[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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03 最果てに至る約束を

朝、起きて身支度を整えて朝飯を作るために台所へ向かう。飯は炊いて真鯵の下ごしらえは昨日のうちに済ませてあるから、あとは味付けして焼いて味噌汁つくって作り置きの小鉢もん出せばいいな。

 

グリルに魚を突っ込んで、鰹節で出汁を取る。こういったことはばあやから教わった姉さんに教わったし、一人暮らしも長いせいでまぁだいぶん慣れてきて味もそこそこだと自分では思う。こういうことを自分でやってるとそろそろ身を固めろと周囲からせっつかれるが、どうも結婚って制度に希望みてえなもんが持てないんだよな。

 

そろそろ魚が焼けそうだと思って、台所から出て二階に向かう。

 

自室の隣のドアを叩くと、無音。すこし強めにすると、ごそり、動く気配。

 

「飯だ。起きてこねえと部屋に入るぞ」

 

それがよっぽど嫌だったのか、わりと早くドアが開いて、寝癖のついた那切が現れる。その寝癖を軽く手櫛で押さえてやりながら、顔洗って歯ぁ磨いてこい、と言うと、軽く手がはたき落とされて、それでも素直に階下の洗面所へ。上手くいかねえな。

 

とりあえず台所に戻ると、いい具合に魚が焼けたみたいで皿に乗せて飯もよそう。タッパーからひじきの煮付けを青い小鉢に。味噌汁の椀を持ったところで半袖のTシャツに着替えた那切がやってきた。

 

……今まで六月のくせに長袖着てたから意識してなかったけど、だいぶ細いっつか、薄いな。あの頃の八百万とかと本当におなじ人種なのか不思議になる。

 

「……朝ごはんだ」

 

呆けたように呟いて準備卓を見下ろすもんだから、食卓の方に持っていってくれ、と声をかけてみると素直に頷いて、出しておいた盆に乗せて食卓の方へそれらを持っていった。あおさの味噌汁をよそって箸も一緒に手にして行くと、物珍しげに見ながらちょこんと正座していて何だか面白い。

 

箸を渡して対面に座ってあぐらをかく。昨日の晩飯の時に無理に正座をして足が痺れたのを思い出したのか、那切も足を崩した。

 

「いただきます」

「……いただきます」

 

伺うように俺に続いて小さく手を合わせて箸を手に取る。まぁこんなもんか。鯵はもうちょっと塩きかせてもよかったな。

 

いろいろ反省点を考えていると、那切が茶碗を持って箸を口に持っていったところでその黒い瞳からぼろりと大粒の涙が落ちた。

 

「!?」

 

魚が嫌だったかとかあおさが嫌いだったのかとかもしかして朝はパン派だったかと思考が駆け巡る。ただ、悲しくて泣いたみたいな表情って訳じゃなく、本当に唐突にこぼれた雰囲気で、那切自身もわかってねえみたいに見えた。

 

ぼろぼろぼろぼろと止まる気配を見せないそれに諦めたのか、箸と茶碗を置いて掌で両手を覆う。俺はといえば何が出来るワケでもなくただそれを眺め続けるしかできねえ。

 

「……大、丈夫、か?」

 

肩の震えが収まってきた辺りで言葉をかけると、ずっ、と洟をすする音がして首肯が返ってきた。ティッシュを箱ごと渡してやると、一枚抜いて洟をかみ、くず籠へ。

 

「あさごはん、だれかとたべるの、ひさしぶりで」

 

ごしごしと目元を手で拭うから、あぁそんなことしたら赤くなっちまうだろ、なんて思ったのにどうしてだか言えなくて、那切の言葉だけが食卓に落ちていく。

 

「家事できなさそうなのにおいしいし……」

 

ちょっと待て。いやまぁ全く出来ない時期があったのは否定しないけどな。親父がそういったことはおまえはやるなとかって制限してたってのは言い訳だ。

 

「まぁ、美味いってんなら何よりだ」

 

和食が泣くほど嫌いだとかってんじゃなくてよかった。

 

魚がぼろぼろにされながらも食べられて、あおさの味噌汁は気に入ったのか自分で台所に行っておかわりしたり、やせぎすなわりには飯は食えるらしい。

 

「あんまり一気に食うと戻すぞ」

 

食ってなかった奴が普通量の食事をいれると胃が驚いて痙攣を起こすだの何だのがあったはずだ。自首するまで満足に食ってたようには見えねえし、留置場でだっておかわりとかは出来ねえだろ。

 

と、そこで我に返ったのか、かっと顔を赤くして箸を置く。ちょうど皿のなかは空になってて、まぁいいかと俺も食べ終わり手を合わせる。ごちそうさまでした、と食材に感謝の言葉を述べると那切の口からも小さく続いた。俺が手本になるわけだから、きちんとしなきゃな。

 

皿を重ねて盆に乗せての方へ持って行くと、ついてきた那切が袖を引っ張ってくる。

 

「……洗ってお、き、ます」

 

食事を作られて自分も何かしなきゃいけないと思ったんだろう。何だかそれが嬉しくて、頼んだ、と背中を軽く叩いた。

 

そろそろ仕事に行く時間になって玄関で、行ってくる、と声をかけると、台所でしていた水音が数秒止まって、また再開する。いま迷ったな。

 

他人(というか俺)とかかわり合いになることを否定し続けていたところからこれっていうのは、いい傾向なんじゃないかと思う。この分ならもうちょっと早く緑谷たちに会わせてもいいかもな。

 

 

 

 

 

 

 

数日後、前々日から早朝出勤だから一人でもちゃんと朝飯食べろよと言い含めていたら、煩く言っちまったらしく那切の眉間のシワが暫く取れなくて困った。年頃の女子以前に、なんつーか俺のなかでの立ち位置が小中学生ぐらいの子供なんだよな。難しい。

 

「行ってくる」

 

暗い廊下にそう言い残して、俺は事務所に向かった。

 

 

 

 

まだ太陽が沈み切らない明るい中で家に帰ると、数日ぶりに家のなかは小さな電灯すら点いてない。すこし心配になって手を洗ったあと直ぐに那切の部屋に。軽くドアを叩いて気配を伺うと僅かに呻き声が聞こえて、まさかとドアを開けて中に入った。

 

すると予想は当たっちまったみたいで、遮光カーテンもぴたりと閉められた暗い部屋のなか、廊下から入る光に照らされた具合の悪そうな那切が布団のうえで丸まっていた。体温調節した左手で額に触ると、あつい。疲れでも出たか、と脇の方に視線を移すと渡しておいた端末は伏せられているのが見えてため息をつく。

 

何かあったら連絡しろって言っただろうに、まだ駄目か。どうしたもんだか、と悩み始めたところで、すこし布団が動いて、那切の眼がぼんやりと開いた。瞳の色は虚ろ気で、頬に健康的じゃない赤みが差し、熱特有の涙も流れたみたいで痕が見える。

 

「ただいま、那切。何か食いたいもんでもあるか?」

 

立て膝で腰を下ろして、安心させるように汗をかいてぺったりとした頭を撫でると、ぐしゃりと表情を歪ませた那切は布団のなかに潜っちまう。おい、暑いだろそれ。

 

「どうせ、いなく、なるんでしょ……」

 

熱だからか会話が繋がってねえ。それでも朦朧とした今の言葉は、奥底の心配が出てることが何となくわかった。だからそれには応えてやらねえと駄目だ。

 

「いなくならねえよ」

「うそ」

「嘘じゃねえ」

 

だって、みんないなくなる、とぐすぐすと涙が混ざった声が聴こえてきて、こいつにとって"家"っていうのは崩れるもんだって刷り込みがあるんだろうな、なんて心の中で頷いちまった。

 

……あぁ、そうか。こいつの時間は五年前から止まってる。ずっと動けてない。たぶん誰とも関わらず、個性がなまじっか強いせいでそれ関連の仕事にありつけて、食い繋いで来たんだろう。いなくなることしか経験してないんだ。誰にも彼にも置いて行かれて、ひとり世界に取り残された。

 

「明日になっても、明後日になっても、一ヶ月後も、おまえの傍にいる。おまえより先にいなくならねえよ」

 

だから泣くな、と布団の上からぽん、ぽん、と軽く叩いてやると暫く聞こえてた泣き音は徐々に消えて、穏やかな寝息へと変わっていった。明日の朝は腹減ったって起きて来そうだな。

 

というか布団にもぐったままで暑くないのか?確かこんな感じの状態をうまく言い表す言葉を昔麗日が教えてくれたような気がしたんだが……何だったか忘れちまった。

 

まぁいい飯でも食うか、と立ち上がろうとして、シャツの伸びを感じる。視線を落とすといつの間にか那切の手が固く裾を掴んでいた。

 

「……まったく、しょうがねえな」

 

いなくならねえって言ったもんな、と苦笑を零した俺が、仕事後どこにも寄り道せず帰って来たせいで腹が減りまくって姉さんにヘルプのメールを送ったのは、誰にも知られたくないことだ。

 

 

 

 

「麗日、布団にくるまる奴を何て言う?」

『ふとつむり?』

「それだ」

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