夢現マイリトルマミー ~お嬢様学校のひねくれお姉さんが美少女ミイラを再生する話~ 作:みらぁまん
私が王女カミラの“遺体”について祖父から教えられたのは、祖父が亡くなる半年程前のことだった。祖父は日本人だが、確かエジプト第何王朝だかの神官の血を引いていて、国破れてなお幾星霜もカミラの遺体を代々守り続けて来たらしい。
「儂はな……ゆせ、お前に神官の務めを託そうと思う。今から話すことをよくお聞き」
中学3年の夏、丁度一人で遊びに来ていた私に祖父は王女の遺体の管理方法を口伝えた。満月の夜ごとに不死を司るザナの葉を3枚煎じ、その汁を棺に注ぎ入れる。これにより生命活動が維持され、カミラの肉体は滅びることがない。時には神官自ら話相手となり御心をお慰めする必要があるが、その際は煎じる葉を9枚に増やす。
「9枚かぁ、なんかキリ悪いね。10枚入れたら駄目? なんかリスクあるの?」
私が面白半分にそう聞くと、祖父は声を一段落として次のように告げた。
「そうさな……10枚を超えて葉を煎じる時、それは王女を“目覚めさせる”時だ。9枚分のザナ茶で起こして差し上げられるのは肉体のみ……王女の魂は深く眠ったままなのだ。ご自分が何者なのか、何の業を背負い今日まで長らえているのか、それを王女に思い出させることは掟で禁じられておる」
私が祖父に教わったのはそれだけだ。今から思うと、私が両親との別居を画策していることを知ってこの話をしたのかもしれない。祖父も祖父で変わり者、私の父とは折り合いが悪かったものだから。
そんなわけで、私は自分で手入れも覚束ぬ屋敷に住み、カミラの面倒を見ている。今日は日曜日なので昼間から霊廟に入り、彼女を膝に乗せて絵本を読んでやっているところだ。
「“それはぼうぼう山のぼうぼう鳥が鳴いているんだよ” 兎はそう言いました。……どしたのカミラ、ちゃんと見てる?」
「ええ、聞いているわ。ゆせの声はとっても素敵ね。ずぅんと低くて、枯葉が舞っているように静かで……わたし、好きよ」
カミラは絵なんか見ずに私の鎖骨にもたれ、うっとりと反響を聞いている。そりゃこの家の蔵書なんて大昔に目を通してるだろうけど、ちょっとは興味持って欲しい。
「はいはい、しゃがれ声で悪うござんしたね。こちとら生まれつきなのよ」
溜息に紛れて、カミラの匂いが鼻腔をくすぐる。ミルクのような甘さの中に、思わずクラッとするような芳香が混じる独特の体臭。それが怖いほど心地良くて、私はカミラの豊かな黒髪に顔をうずめた。驚いたカミラが軽く声を上げる。
「きゃっ……ゆせ、わたしの髪……吸ってるの? そんなに良い匂いかしら」
「うん、正直たまんない」
何やらスイッチの入ってしまった私は、絵本を手放すとカミラの小さな体を両腕ですっぽりと抱きすくめ、更に鼻先を擦りつける。カミラが身をよじるのに合わせて腕を深く這わせ、どこまでも密着していく。
「はぁ……なんだか縄で締め付けられてるみたい……生き物だから、蛇かしら……? ねぇゆせ、ちょっと苦しいわ……」
いちいち例えんでよろしい。ベビードールにも似た薄衣越しにカミラの体温を感じながら、私は抗議するように彼女の剥き出しの肩口に唇を向かわせた。
「ひゃんっ……!」
身をすくませるカミラに構わず、つるりとした左肩にキスの雨を降らせる。元々シャボン玉のように光沢を放つその肌が、熱を帯びて照り映えていく。こうしている限りは、彼女がさっきまで干からびた死体だったなんてとても思えない。ザナの葉で命を繋ぎ止めているただのミイラなのに、どうしてこんなにたまらないんだろう。
「ゆせ……んっ……もう、ゆせったら……絵本の続きは? 狸さんと兎さんは……あんっ……あの後どうなるの……?」
「狸は溺れて死んだよ。いいから黙って」
私は手近なクッションを引き寄せるとカミラをその上に押し付け、更にその上から覆い被さった。冷たい金庫室の中、ふたり分の息遣いがしばし充満した。
「……わたし、好きよ。ゆせが好き。前までの人と違って、ゆせは毎日会いに来てくれるもの。寂しいのはもう沢山……」
額に貼り付いた髪の毛を拭いながら、カミラが惚けたように言う。大半の時間寝てる癖に、寂しいなどあるものか。それともカミラも心の中で夢を見るのだろうか。例え魂を眠りに封じられていても。
「これからも側に居てね、ゆせ」
カミラが私の頬に手を添える。私を見据えて離さないその碧き双眸は、まるでガラス玉のように虚ろだった。
《END…?》