[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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11 それから、これから

「那切、あそこのキュウリ取って来てくれ」

「はーい」

 

スーパーの野菜売り場でそう頼むと、楽しそうにたっと駆けていく。どうやら最近麗日に野菜の新鮮さの見分け方を教わったらしく、野菜ひとつとっても真面目に持ってくるんだから面白えもんだ。あぁ、やっぱり今日も楽しそうにいくつかのキュウリの袋を眺めて満足そうにひとつ頷き持ってくる。

 

「これがいい感じでした」

「おう」

 

水色のストールの上で口の端を上げた表情を見せるそいつは、ここ最近で本当に驚くぐらい笑うようになった。前に服を買いに行った時にスカートを穿いてみた時みてえな、思わず落ちたもんじゃない。あれはあれで悪いもんじゃねえけど、こうしてる姿を見ると、今まで腕の中から落としてきたもんを少しだけでも拾えてるんじゃないかと思っちまう。

 

「何してるんですか。明日は麗日さんたちが集まれるから少し豪勢にするって言ってたのに」

 

仕込むものは仕込んで、作れるものは作っておきましょうよ!、と両手を握る那切に、そうだな、なんて言ってまたカートを動かし始めた。

 

 

 

 

 

 

 

────あれから、一ヶ月半。

 

あの日病院帰りに何が食いたいか訊いたら、晩御飯じゃないですけど商店街にある例のケーキ買いに行きたいです、と言われて笑いながら車を一旦家に戻してから、二人で買いに行った。苺のミルフィーユと白桃のゼリーに抹茶と小豆のムースを一つずつ。ミルフィーユとゼリーは悩んだ那切用だ。

そんで晩御飯のあとは二人で案内標識になる紙を貼りに家の隅々まで回って、あいつがどれだけ丁寧に掃除をしてくれてるのか目の当たりにして目頭が熱くなったのを覚えてる。

 

診察以降、那切は今まで以上にどこかまるくなったような落ち着いたような気がして、親ってのはこういう気持ちを何回も抱えていくのか、何て考えちまった。余命が延びたことで精神的に余裕ができたのか、と思うと同時に、あんなに生きたくないって言ってたのにな、と嬉しくなるのがわかる。生きることに意欲を見せ始めたのは本当にいいことだ。

 

あのあと勉強もし始めて、案外覚えてたらしく中学三年の参考書をこの間買ってきたばっかりだ。勉強し始めた頃に部屋に残ってた俺の高校の参考書を見せたら泣きそうになってたのはちょっと笑えた。

勉強がこんなに面白いなんて思わなかった、なんて言うあいつは、普通の女の子で、きっとあの事がなければ今までも明るく笑えてたんだろう。勉強って言うのはある程度の精神的余裕があった方がいい。新しいことに直面して楽しむためにはそれが必要だ。ただ中学の頃はそんなもんなかったろうし、卒業してからは数学だの物理だのなんてのとは無縁の生活だったはずだ。

 

そうして、いまあいつ勉強頑張ってんだ、といつもの面子に言ったら、いつでも頼ってね、と。それを那切に伝えたら案外乗り気だったから来れる日には那切に勉強を教えてもらったりしてる。数学だの物理だのはどうも個人的に説明が難しい部類の教科だ。出来ねえ奴の理由がわかんねえ。

 

そんで明日は確か珍しく全員が揃う日だ。飯田は数学、緑谷は社会というか根本的な新聞とかの読み方、麗日は国語で、まぁたまに脱線しながら楽しそうにしてるのを晩飯の用意をしながら見るのは俺も楽しい。そういや八百万は教えるのが得意だって聞いたな。今度また連絡してみるか。

 

 

 

 

 

 

 

定時よりすこし上がるのが遅れちまったけど、前日にいろんなもんを仕込んでたおかげで他の奴らが到着する前に何とか作業に取り掛かれた。

 

そこにインターホンが鳴り、横で手伝ってくれてた那切がボウルを置いてそっちの方へ向かう。

 

「あ、皆さん来たみたいです。門開けに行ってきますねー」

「ついでにポストのもん取って来てくれ」

「はーい」

 

廊下の向こうから遠ざかりながら聴こえる返事。

 

最初こそガタイのいい飯田に対してほんの少し近付きがたい雰囲気を出してたあいつも、もう慣れたのか今じゃ緑谷や麗日たちとおんなじ程度になついて楽しそうに話すようになった。まぁそれでも麗日が一番みたいなんだけどな。麗日に一回個性を見せてもらってめちゃくちゃ楽しそうにしてたのは、あぁいつのことだったか。

 

ぱたぱたと足音が遠ざかって行くのを聞きながら、俺はよしと天ぷらを作り始めた。

 

 

 

 

「こんばんは、轟くん」

 

ちょうど第一弾を揚げ終ったところで、緑谷飯田麗日が台所に顔を覗かせてきてくれる。今日もありがとな、と言うと、どうやら貰ったらしいお土産らしい箱を掲げてテンションの高い那切も台所に入って来た。

 

「ショートさん見てください今回は京都のお菓子と和菓子とお煎餅ですよ!」

「おぉ、良かったな」

 

嬉しそうにいつも菓子を入れてる竹籠に箱菓子をバラして入れていくのがちょっと面白くて、全員と顔を見合わせて軽く笑っちまう。

 

「それにしても悪ぃな、毎度毎度。そんなに気ぃ使わなくてもいいんだが」

「いや、あれだけ喜んでくれるならいいさ。それに出張のついでだからな」

「私はおもちがね!おいしいお店があってね!あー、これ那切ちゃんに食べさせたいなぁって思っただけだし」

「僕はどっちかっていうと轟くん向けに蕎麦の実で作ったやつで、評判だったから買って来ちゃった」

 

出張のついでや、出かけた際の甘味で立ち寄った店でそんな風に考えてくれることがどれだけ嬉しいことか、こいつらは理解してるんだろうが、だけど理解するより前にそういう奴らなんだろうなとも思う。

 

「さっ、那切ちゃん」

「はいっ」

 

麦茶を冷蔵庫から、菓子とかは盆に出して勉強の支度をしてる那切が呼びかけられてくるっと振り返る。先生と生徒か。いや先生と生徒かも知れねえけど。

 

「はよ居間に行こっか」

「あ、そうですね」

 

人数分のコップを手早く出した那切が頷き、その背中を麗日が押して他の二人がついて行く。……何か今の麗日の笑顔、妙じゃなかったか?

そう首を傾げたもののいまいちピンとくるもんもなくて、まぁいいかと揚げ物を続けることにした。どうせこれ揚げたら直ぐに飯だしな。

 

 

 

 

そう流した数分ぐらい前の自分を殴ってやりたかった。

 

「……おい、おまえら、何見てやがるんだ」

 

取り敢えず天ぷらを揚げ終って持ってきたところで視界に入った光景は正直否定したいもんだった。テレビの前に陣取って釘付けになってる那切に、それを囲んで何かを解説しまくってる三人。そして画面に映ってるのは、雄英の体育祭だ。しかも、俺たちの年度の。

 

「うん?」

 

あんまりにもうららかな笑顔で麗日が振り向いてくるもんだから、うっ、と喉の奥で何かが抑え込まれるのがわかった。偶に緑谷が変な顔するのも納得しちまうレベルだった。

 

「何って、そりゃほら、私らん時の体育祭っ」

「……よく持ってたな、そんなもん」

「そこはほら、デクくんがね」

 

あぁ理解した。こいつはそういう奴だ。そういう奴だった。

 

「────あ、」

 

どうやら開会式から見てたようで、画面の中で第一種目が始まる。すると瞬間、氷が地面を這い現れた。それだけでもう誰の氷かわかったのか、那切が感嘆詞をひとつ。今から思えば雑な仕事だと思う。それでも氷結の根本は変わらねえみたいだな。

 

「おい、那切」

「ひゃいっ!」

 

いきなりの外界情報にびっくりしたのか奇妙な声で立ち上がったのをみて、若干の溜飲が下がる。料理持ってくるから手伝え、と顎でしゃくると少し名残惜しそうにテレビ画面を見ながら、それでも俺の後をついてきた。やっぱりこいつはひよこだと思う。

 

 

 

 

「そんでね、轟くん本当にお蕎麦好きで、食堂で見かけたら殆どお蕎麦だったんよ」

「そんなにですか」

「まぁ僕らも人のこと言えないような気もするけどね」

 

食事中にテレビは行儀が悪いってことで学生の頃の話に花が咲いたわけだが、本当に那切は楽しそうにそれらを聞いてる。何が楽しいんだかと思うわけだが、何かが楽しいんだろう。

 

……存外、俺は那切が誰かと話して笑う姿を見るのが好きなのかもしれない。もちろん野菜を持ってくる時とか、ケーキを選んでる時とか、軽い菓子を両手に持ってねだってくる時とか、そういうのももちろんいいとは思う。

だけどいま見えてる笑顔はそれとはまた違ってる。誰かと関わって表れる表情は、これからも見られるとは思うけど、どうしても嬉しくなっちまうのも仕方のないことだろ。

 

 

 

 

「当たり前ですけどショートさんすごく若いですね」

「おまえ俺を何だと思ってるんだ」

「……大人?」

「それはそうだろうよ」

「あっ」

 

騎馬戦で緑谷からハチマキを奪った瞬間、那切が身体を前のめりにするもんだから、そっとその肩を引いて落ち着かせる。

 

「い、今の飯田さんのですか?」

「あぁ、トルクと回転数を無理やり跳ね上げた、謂わば暴走のようなものだがな。あの時はこれしかないと思ったんだ」

「これ本当に焦ったんだよね、残り一分切ってたし」

「すっごい……雄英の体育祭ってこんなに面白いんですね」

「雄英体育祭は年に一回の大祭典だからね! 屋台とかも出てるし、チケットが取れたら会場で見ることも出来るよ。倍率凄いけど」

 

通常、個性は規制されてるもんだ。だからこうしていろんな個性を見る機会なんざ実はそうそうない。ヒーローニュースでも見てれば別なんだろうが、それでもニュースとこれは有り方が違うから比較対象にするべきじゃないだろう。

 

「ん?あれ?」

 

昼休憩に入ってシーンが切り替わった瞬間、那切が素っ頓狂な声を出す。

 

「あー、あー!この辺は見なくてもいいんちゃうかなぁ!」

 

画面には上鳴と峰田に騙された1A女子のチアリーディングが映って麗日がリモコンに手を伸ばすものだから、それより素早く動いた那切がさっとリモコンを取って行く。

 

「可愛い麗日さん見たいです!!!!」

「那切ちゃんなんでこういう時だけ行動はやいの!?」

「いやー、それにしても麗日さん……というかみなさん可愛い」

「うううう、恥ずかしいやつやもうこれ」

「俺もこれから随分と恥ずかしいやつ晒すことになるんだが」

「うん、でもそれはそれやし。那切ちゃん絶対喜ぶし」

 

こいつわりと強かだよな、と改めて思ったところでいろんなレクリエーションが始まって、那切は楽しそうに笑って手を叩いて、驚いて、いろんな説明を求めて、それにこいつらが乗っかって行く。あぁ、楽しいな。

 

 

 

 

だけどトーナメントが始まったら、こっちが心配になるぐらい真剣に息を詰めて見るもんだから、一戦一戦休憩を無理矢理入れる羽目になった。こいつ集中し始めると真っ直ぐだからな。

 

「それにしてもあの爆豪?って人凄かったですね」

「あん時は、ほんとにもう、やられたぁ!って感じだったよー」

 

もっちもっちと全員で麗日が持ってきた団子を食いながら第三種目の一回戦の感想戦みたいなことをやり始める。

 

「……飯田さんはあれ何だったんですか?」

「あれは完全にしてやられてしまった……!」

「発目さん昔っからああだし、今でもああだよね」

「変わらんよね」

 

あんまりあの頃はこいつらといなかったせいで、そうだったのか、なんて今更知るような事実があったりして、那切と一緒に頷いちまうことも何度か。

 

「緑谷さんは案外あれですね、個性使わないんですね。とっときなんですか?」

「うん、この頃はまだね」

 

とっておき、なんつう可愛いもんじゃねえけどな。まぁでも確かにここまでで緑谷が個性を発動させたところ何て殆どねえ。あるとしたら、覚えてる限りじゃ騎馬戦のあの瞬間だけで、那切が疑問に思うのも無理のない話だ。

 

「デクくんって言ったら二回戦目やろうけど、あれ私こわかったよ」

「あぁ、あの頃の緑谷くんは自損を厭わなかったからな」

「その節はいろいろとご心配かけました」

 

今でもだいぶ頭がおかしいって思う時がありはするが、この時は輪に輪をかけて頭おかしかったからな。しかも昔っからそうだったって言うじゃねえか。そんで今これなんだから、ほんとおかしいぐらい、芯がブレてねえ。だからこそ横っ面張り倒されたわけだけどよ。

 

「あとやっぱりショートさんのおっきな氷が、綺麗で」

 

じっと、片手を見つめるそれが、何を考えているのか。何となくわかる気がした。でもそれはもう叶わない。叶えちゃならない。それをわかってるからか、那切は茶を飲んでまた笑った。

 

そうして二回戦、三回戦、決選、表彰式まで見て、今日はこれで終わりにしよう、とお開きになった。緑谷はご丁寧に二年と三年分も持ってきてたみてえで、置いてくから見たかったら見ていいよ、なんて爆弾を落としていきやがった。

 

三人を見送って、門を閉める。

 

「ショートさん」

「ん?」

 

振り向くと、玄関灯の橙色に照らされた那切が真っ直ぐ俺を見ていた。

 

きらきらと灯りに瞳が反射して輝き、逸らしちゃならねえ類のものだと直感する。それは、どういった類のもんなのか。張り詰めた空気は僅かに覚えのあるもので、心臓が痛くなる。

 

もしも。もしもだ。こいつが雄英じゃなくても、どっかのヒーロー科にいたとしたら。

 

とそんなことを考え始めた瞬間、何かを見透かしたのかふにゃり那切は相好を崩し、場は弛緩した。

 

「なーんて、呼んでみただけです」

「何だそれ」

 

おまえが笑うから、俺も笑って返す。

 

きっと磨けばいい人材になったと思う。でもそんなもしもを口に出すことすら、まだ出来ない。いつかそうなれたらいい。過去を悔やんで言うんじゃなくて、笑って冗談として言えるような、そんな日が、いつか。

 

そんなことを願って、今日も一日が終わっていく。

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