[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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11.6 迷子とのお話

スーパーへ那切と連れ立って行き、野菜の棚の前で立ち止まる。今日も俺は帽子を被ってるし、那切は水色のストールを首に絡ませてる状態で、いつも通りだ。案外気がつかれないもんだよな。

 

「今日の晩御飯なんにします?」

「厚めの豚肉が安いらしい」

「じゃあ生姜焼きとか」

「あぁ、いいな」

 

浸け込みのタレは家にあるもんで出来るだろうから、必要なのは肉にキャベツに玉ねぎとかか。あとはキャベツだけだと物寂しいから何か野菜とかも欲しいところだ。

 

「……あ」

 

野菜の棚からずいっと肉の棚の方へ歩いて行く途中、隣で短い感嘆詞が落ちる。どうしたのかと目線を滑らせると、どうやら菓子棚列の真横だったらしい。

 

「なんか買いたいもんでもあるのか?」

「えっ」

 

声が出てたことに気が付かなかったのか那切が肩を跳ねさせて俺の方を向いて、何か言い難そうに一瞬口を引き結んだあと、あの、と小さい声。

 

「テレビで、美味しいお煎餅の会社の新商品が出たって、言ってて」

 

それがあるかなって気になりました、と恥ずかしそうに言う。

随分とテレビっ子になったもんだと笑いながら、あったら持ってきて良いぞ、と送り出すと明るい顔で、はいっ、何て遠慮のない笑顔で走って行く。

 

「俺は肉の方行ってるからなー」

「わかりましたー」

 

ここは良く来る場所だし、本人も平気で向こうへ行ったから大丈夫だろ。そんな何でもないことに見えるそれがどうにも嬉しくて、緩みそうになる顔を抑えて肉の棚の方へ足を進めた。

 

 

 

 

「あ、いたっ」

 

数分後。どの肉がいいかと吟味してたところで那切の声がして振り向いて、少しぎょっとした。那切の腰まで落ちたストールの端を強く握る未就学ぐらいの男子が、絶対に離さないとでもいうかのような出で立ちでそこに居る。対して菓子を持った那切は困り顔でよろよろと俺の方まで来た。

 

「おい、大丈夫か。どうしたんだそいつ」

「わかんないんですけど、お菓子売り場で掴まれちゃって……」

 

どうしたらいいのかわからなくなって、俺を探しに来たってことか。大体の事情を理解しながら片膝をついて、子供の方に視線を合わせた。

 

「お母さんとか、お父さんとか、どっかいっちまったか?」

「……ん」

 

なるほどな、やっぱり紛うことなく迷子だ。

 

「かーちゃん、どっか行った」

「じゃあお母さん探してくれるところに行くか」

「いく!」

 

こいつも途方に暮れてたんだろう、俯き気味だった顔が上がり、すこしきらきらした瞳が俺を見る。くしゃりとその頭を撫でてやって立ち上がり那切へ視線を。

 

「というわけだ。サービスセンター行くぞ」

「あー、なるほど。全然思いつきませんでした」

 

感心した那切がストールを掴まれたまま俺につられて歩き出すと、一緒に子供もついてくる。何と言うかあれだな、前に上鳴とかがやってたゲームみてえな感じだ。

 

程なくしてスーパーの端っこにあるサービスセンターについて事情を説明すると、お礼と共に子供を預かってくれるとのことで安心する。

 

「ほら、ここにいたらお母さん見つけてくれるって」

 

相変わらず端っこを掴まれたままの那切がしゃがんで言うも、それを離す気はないらしい。何か気に入られたのか?んんー、と困った声を出したのも束の間、黒い瞳が見上げてきて口を開く。

 

「あの、ここ大丈夫ですから買い物行って来て下さい」

 

俺の買い物かごにちゃっかりと例の新発売だろう煎餅を放り込んでそう言った。

 

「いいのか?」

「大丈夫、だと、思います。サービスセンターの人もいますし」

 

がんばります、と頷いたそれが頼もしくて、わかった、と頭を撫でて俺はセンターを後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

買い物に戻るショートさんを見送って、店員さんに案内されたスーパーの一角、パズルみたいなマットを市松模様柄に敷き詰めてある床に靴を脱いで二人で座ると、ようやく男の子は私のストールを離してくれた。

 

迷子アナウンス用に店員さんが男の子に名前と年齢を訊くと、あつひろごさい、と。苗字はどうやらわからないらしい。店員さんが頷いて何処かへ行く。

 

「あつひろくん、だね。私は那切っていうんだ」

「なぎり?」

「うん」

 

迷子になって心細いだろうから何か話題はないかな、と男の子をよくみると、明るい緑のTシャツを着ているのが見える。

 

「あ、そのTシャツもしかして」

 

独特のラインが入ったそれは、私も見たことがある。すると途端に男の子はぱぁっと顔を輝かせ始めた。

 

「そう!オレね!オレね!デクが好きなんだ!」

 

あぁ、やっぱりと笑いが零れる。前に見せてもらった雄英の卒業アルバムで見たことのある柄だと思ったんだ。細部はたぶん違うけど、基本的なデザインはあんまり変えてないみたい。何か思い入れのある柄なのかな。今度訊いてみよう。

 

「そっかぁ……。いいね、好きなヒーローがいるの」

 

この社会の中で、大好きなヒーローが、信じられるヒーローがいるというのはとてもいいことだと思う。それだけで人は自分と他人の善い部分を信じて生きていられるだろうから。

 

「ねーちゃんはだれが好き?」

「私? 私は……」

 

問われて、首を傾げる。ヒーローとして、誰が好き。考えたこともなかったけれど、そんなもの、決まっているようなもので。

 

「ショート、かな」

 

いろんなルールを守ったうえで、私を家に迎えてくれたショートさん。でも、画面の中で活躍を見せてくれるいわゆるヒーローらしい活動をしている『ショート』も、実はすごく、好きだ。だって格好いい。ヴィランと対峙した時の視線、あれが実は私にも向けられていたのかもしれないけれど全然覚えてない。正直勿体ないことをしたと思う。

 

「ショート……あっ、母ちゃんが好きなヤツ!」

「そうなの?」

 

確かにお母さまたち世代に受けそうではある気がする。何となくだけれど。顔も整ってると思うし。内心さもありなんと頷いているとあつひろくんは拳を握る。

 

「そう! でもデクは足でぎゅいいいいんってかっけーんだ!」

「格好いいのは大事だよね」

「だよなー! ねーちゃんはショートのどこがいいんだ?」

 

このまま緑谷さんの話になるかと思ったら、話は意外な方向へ。どこ……どこ、かぁ。少し考えるために腕を組んで、あ、と思う。

 

「実はね、救けてもらったことがあるんだ」

 

今も絶賛そういう活動中ではあるのだけど、そんなことはこの子に関係のない話だ。

 

「え!ヒーローに!?」

「うん。それが格好良かったんだ」

 

無条件に『誰か』『何か』を救ける人、ヒーロー、ショートさん。それは職業でもあるけれど、生き方でもあるのだろうと、思う。それが格好いいんだ。本当に。

 

「すっげー……。いいなぁ」

「あ、でもヒーローに救けてもらいたいからって危ないところに行ったら駄目だよ。そういう子でも救けてはくれるだろうけど、すっっっごい怒られるからね」

「えー、おこられんのはヤダなー……」

「だよねー」

 

そんな感じで、さっきとは打って変わってヒーロー活動(特にデクさんの魅力)を語る男の子にうんうん頷いていると、店員さんと一緒に水色のストールを付けた女性が歩いてくる。

 

私の目線の先に気がついたのかあつひろくんが顔を向けると、直ぐに立ち上がってもどかしそうに靴を履いてその女性にひっついた。あぁ、なるほど、水色。あれは彼にとって安心する色なんだろう。

 

なんで掴まれたのか理解しつつ、さてお役御免だと立ち上がると、女性と目線が合う。

 

「あの、ありがとうございました。連れて来て頂けただけでなく構っても貰っていたようで」

「いえいえ、お母さんが見つかってよかったです」

 

笑いながら靴を履いて、売り場の方に戻ろうと爪先を向けた。

 

「なぎりねーちゃん」

 

名前を呼ばれて振り向くと、あつひろくんが笑ってる。

 

「ありがと。ショートもかっこいいよ!」

 

あ、小さい子に気を使われてしまったかな、と思ったけど、いや有り難くその言葉は受け取っておこう。

 

「ありがとね。デクも格好いいよ!強くなろうね!」

「うん!」

 

二人に手を振って、私はショートさんの元へ。ショートさん!ショートさん!私、話したいことたくさん出来たんですよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

後日。

 

「かーちゃーん、テレビつけていー?」

 

テレビの前にもう陣取っている少年が台所に居る母親に声を掛ける。時計は17時を指していた。

 

「あ、もうヒーローニュースの時間ね。いいわよー」

「うっし!」

 

ぱちん、とテレビをつけて映し出されるヒーローたちの活躍は、子供に憧れを抱かせるのには十分な代物だ。そんななかで、ヴィランと格闘戦を繰り広げ氷と炎を扱っていたヒーローが、腰を抜かしてしまったらしい救助者の元へ駆けつける。

 

『おい、大丈夫か?』

 

手を差し出すと同時に聞こえてくる音声。

 

「あ、ショートくんね。最近すごく活躍してて嬉しいな……どうしたの?」

 

夕飯などの支度を終えた母親がリビングの方へ来て、見事にテレビの前で固まった子供に声をかけた瞬間。

 

「あ、あああああああああ!!!!!」

 

自分を助けてくれた青年の正体に気がついた少年の叫びは、マンションの一室に響き渡ることになった。

 

 

 

 

(何でもない日のヒーローは、何でもない日でも、ヒーローなのだ)

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