[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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09.5 商店街にあるケーキ屋の話

小麦粉とバターの甘い香りの中でカウンター作業をしているところに、からんからん、と入口のベルが鳴る。「いらっしゃいませー」と声をかけつつ振り向くと、キャップを被った男の人と女の子。

 

わりと背が高めでシックな黒いシャツを着ている男性と、白いワイシャツに水色のストールを首に巻いている女の子は、お互いがお互いを対比するような人たちだと思った。

 

ケーキ屋に来慣れてないのか、二人共きょろりきょろりと店内を見回しながらショーケースの前へ。

 

「いろいろあるな」

「どれも美味しそうですね」

 

ケースの中で鎮座しているケーキを揃って楽しそうに覗いてる二人に、そうでしょうともそうでしょうとも、と別に自分が作っているわけじゃないのにとても誇らしい気分になって内心頷いてしまう。でもだって本当にここのケーキは美味しい。美味しいから朝が阿保みたいに早かったり世間でいう休みの日が一番忙しかったりしても乗りきれるというものだ。私に限って言えば、美味しいと思えないものにそんな風な時間の使い方は絶対できないしそもそも長続きしない。

 

「苺のミルフィーユ……いや白桃まるごとゼリー……」

「二つ選んでもいいんだぞ」

 

すこししゃがんだ女の子に対して、男性の方が腰を屈めながらそう声をかける。なんてやさしい、もとい悪魔の囁きだろう。そんなこと言われて二つ買わない女子はいない。

 

と、そこで帽子の隙間から印象的な赤と透き通るような白がこぼれ落ちた。二色の髪。メッシュかな?と心のなかで首をかしげてしまったのが駄目だった。疑問は記憶を呼び起こし、該当する人物をピックアップしてくる。

 

氷炎を自在に操るヒーロー・ショート、その人だろうと。

 

(女の子と一緒にいて髪の毛隠してるってことは彼女とかなのかな)

 

そんなことを考えつつ客商売なのでそんな思考は壁に押し付ける。詮索良くない。たとえそうだとしても騒ぐことはしたくないし邪魔にはなりたくないしヒーローだって人間だ。恋愛もするし結婚もする。疑似恋人であるアイドルとかじゃないのだ。いやアイドルだって結婚してもいいと思うんだけどそれはまた別の話。

 

「ふた……ふたつ……。いややっぱ駄目です。そんな浮かれてるみたいな」

「今日ぐらい浮かれとけよ。祝いだ祝い」

 

何かいいことでもあったのかな?と思いながらカウンターのなかで二人を眺めていると次いで聞こえてきた言葉に、うん?、とまた疑問に首をひねることになってしまった。頑張れ私の表情筋。

 

「おまえが自分からケーキ買いに行きたいって言ったの、俺は地味に嬉しいんだからな」

「……」

 

そうして笑いかけるその人と、満更でもないのに視線をそらす子。なんか、なんというか、恋人に接するような甘い雰囲気じゃない。そんな空気は皆無だ。じゃあ子供?いやこんな大きな子供がいるような年齢だっただろうか。親戚の子を預かってるとか……あー、いや、ヒーローだといろいろ何か子供を引き取る制度があったようななかったような。もしかしたらそういうのかもしれない。

 

ヴィランなどが引き起こした個性事件で、親を失った子供を引き取るタイプのヒーローもいた筈だ。まぁそういう人は最終的に孤児院などを設立してたりするわけだけど。

 

でも、たとえそうだとしても。そうじゃなくても。

 

「……じゃあ、ふたつ、お願いします」

 

そうこの人に甘えられるのなら、笑ってうちの店のケーキを好きだって言ってくれるぐらいに余裕が出来てるなら、きっといいことなんだと思う。

 

「わかった。じゃあ俺はどうするかな」

「この抹茶と小豆のムースとか美味しそうですよ?」

「おまえそれ自分が食いたいだけだろ」

「……そんなことは」

 

はにかみながら首を傾げるその子に「ったく」と言いながら彼女が告げたケーキを三つ、オーダーされる。「かしこまりました」とトレーに乗せ確認してもらい、手早く箱に入れる。

 

「じゃ、帰りましょうか」と控えめに、でも楽しそうに男性の手を引く女の子が眩しくて、「ありがとうございました」と頭を下げながら二人を見送った。

 

ヒーローが私たち市民の幸せを守ってくれるのなら、私たち市民もヒーローの幸せを願い守るべきだと、そう思うのだ。

 

 

 

 

(後悔を見せないよう振る舞う少女への、密やかな祈り)

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