[完結]迷子の沈丁花 作:高鹿
「いってらっしゃい」
何か心境の変化があったのか、那切は毎朝玄関で見送りをしてくれるようになった。それどころか毎夕出迎えもしてくれるし本当に何があったんだ。わからなさすぎて正直なところ気味が悪いとすら思っちまったが、まぁ外に向く気になったのは単純にいいことだだろう。たぶん。泣いた痕は、普通にしようとしてたから追求しないでおいた。
ついでに家事に興味を持ったみたいで、帰宅後家のどこかがピッカピカになってるのは、色んな意味で真っ直ぐなところが出てるんだろうな、と思う。あとはまぁ、家にただ居ても退屈ってのは、本当だろう。なるべく早く帰って来てやりてえけど、ヴィランはそんなことお構いなしに騒動を起こす。勘弁してほしい。
こつこつ、と靴を履いて爪先をならして顔を上げる。
「行ってくる」
玄関の引き戸を開けてそう言うと、ん、と短く返してくるのがなんつーか可愛いくて、事務所に向かう足に力が籠るのも仕方のないことだと思った。
しかしそれはそうと、ここ数日、病院への五日ごとの定期検診で俺と出るぐらいでしか外出の機会がない那切を見ていて、どうも服のバリエーションが1セット足りないような気がした。
基本的に着ている物を思い出すと、2着のTシャツ・サマータートル・元々穿いていたものを合わせて2本のデニム。元の上着は証拠として押収されたわけだが、Yシャツとデニムはどこ行ったんだ。
破ったとか廃棄したってことはないだろうが、まぁ何か理由があって着ないんだろう。しかしそれだとフルに使えないわけで、夏だから辛うじて回せてる服の数ってのは最低限度の文化的生活だとかなんだっていうのに反してるんじゃねえのか。それに掃除もし始めてどう考えたってぎりっぎりだ。
俺が保護者的立場を全うしてないって言われること自体はある程度どうでもいいんだが、それ以上に女子なんだから着飾ったり、あるいは着飾ることを望んでもいいんじゃねえかとかおっさん臭いことを考えちまう。
そういう楽しさを自分から捨ててるっていうよりは、知らない可能性の方が高いように見えるのは、気のせいなんかじゃないだろう。なんたって十年前から確実に甘えられる人物の元から離れてる。いくら元々家族ぐるみで仲がよかったとは言え、友人両親にそこまで甘えられねえだろ。
ってことは、次に俺がすることは大体決まるわけだ。
「明日、服買いに行くぞ」
非番直前の晩飯の時、告げると那切は目を僅かに瞬かせ、直ぐに太刀魚の味噌漬けに目が落ちる。
今日の魚は職場のサイドキックが取り寄せしたのをおすそ分けしてくれたやつだが、うん、美味いな。あんまり通販とかしねえけど手段に入れてみるか。
「そうですか。いってらっしゃいです」
案の定そんな言葉が返って来てため息を落とした。
「おまえのだからな」
「何でですか。買ったじゃないですか」
「少ねえよ」
1セット新品残してるのわかってんだからな、と指摘すると、眉間に皺を寄せて行儀悪く箸を噛む。おまえそんなに頭よくねえんだから言い逃れしようとすんなよ。どうせボロが出るに決まってる。
「まぁ、確かに……」
「ただ俺は服とかわかんねえから、高校からの友人を呼んでる」
言った瞬間、目を丸くした那切が俺を見た。
「……私、ここに残っていいですか?」
「何でだよ」
心底嫌そうな声がしたけどそれを了承するわけにはいかねえ。おまえが行かなくてどうすんだよ。俺とあいつだけでおまえの服を選ぶってどんな話だ。
「知らない人と買い物なんて無理です。絶っ対、うまくいきっこないです」
「別におまえ、他人と喋れない訳じゃないだろ。警察に電話で自首したわけだし」
その指摘に、はぁ、と大げさにため息をつかれて少しこめかみに力が走るのが分かる。いやいやいや、ここで俺が苛ついたら収拾つけるやつがいなくなる。二人暮らしって言うのはそう言うことだ。兄貴たちが出ていって三人暮らしになった時は、大体姉貴が間に入ってくれてたんだよな。今思うとあれは助かった。
「プライベートで誰かと出会ってプライベートな会話をすることと、自首するなんて事務的な話を一緒にしないでください。自慢じゃないですけど私、ここ数年まともにそんな会話してないんですよ」
「じゃあこれは何なんだよ。家ってある種究極のプライベートだろ」
「慣れましたし何より諦めました」
「じゃあこれも諦めろ」
「……」
無言の抵抗で頑なに拒否されてどうしたもんだかと考えを巡らす。というかここまでの拒絶は久々だな。思えば家に来た頃ぐらいまで遡るか。それ以降のは可愛いもんだ。
「おまえそれでどうやって暮らしてたんだよ。仕事してりゃ少なからず誰かと喋るだろ」
「……粗大ごみの処理場で働いてたので、誰と話すこともなかったですもん」
ごみ処理場……なるほど、空間圧縮は持って来いの職場だ。個性で仕事が出来てるってことは訓練が兼ねられ且つ人目にもつかない。但しそれが許されるのは、きちんと届け出を出してれば、の話だ。認可が出てれば那切が行方不明扱いになるわきゃねえから、無認可業者は後で追及して警察に通報しておくか。
「休日ぐらい保護者らしいことさせてくれよ」
言うと、ぴくり、肩が動いて心の揺れが見える。なんだ、引っ張るより頼まれる方が弱いタイプか。
後一押し。何か釣れるもん……出来れば簡単に出来るのがいいけど何かあるか。
「明日の味噌汁、あおさにしてやるから」
駄目元でこの間随分と気に入っていた味噌汁の話を振る。まぁ釣れるわけ。
「……絶対ですよ」
ねえよなと思ったらまさか。
「あぁ、絶対だ。じゃ、明日は十時に出発するぞ」
モロヘイヤと豆腐の味噌汁を口にしながら、こいつ将来変な奴に掴まんねえかと心配になっちまった。別に余命を忘れたわけじゃねえんだけど、何となく。
▼
「あ。おーい、こっちこっち!」
ショッピングモールの入口で待ってると、轟くんが見えて手を振って簡単に挨拶する。なんか久しぶりだ!何となく、男の人っぽくなった気がするけど、後ろの子が関係してるのかもしてるんかも。珍しく帽子かぶってるのは目立たへんようにかな?
「はじめまして! 麗日お茶子です」
轟くんの後ろに隠れてるその子に挨拶すると、那切、挨拶しろ、と轟くんが人見知りの子のお父さんみたいなことを言うもんやから思わず笑ってしまって、不思議そうな瞳が私を見た。いやー、ほんとにお父さんしてるんやね。ちょっとびっくり。
背中を押すお父さんと影から出たくない子供の攻防の末、その子は影から顔を出して、視線が合うと、すこし驚いたような表情が見える。するとさっきの攻防が嘘みたいにそっと前に出てきて、お辞儀。
その子の格好はサマータートルに、ぶっかぶかの黒いシャツ。たぶん轟くんの。うーん、上着とかも欲しいなぁ。でもな、一式を何着か揃えてやってくれって言われて提示された予算にはびっくりしたんやで轟くん!あれドレス買えるよ!飯田くんとはまた違った方向で坊っちゃんやってこと思い知ったよ……。
「……室間、那切です」
小さな声はかわいくって、落ちつかなさそうな雰囲気は小動物みたいやんなって思う。
「よろしく、那切ちゃん」
「……名前……いや、いいです」
さっき轟くんが名前を呼んでたけど、名前で呼ばれるのに抵抗あるのかな。轟くんの方を伺うと、別に何ともない顔してるし、うん、と心の中で頷いた。
「さ、それじゃ行こっか! 那切ちゃん、轟くん!」
二人が来る前にちょっと覗いてみて、いい感じのお店には当たりつけてるし、本人見たらもっと可愛いのも着せたいなぁって。
足を進めてすこし後ろを振り返ったら、那切ちゃんが轟くんの袖を掴んで、直ぐに離すところが目に入った。手とか繋ぐんかな、と思ったけど、それはせずに恥ずかしそうな那切ちゃんが私の方へ。
轟くんは不思議そうな顔して自分の手を見下ろして、でも問題なさそうに歩きはじめたから、私も緩めてた足をいつも通りにした。
18歳で華奢な子やし、とお姉さんっぽい明るい夏を思わせる青い開襟シャツに黄色いレースのキャミソールとか、逆にオフショルダーの真っ白いフリルとかも似合いそう!
「これとかいいんちゃうかな」
いろいろ肩幅に合わせてから腕に持つと、横から轟くんがかっさらっていくんがちょっと面白い。
最初は店の前で待つ?って訊いたら、何でだ?、って顔したのがあぁ轟くんやなって感じで、変わらんなぁ。
「あ、あの、出来れば、首元……」
すこし盛り上がった首元を押さえた那切ちゃんがそう言うから、うん、と頷いて笑いかける。
「スカーフとかも可愛いの選ぼうね」
那切ちゃんの事情は、少しだけ聴いてる。事件のことや、首にあるリミッターで"個性"を抑えつけることでようやく頭に負担かけんで暮らせるとか、そういう。リミッターは私も見たことあるけど、無骨すぎて目立つんよね。
すかーふ、と呟いた那切ちゃんの手を取って、スカーフとかストールとかが掛かってる棚の方へ。
「この辺りとか綺麗じゃないかな」
薄い生地のパッチワークなのとか、ピンクにピンクで刺繍が入ってるグラデーションが綺麗なのとか、いろいろ指し示していく。あ、これとか綺麗やんな。
「赤……」
那切ちゃんの綺麗な黒い瞳に似合いそう。
すると那切ちゃんはちらりと轟くんの方を見てからまた、赤……、と呟いた。……あれ、もしかしていけんかった、かな?
「水色が、いいです」
言いながら赤を丁寧に畳んで戻して、手に取ったのは、透き通る夏の空より少し重たい色。肌触りを楽しむように手で少し遊ばせる横顔は、何だかちょっと楽しそうに見えた。
「ん、好きな色があるなら、それにしよっか」
那切ちゃんを見てる轟くんの横顔を盗み見ると、綺麗な氷の色の瞳が優しげに。……気付いとるんかなぁ。
「じゃ、二軒目いこっか!」
「二軒目!?」
「那切ちゃんに似合いそうなんたくさんあったよー」
「二軒目とか聞いてませんよ!」
「麗日が行くってんなら行くぞ」
「本気ですか!」
驚いたままの那切ちゃんをちょっとかわいー感じのお店で試着室に入れてみる。ちょっと待って声をかけたらOKが出たのでカーテンを開いてみたら、スカートを見下ろしてる那切ちゃんがいた。
「……かわいい」
ぽつり、嬉しそうな声が落ちて、控えめな笑顔。
「うん、かわいいよ!」
拳を握って肯定すると、かるくふわっと回ってスカートのやわらかく裾が翻る。うん、かわいい。
「他のも着てみろよ」
「あ、はい」
轟くんの促しにカーテンが閉じたら、すこしして手を当ててこっそり耳に。どしたんかな?
「……那切の笑った顔、初めて見た」
驚いて轟くんを見たら、困ったようなでもすっごく嬉しそうな顔してて、つられて笑ってしもた。二人で笑いあってたら、そこでカーテンを開いた那切ちゃんがすごく不思議そうな顔してたのが、ちょっと面白いなって。
この二人可愛いなぁ。
「ヘアピンぐらいならつけやすいんちゃう?」
「いや、あの、もうたくさん買ってもらってしまいましたし」
「アクセは別枠!」
「そうなのか。じゃあそれで」
「……(二対一だ!)」
いろいろ、買わなくても試着したりして那切ちゃんの反応見て楽しんだところで、そろそろ遅めのお昼兼ねて休憩しようか、と言おうとした瞬間、海外の団体さんが通りすぎて。
「わっ」
小さな悲鳴に轟くんと顔を向けると、後ろにおった那切ちゃんが団体さんの波に簡単に飲み込まれてあらぬ方向にいくのが見えて、でももう手が届かない。那切ちゃん、あの華奢さからして体とか鍛えてないだろし、手とか繋いどくんだった……!
「那切! 携帯!」
「もって、ま……」
そこで団体さんと一緒に那切ちゃんの姿も見えなくなって、慌てた轟くんが携帯出して電話を掛け始める。出ない。出ない。連絡は轟くんに任せて私は探しに行った方がいいんかな、と消えた方向を見た時、那切、と繋がった声。
「今どこにいるかわかるか?」
ひどく心配が滲んだ声が問いかけると、ヴヴ、と通話中の轟くんの携帯が震えて、一瞬画面を見た轟くんの顔がわかりやすく青ざめるんがわかる。
「悪い、準アラートが鳴った。……空間把握しようとしちまっただろ?」
空間把握。あぁ、そうだ。個性で空間の座標がわかるってことは、自分がどこにいるのかわかる。他の人がどこにいるかも。でも、それを全部封じられた那切ちゃんは、たぶん極端な方向音痴の人とおんなじぐらい、自分がどこにいるのか伝える術を持ててない。だって、必要なかったろうから。
「責めてるわけじゃねえ。────大丈夫だ、絶対見つける」
やさしい声で、一旦切るぞ、と通話をおとした轟くんは、携帯を見下ろす。リミッターのGPSや。場所を確認した横顔、一緒に走り出しながら轟くんが持つ荷物に手を触れた。
緊急事態だから、ヒーロー活動扱いで個性発動は許される!から!
軽くなった荷物に轟くんは一瞬だけこっち見て、私は拳握って大丈夫だよと。そうして私たちは那切ちゃんのところへ急いだ。
ショッピングモールの団体さん用の地上駐車場、アスファルトの広場を抜けた入口。
そこに、途方に暮れたように門に背中を預けて携帯を握りしめてる那切ちゃんが見えて、轟くんのスピードが上がる。その足音に顔をあげたその子も、轟くんに向かって一直線に。
「悪い」
息を切らせた那切ちゃんに轟くんが目線を合わせて言うと、ほっとした表情の那切ちゃんは首を振る。
「大丈夫、です。……私の方こそ、すみません」
気まずそうに両手で持った携帯が強く強く握りしめられるのが見えて、轟くんは那切ちゃんの頭を撫でる。やさしく、もう心配ないからな、って言うみたいに。
「ほら、行くぞ」
そう轟くんが手を差し出すと、那切ちゃんは一瞬躊躇って、それでも握りしめてた携帯をポケットに入れてからその手に自分のを重ねる。
……この話してきたとき、轟くん、那切ちゃんが家族っていうのに慣れたらいいって、言ってたけど、もう家族なんじゃないかなぁって、思うよ。
それからご飯食べて、他にも見て回って、まだ空は明るいけど16時。あんなこともあったし、いろんなところに行ったからか、那切ちゃんはすこし疲れてるみたいで眠そう。
「そろそろ帰るか」
「……ん、帰りたい、です」
その、ん、の言い方がちょっと高校の頃の轟くんに似てて、口元を押さえて頑張った。すごい、たぶんこれ移ってる。
「麗日、今日はありがとな」
「いいんよ、楽しかったし!」
女の子を着せ替えるって、ほんと、楽しい。
「車で送ってくけど、家どこだ?」
「んー、いや、大丈夫。はやく那切ちゃん連れて帰ってあげて」
知らん人と一緒にこんな時間まで、疲れたろうしね。
「那切ちゃん、じゃあね」
手を振ると那切ちゃんの顔が上がって、轟くんの傍から離れて私の方に。
「あの、ありがとう、ございました……楽しかった、です」
「私も楽しかった! 今度、会いに行ってもいいかな?」
訊ねるとまんまるとした目とかち合って、恥ずかしそうにした那切ちゃんは、こくり、と頷いてくれる。後ろの方でちょっとびっくりしてる轟くんに笑いかけると、小さく肯定。うん。
「またね」
「……はい、また」
笑ってもう一回手を振ると、小さく手を振ってくれて、地下駐車場の方へ二人が消えていく。一緒に歩く大きな影と、小さな影。繋がれた手はしっかりと。
……デクくんに電話でもしようかなぁ。
なんて、思うぐらい、あの二人がすこし羨ましいな、って。
「麗日さん、普通の方でよかったです」
「どういう意味だ」
「友人ってことから、お嬢様が来たりするんじゃないかと戦々恐々で」
「心配しすぎだろ(……最初八百万に電話しかけたけどな)」