夢現マイリトルマミー ~お嬢様学校のひねくれお姉さんが美少女ミイラを再生する話~ 作:みらぁまん
桜が咲いている。それは植樹されたソメイヨシノばかりではなく、学校へ向かう山道にも山桜の木が転々と自生している。見頃はやや過ぎるらしいが、今こうしてバスの中から眺める分にはそれなりの目の保養だ。
新学期も着々と滑り出し、新しい環境にも皆慣れていく頃、私は今年度の担任の名字も覚えぬまま日々を送っていた。
「染井先生、だよ。ほらそこに咲いている桜、あれの名前で覚えるといい」
そう言いつつ思い切り山桜を指差したのは、後ろの席で揺られている羽生捨子さんだった。私と同じ自宅通いで、バスではいつも真後ろに座って来る。座席と窓の隙間から手を伸ばされ、私は顔をしかめた。
「……この道にソメイヨシノは植わってないわよ。校門の並木ならわかるけど」
「おや、そうだったかい。これは無学を晒してしまったかな。にしても桜の品種なんてゆせさんはよく知ってるねぇ」
家の植物図鑑なんかも、よくカミラに見せているから何となく覚えただけだ。まあそんなこと捨子さんに言わないけど。
「桜の花弁をだね、バスを降りたら肩のこの辺にくっつけとこうと思うんだ。黒い制服によく映えて如何にも雅だろう?」
私が返事をしなくても捨子さんは勝手に喋る。また妙な仕込みを考えているのか。
「捨子さんが雅とかちょっと面白すぎるからやめといて」
「ひどいなぁ、これでも下級生には様付けで噂される程度の人気者だよ?」
「はいはい。わかったから」
お互い顔も見ずにそんな無駄話をしていると、やがてバスは校門前の停留所に着いた。鞄を引っ提げ降りていく生徒は、私と捨子さんの他には3、4人。やはり寮暮らしが圧倒的に多い。この前会った有名人……そう無道院紗雪さんをリーダーにさぞかし楽しくやっているんだろう。
(同年代ばっかの集団生活か……私は真っ先に息が詰まって死ぬな。捨子さんの冗談を聞いてる方がまだ健康的ってもんね)
年嵩を仰々しく呼ぶ習慣や、校内カップルに憧れる価値観も、あの無駄に立派な寮があるからこそ生まれたに違いない。捨子さんはわかった上で楽しんでいるクチだが、やはり私には合いそうもない。
「おっ、あそこの人だかりは無道院さんかな。僕も負けていられないね」
いや知らんがな。結局、捨子さんは舞い散る花弁を掴み損ねてプチお洒落に失敗。しかし全然めげずに次の軽口に移行し、それをその都度聞き流しているうちに私の今日も過ぎて行った。
「おはよう、ゆせ。……うふふふっ」
帰宅してカミラを起こすと、何やらご機嫌な様子で私の腰に抱き着いて来た。
「……最近割とくっついて来るよね?」
「だって、近頃ゆせからお花の良い匂いがするんだもの。学校というのは素敵な所なのね……花々が咲き乱れる楽園なのだわ」
実際は雑多な自然林とありきたりな花壇ぐらいだけどね。あと桜か。私のお腹に顔を擦りつけるカミラは、その僅かな残り香からどんな世界を描くのか。
「そんな良いとこじゃないわよ。因みに……今よく咲いてるのはこいつかな」
植物図鑑のページを開き、ソメイヨシノの写真をカミラの鼻先に割り込ませる。すると彼女の虚ろな碧眼が丸く見開かれた。
「まあ! 一番好きな花だわ。ゆせはこの木のアーチをくぐって来たのね……ねぇ、もう一度嗅いでみてもいい? もっとわたしに桜のことを教えて……?」
カミラは私の制服の裾を引っ掴み、甘えるように見つめて来る。艶のある唇からまろび出た息が私の頬をくすぐり、にわかに衝動を煽り立てる。
(駄目駄目……今日は我慢するって決めたんだから。上目遣いは駄目だって……!)
カミラの肩越しに見える背中は薄衣が微かに透け、猫のようにしなやかな曲線美がまざまざと見せつけられている。思わず腰に手が回りかけたが、寸前で堪えた私は代わりに彼女の鼻を摘まんでやった。
「ふにゃっ?」
「……ミイラの癖に」
私はカミラに背を向けると、持って来た座卓に教科書と参考書を並べ始めた。
「今日は勉強するんだから。起きてていいけど邪魔しないでよ?」
そう言いながらわざわざカミラに会いに来てしまった私も私なのだが、こればかりは私の目の保養だからしょうがない。
「は~い、じゃあ大人しくしてるわね」
カミラはクスクス笑い、私の背中にぴたりと寄り添った。大人しくの意味……ちゃんとわかってる?
《END…?》