SEVEN's CODE二次創作夢小説【オレンジの片割れ】第一部 作:大野 紫咲
その一方、ユイトから聞いた都市伝説の話は、驚くべき内容で……?
これらの事象に、例の「彼女」との関係はあるのだろうか。
第9節 伝説
「ははっ! それで? 色気を振り撒かれて当てられてるうちに、巻かれちまったってか! こんな顔してても、やっぱ男だなぁ、お前。なんか安心したわ」
「だからッ! そういうヤらしい目で見てたわけじゃないんだってばッ! あくまで視界にそういう作用があっただけで、ボクは邪な気持ちなんて微塵も……!」
「隠さなくていいぜ。オレは別にそれでどうこう思ったりしねぇからさ。巡回中にふらっとなっちまうのも、一男子として健全な反応だ。ウム」
「だから違うってばッ!」
怒鳴り付けるも、隣に座って話を聞いていた同僚のイサク――
何がおかしいんだよ。
まったく、男って、なんでこんな年中頭ん中がエロとバカしかない連中ばっかなんだろ。
あの能力がどういう作用を持つものにしろ、ボクはただ、純粋に女性の肌の――リアルじゃ自分がどうあっても手に入れられない、対となる性別の体を、思う存分磨き上げられるのが羨ましい、と思っただけだ。
綺麗なものを目で追いたいって思うのは、当然じゃないか。いくらボクが可愛いからって、ボクはそこに胡坐をかいたりはしない。飽かずにファッションやスキンケアの研究を続けようとするのは、当たり前のことだ。
あの時は、何がまかり間違っても、アレを剥きたいとか脱がせたいとか、そういう欲望に目を惹かれていたわけじゃない。――決して。
いくら説明しても信じてもらえない感覚に、ボクは思わずため息を吐いた。
今は名前で呼び合ってるけど、イサクがSOATに入隊してきたのは、ボクが一度SOATから脱退した時よりさらに後のことだったから、当然隊での面識はなかった。
それどころか、「捕縛」の前はボクの殻に入っていたカシハラの奴が、偽のカシハラを倒したせいで、怒り狂ったイサクと不本意にも敵同士になった、迷惑千万極まりない過去もあったっけ。ボク本人は一回も会った事なかったのにさ。
何はともあれ、真相を知った今ではよき同僚で、仲間になっている。
けど、それはいいとして、イサクはボクをからかい過ぎるのが玉に瑕なんだよな。
ユイトが執務室から出て来ない時間が長くなったせいで、構うターゲットがボクに移った、と言ってもいいかもしれない。
アイツと違ってボクは友達が少ないわけじゃあるまいし、こんなに一生懸命お世話を焼いてくれなくたって、全然構わないんだけど。
憮然としたボクに、イサクは目尻で涙を拭った両手を広げてみせながら宥めてきた。
「冗談だって。お前の言ってる感覚は否定しねぇし、お前がそう言うならオレは信じるよ。ただ、隊長になれるほどの強さを誇るお前がそんな風になるなんて、よっぽど強力な幻惑能力の持ち主なんだなと思ってさ」
「ああ……特に発動の気配も感じなかった。見えたのは、あの桃色の光だけ……その後一瞬で、あの男たちが堕ちたように思えた」
「何者なんだろうな、その女。麻薬常習者にしては、お前との受け答えはハッキリしてたみてぇだし……それに、お前の植能やユイトのことを、知ってたんだろ」
イサクの言葉に、ボクは重々しく頷いた。
どちらかといえば、一番の問題はそこかもしれない。ボクたち表舞台に出る隊員の植能については、現場を目撃する民間人たちに知られていてもおかしくはないけれど、かといってボク達が植能まで使って闘う相手といえば、この間出会ったゴロツキ達のような、社会常識の枠にちょっとやそっとでは収まらない連中ばかりだ。あんまりそのへんの組織とは縁のなさそうな女の子が、SOATの職員が持つ植能に詳しい(ボクのコルニアが、どっちの目かまで明確に知っていたんだから)というのは、納得がいかない。
とはいえ、ハルツィナヴァイスの子達だって、その多くはクロカゲのベビードール出身だったわけだし、裏社会で働く若い女の子たちもいっぱいいるのは事実だから、一概に変、とは言えないんだけど。
「ところで、そっちが調査してた、例の暴動事件の話はどうなった?」
「ん? ああ、あれな……ちょっとばかし、面倒なことになってきたな。最初は水鉄砲やバリケード、悪くて鈍器や棍棒みたいな、物理的手段を用いた暴動ばかりだったんだが……もっとタチの悪いのが出て来てるらしい」
「タチの悪い?」
ボクが眉を顰めると、うなずいたイサクが顔を曇らせる。
「目撃者たちによると、奴ら『魔法』を使うんだって言ってる」
「……魔法? そんな、ファンタジーの世界じゃないんだよ、ここは」
思わず呆れて返事をしてしまったけど、イサクは同じように呆れた様子を見せつつ、真面目な口調だった。
「んなこと言っても、オレらの使う植能も、武器としては十分ファンタジーじみてるだろーが。ただ俺らの武器とは性質が違うってーか、炎や土、風……いわゆる
「そんなの、聞いたこともない。っていうか、そもそもセブンスコードは、人体を模して造られた都市だろ? そんなの、人間の体や臓器に関係ないじゃんか」
「だろ。だから調査班も、揃ってお手上げってわけさ」
連日招集された疲れを顔に滲ませつつ、イサクが肩をすくめながら天を仰いだ。
当然だね。事件の頻度は減る気配がないし、行ったら行ったで毎回、出くわしたこともない事態に遭遇してるんだから。
ボクに出動命令が下った時は、大概が民間人同士の喧嘩やデモの鎮圧で、まだそんな変な事件に遭遇したことはない。
一番変だったのは、この間の和服姿の女ぐらいのもの。彼女も、各地の暴動で起こってるっていう不思議な現象と、何か関係があるんだろうか。
そこまで考えて、ふと頭に何かが閃いた気がした。
(炎、土、風、雷……なんかこれ、どこかで聞いたことあるような……)
喉元まで出かかってる気がしたけど、思い出せない。
歯がゆさに手袋をした手を握ったり開いたりしていると、不意に談話室の外から、呼ばれる声がした。
「ヨハネ。丁度よかった。今休憩中か? 話があるんだ」
人が思考してる最中でも遠慮なく話し掛けてくる男――カシハラが、共用パソコンのモニターが並んだ机越しに、こっちに呼び掛けていた。
仕方なく、イサクの隣のソファから飛び降りると、ボクはそちらに向かう。
「まったく。何なのさ。休憩してるって分かってるくせに呼び出すってことは、よっぽど緊急の用事なんだろうな」
「まあ、それなりにな。報告書を見た。お前を助けたという例の女について、処遇を決めたい」
きた。
反射的にそう思って、ボクは目で扉を促す。
彼女の件は、まだ上官に当たるカシハラにしか話していない。それがいい決定だろうと悪い決定だろうと、彼女に助けてもらった身であるからには、あまり他の人間に聞かれたくはなかった。
通路を歩いて空いた個室に入ったカシハラは、傍の椅子に座りながら、部屋に備え付けのコンピュータを立ち上げた。
「ボクとお前の間になされたやり取りについて、彼女は具体的な内容を何か少しでも漏らしたか?」
「いや……書いた通りだけど、どういう会話をしてたかとか、何について話してたとか、そういう話は聞かなかったんだ。ただ、こう……雰囲気から、感じたんだよ。あれは、ボクとあんたのやり取りが、かなりぞんざいで荒っぽいっていうか……言いたくはないけど気安いっていうのを、知っている風だった」
「ふむ……。今のところだが、ボクがSOATの外に出て部下と話をしている場面を、一般人が知っているとは考えにくい。となると、『捕縛』の最中にボクとお前が一緒にいるところを目撃した人間か、SOAT内部の人間って線が考えられるだろうな」
「SOATの職員リストは洗い出してみた?」
頷いて、カシハラは画面に名前と顔写真のリストを羅列させる。勝手に画面がスクロールされていくが、電子音を響かせる検索ソフトは、望ましい成果を上げられていないようだった。
未だに表情の読みにくいその顔の中で、カシハラが微かに眉を動かす。
「あの後、お前に言われた街路の監視カメラもチェックしたよ。一通り、映っている彼女とお前の証言に合致する特徴の人間を調べたんだが、SOATの人員には過去の職員も含め、該当者はいなかった。
……それどころか、見てみろ。SOATの職員どころか、本部に登録されているセブンスコードのIDにさえ、合致する奴が見当たらないんだ。
これだけ監視カメラに鮮明に写っていて、身体特徴を捉えられてるにも関わらず、解析不能とは、今の技術じゃまず考えられないことだ」
「NONE」のポップアップと共に、画面に広がる膨大な顧客データ。
カシハラ一人でやったのではないだろうけど、ここまで調べてくれたことに、ボクは素直に驚いた。普通ここまでする前に、疑問を差し挟むものじゃない? と思いながら、ボクは呆れ半分でその疑問を口にする。
「……ボクの証言が嘘だとは、思わなかった?」
「この忙しい時期に、お前がこの手の冗談でボクをたばかるほどバカだとは、さすがに思ってないからな」
まったく。上の立場に立つようになっても、純粋というかお人好しっていうか。
如何にもバカにした言い方だったけど、そこからは確かな信頼が伝わってくる。
敢えてそれに感謝を返すなんて野暮なことはせずに、ボクは解析を続ける画面を、薄暗い部屋でじっと見つめた。
「まるで、幽霊だな」
「昔を思い出すか?」
「よせよ。幽霊船で幽霊とクルージングなんて、アウロラがいた時だけで十分だ」
あの時の「幽霊」は、カシハラだった。
アウロラの記憶や思い出で創られたセブンスコードは、実体のない幽霊船で、自我がまっさらの空っぽなカシハラは、そこに感情や経験を入れ込むための幽霊。
じゃあ、彼女は何者だ?
変に胸がどくりと高鳴ったその時、カシハラはモニターの青い光に照らし出された横顔で、ふとこちらを見た。
「ヨハネ。ボクは榊からの報告で、」
「リアちゃんって呼べよ。もう結構親しい仲だろ」
「未だに慣れないんだ。仕事中は特にな。こっちだって暇で来てるわけじゃないんだぞ、話の腰を折るなよ」
「ハイハイ、それは悪うございました」
「その報告で、セブンスコードに蔓延る都市伝説、ってやつも一応は把握してるんだが」
キーボードを操作しながら、カシハラが画面に何かの詳細ページを表示させる。……何だ?
「お前、『密航者』って知ってるか?」
「……密航? 他の国とか領域に、許可なく上陸するとかいう、あの?」
「定義的にはそれで合ってる。つまり、このセブンスコードに、ボク達の許可なしで境界を越えてやってくる人間のこと。それも、日本や外国という枠組みどころじゃない、時空や次元を超えてやってくる人間のことだ」
一体、今日は何度ファンタジーに遭遇すればいいんだろう……。
同僚から立て続けに有り得なさそうな話を聞かされ、ボクはうんざりしていた。
「そんな人間、いたら大騒ぎになるに決まってるだろ」
「だから都市伝説なんだ。あまり非科学的なことを信じたくはないが、各地で起こっている暴動に伴う超常現象といい、あり得ないという理由だけで無視は出来ないだろ。
何事も、可能性を排除しないに越したことはないと思ってな」
その柔軟な考え方は、かつてのカシハラからは考えられなかったけど、「捕縛」の時に乗り移った色んな仲間との経験を経て、こいつも変わったのかもしれない。
荒唐無稽とも思える話にも、信じる姿勢を捨てないカシハラに、ボクは呆れながらも好感って奴を捨てきれずにいた。ま、他の理解力がない奴が上司になるよりはマシかな。
「とはいえ、榊の能力をもってしてもほとんどがデータ不足だから、まだ分からない事の方が多いんだけどな……」
「それで? ボクは何をすればいい?」
「例の彼女について、『密航者』の線も視野に入れて調査して欲しい。彼女と遭遇したのは、賭場の付近という話だったよな。お前が好きに動けるように、名目上は『特別警備班』として、あの辺の区域に割り当てることにする」
新しい仕事、というわけらしい。
この任に就いている間に、例の妙な超常現象まがいの事件にも遭遇するかもしれない、と思いながら、ボクは気を引き締めて背筋を伸ばした。
「わかった」
「こっちで揃えたデータベースは、全部お前に渡す。榊にも事情を話しておくから、後で管理者権限を解除するキーを貰ってくれ」
「疑いアリってことだね。もし実際に、その密航者って奴だった場合には、どうするのさ?」
「存在が見つからない限り、証明も不可能だから今の時点では何も決めようがないんだが……。まずは、そいつらが何を意図して渡っているか、害意を持っているかいないかを判断した上で、処遇を考えることになるだろう」
つまり、今は何も決まっていないが、見つかり次第どうするか考えるから、捕まえろということだ。
回りくどい言い方をせずに言えばいいのに、と肩をすくめながら、ボクは部屋を出る。自動扉越しに、ボクは振り返った。
「この件は、まだ他の奴らには?」
「ああ。知っている者は少ない方が、余計な混乱を招きにくい。当分は、ボク達の間だけのことにしておいていいだろう」
そもそも、信じてもらえるかどうかも危うい話だしね。
けれど、その幻に等しい存在を、追うことを許可してくれたカシハラの期待には、不本意だけれど応えないわけにはいかないだろう。
ボクは早速、該当地区の巡回スケジュールを決めるため、執務室へ向かった。