──京極がものの数分で、4人の元同クランの面々を斬り捨てて。
事情を聞こうと見渡すも、サンラクと何やらオマケが残るばかり。倒れ伏したまま何やら呻いてサンラクを引き留めようとしているAnimaliaについては、呼ばれる当人が素知らぬ顔なので京極とて気に留める事はなかった。
そう、彼女の事はどうでも良かったのだが……
「っ……やっぱり逃げたか」
この事態がなぜ起きたかよく知っているだろうペンシルゴンはおらず。京極は、苛立ちに任せて舌打った。
話を聞きたかったのもあるがそれはそれとして、連中を始末してる最中ちらりと見えた、
京極の、
待ち人の、
サンラク、
といやに、やたらに、親しげな様子だったのが頭にき……いや鼻につ……単に疑問が尽きないからそのヤケに近い距離感でいる事についてハッッキリとさせたかったのだが。
居ないなら仕方ない。が、必ず、あとですこーしばかり
「サンラクさんのお友達なんですわ!? 初めまして、あたしはエムルですわ!」
「くひゃあっっ!?」
足元からの跳ねるような声に京極は軽く跳び上がった。
……まさか“あの”ヴォーパルバニーから“言葉”で挨拶されるとは、夢にも思わない出来事であった。
京極から見て、サンラクは確かに目立つ部類のゲーマーだ。だがそれは、
『ネフィリム・ホロウ』
『辻斬・狂想曲:オンライン』
『ベルセルク・オンライン・パッション』
……といったマイナーなゲーム群においてのトッププレイヤー達、上層ティアーに食らいつける位やり込んでいたりするからであり。シャンフロにおいては始め立ての新規プレイヤーに過ぎない。だというのに阿修羅会に狙われたその理由は、つまり……
「あ、あー、うん? よろしくね? ……サンラク、昨日パーティーメンバーになったやたら強いNPCって」
「おう。このエムルさんのことですわ」
「ああ! サンラクさんまーた真似っ子ですわ!」
サンラクがケラケラと、エムルなるヴォーパルバニーがプンプンとじゃれあうその光景に。
これはシャングリラ・フロンティアが始まってここ約1年、誰も見たことがないユニークシナリオであると。だからこそ阿修羅会も、サブリーダーであるペンシルゴンまで動員して、サンラクを狙ったのかと京極は察した。
“ヴォーパルバニー”。“街”を除くほぼ全てのエリアに現れては、その兎ならではの矮躯と俊敏性を活かしてプレイヤーを翻弄しその首を狙うという、稀に現れる事からレアに区分されるエネミー。それでも、ただのモンスターであるはずなのだ。
だが、今こうして京極の目の前にいるエムルと名乗ったヴォーパルバニーはといえば。
青を基調とした魔術師のような衣服と帽子。雪のように真っ白でフサフサとした毛並みが揃う小さな両の手が袖から伸び、その兎ならではの短躯よりも一回りほど小さくしかし、分厚い本を抱えている。ピクピクと動く小鼻にちょこんと乗った丸メガネ、そこから覗くは
このエムルとは似ても似つかない……
「いつまでも門前にいるのもな。細かい自己紹介は後にしようぜ」
サンラクに言われるままサードレマの街に入ってみれば、多々様々なプレイヤーに知れ渡っている事を実感した。
視線、視線、視線……浴びる様な視線の数々は、そこかしこから向けられるプレイヤーからのもの。それらは全てサンラクと、その肩に掴まるエムルなるヴォーパルバニーに向けられているのが傍にいる京極とて分かるほどの“圧”があった。
「エネミーのヴォーパルバニーがなぜ街中に?」といった疑念や好奇、初心者の森で首を刎ねられでもしたトラウマからか引き攣るような表情も確かにあった。だが分かりやすく「いたーっ!」と声を上げる者達、探し求めていたモノを見つけた興奮の表情が大半だ。
後者の興奮したようなプレイヤーが大挙して、囲うように動き出す。軽く怯んだサンラクが振り返って申し訳無さそうに口を開こうとする直前に、そっとその肩を押し留めて京極が前に出た。
「ん? ぅげぇっ!?」
「アイツは……!!」
走り寄る勢いが大きく緩んだ。そして次第に、離れた位置で止まった者もいれば、中には諦めたように踵を返す者もいた。
『京極』だ……ざわめきが門前広場に広がっていった。
苛立ったかのような舌打ちが聞こえた。
苦々しい顔を隠さず睨んで来る者もいた。
刀を佩いた和装の女プレイヤー『京極』。シャングリラ・フロンティアを数ヶ月もプレイしていれば、その容姿と名は誰からともなく耳に入る。
あのPKクラン【阿修羅会】のキルスコアトップ3ともなれば、その悪名はシャンフロプレイヤーの大半に知れている。
PKである京極を知る者達が、不用意に近づけず、かと言って離れるのもと俊巡し、様子を窺うのか遠巻きに立ち止まっていく中で。
「あれあれ? ちょっとどしたん?」
「怯むなよ街中じゃねえか」
「そうそう。それによく見ろよ」
一方、極々少数の京極を知らない者や、京極のキャラネームがレッドネームでないこと、街中であることから強気に近づく者達もいた。
全員が足を止めることはなかった。自身の悪名に人払いを期待した京極からすれば、想定よりも乏しい様にため息が出た。
レッドネームでは最早ない。もっとも、キルされた訳ではないが。
近付いて来ようとするプレイヤー達のその装備を見るに、いずれも序盤の街サードレマにいるには違和感しかない、高レベルの物と見受けられた。
けれども、良くも悪くも対人に特化している京極からすれば、一人一人誰を見ても、斬り捨てるに数分とかかると思えなかった。かと言ってそれをしては、中々の苦労を重ねてカルマ値を清算し、身綺麗になったばかりのあの苦労が水の泡になる。
「やれやれ」
だからここは仕方ない。癪だが打つ手もなく、どこの誰ともしれない人の波に大人しく揉まれるか……
「はい、そこまで」
なんて、冗談にもならない。
幾閃、刃が奔った。
京極達へと近付く足が止められる。瞬きの間で足元に斬撃が迸り、刻まれ描かれた“線”を前にして思わず立ち止まったのだ。
驚愕が、彼らをその場に貼り付けにした。近付く間に、京極が刀に手をかけていたのは見えていたが、それが
スキル効果か、ステータス差か。いかにしても明確な実力差を感じ取るには充分だった。
だが次第に我を取り戻した1人が、いきなりの事に抗議せんとその“線”を踏み越えようとした。
その矢先、
「──弓使い“シュート”。正確には魔法弓使いか」
唐突に、京極に刀を向けられて自身の獲物と名前とをハッキリ読み上げられ、目を白黒させて固まった。
「で、……錬金術師“ミリオームゲイン”、
鞭使い“アツほか×2”、
大斧使い“富夢想屋”、
双剣使いは、“ぽりえちれん”ね」
次々と刀を向けては、向けた相手の装備と名前を読み上げていく。
「悪いけど、彼とは僕が先約なんだ。どうしても話がしたーい……なんて言われても困るんだよね。うん、とても困る」
ついと、彼らの足元に刀を向けて。ゆらゆらと、石畳に刻んだ線に沿うよう左へ右へと何度となく揺らす。
「まあどうしても? いや、どうなってもかな? うん。今後、僕や
その線を踏み越えろ。
その顔は忘れない。
いつかどこかで……
京極の言葉に言い返すような、それでもと強行するようなプレイヤーはその場にいなかった。
無言の人波を抜ければそこから先はつつがなく、サードレマの宿屋に、2人部屋に入ったのだった。
…………
※続きは気長にお待ち下さい
※本作では宿屋の一室、パーティ組んでたら同室になれるていでとりあえずいきます