夢現マイリトルマミー ~お嬢様学校のひねくれお姉さんが美少女ミイラを再生する話~ 作:みらぁまん
1-1 金庫室の王女
私の通う高校には、何やら花と思しき名前がついている。今時珍しい木造校舎のミッション系で、箱入り娘ばかりが通う名門女子校。そんな浮世離れした環境のためなのか、はたまた標高290mの空気が頭をぼやけさせる所為なのか、ここの生徒たちが交わす話題は淡い色恋のことばかり。その色恋というのも、特定クラスメイトや特定上級生の関係性を色々と囃し立てる、言わば恋バナごっこが関の山という有様だ。
「くだらない……飽きもせずよくもまあ」
そんな児戯に今日も級友たちが興じているさまを、私は窓際の席から醒めた目で眺めていた。たわんだ口の端から呟くでもなく零した悪態を、前の席で本を読んでいた羽生捨子さんがやおら拾い上げる。
「娯楽に飢えてるからね。寮住まいの子だって居る……尼寺にだって刺激は必要さ」
この女、見るからに自己陶酔タイプの気取り屋だが不思議と私とはウマが合う。親から離れたいがために祖父の地元のこの学校を受験した、私のような人間とは。
「くふっ……尼寺か。よく言ったものね。尼寺上等、私にはそれぐらいが丁度いいわ」
「相変わらず、ゆせさんは“双星の契り”には興味がないんだね。綺麗な指をしてるのに勿体ない……その辺の子のタイでも直してあげた日には見る目が変わるよ?」
などと宣いながら、捨子さんが机越しに私の手を恭しく取ってみせる。
「こんな風に握られる日だって、いつか」
ゆっくりと引き寄せられる私の手の甲にふと捨子さんの鼻先が近付く。その瞬間、私は反射的に彼女の腕を払った。
「いや無理無理……私そういうの痒くなるから。何なのさ双星の契りって……」
「詳しい由来は僕も知らないけれど、下馬評では僕とゆせさんは有力候補らしい」
勘弁して欲しい。全くニコイチ好きの根明連中と来たら、捻くれ者同士おちおちつるませてもくれないらしい。結局、それきり私はえんがちょバリアーを張り巡らせたため、捨子さんも冗談をよして読書に戻った。やがて昼休みの終了を告げる鐘が鳴り響き、私は教科書を机に立てて就寝の構えに入るのだった。
(帰りたい……早く放課後になれ……)
この学び舎での全ては空虚だ。浮かれた噂話も、中庭の人気スポットも、有難がる人は居るが私には何の価値もない。蔦の絡んだ木造校舎のようなものだ。
(早く家に帰って……早く癒されたい……)
その一念で午後の授業をやり過ごし、私は下山のバスにそそくさと乗り込んだ。急な山道を20余分ひた走る、車両もがたついたローカル線。これに好んで揺られる生徒はそう多くない(そのための寮でもある)。私が敢えてその不便を選ぶのは、他に代え難い物が今の家に置いてあるからだ。
「ただいまっ」
玄関に飾られた祖父の肖像画に挨拶し、靴をぽいぽいと放り出す。祖父が亡くなり空き家となったこの屋敷を、私は片付けもせずに使っている。流石に玄関などはそこら中蜘蛛の巣まみれで見られたものではないが、生活に欠かせぬ場所の掃除はそれなりにやっているつもりだ。私の部屋と水回り、そしてこれから向かう金庫室は。
「動かすには……ザナの葉9枚だったな」
事前に用意したのは、昔エジプトの一部地域に生えていたザナという低木の葉……それを乾燥させて煎じた汁だ。真鍮製の酒器に満たしたその“ザナ茶”を携え、私は金庫室のダイヤルを捻る。分厚い鉄扉が多少の引っかかりと共に開くと、その向こうには簡素な祭壇を備えた“霊廟”がある。
「今宵もご機嫌麗しゅう、王女様」
祭壇の上には、高貴な女性を象った金塗りの棺が安置されている。私は霊廟に踏み入ると鉄扉を後ろ手に閉め、ザナ茶の湯気を連れてその棺に歩み寄る。棺の口の部分にはスリットが設けてあり、そこに私はザナ茶をゆっくりと、注意深く注ぎ込んだ。
「貴女の忠実なるしもべが遊びに参りました。起きて姿をお見せください」
ややあって棺の中から衣擦れの音がし、押し上げられるように蓋が開いた。
「ふわ……おはよう。また来てくれたのね。嬉しいわ、ゆせ」
伸びをしながら現れ出たのは、棺の大きさに見合わぬ痩身の少女。螺鈿を蒔いたような肌に薄布を纏い、波打つ黒髪をたたえたその少女の名はカミラ。私が祖父から受け継いだ一族最大の秘密にして、今は私だけしか知らない、私の秘密の恋人だ。
「ねぇ、ゆせ。キスがしたいわ。目覚めの口づけ……貴女もしたいでしょう?」
甘く揺らぐ声に誘われ、私は欲に任せかがみ込む。奪うように重ねた唇からは、現を掻き消す法悦の味がした。
《END…?》