそうにベッドの上でことりが鳴く前で、ムラサキは赤くなったままヨハネの顔を見られずに、両肩をばしばし叩く。
「っ……馬鹿。なんでそんな面倒くさいこと、自分から足突っ込むかな。私、ただでさえ変な人間なのに」
「それも知ってる。自分が巻き込まれた時には、諦めて付き合う主義なの、こっちは。
あんたが巻き込んできたんでしょ。責任は取ってよね」
「ど、どうやって」
「パートナーなんだから、勝手に一人で苦しまないで。ボクを見て対等に話して。自分の望みを隠さないで、助けが欲しい時は助けてって言って。ボクは言われないと分からない方だから。
……わかった? 申し訳なさそうにするよりは、せめて元気に過ごしといてくれないかな。もう腹は括ったんだ。乗りかかった船には最後まで乗り続けるタチなんでね」
何度も噛んで含めるようにそう言われて、ムラサキも観念したように頷いた。その瞳が、微かに潤む。
本当に分かっているのかと、ずいと鼻が触れるほど近付いたヨハネが、きらりと輝くベッドサイドの灯りの下で、瞳を瞬かせたまま静かに囁く。
「……誓う?」
「……はい」
掠れた声で、目を閉じる。触れるまでがもどかしくて、まるで誓いの儀式みたいだ。
もう一度、今度は自分から望んで差し出した唇には、さっきよりも甘い味がした。