[完結]迷子の沈丁花 作:高鹿
05.5 七夕の話
「おかえ……どうしたんですかそれ」
いつも通り俺の帰りを待っていた那切が、出迎えの言葉を言い切る前に次の句を放った。まぁ仕方ねえだろうな。なんせ笹を抱えたヤツが帰ってきたんだから。
「七夕ってことで貰ってきた」
「いや大きすぎませんか!? それで帰って来たんですか!?」
「あぁ」
さすがに玄関からは入れねえから縁側の方に足先を向けると、靴を引っ掛けた那切がついてきた。
「笹貰うにしたって、もうちょっと小さくしようとか考えなかったんですか……」
「なかったな」
「この家で育ったからか、なんかたまーにスケール狂ってますよね」
「だってよ」
縁側にほど近いところの地面に刺して自立させてから、空を見上げる。この時期のこの時間はまだ明るいが、少しずつ星が光ってるのが見え始めてるのが分かる程度の空だ。
「こっちの方がいいだろ」
小せえのより、すこしは届くんじゃねえか。
すぐ脇、俺の視線を辿って、顎を上げた那切は同じように空を眺めてちいさく笑う。そうですね、と。出会ったころから比べると、随分と自然に笑うようになった。いい傾向だと思う。
「じゃ、短冊でも書きますか?」
「そだな」
頷けば、準備しますね、と玄関の方にぱたぱたと駆け足で戻って行っくもんだから、笹は逃げねえぞ、なんて笑いながら後を追いかけた。
「どうです、オールマイト七夕飾り」
居間の机の上でチラシを広げて何か熱心にやってると思ったら七夕飾りって、コピー用紙で短冊作るだけのつもりだった俺より乗り気じゃねえか。
そして対面の席から両手でぴらりと開かれたそれは、デフォルメされちゃいるが確かにオールマイトで、すこし驚いた。
「……どうやって作んだそれ」
「教えてあげてもいいですよ」
ハサミをしゃきしゃきと開閉させながら得意そうに口の端を持ち上げる那切。
「小さい頃よく作ってたんですけど、案外覚えてるもんですね」
"よく"つくってた。
オールマイトが引退したのは、もう10年以上前のことだ。こいつは小学生になるかならないかってところだろう。それでも影響を及ぼすのは、さすが平和の象徴ってことか。
「オールマイトが好きなのか?」
楽しそうに新しい紙に手を伸ばしたところで問いかければ、指先が止まり、へたくそに口元を歪めた。
「どうなんでしょうね。もう、忘れちゃいました」
単に思い出したから切ってるだけです、と止まった手が動いて紙をさらっていく。
────それだけってんなら、何て顔すんだ。
ヒーローをヒーローとして見なせなくなって、どうしようもなくなって、仇を手にかけヴィランとなり、リミッターがなけりゃ日常動作のひとつひとつに寿命が削られていく。それが今の室間那切ってヤツだ。
頼れる存在。
ヒーローという概念。
強すぎた光。
オールマイトを取り巻くあの事件のあといろいろな法改正が行われはしたが、それでも秩序の軸にヒーローは未だいる。
それは逆に言うと、他の頼っていい存在を知らずに生きていくことが今も出来ちまうってことだ。一斉診断カウンセリングなんてそう何回もあるもんじゃねえし、子供の発想は驚くこともあるが、手助けが不要なわけでもない。
(目立つ軸ってのも、考えもんだな)
「……聴いてます?」
「ちゃんと見てる」
目の前で手慣れた様子で七夕飾りを揃えていく那切を眺めながら、まぁ今笑ってこれからのことを願えるなら、取り敢えずは前に進めてるし、それは喜ばしいことなんだろう。
そう思うことにした。
「ところで、短冊に何書きますか?」
「あー、考えてなかったな。お前は?」
「『あおさ味噌汁が増えますように』」
「……リクエストした方がはやいだろ」
晩飯も終わり那切が風呂に入りに行ったところで縁側に出る。笹を見るとあっちこちに色が飾られてて、俺が持ってきた殺風景な笹が見事な七夕仕様になってるのは壮観だ。
それでも短冊はひとつで、無欲だよな、と星を見上げた時、七夕飾りに遮られて見辛いがもうひとつ短冊がひらひらとたなびいてるのが視界に入る。なんだ?、と目を凝らして、凝らして、読めた文章は────。
【死なないでください。】
端っこに、小さく、そう。
「……馬鹿か。そういうのも、本人に言うもんだ」
ため息をついて、那切が風呂から上がったら縁側で一緒に貰ったスイカを食べるために台所へ爪先を向けた。
「スイカあまい……!」
「あいつの目利きすげえんだよ」
「例のお取り寄せをよく分けてくれる見抜さんですね」
「(会ったことねえのに名前覚えてやがる)」