SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
その謎は、昨今の怪事件と共に深まるばかりだった。
第5節
余った分の料理をタッパーに移しながら、ムラサキは感心したように声を上げた。
「はああ……それにしても便利だよねぇ……このさぁ、タッパーに入れてぱかっと開けるだけで、量産出来ちゃうこの仕様?」
「これがあれば、姐さんの料理、他の奴らにも提供出来るからなー。リアルと違って、腐ったり賞味期限あるってこともねぇし。一石二鳥?」
「いいなぁ、リアルにも欲しいわー……」
「だよな。姐さんって結構体弱そうだし、大変だろ? 毎回料理作るってさ」
「……ごめんね。私がもう少し、こんな体じゃなくて丈夫で働けたら……こんな、キミ達のご飯を作るついでに、同じものを全部コピーして売り物にする、みたいな手抜きじゃなく、ちゃんと沢山お客さんの分も作れるんだけど」
「いや! そんなことねぇって!」
「そうだよ。ほんとに、今だけでも十分だと思う」
微笑みながらも暗い顔つきで俯くムラサキを、ソウルとウルカが慌てて慰める。
「ほら、姐さんって、こっちの世界に賞味期限とかなくても、マメに料理作るじゃん? おんなじメニューでも、こっち来る時に毎回作り直してくれるし。それがいいっていうか……同じなんだけど、違う味なんだよな。それって分かる味なんだけど、こう、微妙に違うっていうか……あー、クソ! 俺頭悪いからわかんねぇ!」
驚いたような顔で席に着くムラサキの隣で、箸を配るウルカもうんうん頷いている。
「賭場の連中も、みんな言ってる。ここの昼のメニュー、なんか懐かしい味がするって……そう、『お母さんの味』? とか言ってたな」
「いやだって家庭料理だもん。家庭料理? と言っていいのかもわからんけどさぁ。毎回冷蔵庫にあるもので適当調理だし、ここでちゃんとした物出せてる自信ない……マジでこんな適当でいいの?」
「それがいーんだよ。みんな好きって言ってるしさ」
「うーん、でも……さすがにさ、外食として出すには味薄い気がするし……夜のメニューはもっとつまみとか味の濃い物にした方がよくない? 私今度考えてくるよ」
「あっ、おつまみっていえばね。私、ちょっと考えたことがあるんだけど」
いただきます、と三人で箸を取りながら、食卓はいつの間にか、新しいメニューの考案会議と化していた。
正直なところ、ソウルはあまり、クロカゲの昼営業は採算が取れるとは思っていない。
単純に客が少ないのもあるし、ウルカのアイドルとしての収入と、クロカゲのメインである夜営業の収入がある分、喫茶が閑古鳥でもそれほど問題がなく、最近自分に店を任せてくれるオージにもあまり期待を掛けられていないから、というのが実情だ。
けれど、ムラサキが店に入ってくれてからというものの、慣れない調理に四苦八苦だったソウルが経営や接客に力を割けるようになり、未だ黒字とは言えないとはいえ、昼部門の業績は回復に転じていた。
本当に、昼を手伝ってもらえるだけで大助かりなのだ。
「ウルカちゃんが言ってたナッツの蜂蜜漬け、美味しそうだねぇ。夜だけじゃなくて、昼のメニューにも出したいくらい」
「一緒にレッスン受けてるアイドルの子達が、差し入れに食べてるのを見たんだ」
「なんか、パンケーキとかに添えても美味そうだよなぁ。あ~、もうちょっと洋風のデザートメニューにも余力割きてぇ~」
そんな会話をしながら、食後の後片付けにテーブルを拭いていたソウルがふと気付く。
「あ……そいや、テーブルの醤油差し、一個壊れてんだっけ。後で直して補充しとかないとな」
「わたし、その間にサラダ作っておくよ。そしたら明日ムラサキが作るもの、一品減らせるし」
その流れを聞きながら、二人の顔を順に見回していたムラサキは、心底感嘆したように、惚れ惚れという様子で溜息を零した。
「はあ……ウルカちゃんもソウルくんも偉いねえ……。何も言ってないのに、言われる前にこんなに沢山お手伝い出来てさ。うちの旦那に見習わせたいよ」
「このぐらい、きょうだいが居たら普通じゃねえ? ……っていうか、は!? 姐さん結婚してたの!?」
思わず、がたっと音を立てるソウル。ウルカも驚いたように目をぱちぱちさせるので、ムラサキは座って休憩しながら、苦笑して手を振った。
「リアルの世界じゃね。しがない専業主婦ですよぅ。だから、本当に料理人ってわけでもプロでも何でもないんだけど」
「そ、そうだったんだ」
「こっちの世界に出入りしてるの、旦那さんは何も言わねぇの……? あんま長く家空けると、色々言われそうだけど」
「旦那は、私がこっちに居て楽しんでたり、こっちでお小遣い稼ぎする分には、特に何も言わないよー。日中、自分が働いてて私のことは放ったらかしにしてる人だからね。むしろ、自分がいない間の娯楽を見つけてくれて喜んでるみたい」
背伸びをして肩を回す、ウルカよりさらに小柄なムラサキの様子を見ながら、納得したようにソウルは頷いた。
「……はぁ。なるほどな。だから姐さんって、ログインの時間割とまあまあ限られてるってか、短いのか」
「うん。ごめんね、ずっと居られなくて。あっちの世界にも、一応家事とか炊事ってものはあるからさぁ……」
「いや、それはいんだけど、姐さん一日家事しっ放しじゃね!? むしろ大丈夫!?」
「ふふ、こっちはこっちで、現実とは別の時間が流れてるからいいんだよ。お料理する以外にも、少しのんびり出来るしさ。それに……」
そう口を開きかけた時。携帯の通知音が鳴った。ウルカが洗い場に引っ込んだのを見届けてから、ムラサキがソウルにそっと目配せする。
「……そろそろ行かなきゃ」
「もう一つの方の仕事?」
「うん。今日は一人だし、この後すぐ行ってから、リアルに戻るよ」
ゆっくり休憩する間もなく慌ただしく立ち上がるムラサキを、ソウルはホールの壁際に立って見送る。
「姐さんのこと、SOATから匿うのはいいんだけど……ここでも給料もらって、それプラス副業だろ。こっちでまで、何でそんなに一生懸命働くんだ? なんか欲しいものでもあんのか?」
「うーん……お金のことは、正直どうでもいいんだけどね。いや、どうでも良くはない、か。ここでキミやウルカちゃんと働いた証としてお金が貰えるのは、単純に自分が頑張った証明や思い出を積み重ねてるみたいで嬉しいし、もう一個の副業も、身入りがいい分達成感はあるしね。強いて言えば……」
エプロンを外し、とんっとブーツの爪先を鳴らしてから、指先を顎に当ててムラサキは考え込む。
「……私が現実世界で得られない充実感を得るため、かな。私みたいな奴でも誰かの役に立てるのが嬉しくて、その付加価値として引き換えに何かを得られることが誇らしい。それだけのことだよ」
そう言ってにっこり笑みを残し、ぱたん、と扉を開ける音と同時に、袴の裾を翻しながらムラサキはクロカゲを出て行った。
その名と同じ紫の袴の残滓を目に焼き付けながら、ソウルが背後にそっと寄って来たウルカに問い掛ける。
「……どう思う?」
「私も探ってるけど、今のところ、怪しい感じはしない……」
「うーん……だよなぁ。クロではねぇんだろうけど、姐さんイマイチ掴みどころがないっていうか」
「うん……でも、SOATの内部データを見せてもらったけど、あの人のIDは、私達のそれとは少し違うみたい。IDとして機能するし、偽造でもないんだけど、何故かSOATの利用者リストに本登録されてないんだって」
「えっ、マジ? ていうか、ウルカってSOATとまでコネ持ってんの?」
唖然とした様子のソウルに向かって、ウルカが笑う。
「ふふっ。あのね、アイドルやってる子の中で、元SOATの隊員だった子達がいるんだ。その子達に頼んで、ちょっとだけ」
「なんだぁ……オレ、てっきりまた危ねー目に遭ってんじゃないかと心配でさ」
「ありがと。大丈夫だよ。あ……でも、その子達が、もしかしたら今度、私にも協力してもらうことになるかもしれないって」
一度は安堵しかけたソウルは、その言葉にまた顔を曇らせる。
「そんなに危ないことじゃないの。ただ……ハルツィナに憑いてた悪魔の気配が分かるのは、私だけだから」
「悪魔? あの審判で出て来た? でも、もう捕縛や審判は終わったし、あいつらもユイト達が倒したんだろ」
「そうなんだけどね。最近また、不可解な事件が起きてるみたい。それが、過去の捕縛とどう関係あるのかはわからないけど……」
日の傾いたクロカゲで、まだ全貌の掴めない昨今の騒動に困惑気味のソウルとウルカは、ただ二人、顔を見合わせたのだった。