[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

12 / 19
12 場違いな笑顔

「いってらっしゃい、ショートさん」

「あぁ、行ってくる。晩飯は鶏の照り焼きのつもりだ」

「あ、いいですね。楽しみです」

 

そんな風に見送って、私はいつものように門を閉める。

 

 

 

 

季節が変わりかけるぐらいの時間が過ぎた。

暑かった日々はすこしずつ翳りを見せ始めて、もちろんまだ汗はかくけど夜寝辛い何てことは少なくなってきた。

部屋の窓から見える景色も少しずつ変わってきて、木によってはほんのり黄色くなっているものもある。暫くしたら紅葉が見られるかな、なんて。

 

ここに来て、三ヶ月が経とうとしている。更生プログラムを受けて何の問題も起こさなかった私は、あと一週間でこの首輪が外されることになる。首輪は外されても、一応『要観察対象』として警察に登録はされ続けるらしい。さもありなん。

 

そして外されると同時に、リミッターは私の生命維持に必要だってことで、新しく個人用の見に行こうとショートさんは言っていた。でも私知ってるんです。それがすごく高いってこと。それでもそんなこと言わずに、それどころか、ずっとここにいていいって、笑ってくれた。

 

そんなことを思い返していると、近くにあったメモ用紙用の裏が白いチラシが目に入る。それに、何となく名前を書いてみた。

室間那切……轟、那切。……妙に例えようもないこっぱずかしさが込み上げてきてぐしゃりと思わず潰してしまったけれど、実のところそんなに悪くないんじゃないだろうか。

 

もし、もし、もしもの話。ショートさんが許してくれるなら、私は、ショートさんの子供になりたい。このまま他人状態で私を置いて何か言われる可能性があるなら、何か理由があって子供を引き取ったって名分を立てられる状態になりたい。

そして誰より何より、私が、この家の人間になれたらいいと、思ったのだ。

 

ショートさん、私、あなたのことが大好きなんです。

だから、傍に。

 

そう考えて、思わず笑ってしまう。いつの間にこんなことになってたんだろう。あんなに死にたいって、死ぬって言ってたのに。ショートさんは不思議な人だ。自分でも自分は扱い辛いと思うのだけれど、それでも私を見つけて、一緒にいてくれて、家族っていうものとヒーローという存在をもう一度頭の中に叩き込んでくれた。

 

正直、今でも"ヒーロー"を完全に信じ切れてるとは思わない。それでも、あの人が"ヒーロー"であろうと言うのであればそれは、信じたいと思う。そして麗日さんが、緑谷さんが、飯田さんが、私の傍に来て手を差し出してくれた。だから、きっと、そう言う人達はいるのだと思えたことが嬉しい。ヒーローが支えると言われる社会で、ヒーローを信じられるということは何て幸福なんだろう。

 

机の上にあった参考書を裏返すと、名前欄。少し考えて、シャーペンでそこに名前を書く。さすがにマジックで書くのはまだ恥ずかしいから、これでいいや。ショートさんがいいよって改めて言ってくれたら、上からなぞろう。うん。でもきっとそうなると思う。

 

 

 

 

夕方。もうそろそろショートさんが帰ってくるかな、どうだろう、と思いながらご飯を仕込んでニュースをつける。もう日課になってしまったテレビ画面は、血まみれの一般人らしき人を掴んだヴィランを映し出した。

 

うわ、こんな事件あったんだ、と思わず顔をしかめてしまって気が付く。右上の【LIVE】の文字。あ、これ、中継────ショー、ト、さん。

 

叫ぶキャスターの向こう、まだ常識の範囲内ではありつつもそれなりに大きな体のヴィランの影、そこに隠れてしまっているけれど、私がショートさんを見間違えるはずがない。だってあんな髪の毛、あんな個性、一人っきりだ。

 

今までにも夕方のニュースで見たことのあるヒーローたちが、たった一人のヴィランに立ち向かっていく。けれど遅々として上手くはいっていないように見えた。ヒーローたちの攻撃は、捕縛術は、しかし意味を成さずにヴィランの身体を通り抜けて砕けかけているアスファルトを叩く。

 

それをヴィランは笑う。高らかに笑う。意味のない行動だと嘲笑する。きっと、『ヒーローなんて意味のない存在である』というプロパガンダのつもりなんだろうことはすぐに分かった。

全国のお茶の間に届けられる残虐な舞台。だってそうでもなければ、こんな個性を持っていたら逃げ出すなんてそれこそ簡単で、つまり目的がここにあるということ。

そう傲慢さをまだ持っているうちに捕まえなければいけない。

 

……このヴィランはたぶん、"自分あるいは物を透過させる"個性を持ってる。見ている限りそれは炎だろうが風だろうが鉄骨だろうが、固体非固体問わず透過させることが出来るようで、それは、とてつもなく恐ろしい個性に思えた。

 

だって、つまり肉薄さえ出来てしまえれば他人の体の中に自分の手を入れて脳みそや心臓を潰すことだって容易と言うこと。もちろん、そんな距離を許すような人達ではないだろうけれど万が一、そんなことがあったらと思わないではいられない。

 

そこで、氷の柱がヴィランの頬を掠め、瞬時の炎が液体化させ目くらましを喰らわせる。降り注いだ水に対して大笑いしていたヴィランが初めて煩わしそうに目を細めた。その視線の先にいるのは。

 

「────」

 

あのヴィランが何を考えているのか、私にはわかってしまった。

誰が一番邪魔なのか、誰が一番この場で"目立っている"のか、誰に一番消えてもらいたいのか、誰を傷つけたら一番センセーショナルなのか。誰と戦うのが、一番楽しそうなのか。

 

個性を使った戦闘が、どれほどに楽しいモノなのか私は知らない。それでも、設けられたルールの中で思考しながら戦うのはそんなに悪くないんだろうと思う。体育祭の中で、みんな楽しそうだったから。だけど私はやってはいけない。法律でそう定められているし、身体的にももう限界で。

 

だけど駄目だ。あなたはもっといろんな人を救けられる人で、こんなところで大きな怪我をしたりしていい人じゃない。あんなヴィランに傷をつけられていい人じゃない。

 

 

 

 

大切な人に、大切にされる自分を、大切にしたかった。

それは間違いじゃない。

それは嘘なんかじゃない。

 

それでも、それはあの人がいるからこその感情で、行為だった。

あの人がいなければそんなものには意味なんてない。

意味なんてないと思ってしまった。

 

 

 

 

画面の中に、電柱が映る。

住所が分かる。

今まで消えていた感覚が蘇り、座標が、"視える"。

 

ざわざわとうなじ辺りが疼いて止まらない。止められない。止められなかった。どうしても。手段を選んで、目的を放るなんてことが、出来る筈もなかったのだ。

どれだけ取り繕ったとしても、私は、ヴィランだったということ。

 

────焦凍、さん。

 

だから、手を伸ばして、指を。

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前にいるヴィランが脚に力を入れると同時、唐突に、けたたましいアラートが腰の端末から鳴り響いた。それと同じくして、あるいは数瞬早く、目の前で哄笑していたヴィランの身体が完全に停止する。

 

疑問はしかし、覚えのある張り詰めた感覚とアラートに塗りつぶされて、それが、那切の"個性"によるものだと理解しちまった。

 

「……っ」

 

驚愕に混乱しているところに死角から氷柱をぶち込んで、頭を穿ち殺しちまわねえ程度に昏倒させる。この状況下で、そんなことを出来た自分に拍手したいぐらいだ。

 

ヴィランに殺到する同僚に警察。それらを横目に見て、事件だと待機していた救急車に後ろ側から乗り込む。

 

「急病人が出た! 急いで発進させてくれ!」

 

住所を告げて叫ぶ俺の切迫さを感じ取ってくれたんだろう。直ぐに車は動き始め、その振動を受けながら腰の端末をポーチから引き抜く。最終警告が破られたという文字は、無情にもそこにあった。

 

「どういった類の急病人かわかりますか」

 

救急隊員の声が入って来て、個性リミッターを付けてた奴がそれ越えて"個性"を使っちまったんだ、と簡単に説明すると、瞬時に別の奴が電話をかけ始める。

 

「住所近辺に、脳血管の血流を操るのが上手い救急隊員が居た筈です。取り敢えずそいつと該当地点で合流できるよう手配しました」

 

外部リミッターを外さずに個性を発現させる。それはどんな個性であろうとも、考えている以上に脳機能に負荷をかけるのだと続けられ、思わず手元に目線を落とした。

 

その見下ろした端末の中、メディカル画面。それは、まだ那切が生きていることを俺に知らせてくれた。

 

 

 

 

丁度到着した例の救急隊員と合流し、ばたばたと門を駆け抜け、玄関の鍵を即行で開けて土足のまま家に上がる。そのまんまで良いと後ろにも叫んで、外から見て灯りがついていた居間へ走る。

 

勢いよく襖を開けた先、そこには、ニュースを伝えるテレビの前でごろりと横たわる那切と、真っ赤に染まった畳が広がっていた。

 

「那切!」

 

そこから、担架を背負ってきた救急隊員が即座に動き静かにそこへ乗せて動き出す。虚ろな瞳が俺を探し、手を伸ばしてくる。身体に障らない程度の、しかし全速力で動く担架に並走してその手を握ってやった。

 

 

 

 

救急車に乗り込み、中心に据えられたストレッチャーに移動し管や人工呼吸マスクを装着されるその姿は、あまりにも、あんまりだった。

 

「しょう、と、さん」

 

閉じていた瞳がまたうっすらと開き、焦点がブレながらも俺に合う。握ったままだった手を、強く再度握ってやって、俺がここにいることを、隣にいることを、傍についていることを知らせる。

 

「ごめん、なさい……約そく、まも、れ、な……」

「喋んな」

 

リミッターついた状態での個性使用だ。本来なら使えるわけがねえように調整されてる状態でなお使用した。そんなん脳が焼き切れるなんてもんじゃねえだろうに、それでも那切は謝る。俺との約束を破ったって、それを気にして。……あぁ、公道の人間に対してあんな使い方したのは間違いなく怒る、怒ってやるから、だから。

 

「かぞく、ほんとは、うれしく、って」

 

すると、ふっと笑った。やさしく、やさしく。

 

吐息で呼吸マスクが白む。それだけが、那切が今ちゃんとまだ生きてるってことを教えてくれる。

 

「……しょ、に、………かった……」

 

だっていうのに、それはみるみるうちに弱くなって。

 

「────バイタル急低下!」

 

救急隊員が叫ぶ。蘇生術が行使される。

 

それなのに、握った手が、もう、反応を返してくれないのだと分かる。理解してしまう。もう撫でてやることも、怒ってやることも、出来ないのだと。

命の炎が消える瞬間を確かに。

 

だけど俺は、どうしても、力が抜けたその手を自分からは放せなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。