僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」   作:HOTDOG

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2. 僕にできること

「……あ、星郎くん」

 

「え、あ――す、涼村さん!? ど、ども……」

 

下校後の日が暮れるまでの、学生にとっての一番大きな自由時間。

部活に励んだり友人と遊んだりと、各々が青春を謳歌しているこの時間帯。

街中にある大きな自然公園内を散策していた僕は、偶然、涼村さんと出会ってしまった。

 

「……」

 

「……」

 

ものすごく気まずい!!

僕に気付いて名前を呼んだ涼村さんはしかし、顔も見たくないのかすぐに地面に視線を落とす。

 

僕が涼村さんに恋愛相談を聞いて貰ってから既に半月が経過した。

冴えない僕なんかが恐れ多くも、伝説の戦士・プリキュアのキュアコーラルさんを好きだと言ったのが相当キモかったのか。

相談したあの日以降、涼村さんとは何一言も喋っていない。

教室でも廊下でも授業中でも、目線が合えば速攻で顔を逸らされる始末。

明らかに避けられているのが分かっている手前、僕の方からできることは何もない。

 

元々ただのクラスメートで接点もなかったが、相談をしたあの日、少しだけお互いの人となりを知れて、少しだけ仲良くなった……つもりだったのだけど。

キュアコーラルさんと言う名前を知って、気持ちが高ぶってしまったのがダメだった。

涼村さんから見れば大分キモい言動をしてしまったと思い、反省している。

 

「……こ、この間はごめん。それじゃ」

 

「……ぁ」

 

何度目かわからない謝罪を入れて、足早に涼村さんの横を通り過ぎる。

ただあの日以降、僕への悪口や悪い噂はまだ聞こえてきていない。

約束をしたわけではないけれど、涼村さんはあの日のことを誰にも話していないのだろう。

そういう意味では、涼村さんに悩みを聞いて貰ってよかったと思う。

 

「……ほ、星郎く――痛っ」

 

「え――って涼村さん、ど、どうしたの!?」

 

彼女の横を通り過ぎる寸前。

呼び掛けられたことに驚きながらも振り返ると、即座、別の意味で驚いた。

可愛い顔を少し歪ませて、片目を閉じてる涼村さん。

彼女の視線の先を見れば――み、右膝に擦り傷があるうう!?

大きい怪我ではないけれど、涼村さんの肌はとても白いから、小さな傷でも酷く見える!

 

見たところ手当もしていない。

慌てて涼村さんの手を引き――傷が痛まないようゆっくり歩くのを心がけて――近くのベンチへ促した。

 

「お、応急処置! す、涼村さんこっちに来て、座って座って!」

 

「え……えぇ!? だ、大丈――」

 

 

 

僕「キュアコーラルさん可愛すぎる」さんご「///」

第2話 僕にできること

 

 

 

「……ど、どう? 痛む感じ、あるかな?」

 

「うぅん、全然。……星郎くん、手当すごい上手だね。まるで保健の先生みたい」

 

「そ、そんなことは……でも、痛まないなら良かったよ」

 

通学カバンに詰めていた救急セットで、涼村さんの傷を手当てする。

動画を見ての練習は何度かしたが、実際に誰かを手当てするのは初めてだった。

掠り傷だし、人から見れば大げさかもしれないけれど。

少しでも涼村さんの役に立ったのなら、ちょっとは恋愛相談のお礼ができたと思いたい。

 

滅菌ガーゼを、涼村さんの柔らかい肌にそっと貼る。

今の雰囲気なら少しは会話できそうと思い口を開く。

雑談をしながら、もう一度あの日のことをしっかり謝りたいと思った。

 

「……で、でも珍しいね。涼村さんが怪我するなんて。その、どこかで転んだの?」

 

「え!? あー、うん! さっき、ちょっとね……」

 

僕の問いに、なぜか必要以上に狼狽える涼村さん。

なんだろう。涼村さん、ものすごく言葉の歯切れが悪い。

 

「も、もしかして、さっき暴れてた怪物に襲われた?」

 

「ち、違うからね!? 私はプリキュアじゃ――って、星郎くんもいたの!?」

 

「いや、え!? ……いたといっても近くにはいなくて」

 

「だ、駄目だよ! 危ないよ! ――あ、も、もしかして星郎くん……キュアコーラルに会いに行ったんじゃ……」

 

何やら慌てていた涼村さんはしかし、僕の問いかけに目尻をあげる。

大人しく控え目な涼村さんが、珍しくも怒っていた。

僕も慌てて、弁明を考えて口にする。

 

「み、見てない。キュアコーラルさんも怪物も見てないよ。公園から人が逃げてきたのを見たから、怪物が出たかもって想像しただけ!」

 

「……本当に? 星郎くん、キュアコーラルのこと……す、好きって言ってたし、隠れて近くで見るとかしそう」

 

「そ、そりゃキュアコーラルさんのことは大好きだけど……」

 

「あぅ……///」

 

涼村さんからあの日の恋愛相談の話を出されて、思わず反応する。

反射的に好きと言ってしまったが、やはり恥ずかしい。

というか、涼村さんも初心な反応をしないでほしい。

好きという度に顔を赤くして俯かれると、見てるこっちも羞恥心を覚えてしまう。可愛いし。

 

「と、とにかくキュアコーラルさんに誓って、僕は危ないところに近づいてないよ。姿は見たいけど、迷惑を掛けてキュアコーラルさんに嫌われるのは絶対に嫌だから」

 

何より彼女に一度助けて貰ったのだ。

その身を大切にせずにまたホイホイと危険な場所に赴くのは、キュアコーラルさんの頑張りを裏切っているようで嫌だった。

僕の言葉を信じてくれたのか、少しジト目で睨みながらも納得したように涼村さんは頷いた。可愛い。

 

「ならいいけど……でも、それならここに星郎くんがいるのは?」

 

「えっと、騒ぎも収まったから様子を見に来て……キュアコーラルさんがいたらいいなって」

 

「や、やっぱり!」

 

今の回答は駄目だったらしい。

再び怒ったように頬を膨らませて、心配するように瞳を揺らして、涼村さんは僕に言う。

 

「騒ぎが収まっても、敵を倒したとは限らないんだよ。わた――プリキュアが負けてたら、星郎くんが来ても怪物に襲われちゃうんだよっ」

 

「……うん、そうだね。やっぱり危ないのはわかってる……でも、それ以外の可能性だってあるわけで……僕はそれを見逃せない」

 

「え、それ以外……?」

 

涼村さんはすごい心優しくて、僕なんかのことを大いに心配してくれる。勝手にやっているだけなのに。

 

「もしも、プリキュアさんたちが大怪我を負っていたら、どうしよう?

 敵を倒しても、動けないくらい怪我が酷かったら、誰かが救急車を呼ばなきゃいけない。救急車が来るまで応急処置だって、誰かがした方が絶対いい」

 

「そ、それは……」

 

「そもそも巻き込まれた一般の人に怪我人がいるかもしれない。道路や設備が壊れたなら、警察や市役所に連絡する必要だってある」

 

応急手当以上のことはできないし、破損した現場は触れないからスマホで電話を入れたら自分の役目は何もない。

それでも、すごい小さなことでしかないけど、僕もキュアコーラルさんの手伝いができればと思ったのだ。

手当や連絡は通りかかった誰かがやるかもしれない。

でも、その『誰か』にくらいなりたいのだと、思ったのだ。

 

「キュアコーラルさんに頼まれたわけじゃないし、僕の勝手な自己満足だけど……」

 

「……もしかして星郎くんが手当、上手なのって――」

 

「うん、最近、頑張って覚えたんだ。救急箱もあの日からいつも持ち歩くようにしてる」

 

言って、通学カバンの中に入れた救急医療セットを見せる。

貯めていたお小遣いを叩いて買った、なかなかグレードの高いやつ。

傷ついたキュアコーラルさんに格好良く手当てができたら理想的だったけど、それは都合が良すぎだし、お世話になった涼村さんの役に立てたのだから努力して覚えた甲斐は十分だ。

そもそも、キュアコーラルさんには傷ついてほしくないわけで。

 

「……なんか最近の星郎くんのカバン、やけに膨らんでると思ってた」

 

「う、うん。張り切って買ったけどサイズが大きくて重くて……でも、キュアコーラルさんを想えばこのくらい」

 

「っ……/// 最近、よく街中で走ってる星郎くんを見かけるのって……」

 

「う、うん。駆けつけられたらいいと思って、早朝と学校が終わった後はランニングを始めたんだ。走るのは苦手な筈なんだけど……キュアコーラルさんが愛おしくて、やる気も体力も溢れてくるんだ」

 

「うぅ……///」

 

涼村さんはそっと俯き、顔を伏せる。

長い前髪に隠れて、その表情は伺えない。

 

 

「――――そっか。星郎くんも一緒に……戦ってくれてたんだね……」

 

その呟きは隣にいた僕にもよく聞こえなくて、耳に届くのは彼女の声色と風の音だけ。

ただ、少しだけ嬉しそうな涼村さんの横顔が、僕の心に酷く印象を残していった。

言いにくそうに口元を抑えながら、涼村さんは僕を見る。

 

「星郎くん……キュアコーラルのこと、やっぱり、まだ好きなんだ?」

 

「うん、大好き。世界一可愛いと思う」

 

「せ、世界一とか/// ――は、恥ずかしいこというの禁止! 星郎くん、キュアコーラルのこと褒めすぎだよっ、もう!」

 

「ええぇ……」

 

涼村さんがとてもか細い声になりながら、ばつ悪そうに非難をあげる。

なぜキュアコーラルさんを褒めて、涼村さんに怒られなければならないのか。

恥ずかし困った様子の涼村さんはとても可愛いが、心理的にはイミフである。

 

「もう、星郎くんってば……はぁ、そんな感じだとやっぱり心配だよ。いつか、キュアコーラルに会いに危ないところにも飛び出してきそう」

 

「い、いや、大丈夫だよ。僕だって怪物に二度と襲われたくないし……ただ」

 

「ただ?」

 

「キュアコーラルさんの顔が記憶の中にしかないのが……とても辛い。伝説の戦士だから仕方ないけど」

 

「そ、それは……うん、まぁ、ちょっと星郎くんが可哀そう……と思うかも」

 

「アイドルや芸能人ならテレビに映ったりグッズがあるのに……キュアコーラルさん、すごい可愛いからアイドルとかモデルしてないかな?」

 

「し、してないよ!?」

 

涼村さんに強く否定されて、思わず落ち込む。

キュアコーラルさんを好きになったはいいが、とても難しい恋だと改めて思い直される。

彼女が姿を見せるのは怪物が出た時だけだから、近くに寄ることはできない。

アイドルや芸能人とも違うから写真もDVDも売られていないし、ネットにだって彼女の姿は出てこない。

記憶の中でしか恋ができない相手とわかってはいたが、ここまで恋焦がれることしかできないのは辛かった。

 

「……ほんとはすごく会いたい。姿を見たい。

 あのチークののった可愛いほっぺと、優しい微笑みをもう一度この眼に焼き付けたい」

 

「う、うん/// でも近づくのは危ないし、駄目だからね」

 

「……可愛いだけじゃなくて凛々しくもあって、見た目は少女なのに大人の美しさも兼ね備えている。天使にも女神にも見える彼女にもう一度会いたい」

 

「う、うん/// お、大人っぽいんだ、嬉しいかも……」

 

「……手足も長くてスタイルよくて、まるでプロのモデルさんみたい」

 

「う、うん/// ……うん? そ、そんなにスタイルに自信はないんだけれど……」

 

「……あと胸も大きかった」

 

「大きくないよ!? 星郎くん、コーラルのこと美化しすぎだよ!?」

 

涼村さんはいきなり叫ぶと、ズサっと瞬時に後ずさり。

胸を隠すようにして腕を組む。

まるでセクハラされたように顔を赤くしながら僕を精一杯睨みつけた。可愛い。

 

胸という単語を出してはいけなかったのか。

でも、記憶の中のキュアコーラルさんを褒めつくしたかったのだから仕方ない。

 

「い、いや、でも確かに大きかった気が――」

 

「お、大きくないの! 星郎くんのえ、えっち!」

 

「えぇ……」

 

怒られたので押し黙る。

別に本人に向かって言ったわけではないのだが。

ただ、女子との会話で身体的な特徴の話は控えた方がいいのかもしれない。

斜に構えて友達を作ろうとしていなかったため、こういうところでコミュ力や常識力が不足してると痛感する。

これからはちゃんと、友達作りも頑張ろう。

 

これ以上涼村さんに嫌われたくはないので、急いで謝罪の言葉を述べる。

 

「ご、ごめん、涼村さん。ちょっとデリカシーなかった……」

 

「う、うん。わかってくれればいいの」

 

「キュアコーラルさんのスタイルの良さは、記憶の中にだけ留めておくよ」

 

「だから違うから!? キュアコーラル、そんなに大人っぽくもスタイルよくもないからね!?」

 

「いや、そんなこと言われても……」

 

記憶のキュアコーラルさんの姿を、しかし涼村さんはなぜか頑なに認めない。

 

「うぅ……今更、正体を話すのは恥ずかしいし……でも美化され過ぎるのも、次見た時にがっかりされそうで嫌だし……このまま会えないと星郎くん、どこかで無茶しそうで心配だし……」

 

ぼそぼそと呟く涼村さん。

頬を染めたかと思えば悪い想像をしたのか顔を青くしたりする。

ついでに表情もコロコロ変わる。

……クラスでは大人しめのイメージしかなかったけど、話すとやっぱり、涼村さんは喜怒哀楽が豊かな可愛い女の子だと実感する。

あたふたしている涼村さんを傍目にこういった友人がいたら楽しいだろうと、もしもの学校生活を夢想した。

 

(……いや、それも含めて手探りでもいろいろなことを頑張ってみよう。キュアコーラルさんに惚れた男子として恥ずかしくないように)

 

この熱く燃える恋心をくれたのは、目の前の彼女ではなくキュアコーラルさんだけれども。

それでも改めて、恋愛相談を思い切って涼村さんにして良かったと、何やら大いに悩んでいる彼女の横顔を見ながら、心の内でそっと思った。

 

そう自らの決心に感慨深く頷いていた頃、

 

「……よ、よし……決めた」

 

スッと深呼吸した涼村さんが、真っ直ぐにこちらに向き直る。

薄っすらと桃色に染まった頬。不安の表れか、瞳も少し揺れている。

僕は別にSの気はないが、ちょっと変な気分になりそうだった。

 

「……ほ、星郎くん。ちょ、ちょっと耳かして」

 

「え……え?」

 

スッと涼村さんとの距離が詰まる。

あまりにも自然に距離が近くなったものだから、驚きに身体が硬直する。

女子とここまで近づいたのは、人生で多分初めてだと――緊張で固まった脳みそは、そんなことを考えてた。

 

「…………――る」

 

右耳に涼村さんの吐息がかかる。

すごくこそばゆい。あと、嗅いだことのない良い香りが鼻をくすぐる。

耳元で、涼村さんが囁いた。

 

 

「――しゃ、写真……と、撮ってきてあげる……!」

 

幼さの残った可愛い声に、脳が揺れて鳥肌が立った。

 

――トンク

 

(……………………ゑ?)

 


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