僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」   作:HOTDOG

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1. 恋愛相談

『一目惚れ』というのは本当にあるものなのだと。

頭の中を眩く照らされるような強烈な感情を、この日、彼女を見た瞬間に体感した。

 

薄い紫色を引いた艶のある唇。

ハート模様の入った、くるりとした大きな瞳。

綺麗なスミレ色の髪、オシャレに結わえられた大きなリボン。

柔らかそうな白くて細い肢体と、それを包むフリルの入った可愛いドレス。

そして――ぷにぷにした頬を彩るあざといチーク。

 

(か、可愛い……)

 

今現在、蟹とかゴミ箱がモチーフのよくわからない化け物に襲われ、恐ろしいほどの寒気と脱力感に苛まれている。真っ只中。

周囲の人と同じように地に尻をついて、虚ろな目をして、思考も奪われた棒人間と化してしまって、

 

――それでも彼女を見たその時から、心臓だけは別物のように大きく煩く鼓動を鳴らし続ける。

 

「ぺけっ!」

 

交差された彼女のか細い人差し指から、巨大な紫色の盾が出現する。

得体の知れない怪物の暴力から、自分たち一般人を傷つけないために身を前にして敵の攻撃を受け止める。

 

盾は相当頑丈なのか、びくともしない。

その後ろ姿を目に焼き付けている最中、ふいに彼女――紫のプリキュアが振り向いた。

 

『――大丈夫、不安にならないで』

 

優しく送られた視線が、彼女の心を代弁する。

こちらを安心させるような柔らかい微笑み。

 

戦闘の最中、非日常という空間だからだろうか。

怪物と戦いながらも笑顔でこちらを気遣う彼女は、本物の女神様だと錯覚するほどに美し……いや、可愛いかった。

 

「ハートルージュロッド!」

 

仲間と連携して上手く敵の隙を作った彼女は、ピンクのステッキを取り出し構える。

キリッとした顔もすごく可愛い。

 

「プリキュア・もこもこコーラル・ディフュージョン!!」

 

彼女の必殺技だろうか。ハート型のクッションに座って――えぇ、すごい! 周囲のハートが増殖して敵を圧死させるかの如く包み込んだ!

必殺技がいっぱいのハートというのもすごく可愛い。

 

「――ビクトリー♪」

 

爆☆殺!

笑顔と爆風に紫髪が大きく揺れる。

キメポーズも可愛いしニコッとした顔も少女らしさが出ていてめっちゃ可愛い。

 

爆心地を見ると、敵の姿は跡形もなく消えていた。

どこからか虹色の光が飛来して、自分を含め倒れていた人々の身体の中に入っていく。

途方もない虚脱感から一転、体に生気が満ちてくる。

立ち上がって彼女にお礼を言いたいしもっと近くで顔を見たい。

が、あまりの体調の変わりように眩暈がして蹲る。

思うように動かない身体が歯がゆく、苦しく、もどかしい。

 

眩暈が収まり、急いで体を起こして周囲を見渡す。

しかし役目は終わったとばかりに、彼女たちプリキュアの姿は消えていた。

 

「紫の……プリキュアさん」

 

――トンク

 

怪物もプリキュアもいなくなったこの場所は泡沫の夢のようで、それでも今までと違う高鳴りをする心臓が、これは現実だと証明していた。

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第1話 恋愛相談

 

 

 

「…………もう放課後だ」

 

翌日。

生気っぽい何かを抜かれた後遺症は全くなかった。

普段通りに中学校に通い、授業を受け、給食を食べて、授業を受けた。

 

ただし、昨日の出来事からずっと心ここにあらずの上の空だ。

先生の話やクラスメートの談笑も、全て雑音にしか聞こえない。いや、雑音と言う認識すらなかったかもしれない。

紫のプリキュアさんのことが片時も頭から離れず、本当に気付いたら夕方だった。

 

「クラスの人、誰もいないじゃん……」

 

伽藍洞になった教室を見渡してひとり呟く。

一日中ボケッとしていた自分を心配に思い、声を掛ける人はいなかったのだろうか。

まぁ、別段仲の良いクラスメイトがいるわけではないし、話しかけられても気付かなかっただろうからいいけれども。

そんな仕方のない強がりをしている最中、ゆっくりと教室の扉が開かれる。

思わずそちらに顔を向けると、青い髪をおさげにした女の子と目が合った。

 

涼村さんごさん。

クラスメイトだから互いに顔は知ってる。それ以上でも以下でもない。

 

「あ、星郎くん、まだ残ってたんだ」

 

「う、うん……」

 

今日一日言葉をまともに発していなかったせいか、微妙にどもった。

めっちゃ恥ずかしい。

コホン、と咳払いして誤魔化しておく。

涼村さんの顔を伺うと、さして気にしていない感じ。

こういう事で揶揄われるのは苦手だから有難い。

 

……ちなみに星郎とは僕の名前である。

ファーストネームで呼ばれるのは涼村さんが人懐っこいわけでも、僕と涼村さんが幼馴染とかいうわけでもない。単にクラスに同じ苗字が複数人いるからである。

……変な名前だから、あまり呼んでほしくはないのだけれども。

 

「委員会の集まりで遅くなっちゃった。長くて、ちょっと疲れたかも」

 

「あはは、お疲れ様……」

 

適当な言葉が浮かばず、取り敢えず愛想笑いを返す。

互いに一言ずつ。あとは無言。

自分も彼女も大した接点はないし特段明るい性格でもないわけで、会話が途切れるのは当然であった。

むしろ、この気まずさを予想して話しかけないでほしかったとも思う。

 

「……はぁ」

 

涼村さんとは逆方向に顔を向けて、溜息を吐く。

どちらにせよ今、僕の頭は『紫のプリキュアさん』のことで一杯だ。

この体験したことのない恋心と焦燥感が、勉強も手につかない程に胸中を一日中かき回している。

 

挨拶して終わり。

会話を終わらせる雰囲気を不自然にならないように整えて、相手に渡す。

控え目な性格の彼女なら、用を済ませて早々に立ち去ると予想して。

 

 

――しかし、その予想は当たらなかった。

 

「星郎くん、何か悩み事?」

 

掛けられた声に驚き、びくりと体が跳ねる。

 

「え……なんで?」

 

「え? だって、今日はずっと様子が変だったから」

 

星郎くん、いつも授業は真面目に聞いているのにねと言われて、存外、見られているものだと頬が少し熱くなる。

授業は真面目に受けているし成績もよい方だけど、女子にガリ勉君と思われるのは格好悪くて恥ずかしい。

 

「……べ、別に――」

 

何でもない。そう言い掛けて、口を止める。

 

何でもない……わけがない。

自分は今、突然芽生えた恋心に大いに戸惑っている最中だ。

『恋愛なんてくだらない。恋なんてしない』と、離婚した両親を見て思っていた。

女手一つで自分を育ててくれる母さんを見て、友情や恋愛なんかよりも勉強すべきだと思っていた。

 

「えっと……そのさ」

 

涼村さんを見る。

最近仲良くなった転校生の影響だろうか。

クラスの雰囲気を振り返れば、転校生が来る前後で涼村さんの印象も少しだけ変わった気がする。

涼村さんがどんな意図で踏み込んだ質問をしてきたのかはわからない。

 

「悩んでいるというか……ど、どうすればいいのかわからないことがあってさ」

 

「へぇ、意外だね。星郎くん頭いいのに」

 

「いや、その……勉強以外のことは弱くて……」

 

会話に乗ってくれた涼村さんに、心の中で安堵する。

わかることは、このまま授業に身に入らないと成績が下がってヤバイということ。

そして相談なんかできる相手がいない僕の人間関係の中、偶然、神がかり的なタイミングで涼村さんが声を掛けてくれたということ。

 

「その……誰にも言わないでほしいんだけど」

 

「うん」

 

「…………」

 

こちらの言葉を待つ涼村さんの顔を見て、少し迷って言葉が詰まる。

 

僕は今、かなり恥ずかしいことを言おうとしているんじゃないのか?

それも、特に親しいわけじゃないクラスメイトの女の子相手に。

 

「……………………す」

 

「す?」

 

恥ずかしさを押し殺して、言葉を絞り出す。

涼村さんなら、間違っても言いふらしたりすることはない筈だ。

相談する相手としては親より、先生より、クラスの男子よりは絶対に良い――筈。

そうやって自分の行動を正当化して、迷う心を後押しする。

 

「……好きな人が、で、できた」

 

「わ、わわっ」

 

HA☆ZU☆KA☆SIyいいいいいいいいいい――!!

やっぱり止めとけばよかった!

というか、クラスの女子にいきなりする話じゃないだろう!? とあまりの居た堪れなさに走って帰りたい衝動に包まれる。

 

涼村さんもまさか恋愛相談だとは思わなかったのか、頬を薄く染めて戸惑う様子。

恋愛相談という甘酸っぱさに、少し恥ずかしそうに僕に目線を送ってくる。

 

(可愛い――)

 

……いやいや、紫のプリキュアさんがいるのに駄目でしょ、僕。

1日で早速浮気する自分の心に叱責する。

おかしい。勉強一筋だった僕の心がこんなに浮気性なわけがない。

 

「えっと誰? クラスの子?」

 

「あ、あー、ク、クラスの女子じゃなくて……」

 

辺りを見回して声を静かに、でも抑揚した声色で聞いてくる涼村さん。

やはり男子より女子の方が恋愛ごとへの興味が強いのだろう。

涼村さんも例外ではないらしく、親しくない僕なんかの話題でも興味深そうに訊ねてくれた。

ほっとした反面、涼村さんとの距離が近くなって自然と身体が強張る。

 

「その……この学校の人でもないと思う。名前、わからないんだ」

 

「他校の子なの?」

 

「あ、ごめん、違くて……学生じゃないんだ。昨日、公園で見かけた人で……一目惚れ、したんだ」

 

「――///」

 

やっぱりHA☆ZU☆KA☆SI――!!

恋愛するのはいいとしても、この『一目惚れ』という言葉が羞恥心を押し上げる。

 

一目惚れ。

まさに一瞬で恋に落ちた、そんな象徴。

相手の能力や家柄、人柄を全てすっ飛ばして好きになるそれは「僕の頭はピンク色です」とでも代弁しているようだった。

勉強重視で学生生活していたモブキャラ(僕)がこうなるのは、自分で顧みても正直イタイ。

 

涼村さんも一目惚れと言う言葉に思うところがあるのだろう。

頬を紅くして、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

 

「……ちょっとびっくり。星郎くん、そういうタイプじゃなさそうなのに」

 

「いや、なんというか……僕も驚いてます、はい……」

 

「ふふ、そんなに可愛い子だったんだ」

 

「……///」

 

涼村さんが軽く笑いながら、返しにくい質問を投げてくる。

彼女にしては会話中のちょっとした遊びなのだろう。だがしかし、その言葉はかなり以上に僕に効く。

表情は冷静を装いながら、心の中で恥ずかしさにのた打ち回った。

 

「どんな子なの? 特徴がわかれば、私もお手伝いできるかも」

 

「え? えっと、別に僕は……その子と仲良くなりたいとか……じゃなくて」

 

相手の子を探す。

涼村さんはそれが僕の目的と思っただろう。

でも、僕が相談したいことはそれじゃない。

涼村さんから向けられる視線に、顔を逸らして呟いた。

 

「感情が上手く抑えられなくて……べ、勉強、集中してできるようにしたいんだ」

 

「え、相手の子はいいの? 星郎くん、その子と仲良くなりたいんじゃ……」

 

「会えるかわからないし……その、その子も迷惑かもしれないし、僕のせいで無駄な時間を使わせたくないから……」

 

言って、後ろ向きな、弱気な発言をクラスの女子に言ってしまったと後悔する。

……でも、これはある意味では本心だ。

紫のプリキュアさんを好きになるのは勝手だろうが、それをアピールして彼女の手を煩わせるのは話が違う。

ましてや僕は、ちょっと勉強ができる以外は全く平凡な中学一年生。いや、コミュ力や運動センスは人並み以下だから、平凡というのもおこがましい。

 

だから今、涼村さんにしている恋愛相談は「紫のプリキュアさんと付き合う」ではない。

「恋心の制御の仕方、もしくは消し方」を知りたいのだ。

それはおそらく一筋縄ではいかないし、本来、人に相談するものでもないのだろう。

涼村さんに相談しているのは誰もいない放課後というタイミングに加えて、涼村さんの人柄が僕の口を軽くしたのに過ぎない。

 

 

「――私は、そんなことないと思うよ」

 

「え?……」

 

ただ、涼村さんは僕のそれを優しく、でも力強く否定した。

涼村さんらしくない発言に、思わず顔をあげて彼女をみる。

 

涼村さんのことは、控え目で周囲に合わせる、自己主張の薄い女の子だと思っていた。

だけど涼村さんの瞳の奥には、自身を信じる芯の強さが見て取れる。

真の心の強さとは違うけれど、怖がりながらも自分を信じ続ける、そんな色。

 

「『いま一番、大事なことをやろう』だよ」

 

「一番、大事なこと……?」

 

「うん、私の大好きな、友達の言葉。……難しい、慣れないことはしたくないと思う。でも、一歩踏み出して、今の星郎くんにとって一番大事なことを考えてみてほしいの」

 

「それは……」

 

勉強だと言い掛けて、口を噤む。

確かに勉強は将来をつくる大事なものだ。

ただ、涼村さんのいう「いま一番大事なこと」という意味で、本当に正しいのかと自問する。

 

中学生の今は高校受験のために。

そして高校に入ったら大学受験、就職したら出世のための勉強があり、それらは人生にとって疎かにできない大事なものだと僕は思う。

 

じゃあ、昨日から僕の心に渦巻くこの大きな恋心は?

不要なもの?

 

 

……違う。

理屈としては勉強を邪魔する不要な感情だけど、そうでないから、こんなにも僕の心を占めているのだ。

この想いは他の何よりもいま一番大事だと、昨日から僕の心が叫んでいたのだ。

 

「好きを……この好きを訴えてくる心に、正直になっていいのかな……」

 

「うん、いいと思う。自分の好きに正直になる事って、とっても大事なことだと思うから」

 

「そ、そうだね、うん……」

 

僕の無意識に呟いた言葉を、涼村さんは優しく同調して包み込む。

心の内は少し晴れたが、なんだか非常に恥ずかしいセリフを言っているみたいで口の中がわなわなする。

恥ずかしさを誤魔化すように、先の涼村さんの問い掛けに答えを返す。

 

涼村さんからは一目惚れした相手の特徴を聞かれていた。

その相手――昨日の光景を脳裏に浮かべる。

 

「特徴は……すごく可愛い」

 

「えっと……」

 

「あ、ごめん! そうじゃなくて……!」

 

僕は馬鹿か、馬鹿なのか?

あまりにも頭の悪い返答に、涼村さんも思わず困り顔になってしまう。

特徴=すごく可愛い、とかIQ下がり過ぎである。

 

「か、髪色は紫。すごく長くて、確か二つに縛ってた……かな」

 

「紫色で長髪なんだ。それなら特徴的だし、すぐ見つかりそうだね。

 ……その子、髪が紫色なんだ。いいなぁ、私の好きな色で、少し羨ましいかも」

 

「涼村さんも? その、ぼ、僕も紫色ってすごい好きで……」

 

「わわっ、同じ色が好きな人に初めて会ったかも。そうだよね、少し変わった色だけど、紫のお花とかすごい可愛いもんね」

 

「う、うん」

 

互いの思わぬ共通点に、少しだけ会話が弾む。

嬉しそうに話す涼村さんを見て、僕も思わず、恋愛相談中だということを忘れて今を楽しみそうになる。

彼女に表情に目を奪われないよう、別の意味でドキドキし始めた動悸を隠すように、目線を外して続きを喋る。

 

「あと大きなリボンも、えっと……そうだ、4つついてた。確か黄色とピンク色。大きさはこのくらい……うん、顔より大きかった」

 

「わぁ、大きいね。紫色の髪にすごく大きなリボン……うん、それだけでも可愛さがすごい伝わってくるよ。可愛さが目立つし、星郎くんが一目惚れするのもわかるかも」

 

「えっと、あ、あまり一目惚れって言わないで貰えると……」

 

「あ、ご、ごめんね。でもそれだけ大きなリボンで装飾なんて、すごく可愛いと思ったから」

 

そう言って、二つに結ばれた自身のお下げをくるくるといじる涼村さん。

その可愛い仕草の指先には、赤くて小さなリボンが結われている。

 

「涼村さんがつけてるリボンは小さめだけど……大きい方が好きなんじゃないの?」

 

「う、うん。可愛いとは思うんだけどちょっと派手になっちゃうから」

 

人目を気にしない家の中ならたまに大きいリボンで結んでるの、と涼村さんは少し恥ずかしそうにはにかんで言った。可愛い。

 

「髪色とリボンで十分探せると思うけど、他には何かある?」

 

「他は……その、目とか」

 

「目の色?」

 

「ううん、色じゃなくて……そう、瞳の奥にある意志とか、表情……かな」

 

首を傾げる涼村さん。

僕自身も言いたいことがわからず定まっていない。

それでも、散りばめられた言葉を探して集めるように、ゆっくりと口に出して紡いでいく。

 

「何というか……見た目は強いけど、実は強くないような……それでも、自分を信じる強さを頑張って持ってるような……。

 元々は意志の弱い子だけど、勇気を出して、自分自身を信じているような……」

 

自分の気持ちを言霊にして整理する。

こうやって悩みを誰かに打ち明けて対話することでより深く自分の心の声がわかるのだと実感して、涼村さんに感謝する。

 

「ぱっちりとした瞳が可愛くて、桃色に薄く染まったほっぺたも可愛くて、幼さが少し残った声も可愛かった。

 ……でも、僕の心がこんなにもあの子で一杯なのは、一瞬だけ、僕たちに向けてくれた表情がすごい柔らかくて、優しくて、安心感に満たしてくれたものだから……と思う」

 

怪物の暴力を防ぐ彼女の後ろ姿と、その最中に僕たち一般人らに向けてくれた一瞬の表情を思い出す。

いいや、思い出すまでもない。

あの頼もしい、でも可愛らしい女神のような慈愛に溢れた光景は、忘れられない映画のワンシーンのように僕の脳裏に焼き付いている。

 

 

僕の言葉を聞いた涼村さんからは、しかしすぐに返事は返ってこない。

僕も自身の心を素直に呟いた今の言葉を、半濁して確かめる。

夕暮れの教室が静寂に包まれる。

少し間を置いた後、涼村さんが優しい表情でそっと言った。

 

「……星郎くんはその子のこと、本当にすごく好きなんだね。聞いてる私が、ちょっと恥ずかしくなっちゃったかも」

 

「あ、いや、その……ああっ!」

 

言われて、ぐああああああああああっ!! と某獣王ばりに心の中で突然湧き上がる羞恥心に雄たけびをあげる。

 

涼村さんが聞き上手なせいか、僕はものすごく恥ずかしい言葉を口にしていたのでは?

話したことすらない相手のことを、さも深く理解したような風に口にして!

しかもポエムというか酔ってるような言い方で!

自分のナルシストさ全開の発言に、恥ずかしさでまともに涼村さんの顔を見れなくなる。

穴があったら入りたいどころか埋めてほしいと本気で思う。

 

相談相手が涼村さんというのも、思っていた以上に話しやすくて、こんなに心の内を喋ってしまったことに僕自身非常に驚いている。

 

「ふふ、星郎くんの印象、話してみると全然違うんだね。頭よくてちょっと固い男の子かなって思っていたけど、すごい一途でロマンチストっていうのかな?」

 

「い、いや、今のは忘れてほしい……というか、忘れてください、ほんと」

 

楽しそうに微笑む涼村さんに、赤くなった顔を隠しながらお願いする。

話しながら、涼村さん様子を伺って、引かれてない感じに安心した。

正直キモいことを言ってしまった自覚があるので、笑って流してくれるのなら非常に有難い。

いくら優しい涼村さんと言えども、気持ち悪い男子の相手は嫌だろう。

 

「それで……その子のこと探すの、星郎くん?

 心あたりはないけど、探すのなら私も一緒に手伝うよ?」

 

「え!? あ、ありがと……でも」

 

積極的な涼村さんの提案に面くらう。

涼村さんは控えめで、こんな自分から人助けをする女の子とは思ってなかったが――そう考えた思考を放棄する。

 

控え目と優しさは両立する。

大勢の前では積極的になれないだけで、彼女は元から、人目のない場所ならば、涼村さんの持っている優しさや慈愛を振りまいていた女の子なのだろう。

アイスを落とした小さいの子に、そっと自分のアイスを渡してあげたり……うん、そんなイメージに全く違和感はわかなかった。

 

「うん、助かる。ありがとう……でも、見つけるのはやっぱり難しいと思うんだ」

 

「そうなの? 特徴的な外見だし、商店街とかで聞き込みすればすぐに見つかると思うけど……」

 

「あー、そういう意味じゃなくて」

 

人差し指を顎にあてて、僕の言った言葉の意味に悩む涼村さん。

話してみて感じるのだが、この子はいちいち仕草があざと可愛いと思います。

狙ってやっているのではなく、性格的に素の仕草だろうからより可愛い。

 

……駄目だ、涼村さんと話しているといつか好きになってしまいそうで怖くなる。

 

頭を振って雑念を追い払う。

そうではなくて、僕はまだ涼村さんに重要な情報をいっていない。

でも、これを言うのはさっきの酔ったポエム以上に恥ずかしい。

 

「その、探そうとしている女の子に、もう一つ特徴があって……」

 

「うん? あ、もしかして高校生や大学生とか? そういえば年齢もわからないんだよね?」

 

「そんなに年上の子じゃない……と思うけど、えっと」

 

言い淀む。

しかし、言わなければ探すこともできないだろう。

そもそも探すことができる相手ではないのかもしれない。彼女は一般人ではないのだから。

皆が聞けば、僕のことを嗤うだろう。身の程知らずと失笑するだろう。

けど涼村さんなら、真剣に聞いて受け止めてくれると、信じてみる。

 

「…………――キュア、なんだ」

 

「え、なんて?」

 

羞恥に震えて、言葉が自然とか細くなる。

涼村さんに聞こえるよう、意を決して言い直す。

 

「プリキュアなんだ……僕が一目惚れした、女の子……!」

 

「え……?」

 

僕の言った言葉を今度はちゃんと聞き取れた涼村さん。

その彼女の瞳が、僕の言葉の意味を理解したのか段々と大きくなっていく。

 

 

「ええええええええええぇぇ――!!?」

 

 

涼村さんが口元を両手で隠しながら、精一杯の驚きを見せる。

心なしか顔が赤い。

 

ついに打ち明けてしまった衝撃の事実。

涼村さんにドン引きされていないか、彼女の一挙一動にビクビクする。

 

「プ、プリキュア?」

 

「う、うん」

 

「紫色の髪の毛の?」

 

「う、うん。可愛いリボンで飾られた、長くて綺麗な紫の髪」

 

「/// ……えっと、服の色は白とか黄色とか赤じゃなくて……?」

 

「う、うん。紫色が基調の、所々にフリルが入った、膝上スカートの可愛いドレス。手足も白くてスラッとしてて、まるでお人形さんが着飾ったみたいに可愛かった」

 

「/// ……そ、その子と出会った場所って……昨日の放課後、駅向こうの公園?」

 

「う、うん。よくわかったね」

 

「/// や、やっぱり……え、ええぇ! あぅ、その……」

 

途端、挙動不審になる涼村さん。

何が恥ずかしいのか、今までの落ち着いた雰囲気から一転して視線がおろおろと落ち着かない。

 

いや、恥ずかしいのは僕なんだけど。

これはあれだ。

例えるなら、どうみても彼氏のいる教育実習生のお姉さんを好きになったとか。

はたまた僕のような根暗男子が、クラスの女の子に少し優しくしてもらっただけで恋に落ちてしまったとか。

ようするに客観的に痛い恋であることは間違いないのだ。

涼村さんが大げさなリアクションをする度に、僕の黒歴史がペラペラと更新されているようで心の血反吐が止まらない。

 

予想外の事態に陥った野生のひな鳥のように、わたわたと可愛い仕草を繰り返していた涼村さん。

深呼吸を一つして、まるで最終確認のように、染まった頬を鞄で隠しながら僕をまっすぐ見つめてきた。上目遣いがすごく可愛い。

 

「それって……その……も、もしかしてキュアコーラル?」

 

「キュア――コーラル……さん?」

 

唐突に尋ねられた名前に虚をつかれながらも、ピースがハマったその感覚。

聞いたことのない名前の筈なのに、聞いたことがある名前。

 

昨日の記憶。

怪物にエネルギーをとられて、意識が朦朧としていた時の記憶が蘇る。

 

キュアコーラル。

 

確かに、他のプリキュアさんたちは彼女のことを「コーラル」と、そう呼んでいた。

思わず、涙が流れた。

 

「そうか……キュアコーラルさんだ」

 

「え?」

 

「うん、キュアコーラルさんが好きなんだ。一目見て、彼女がくれた優しい微笑みに、僕は心を奪われたんだ」

 

「///――っ!!」

 

「か弱いけど、勇気をもって頑張っているキュアコーラルさんが、僕は大好きなんだ!」

 

「や、やめて///……」

 

「あとキュアコーラルさんはほっぺのチークが最高に可愛い! コーラルさんのただでさえ可愛い笑顔を、更に何倍にも可愛くしてる! あざと可愛さの暴力だよ!」

 

「お、お願い、やめて///……」

 

何故か赤面して縮こまっている涼村さんを差し置き、僕は自分の心を正直に吐露する。

悩みは晴れないが、気持ちは晴れた。

名前を知ることで、記憶にある彼女の姿が名前と結ばれることで、僕の気持ちも抑えられないくらいに大きくなって溢れていく。

 

「――涼村さん!」

 

「は、はいっ!」

 

起立して姿勢をただし、涼村さんに向き直る。

僕が恋した相手は伝説の戦士・プリキュアだ。

この恋は多分、いや絶対に実らないし、理論的に考えるなら無駄で意味のない恋だと思う。

 

でも、僕は涼村さんが言ってくれた『いま一番大事なことをやろう』という言葉を、その素敵さを信じてみたい。

『自分の好きに正直になる』、それは怖くて難しいことだけど、涼村さんが背中を押してくれた今、この一歩を踏み出したい!

周囲に笑われるかもしれないし、おかしい人だと思われるかもしれない。

でも……憧れのキュアコーラルさんならきっと、自分の気持ちを勇気をもって口に出すと思うから。

 

 

「――僕はキュアコーラルさんが大好きです。よろしくお願いします!!」

 

 

言って、右手を差し出し、頭を下げる。

僕の無謀な恋に巻き込んでしまった謝罪と、背中を押してくれた感謝と、短い期間かもしれないがキュアコーラルさんを探す協力をしてくれる涼村さんへ精一杯の誠意を込めて。

まるで告白しているようで、手が大地震ばりにガタガタ震える。

……いやいや、ちゃんと主語を言っているし、涼村さんにも伝わっている筈である。

 

 

数秒の時が流れるも、涼村さんからの返事はない。

やはり身の程知らずの恋は、涼村さんでもキモかったのか?

恐る恐る目線をあげて、涼村さんの表情を伺う。

 

――顔がトマトのように真っ赤になった涼村さんと、目があった。

 

 

「――ご、ごごごご――ごめんなさいっ!!」

 

 

まるで人に見つかった野良猫のように、涼村さんは謝罪の言葉を叫びながら、一瞬で教室を飛び出した。

 

…………。

うん、振り返ってみると、キュアコーラルさんという名前を知れて、変にテンションが上がってとても気持ち悪い言葉を喋っていた気がする。

可愛さの暴力とか叫んじゃう男子中学生、とてもキモイと思います。

 

「……明日、謝らないと……いや、話し掛けるの自体、嫌がられそう……」

 

やってしまったという後悔と。

涼村さんに嫌われて予想以上にショックを受けている心に戸惑いながら、

 

「とりあえず今日中に、謝罪の手紙だけ書いて下駄箱に入れておこう……」

 

今一番大事なことをやろう。

目下、それはコンビニに謝罪のための便箋を買いにいくことである。

そう思い、最終下校時間を過ぎないためにも、僕も急いで夕暮れの教室を後にした。

 




キュアコーラルちゃんが可愛いすぎたので書きました
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