夢現マイリトルマミー ~お嬢様学校のひねくれお姉さんが美少女ミイラを再生する話~ 作:みらぁまん
砂漠で育つザナの木は、その涼やかな姿に反して強靱だ。気持ち程度の栄養剤を与えておき週2回の水やりさえ怠らなければ、虫も付かせず葉を茂らせる。唯一気を付けなければならないのは、葉が落ちて生気を失う前に無駄なく摘み取り、その魔力を封じ込めたまま乾燥させ茶葉にすることだ。
私はこの度一週間引き籠もっていたため、今育てている三株はそこそこの枚数の葉を落としてしまっていた。
「あちゃ~……ごめんお爺ちゃん。またストックを減らしちゃった」
貧乏性が働き悔やんでしまうが、実のところザナ茶を作るための在庫が枯渇する心配はまずもってない。生前の祖父の口ぶりからの推測だが、恐らく歴代の神官で私ほど頻繁にカミラを起こす者は居なかったのだ。その証拠に、屋敷の納屋に貯蔵されている茶葉の量はおびただしいことになっている。栽培スペースの狭さを考えると、祖父も含めた皆が皆、収穫した葉の大半を使うことなく貯め込み続けていたのだろう。
そんな事情を鑑み、私はひとつの確信を持っていた。私の先祖たちはカミラを畏れ敬いはしても、進んで彼女の孤独を埋めようとはしなかったに違いない……と。
(神官の仕事は、基本的に薄いザナ茶をカミラに与えて生命を維持させることだけ。しかもその時だって、棺の中を見ずに済むよう細工が整ってる。きっと古代の王家にとって……王女カミラは忌むべき存在だったのね。例えお役目でも、叶うことなら相見えず一生を終えたいと願うほどに)
専用の釜で茶葉を煮沸しながら、私はカミラのガラス玉のような瞳を思った。あの空虚な双眸が幾星霜も映して来たのは、人間たちの畏怖の表情だったのだろうか。
ならば私はどうだ? カミラと対峙する私は、あの魔性を前にどんな顔を晒す?
(カミラを愛するのは容易い。何故ならカミラは美しいから。例えどんな本性が眠っていようとも、今どうしようもなくカミラに惹かれている私が全てだわ。そしてそれはきっとカミラにとっても同じこと……)
悠久の時を空しく過ごして来たカミラに、私はきっと希望を与えてしまった。カミラを求め、必要とする者がこの世に居る……そんなほんのささやかな希望を。
ならば私はその責任を取ろう。どんな後ろめたい気持ちを抱えていても、どんなささくれを心身に負っていても、必ずカミラの元へ帰って来よう。己の愛欲を満たす器としてカミラを利用することを決めた私の、これが精一杯のまごころという奴だ。
(ええ、そりゃもう開き直りですよ。でも雀の涙ほどもない私の誠意なんかより、カミラを泣かせないことの方が大事だと思うから。今はそれでいい)
湯気をくゆらせるザナ茶を携え、私は金庫室のガタつくドアをくぐる。霊廟の床には、この前私が置いて行ったスイーツたちがあちこち潰れて散乱している。それらを踏み越え、私は久々に棺の前に立った。
「ねぇカミラ、私……卑怯かな」
問いかけながら酒器を傾け、棺の開口部にザナ茶を注ぎ込む。液体が棺内の管を通ってミイラ遺体に浸透していく間、私の心臓は祈るように早鐘を打っていた。
「お願い……出て来て。カミラ……」
冷たい棺の上に頬をつけ、祈るように突っ伏す。すると、中からコトリと音がし、微かに私の名を呼ぶ声が聞こえた。
「……ゆせ? ……ああ、ゆせなのね」
ハッとして私が身を離すと、果たして棺の蓋がゆっくりと押し上げられ、隙間からまろび出た華奢な腕が……小麦色の柔肌に螺鈿を蒔いたような艶のある細腕が、せがむように宙を掻いた。
「カミラ……待たせたわね」
私は棺の蓋を脇へ下ろすと、カミラのその手を恭しく取って静かに口づけた。棺の中に身を横たえているカミラは、碧い水面のような瞳を波立たせて私に応える。
「ゆせ……わたしね、ずっと考えてたの。雛鳥には親鳥が居て、子どもの元には父や母が帰って来るでしょう? でも……だったらわたしには誰が居るの? わたしは、わたしが誰なのか何も知らない……だからわたしは誰の帰りを待てばいいのかもわからない。それはとてもとても寂しい……って」
私の手に縋り、カミラが身を起こす。溜まっていた涙が目尻からこぼれ出て、代わりに私の姿が瞳いっぱいに映る。
「でもね、今やっとわかったわ。わたしはこれから……ゆせのことを待っていればいいのね。ゆせのことを思いながら毎夜眠りに就く……例えそれが永遠の眠りになったとしても、ゆせを思えば怖くないのだわ」
カミラは待ちきれないように私の首に手を回し、甘い声でささやきかけて来る。その声の中に、何だかこっちまで涙が出て来るような揺らぎを感じて……私はカミラの細い体を抱き締めた。
「ごめんカミラ。私、カミラのこと一人にしないから。どんなことがあっても、最後にはカミラの所に帰って来る。約束する」
そう、どんなことがあっても。例え他の誰に心を移し、己の欲に呆れ果てようとも、私は私自身をカミラに縛ろう。このいつ果てるとも知れない蜜月……夢現の毎日が続いていく限り、ずっと。
「ありがとう……愛してるわ、ゆせ」
「カミラ……」
私の首筋に鼻先を埋めているカミラが、吐息混じりに睦言をささやく。産毛を掠める唇の感触から、カミラ自身の劣情が伝わって来る。
「ねぇキスして……強く、抱いて……?」
「カミラ……っ!」
互いの熱で霊廟を甘く満たしなから、溶け合うように口づけを交わす。もどかしく絡め合った指に、私たちは確かに永遠を見たのだった。
《END…?》