[完結]迷子の沈丁花 作:高鹿
後悔を、した。
大事にされてることを改めて目の当たりにして、どうして自分はこうなんだろうと。大切にされるなんて感覚、とうに忘れてしまっていて気付くことすら出来なかったなんて笑うしかない。
それでも私はショートさんと一緒にいたいと思ったし、傍にいるためなら出来る限りのことは頑張ろうとも思った。
この人が悲しまないなら、喜ぶなら、生きることを頑張るのも、悪くないかも、なんて。
自分勝手にもそう考えてしまったのだ。
この命を差し出してもいいと考えたから、今こうなっているのに。それを他でもない私が否定するのは何て愚かなことなんだろう。だけどきっと愚かでいいんだとも、思った。
病院から数日、ある日の晩御飯の時のことだ。
「ショートさんは何でヒーローになろうと思ったんですか?」
もしこの人の口から人を救けたいと思ったとかそんな小学生の時に聞き飽きて一時期は憎みたくなった言葉でも、確かにそうなんだろうしその力もあるんだよなと納得できると思った。
けれど蒸し鶏ときゅうりの胡麻あえを食べながら、ショートさんは難しい顔をする。苦々しいと言うか、何かよく分からない表情だ。私からしてみればヒーローという輝かしくて成るのも難しい職業に就いている人が理由を訊かれてそんな顔をするだなんて思いもしなくて、何だか急に居心地の悪い気分になった。
「……」
「言いたくなかったら、別に、いいんですけど」
「馬鹿、遠慮すんな。昔のこと思い出して自分の青臭さに頭が痛くなっただけだ」
青臭い。ショートさんには似合わない言葉だなぁとぼんやり思いはしたけれど、そうかこの人にもそんな時期があったのか、とどこか親近感がわいてしまったのは責められる話じゃないだろう。たぶん。
「一番最初に思ったのは、オールマイトが理由だな」
オールマイト。私たちの世代でもその話は伝わっているし、あの人の功績は日本史で嫌と言うほど聞かされた。近現代史の立役者。ヒーローの中のヒーロー。どんな姿になっても不屈の精神で戦場に立ち続けた人。
「あからさまに意外そうな顔すんな」
「え、出てました?」
「はっきりな」
どうやら私は顔に出やすいタチらしい。
でもそうか。だからあの七夕飾りにあんな反応をしたのかと自分のなかで納得が行った。
「お前らの世代ならもう教科書にあるだろ。617の大災害」
「あー、日付は覚えてないですけど、オールマイトのデビュー活動なら習いました」
「それに憧れたんだ」
そう口にするショートさんが苦笑しながらもすごく楽しそうで、私も何だかその熱をもらって胸のあたりがぽかぽかあたたかくなってきたような気がする。
「あんだけ建物が壊れて炎も広がってるっていうのに、あの人は笑って、堂々と人を救けていったんだ」
あの人。まるで一方的に知っている人じゃなくて知り合いのように言うんだなぁ、と思ったところで思い出した。雄英高校のアルバムのなかに、オールマイトの姿があったことに。そういえば晩年は雄英教師をしていたとかそんなことを習ったような気がする。あ、すごい。いま歴史が頭のなかで繋がった。私のなかで生きた知識になった。すごい。
「俺は俺が目指すヒーローになるって、あの人に誓った。……まぁそれもこれも緑谷がいたから出来たことなんだけどな」
かに玉に箸を伸ばしてがぶりと食べたショートさんは、照れ臭そうに最後に付け足した。
「……あ」
もしかして。
お墓参りの日に聞いたことを思い出す。確か、誰かを憎んでいた感情の整理をつけさせてくれた人がいると、そんな感じのことを言ってなかっただろうか。誰かを憎むなんてヒーローに似つかわしくない感情だし、何となく、あの時とおんなじ雰囲気の声音だと思った。
「たぶん当たりだ」
火傷痕に浮かぶ綺麗な氷色の瞳が眇められて、この人格好いいなぁ、なんて場違いに考えてしまった。いや本当に。いろいろなものにがんじがらめになっていたことは否定できないし、今でもまだ背中に張り付いているような気がするけど、その辺をある程度引き剥がして真っ正面から見たショートさんは、顔が整っている人だとわかる。私よく今まで何も思わずに一緒に暮らしてたな。まぁそんな余裕がなかったのかもしれない。そういうことにしておこう。うん。
「ショートさんも学生だったんですね」
「なんだそれ」
苦笑をこぼされてしまったけれど、だって不思議だ。私にとってショートさんは最初から最後まで大人だからかもしれない。学生で青臭いショートさんなんて、アルバムをみた今でも正直想像つかないのだ。動いて、笑って、実習で汗だくになったり、食堂でご飯を食べたり、体育祭で活躍したショートさん。……見てみたかったな、なんて。
「高校、かぁ」
全部を捨てないでいたら、たぶんそれぐらいは行政とか福祉とかその辺りの関係から行かせてもらえただろうと今ならわかる。あの時はもう中学を卒業、つまり義務教育が終わったら自分の居場所なんてないと思い込んで飛び出して、ずっと転々としながらあの男の足取りを追いかけ続けてた。幸か不幸か、個性には恵まれてたし食いっぱぐれることはなかった。
あったかもしれない高校生活。それはどんなのだっただろう。まぁ一気に噂が広まって腫れ物扱いで三年間独りだった可能性もあるわけだけど、見ないふりをしておきたい。
「行ってみるか?」
不意に言葉が目の前から飛んできて、思わず真顔になる。
何をまたこの人は冗談を。……いやこの人がこんな風に冗談にしか聞こえない冗談を言ったことなんて現状知る限りない。いつだって本気だ。
「さすがに今から十五歳に混ざって高校はキツいですよ」
「……そんなもんか」
ショートさんにとってはそうでもないかもしれないけど、私ぐらいだと三歳の差はまだまだ大きい。なんたって人生の六分の一。相手からしてみたら五分の一だ。
でも勉強は、うん、頑張ってもいいかもしれない。さっき歴史が繋がったのとかかなり面白かったし。それにその方が世間体というかプログラム的にわかりやすい更正を見せることが出来る。たぶんその方がショートさんの国からのヒーローとしての評価も多少上がりやすくなるんじゃないだろうか。きっとあなたは、そんなこと気にすんな、なんて言うのだろうけれど。
……でもそもそも私、一体何年生ぐらいの知識ならあるんだろう。中一でやった筈の解の公式すらもう綺麗さっぱり忘れてる。簡単な文字式なら……うん、大丈夫。あ、というか基本的に空間座標を視るのと同じ感覚だからあの辺は平気か。たぶん。
「ショートさん」
「ん?」
中華風の春雨スープに口をつけてから名前を呼ぶと、目の前の人はやさしく私の言葉に耳を傾けてくれる。その仕草が、ゆれる頬の横の髪の毛が、可愛いと思った。十歳ぐらい上の人を掴まえて可愛いというのはアレかもしれないけれど、仕方ないと思う。
「その、高校は、行くつもりないんですけど」
「あぁ」
「勉強は、してみたいです」
まっすぐ、目を見て言えた。逸らさないで、気まずかったりしないで、遠慮せずに、自分の願いを。
「勉強って、勉強か?」
目を丸くして、首をかしげて、さっきよりもずっと可愛いって形容詞が似合う表情になったショートさん。
「そうです。勉強です」
他の人が聞いたらなに言ってるんだこの会話ってなりそう。
「y=6x+5とか、ええと、直列回路にすると豆電球が強く光るとかそういうあれです」
後半の方は大分記憶が怪しいところから引っ張ってきてしまって、別のものにすれば良かったと思った。そこそこ知られてるとは思うけど、思っていた以上にだいぶ馬鹿だと思われたかもしれない。いや馬鹿だけど!察し悪いけど!
「わりといきなりだな」
「まぁいきなり思ったので」
「いきなりなのかよ」
「さっき、ショートさんが話してくれた流れと、剥がれ落ちかけてたオールマイトの歴史が頭のなかでパーンと繋がって、もしかしたら勉強って面白いかもしれないって思ったんです」
考えてみれば、掃除で何汚れがどういう成分で落ちるのかって言うのは化学だし、ニュースを見てても何が正しいのか何が間違っているのかわからないってことしかわからなくてそれは社会科だし、数学は私の欠けてしまったものを補ってくれるかもしれない。
私が私に対して出来ることはたくさんあって、してみたいことも出来てしまった。だからその為に、今度は、近くにいる人の手を借りようって。この人だけは、私が立ち上がろうと助けを求め伸ばした手を振り払うことはしないと信じられたから。
「なるほどな」
ほら、やさしく口の端が上がった。私の大好きな表情。
「じゃあ今度参考書とか買いに行くか」
「はい」
あと三ヶ月だか一年だかのこの命を、私は私を大切にするために、私を大切にしてくれる人を大切にするために、使おう。だって大切にされている私を私がそうしなかったら、それは相手を蔑ろにしているのとおんなじだ。
「おい。にやにやするのもいいけどな、とっとと食っちまえ。冷めるだろ」
「はーい」
だから、今度は私が頑張ります。
「ところで、どこまで覚えてるんだ?」
「おおむね中一の前期までは……覚えてるといいなぁ」
「まずそれを探るところから始めるか」
「何かめちゃくちゃ恥ずかしいですね」
「今さらだろ」
「確かに」