SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
彼女のもうひとつの顔とは……?
思いもがけないあの人が登場します。
(※百合展開にご注意ください)(※R18ではないですが、成人向けに相当する施設が出て来ます)
第6節
「え~っと、待ち合わせはこのあたりの地点でよかったっけ……?」
セブンスコードの表通り。
座標で表されている地図を、腕に巻いた端末でチェックして睨みながら、私はモニュメントの前で周囲をきょろきょろ伺った。
夜の帳が降り始めたセブンスコードは、ピンクの月の光と宵闇色が混ざり合って、捕縛下にあった時の怪しい空間を彷彿とさせるけれど、賑わう街路は当時のパニックの面影もなく、活発な雰囲気を取り戻しているようだ。
ぴょんぴょん、と意味もなく背の高い人達の間で飛び跳ねながら、待ち人の姿を探してみる。
まったく、背の低い人間は、こんな場所でも難儀する。
バーチャルの世界なんだから、どうせなら見た目も願望通りにというか、もうちょっと背を高くしてもらったり出るとこ出したりしてもらっても構わないのに、と思えど、きっちりリアルの私を反映しているらしい。
まあ、着物や袴を着ても年中快適なことを思えば、十分贅沢か、と思っているうちに、どうやらそれらしい人を私は発見した。
腰まで伸びた、まっすぐな黒い髪。ぴんと立ったノースリーブの白い襟シャツと、ショートパンツにガーターストッキングが似合う、背の高い女の人。
……こっちが辟易してしまうぐらいすごいプロポーションだ。これ、私が呼ばれる意味あったのかな。
ぶんぶんっと頭を振ってから、私は人影に手を振った。探すまでもなく、このあたりで和服を着ているような奇特な人間は私くらいだから、向こうもすぐに気が付いたらしい。高いヒールの音を響かせてやって来た女性に、私は話し掛ける。
「サヤコさん、ですか?」
「ええ。あなたがムラサキ、かしら」
「はい。今日はご指名いただきありがとうございます」
ぺこりと下げた頭を上げ、じっとこちらを見る、アイラインに縁取られた眼光の強い瞳を見据えた。
(う~ん……見れば見るほどそっくりだけど……やっぱり本人……?)
私服らしい私服を着ているせいか、私がゲームで見た時よりは随分と角が取れて丸くなっているように見えるけれど、見た目の雰囲気はやっぱり、サヤコさんこと、元SOATにしてニレの忠実な部下だった、椎名鞘子さん。
でも、サヤコさんって悪魔と同化してユイトに倒されちゃったんじゃなかったかしら? いや、でも、セブンスコードの中で死亡するのはセーフなんだっけ……リアルの世界で目覚めて、無罪放免になったのか、それともまだ昏睡したまま、意識がここを漂ってる……?
と色んな推測が頭を飛び交うものの、向こうからしたら私はそんなことを知っている筈のない人間なので、心の中だけに収めておくことにして、何でもない様子で私は隣に並んだ。
「えっと、今日はデートが60分と、ホテルが初回の方限定の90分+αでよかったですよね。……時間、分散することも出来ますけど、最初にどこかお店入ります?」
「いいえ、いいわ。すぐに行ってちょうだい」
「わかりました。じゃあ、ぼちぼち出発しますか」
とはいえ、見栄を張ってはいるようだけど緊張している様子が、顔面の強張りからなんとなく見て取れる。
とん、と指先でお店にメールを打った後で、同じように端末を操作して移動先までワープを使おうとするサヤコさんの手を、私は笑顔で握りながら止めた。
「?」
「折角だから、ホテルまでちょっと歩きませんか? 移動時間は、別に時間内に含まれないので。私も、サヤコさんのこともっと知りたいし」
「……あなた、変わった人ね」
「よく言われます」
言うまでもなく、過去からセブンスコードへ渡航して来てる時点で、普通ではない。
けれど、今のところそれは何とか誤魔化せる仕様になってるようなので、私の秘密を知っているのはほんの一部の人間だけだ。
今はただ、お仕事を完遂するのが目的の、一人のキャストに過ぎない。
存外に女性らしく柔らかいサヤコさんの掌を取りながら、私はネオンの輝く夜の街に向けて歩き出した。
「今日は、どうして来てくれたんですか?」
私は何度か来たことのあるホテルだが、女と来るのが初めてなのか、部屋を選ぶ段になっても入室しても、その戸惑いを隠せていないサヤコさんにまずは座ってもらって、備え付けの飲み物を淹れながら水を向けてみることにした。
眠たげな厚みを持った瞼が、不思議そうに瞬かれる。
「あなたにとって、それ必要な事?」
「答えたくなかったらいいんです。わかんない、とか、ただ興味があってとか、そういうのでも全然いいんです。ただ、ちょっとの間でも私達の人生が重なり合うわけだから、あなたがどんな事を考えて生きてきたのか、知りたいなって」
「……ふふ。不思議ね。そんなこと教える筋合いはないって言いたいところだけど、なんだかあなたを前にしてると、落ち着くみたい」
「自分はこんなにバインボインなのに、こんなちんちくりんが来てー、とか思いませんでした?」
そう言ってみると、それがサヤコさんの笑いを誘ったらしい。
小さく肩を揺らしてから、彼女は教えてくれた。
「本当は、指名は誰でもよかったのよ。ただ、そう……私を縛るもの全てがなくなったわけじゃないのに、不意に過去や重圧を逃れて……ふらふらと、投げ出してみたくなった。自分でもどうしてこんな事を選んだのか、わからなくなるくらいに」
「そっかぁ。じゃあ、今日はいっぱいリラックスして帰ってもらわないとですね」
疲労の色を滲ませながら腰掛けていたサヤコさんの後ろに回ると、私はベッドに登りながら、その筋張った肩をぐりぐりと揉み解した。
部屋の鏡に、最初はちょっと戸惑うような顔を映していたサヤコさんだが、次第にその表情が優しく和らいでいく。
「上手ね」
「いえ、それほどでも。きっとお疲れだからですよ」
「メインの前に、このままだと寝てしまいそうなのだけど」
「ふふ、今日はベッドに入る前までの時間はカウント外ですから、少しゆっくりしていいですよ。お風呂一緒に入りましょっか」
身も蓋もない言い方をすれば、行為の時間だけが90分に収まってさえいればいいというのが、初回限定の90分コースの使い方なのだ。
この+αの部分で、お客様の心を掴めるだけ掴む。それでリピーターになってくれる人も、そうでない人もいるけれど、この心づくしで「もう一度この人に会ってもいい」と思ってさえもらえたら、すなわち勝ちだ。
脱衣所は広かったので、着物と袴を脱いで籠に入れるのもやりやすかった。
髪を結い直してふと隣を見れば、こっちの私にもリアルの私にも持ち得ない、たわわな果実を惜しげもなく晒したサヤコさんの姿が見える。
手を引いて、泡風呂を溜めた浴槽に彼女を導いてから、先にシャワーで体を洗い流す。交代する時に、ふと私は思いついて言ってみた。
「あの……よかったら、私に頭洗わせてもらえませんか!?」
「え?」
「サヤコさんの髪、綺麗だから洗ってみたいなって……い、嫌ならいいんですけど。お化粧とか落ちちゃうし」
「別に、メイク直しの時間さえ取ってくれれば、私は構わないわよ」
白いうなじと背中を晒して固まっていたサヤコさんが、ふ、と小さく笑ったのを承諾の合図と取って、私は目をつぶってもらってから、頭をシャワーでまんべんなく濡らした。
「シャンプーって、二度洗いらしいですよ。一度目は軽く髪全体の汚れを洗い流して、二度目で三分ぐらい、頭皮をマッサージするのがいいらしいです」
「痛んだりしないのかしら?」
「私もそう思ったんですけど、シャンプーの量が肝で、頭皮を洗う時に付け過ぎなければ、むしろ頭皮への負担は減るって美容師さんが言ってました」
まあ、直接聞いたわけではなくネット上で得た知識だが、そう言うとサヤコさんは、目をつぶったまま感嘆したような声を上げた。
手から零れ落ちる泡の付いた黒い髪が、絹糸のように首筋へと伝っていく様が、平安時代のお姫様のようで綺麗だった。
「なんだか、いいわね。これ。……久しぶりに、誰かに労わってもらえている感じがする。こんな事いつぶりかしら」
「サヤコさんは、頑張ってますよ。生きてるだけで、頑張ってるんです。えらいです」
「誰の役にも立てなかった私なのに? あの人一人振り向かせられない、それでいて身も心も醜悪な私になんて、何の価値もない」
「どうして? ……あなたは、誇り高く女性らしい美しさの持ち主ですよ。私は大好きです。こんなに綺麗なのに」
泡のついたままの体で、ぎゅうっと後ろから抱き締めると、微かに息を飲む音がする。小さく呟いた声が、浴室に反響した。
「……本当に、変わってるわ。あなた。今まで私にそんな風に言ってくれる人……ニレを除いたら、誰一人としていなかった」
「それはちょっと、サヤコさんの周りの人間に人を見る目がなさすぎますね」
軽く頬に口付けておちゃらけながら、丁寧に髪を手で梳いてシャワーで泡を洗い流していく。つぶつぶの泡を完全に排水溝に追いやってしまってから、湯船に入った私たちは、二人一緒に、ただゆったりとお湯に揺蕩っていた。
もう、あまり言葉は必要ない。つるりとした肌に湯の中で身を寄せていても、サヤコさんは何も言わない。ただ、ほんの少し上気した吐息が、仄かに色づいた頬をしたサヤコさんの唇から、吐き出されてくるだけ。
後ろから抱き止めるように、腕を回した首筋へ静かに唇を付けたまま、私は囁いた。
「……上がりましょうか」