夢現マイリトルマミー ~お嬢様学校のひねくれお姉さんが美少女ミイラを再生する話~ 作:みらぁまん
無道院紗雪さん。ミモザ女学院との縁は附属病院の揺り籠からという生え抜き中の生え抜きで、中等部の生徒総代を経て現在は高等部の生徒会長を務めている、我が校のスーパースターだ。お父上は理事長のご友人で、紗雪さん自身も学校の経営陣からは一目置かれているそう。
以上はミモ女に居れば誰もが耳にする紗雪さんの評判で、別に何のことはない。問題は、そのスターが今我が家の門前にリムジンで乗り付けているという事実だ。
(寮から出て来てるってことはご実家に用があるのか……いや、それにしたって私んちに寄る必要はないでしょ。車がエンストしたとか、携帯ゲームに酔ったとか……いや、車から降りるぞ!? 本当にうちなの!?)
背の高い運転手が恭しく開けたドアからしゃなりと脚を伸ばし、紗雪さんが地面に降り立った。ご苦労とばかりに運転手に会釈し、何やらキョロキョロと屋敷全体を見渡している。
(何か探してる……? いや、何を?)
頭の動きに合わせ、紗雪さんのサラブレッドのような栗毛のロングヘアーがふりふりと揺れる。それに目を惹かれ、私は思わず彼女の行動を観察していた。実家の太さにかけては学院一の無道院紗雪が、このボロ屋敷に求めるものなどないと思うが。
(一週間ズル休みしてた私を責めに来たわけでもあるまいし……何なの一体。もし入って来るようなら居留守使うか……)
と、私がそう思ったその時だった。紗雪さんがふと顔を上げて二階の窓に視線を移し、そこから覗いていた私と思いっ切り目が合ってしまった。
(うげっ! しまった……警戒なんてしてないでさっさと引っ込んどくんだったわ)
私が顔をしかめる一方で、紗雪さんはパアッと笑顔になりこちらに手を振っている。もう居留守は使えない……私はその辺にあったパーカーを急ぎ引っ被ると、門を開けるべく階下へ降りて行った。
「ごきげんよう、湊ゆせさん。お風邪を召したと聞いていましたけれど、そのお顔を見るとかなりお悪いようですわね」
「ああいえ、そんな……もう大丈夫です」
自分が今どんな顔色か怖くてまだ見ていないが、やつれて見えるとすればそれは不摂生な生活で肌が荒れているのだろう。とりあえず道に嵩張るリムジンを敷地内に招き入れ、玄関先で紗雪さんと話をする。
「それで、今日は一体どんな御用で……?」
以前会った時は車の座席だったが、今目の前に立っている紗雪さんは立ち姿からして凛としていて、私はやはり気圧されてしまう。俯き加減に尋ねる私に、紗雪さんは「あら!」と可笑しそうに言った。
「御用とは水臭いですわね。貴女のクラスの委員長からお見舞いを言い付かりましたの。プリントの類も溜まっていますし、私には足もありますものね」
「そ、そうですか……ご丁寧にどうも」
紗雪さんのツンと吊り上がった目に、当てつけや皮肉の色は感じられない。本当にそれだけのために山を降りて来てくれたのだろうか。確かに、わざわざバスを待つ手間のある一般の寮生よりは気軽だろうが。
「あっ……中、入りますか? 立ち話も何ですし、お茶ぐらいしか出ませんけど」
「いいえ、ここで結構ですわ。すぐ寮に戻りますのでどうぞお構いなく。これ、プリントとお手紙ですわ」
ハキハキした声で渾身の社交辞令を遮られ、私は間抜けな顔でクリアファイル入りの書類を受け取った。うん、やっぱりこの人苦手だわ。私が早く家に引っ込みたい気持ちで満たされていると、不意に紗雪さんが私の肩越しに建物の裏を覗き見た。
「……ところで、素敵なお屋敷にお住まいですのね。古いですが風情があって。あそこに見えるのは温室ですの?」
「え、ああ……はい。小さなやつですが」
伸びるに任せている熱帯植物と、カミラの生命維持に必要なザナの木の栽培スペースしかない、特に見所のない温室だ。
「……温室、見たりとかします?」
「いえ結構、またの機会にしますわ」
忌々しい。この人の前だと不要に気を回してしまうと言うか、媚びに走ってしまう自分が居る。上に立つ者のオーラ……紗雪さんの一挙手一投足から発せられる、熟成された気高さの所為だろうか。もう用がないなら帰ってくれないかな。
「気を悪くなさらないでね、植物自体はわたくしも好きですのよ。特に熱帯の珍しい花や、砂漠の民がまじないに使ったような……あらいけない、そろそろお暇しないと。今度またゆっくりと拝見しますわね」
結局、この人はどういうつもりで来たんだろう? 吊り目をきゅっと細めて愛嬌のある笑みを私に投げかけ、紗雪さんは車に戻って行く。栗毛の長髪がふりふりと揺れ、その後ろ姿はどこか飄々としていた。
「……そう言えば、この間の校内新聞、わたくしも楽しませていただきましたわ。寮の子たちには貴女のファンも増えているようですし、良ければ遊びにいらしてね。それではごきげんよう、湊ゆせさん」
後部座席から手を振り、それだけ言い残して紗雪さんは去って行った。
「……ごきげんよう」
釈然としないまま残された私は、とりあえずプリントと一緒に渡された手紙とやらに目を通す。それは捨子さんからだった。
「……何よ、私のこと大好きかよ」
私のことが心配、早く会いたいといった旨が、気取った文体ながら健気に綴られた手書きのお手紙。私は少し和んでしまう。
この分だと、別段私に対する悪評が立ってるわけでもなさそうだ。弥栄ちゃんのことは胸が痛むが、彼女にその記憶はない筈だし要は私の気持ちの問題だろう。
「……よし。行くか、学校」
いつしか桜にも緑が混じり始める頃、開き直りを覚えた私は図々しくも復活を遂げたのだった。
《END…?》