人の感情を表現するのは難しいと理解した、2話目でした。
ややキャラ崩壊要素があるかもしれません。一応タグに追加しておきます。
満点の星空。煌びやかに彩られる星たちは、まるで今が夜とは思わせないほど地上を照らす。流石に昼ほど明るくはないが、街灯も相まって、少女一人で歩くにしても、安全なような気がしてくる。
夏が迫っているとはいえ、未だやや肌寒い。今も吹いてきた冷気の帯びた風。愛犬につけたリードを持ったまま、両手に、はぁーと息を吹きかけた。
「結城くん、今何してるかな」
恋する乙女は、今もまた想い人へと想いを馳せる。
夕方まで学校で顔を合わせていたにも関わらず、その行動を止めることはできなかった。頬がほんのりと赤く彩られる。
西連寺春菜は今、恋をしている。
相手は狐色の髪をした、優しい少年。中学生の頃から、気づけば目で追っていた男の子だった。
きっかけは、些細なことだったのかもしれない。教室のお花への水やり。時折忘れてしまう自分とは違い、その男の子は毎日忘れることなく水を入れ替えていた。その頃からだった。いつの間にか彼を目で追うようになったのは。本当に些細なことだった。
それを自覚してからは、もう止められなかった。学校で見かければ、身が自然と彼に向いていくし、時間さえあれば、結城くんは何してるかなと考えるようになった。
しかし、自分から声をかけるのは、奥手な彼女には難しいことだった。目を合わせて話すことができるかも、自信がなかった。
彼女はそもそも普段、男子と一緒にいるということがあまりない。姉と二人暮らししていることもそれに拍車をかけていた。
初めて生まれた感情にとまどいもあった。しかし、さらに彼女は不器用で奥手すぎた。想いを伝える、どころか自分から声をかけることすら緊張してしまう。ユウキがそれを知っていたら、リトを見ているようで思わず笑っていたかもしれない。
そんな彼女にチャンスが舞い降りた。
「西蓮寺さん、ノート集めるの手伝ってくれない?」
声をかけてきたのは、想い人とよく二人でいる少年。いつもリト目で追っていた春菜は、その存在をよく知っていた。
リト以外とは基本的に話すことはなく、教室でもずっと一人。いつも無表情で何を考えているかわからない、珍しい白髪の少年。
その男の子は、悪く言えばクラスでは孤立していたと思う。白髪という、他とは違う特徴。無表情で鋭い目つき。誰も自分から話しかけようとは思わないは当然だったのかもしれない。
そんな彼が珍しく、本当に珍しく人に話しかけていた。それも、自分に。
「氷上くん?」
「いきなりごめん。リトが女子の分手伝って欲しいんだって」
係の女子が今日は欠席であったのだが、今の春菜はそのことに気が回らない。
ゆ、結城くん!?
リト、という単語を聞いて、ドキッとした。
予想外な出来事に直面して、少し動揺していたのかもしれない。春菜はユウキの後ろに隠れる人影にようやく気づいた。さらに動揺してしまったのは言うまでもない。
「委員長だからお願いしたいんだけど……ほら、リトも」
「…さ、西連寺、手伝って、くれない……?」
恐る恐ると言った様子で、やや顔を赤くしながら頼んでくる想い人に、
かわいいっ…!
春菜は舞い上がっていた。緊張なんて忘れて、食い気味になりそうな自分をなんとか制し、その頼みを受け入れた。
ノートを回収しながら、好きな人との初めての会話に浮き足立つ。それも、自分を頼ってくれた。今ほど委員長という立場でよかったと思った日はない。
頑張らなくちゃっ…!
自分でも驚くほどの速さで、女子の分の宿題ノートを回収する。あんな鬼気迫る春菜を今まで見たことはない、と彼女の友人らは後に語った。
「悪いんだけど、運ぶのも手伝ってくれない?」
他の課題も集めて回っていたのか、リトとユウキの前にある机には、二人で運ぶにはやや多いであろうノートやプリントが置かれていた。
一見、厚かましいお願い。しかし、春菜はそんなことどうでもよかった。お願い!と手を合わせる。リトを見てしまったからだ。
また頼ってくれた!
恋する少女は、どこまでも舞い上がる。ユウキがいるとはいえ、好きな人との時間は想像以上に春菜の心を満たしていた。重いだろうと、自分より多めにノートを抱えるリトの優しさに嬉しくなりつつも、三人で廊下を歩く。
結局、その場ではあまり会話という会話はできなかった。
リトも春菜も互いに一緒にいるだけで、ドキドキと胸が高鳴った。見かねたユウキが時折、話題を投げかけるがそれだけ。大した会話はしていない。それでも、初めて訪れた機会に春菜はそれだけで満足だった。
宿題を提出し終えた後にリトから伝えられた「ありがとう」は、春菜の心に今でも残り続けている。
こうして、好きな人との初めてのひと時は終了した。
「本当にあの時は、どうかしてた……」
家に帰ってから、思い返して、途端に恥ずかしくなったことを春菜は思い出す。今でも思い出すだけで、顔が熱くなる。ベッドの上で枕に顔を埋め、バタバタと忙しなく足を動かす春菜を姉の秋穂は揶揄われたのを鮮明に覚えている。
ああああ、と頬を両手で挟み、顔を振る。適度に冷えた両手がじわりとその熱を解きほぐした。急に立ち止まった主人に対し、心配そうに唸る愛犬のマロンに、ありがとと言葉をかけて、再び歩き出す。
歩き慣れたいつもの散歩コース。この時間にあまり人を見かけることはない。しかし、今日は少しだけ違った。正面の突き当たりを二人の人影が過ぎ去る。
やや広めの道を過ぎ去る二人を街灯が照らした。顕になった人影は、何度も見たことのある、ついつい目で追ってしまうその人で。
結城くん……?
こんなところで見るとは思わなかったが、彼女の目は確かにその見覚えのありすぎる姿を捉えていた。誰かの手を引いて、走り去る彼を立ち止まって目で追いながら――。
手を、繋いで?
思わず眉を顰め、握られた手の先。リトの後ろを走る人影に視線を向ける。はっきりとは見えなかったが、確かに長いピンク色の髪が揺れていた。
女の人?
長くて、ピンク色で。そんな特徴のある髪をした男性がいるだろうか。いや、いない。春菜の頭に、女の子と二人で歩くリトの姿が浮かんだ。
夜に?夜に。二人きりで?二人きりで。
表情は見えなかったが、恋する乙女である春菜の脳内では即座に想い人の笑顔が補完される。
も、もしかして、そういう関係?――――いいなあ。
気になる。恋する乙女である春菜に気にするな、という方が無理な話である。気がつけば、愛犬のマロンを抱いて、二人が走り去ったであろう路地に足が向いていた。
……ちょっと、だけ。
モヤモヤと晴れない心に突き動かされるまま、路地を走る。マロンにごめんね、と一言告げるとまるで、仕方ない主人だ、と言われているかのように少し唸ってその頭を、春菜の胸に埋めた。
満点の星空の下をただ走る。
星たちに照らされても、春菜の心にかかったモヤははれることはなかった。
恋する乙女特有の感情――嫉妬。
初めて生まれた感情を彼女はまだ理解していない。
*****
「はあ……疲れた」
んー、と背伸びをしながら歩く。
いつも通り学校から家に一度帰り、バイトへ。部活動にも所属せず、委員会にも所属しないユウキの放課後は、毎日代わり映えのしないものだ。学校が終わり次第、家に帰り家事をすませ、バイト先に顔を出し、陽がおちた頃に帰路につく。時折買い物を挟む時もあるが、変化と言えばそのくらいだ。
ピコン、と。
音に反応し、スマホを開くと
『また告白できなかった…』
の一言。
受信時間は夕方頃だ。
「知ってた」
予想通りの結末に思わず笑みが溢れる。とりあえず『どんまい』と一言返しておいた。
そういえば、と思い返してみれば、リトと春菜二人きりで話すというのは今回が初めてだったんじゃないか。なんだかんだ、今まで二人が会話するところには自分がいたはずだ。ユウキの知らないところでも話しているのなら、彼の知る由はないが。
「…まずかったかな」
暑さに耐え切れず、その場を離れたかったとはいえ、二人きりにしたのはいけなかったのかもしれないと少し後悔する。…が、いざ告白の時に自分が隣にいては、お前何でいるの状態になってしまうので、やはり間違っていなかったのだろうと即座に否定した。
一体いつになったら、前進できるのやら。
夜空を見上げながら、ガチガチに緊張していたであろうリトの告白未遂姿を想像して笑っていると、正面から誰か走ってくる足音が聞こえてくる。
足音は、二人――いや、四人。
前二人から距離だいぶ離れて、後ろ二人で走っている。
フロスト星人特有の優れた聴覚を駆使し、人数を把握。夜で人通りが殆どないこともあり、人数、ある程度の距離まで把握することができた。
急いでいるだけ?にしては……速い?―― いや、
明らかに後方の二人組の速度が尋常じゃないことが分かってしまった。プロの陸上選手ですら説明がつかないであろうほどの速さ。明らかに人間技ではない。
宇宙人!?追われてる!?……もしくは刺客!?
様々な思考が脳裏を駆け巡る。
追われている?――わからないが、おそらくそうであろう。
誰が誰に?――地球人が宇宙人に。
今現在ここにいるのは――狙われる可能性のある、フロスト星人。
誰のせい?――俺のせい。
現在考えられるであろう最悪の状況は、後方の二人が自分を追う宇宙からの刺客で、前方の二人が巻き込まれてしまった一般人であること――その思考に至った瞬間、身体は勝手に動き出していた。
思い違いであってくれ――。
普通に歩くもしくは、立って待っていれば、何分と待たずに顔を合わせていたであろう距離。その距離を前方の二人が見えるギリギリまで、地球人離れした脚力で詰める。
やがて、最前線を走る者の輪郭が露わになる。
毛先が上を向いたツンツン髪。おそらくTシャツに短パン姿。やがて、映し出される色は――狐色。
「…!?リト?何でおま「――っ!?ユウキ!?宇宙人から追われてるんだ!!お前も早く逃げろ!!!」――は?」
瞬間。
白。
脳内はその色で埋め尽くされた。
足が止まる。
直後。
何でリトが追われてる?宇宙人に?宇宙人?バレる?自分の正体が?自分が宇宙人だってことが?これまで隠してたことが?
――拒絶、される?大事な友人に?
「説明は後だ!とりあえず今は逃げ――ユウキ?おい!ユウキ!!」
浮かぶのは、表情。
リトとその妹からの明確な拒絶。
「ユウキ!おい!」
また、白。
「しっかりしろ!!」
ガンッ、と。
鋭い衝撃が頬を襲った。意識が目の前の光景に戻される。
「――っ!?すまん!」
「いいから逃げるぞ!」
追っ手が視界に入ったのを確認する間も無く、再び走り出す。
ダメだ、動揺してた。まだバレたわけじゃないし、今はそんなこと気にしてる場合じゃない!
「痛そーだったねー!」
『何をやっているんだか』
そういえば、と走りながらリトが連れていた少女に視線を移す。目に入ったのは、メルヘンな服装をしたピンク色の長髪を揺らす少女。
……ん?機械音?
「この人はリトの友達?」
「…っ……ああ、そうだ!」
ハァ…ハァ…と息を切らしながら、そう返答するリト。当たり前のように答えられたそれに思わず目を伏せる。と同時に、少しホッとした。
「私、ララ!ヨロシクー!」
「え、氷上ユウキです。よろしく……?」
「呑気に挨拶してる場合かァーー!!」
こんな時でもツッコミを忘れないリトを讃える暇もなく、
「あいつらの目的はララ?さん?」
「!……ああ。こいつも宇宙人らしい」
冷静になった頭で、状況を整理。
追っ手の目的はララさん。逃げる方法は二人で逃げてる時に走っていたから、足のみだと思われる。追われている理由は不明。追っ手は宇宙人二人組。能力不明。
自分が標的ではないことに少しだけ安心する。
突き当たりを曲がり、公園に入る。
「ぬぅん!」
野太い声を聞くと同時に振り向くと、そこには、空中に浮きながら2トンものトラックを持ち上げ、今にもこちらに投げようと――
「かがめ!!」
ユウキの掛け声で一斉に頭を低くする。トラックを投げた目的は、当てるためではなく、逃げ道を塞ぐため。
それ以上の情報を得ている暇はどうやらないようだ。
「ジャマしないでもらおうか、地球人」
追ってきた黒服二人と、対峙。
サングラスをしているので、視線はわからない。
「……リト、その子連れて逃げろ」
「なっ!?何言ってんだよ、相手は宇宙人なんだぞ!?見ただろあの怪力!」
黒服の様子を伺いながら、小声で話す。
「リトよりは身のこなしに自信あるし、その子、見過ごせないんだろ?」
「で、でもそれじゃお前が……!」
「お前らがある程度逃げたら、電話鳴らしてくれ。それ合図に俺も逃げるから」
確実にララと名乗る少女を逃すなら、この地に詳しいリトかユウキが一緒に逃げる必要がある。二人のどちらが足止めできるかと言えば、考えるまでもなく、ユウキのほうだ。しかし、リトはユウキが宇宙人だとは知らない。
「それでも……!」
「議論してる暇はない。早く行け」
有無を言わさないように、冷静に言い放つ。
いつ二人がララさんを捕らえようと動き出すかわからない以上、躊躇っている暇はない。
「………………絶対逃げろよ」
「おう」
悔しそうに歯噛みし、二人してトラックと木の隙間を通り逃げる。
もし、何か聞かれたら、適当に物陰に隠れながら逃げたって言えばいいだろ。
「逃がすな!」
黒髪の方の黒服が、リトとララを追おうと跳躍しようとする。自分たちが投げたトラックが仇になったようだ。
「行かせない」
地面を蹴り、最速で敵に回し蹴りを放つ。もちろん、力はセーブしていない。トラックがあるおかげで、二人の視線は切れている。つまり、力をセーブする必要はない。
宙に浮いた直後に蹴られた男は、その衝撃をもろに受け、背中から木に激突した。
……氷は目立つから使えない。
身体能力を最大限発揮するのは、まだいいが能力を使うと、どうしても目立ってしまう。だから使えない。
そう結論付け、視線を向けるは金髪の黒服。
「貴様、地球人ではないな」
「いや、地球人だよ。一応な」
返答直後。
これ以上の言葉はいらないと言わんばかりに、即座に距離を詰めてくる金髪。洗練されているであろう、体術を己の体術で捌き切る。
――っ!?
突然迫り来る自販機を間一髪で回避し、さらに肉薄してくる金髪の蹴りを右腕で防ぐ。
手負いの黒髪が物を投擲し、隙ができたところに金髪が肉薄し、体術で攻める。しかも、格闘の一撃一撃が宇宙人クオリティで重い。途中飛来する投擲物は、引っこ抜いた木であったら、電灯であったり、車であったり。その全てが強制的に回避させられるだけの質量を兼ね備えている。
回避。応戦。回避。応戦。
投擲物と体術の前に、防戦一方だ。所詮は実戦経験など皆無で、技術を身につけただけの素人。幸いなのが、身体能力では勝っていることだろうか。
やっぱり氷使わないと辛いか……?
どのくらいの時間がたっただろう。
飛んでくるものを回避しては金髪を退け、黒服を狙おうとすれば、金髪がまたフォローにくる。黒服も手負いではあるが、戦えないほどではない。敵の見事な連携に体術だけでは、攻めあぐね、防戦一方にさせられる。それを何度も繰り返す。武器もなければ、能力も使えない。相手の増援がこないとも限らない。
そろそろリトたちも逃げた頃だろ。
そう判断しようとした直後、ポケットに入れていた携帯電話の着信音が鳴り響く。
ナイスタイミング。
合図に従い、その優れた身体能力を活かして、全力で逃げようとした時。
「……氷上くん…?どうしたのこんなところで……?」
「え!?西連寺さん!?」
「ぬぅん!!」
前言撤回。最悪のタイミングだった。
自身へは金髪が肉薄し、そこに逃げようとしていると察知した黒髪の車投擲。狙いはユウキの後方。
現れたのは、クラスメイトである西連寺春菜。立ち位置は――ユウキの後方。
春菜に迫るのは――死。
逃れることのできない死。
宇宙人であればどうにかできたかもしれないが、ここは地球。もちろん、春菜も地球人である。直撃すれば、どうなるか想像するのは容易かった。
春菜が犬の散歩中、走り去るリトを見なければ回避できたかもしれない。
リトと春菜が話せるほどまで仲良くなってなければ、春菜はリトを追いかけなかったかもしれない。
ユウキと春菜が他人であれば、見つけて駆け寄ることなどなかったかもしれない。
それもこれも、ありもしない、たらればの話。
無我夢中だった。
全力で地面を蹴り、悲鳴を上げる余裕すらなく、反射的に蹲る春菜の前に立つ。訓練してきた力の全てを込め、自身の能力を瞬間的に発動した。
右腕によって操られる氷は、ユウキの足元から扇状に広がり、放たれた車、黒服の二人、公園の木をも巻き込み、氷像を作り出す。
公園の一角は一瞬にして、銀世界と成り果てた。
「き、貴様もしや、フロスト星――」
上半身だけを残し、氷漬けになっていた黒服二人の意識を刈り取る。
「…氷上…くん……?」
待っても待っても、くるはずの衝撃がこない。やがてゆっくりと顔を上げた春菜の目には、変わり果てた公園と、いつもの通りの無表情で目を伏せるクラスメイトの姿が映っていた。
ありがとうございました。
リトと関わることで、春菜の感情もこの二年の間に大きくなっているだろうと考えての、春菜の行動でした。嫉妬しちゃうけど、その優しさ故、それを自分で責めてしまう春菜が見たいです。嫉妬しちゃう女の子は可愛い。
春菜がリトを見かけた時、春菜が黒服たちと出会わなかったのは、リト路地や抜け道を駆使して、少しの間巻くことができていたからです。地の利を得ているのは、昔からこの街に住むリトでしょうから。
その後、ユウキとリトが出会う直前に追いつかれた、という状況で理解をお願いします。少し無理やりすぎましたかね?
変わらず不定期更新です。よろしくお願いします。