浅井三姉妹のバカな日常外伝 仮面ライダーボマー 作:門矢心夜
「決まっているじゃないですか。あの怪人を倒しに私はここに来たんです。手ぶらで帰るわけにはいきませんからね」
秀未の手は震えている。
それを何とか誤魔化して行こうとするが、明人には全て見通されていた。
「……次こそは、その刀を抜けるのか? その震えている腕で、それが出来るのか?」
その言葉が重く心に突き刺さる。
「……」
黙り込む秀未。
そんな彼女に、明人は続けた。
「身の程を知ったのではないか? だから足が竦み、腕が震える。次挑めば死ぬかも知れない。それを悟った。違うか?」
明人の言う通りだ。
秀未は既に恐怖で潰れそうだった。
けど諦めたくない心が、自分が逃げる事を拒絶している。
この状況から逃げるなど簡単だ。
このまま道場に帰り、すみませんでしたと謝れば良い。
勘当は免れないが、戦いで死ぬ事はない。
ただそれでは、ここまでした意味が無くなってしまう。
それだけは……秀未には絶対許せなかった。
「なら、諦めろと言うんですか? 私には無理だから、諦めろと言うんですか?」
「……」
明人は何も言わない。
秀未は反論を続けた。
「私には、出来ません。私は例え死ぬとしても、あの怪人と戦う義務がある。逃げたくないんです。明智の人間として、逃げる事など許されない」
「お前……」
「強さなんて証明しなくて良い。貴方はそう言ってましたね。けど、証明しなくてはならない人間だっているんです。この私のように」
自分は兄や目の前の男のようには強くなれない。
それは先に悟った事。
だが兄のように強くなれなくても、明智の名を背負っている以上、秀未には強くなる義務がある。
そして、己が強さを証明出来ないのなら、明智の人間である意味がない。
兄と同じ家名を背負う事など、許されない。
いつか出て行かなければならないとしても、自分は明智であったと誇りを持って生きたい。
逃げた弱い自分のまま出て行くくらいなら、死んだ方が良い。
「もう放っておいてください」
秀未は涙を流す。
「あんな怪人に殺されてしまうくらい私が弱いなら、私に存在価値がないという事です。だから、もう良いんです」
秀未はそう告げて、今度こそ駆け出した。
明人は自分を止めない。
むしろ怪人が去った方に向かっていく秀未を、見送るように真っ直ぐ見据えていた。
※※※
灰色の怪人の青年は、足利明人が追って来ないかだけを気にしてただ駆けていた。
あの力があれば勝てると思ったが、どうやら足りないらしい。
「く……くそォ! この力があれば楽勝だと思ったのによ!」
この力に目覚めてから、喧嘩はここまで負けなしだった。
蘇我高校の生徒はおろか、強者揃いである元生徒会のメンバーにすら負けなかった。
自分を負けさせたのは、今のところあの男のみ。
あのベルトの力もあるが、やはり三年間生徒会長の座に就いた彼は別格だ。
彼を避けていくのも手だが、それはそれで彼のプライドが許さない。
青年は、一度死んだ自分がこの力を手にして生き返った理由を、死ぬまで下っ端として過ごしたご褒美だと思っている。
生前の青年は本来、蘇我高校に入れるような器では無かった。
入学試験の時も、パシリがいなくなるからという理由で仲間に守ってもらって生き残っただけ。
喧嘩は得意じゃないし、不良グループにだって入りたくなかった。
中学の時に目を付けられて、それから逃げるにも逃げられず、親にも教師にも相談出来ず、自分のやりたい事まで全部諦めさせられて言う事を聞かされた。
そうやって我慢我慢の日々を過ごしてきたのに、たまたま買った喧嘩で負けたのを全部自分のせいにされて、挙句殺された。
死ぬ前に声が聞こえた。
『あーあ、お前そんなだからパシリにしかなれねえんだよ。ザーコ』
今でも忘れられない。
そしてその声の後死んで、死んだ筈の脳にその声がもう一度響いて、青年は再生した。
灰色の怪人として。
生まれ変わった青年は真っ先に、自分をパシリにした不良グループのメンバーを皆殺しにした。
そして脳内に響くその声をかき消す為に、蘇我高校出身の生徒の中でも強い相手を殺すべく動いた。
だが何人殺しても、脳内からその声が消える事はない。
足利明人さえ狩れれば、もしかしたら。
そう思ったが、この力を手に入れて初めて負けた。
脳内の声が更に強まったように感じる。
もっと力が、もっと力が欲しい。
「お困りのようですね」
青年は立ち止まる。
自分に声を掛けたのは、アタッシュケースを手にするスーツ姿の男性だ。
彼のスーツについた、『SMART BRAIN』と描かれたピンバッチが印象に残る。
「何だお前は」という目で見つめていた青年に対し、笑顔でスーツの男は告げた。
「ご心配なく。私は貴方達オルフェノクの味方ですよ」
「オル……フェノク?」
「人間としての死を経た貴方は、人間を超えた存在として生まれ変わった筈ですよ」
男は、青年に起きた事を知っているようだ。
オルフェノク……というのは恐らく、青年が変身している灰色の怪人の事だろう。
「オルフェノクである貴方なら、これを使える筈です」
男は青年にアタッシュケースを手渡す。
「これは?」
「説明書は中に入っております。では……」
男はそう告げてから、どこかへ行ってしまった。
青年はなんだよと思いながらも、安全を確認して座り込み、アタッシュケースを開ける。
中身は……。
「……なんだこれ」
特徴的な絵柄が描かれた取り外し可能なアイテムが付いた黒いガラケーに、それがすっぽり収まりそうな感じのベルトとバックル。
双眼鏡、デジカメに、奇抜な形の銃剣。
そして男が言っていた説明書……。
「どれどれ……」
青年は説明書を読み込む。
そこから分かった事がいくつかある。
このケースのアイテム……『カイザギア』はオルフェノクと呼ばれる種族が着装する為のパワースーツのようなものである事。
そして携帯のようなアイテムに特定の番号を打ち、ベルトに装填する事でそのスーツを纏えるという事。
青年は子供の頃特撮ヒーローものを見た経験が無いからなんとも言えないが、確かによく見ると特撮ヒーローが変身するのに使うベルトにも見える。
よく分からないが、これなら少しは自分も強くなれるかも知れない。
「……」
またご褒美が手に入った。
青年はそう確信し笑う。
そして青年は歩き出す。
面白そうな玩具を手に入れたのだ。
今はターゲットなどどうでも良い。
早くこれを使って、足利明人をいたぶってやりたい。
騒がれる程暴れれば、きっと足利明人も現れる筈だ。
そう期待して、どこかへと歩いていく。