[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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06 文字をなぞる指先

非番の日。昼飯前に晩の準備をしてるところにインターホンが鳴って、頼んでたもんが届いたのかと思って近くにいた那切に出てくれと頼んだら玄関の引き戸が開く音と一緒に、わっ、という悲鳴に似た声が上がったのが聞こえた。

 

どうしたんだと包丁を安全な場所に置いて廊下に出ようとしたところで、ここまで引いてきたのか那切とぶつかりそうになって、二度目の、わっ。

 

「あ、あの、なんか白い髪の女の人が玄関開けたら居て」

 

宅配便だと思って門の方に出ようとして玄関開けて既に人がいたら、そりゃ驚くな。

 

「白い髪……もしかして」

 

門を自分で開けて敷地内まで入ってきてわざわざインターホンを押すなんて、完全に身内の行動だ。そう思って那切を落ち着かせるために該当人物の名前を告げようとしたところで、廊下、那切の後ろに影。

 

「ひさしぶりー、焦凍」

「……!!」

 

至近距離の背中からした声に慌てた那切が、台所にするりと入ってきて俺の後ろに隠れる。盾か。まぁでも知らない人間に後ろとられたら警戒するわな。しかも、安全だと思ってた家のなかに当たり前の顔して入り込んでんだから。

 

「姉さん、那切を脅かさないでくれ」

 

俺の腰辺りを掴んできてるちいさな手に自分のを重ねながら、言葉通り久しぶりに見た姉を嗜めた。白ってことから母さんかとも思ったがどうやら違ったらしい。上の三人は全員、母さんの血を強く引いたのか白を基調に赤がメッシュで入る程度で、パッと見た感じじゃ確かに白い髪に見えるからそのせいだろう。

 

「ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくて。あ、これお土産」

 

商店街の方にある個人経営のケーキ屋の箱を掲げて、もう片手を平手にして眼前で立てて謝罪を口にする。

 

「ねえ、さん?」

「初めまして。轟焦凍の姉の冬美です」

 

影から伺うように顔を見せた那切に姉さんが自己紹介すると、那切がまた首を傾げるのがわかった。

 

「とど……しょ?」

 

あ。

 

「悪ぃ。こいつに俺の本名教えてなかった」

「嘘でしょ」

 

 

 

 

いろいろ話もあるだろう、ってことになって、晩飯の仕込みを終えて休憩がてら居間の方に三人で連れだって移動した。昼飯は姉さんも食っていくらしい。

 

「で、だ」

 

畳に座って途中適当に持ってきた紙を机に。

 

「とどろき、しょうと。こう書くんだよ」

 

本名を教えるついでに漢字も紙に書いて渡すと、不思議そうに那切が漢字を指先でなぞる。鉛筆の粉がついてすこし指の腹が汚れても気にしてないのか、俺が置いた筆記具を取って自分でも『轟』を横に書く。

 

「車が三つでとどろきって読むんですね」

「あぁ」

「それで、お姉さん」

 

対面に那切が視線をやると、うん、と姉さんが頷いた。

 

「焦凍には私の他に二人兄がいるから、四人兄弟の末っ子だね」

 

すえっこ、と反芻して呟いたやつがやっぱり不思議そうな顔で俺を見上げてくる。

 

「兄弟多いんですね」

「数だけはな」

 

どうせ上位互換とやらが出来なかったってだけの理由で母さんに子供を何人も産ませやがったあの男は本当にそれに関してはクズの極みだ。俺が駄目だったら弟だか妹だかが出来てただろうことは想像に難くない。

 

「楽しそうですね」

「そんなにいいもんじゃ……っ」

 

向かい側の机の下から足が飛んできた。

 

「どうしました?」

「いや、何でもねえ」

 

と、そこでインターホンがまた鳴った。今度こそ宅配だろうと立ち上がろうとしたところで、もう那切が立ち上がっていたから任せることにする。

 

「うちの家の事情は、あの子には関係ないでしょ」

 

だからって別に夢見せる意味もねえ気がするけどな。

 

「それにしても、前に見た時は熱出して布団にくるまってたからわかんなかったけど、わりと大きい……高校生ぐらいなのね」

「あぁ」

 

姉さんには那切の事情は話してない。ただヒーロー活動の一環として子供を預かることになった、とだけ。何でかって言うのは、ヒーロー免許を持ってないからだ。それはこの仕事に関する守秘義務を持たないってことでもある。もちろん、そんなことを言いふらすような人じゃないってことは知ってる。それでもここが安全な場所だって言うのは崩しちゃならねえから、綻ぶ場所は極力削りたい。

 

親父にもその程度にプラスアルファでプログラムの説明だけしたが、まぁ必要だったら適当に自分で書類引っ張ってくるだろ。今のところなんも言われてねえってことは、俺の行動にケチつけるつもりはないってことだ。

 

「大丈夫なの?」

「上手くやってる……と思う」

 

心配そうな声がかけられて、曖昧な答えになっちまった。でも本当にそうだ。思う。それだけしか言えねえ。

 

「そう。まぁよく懐いてるのはわかったけどね」

 

前にあった那切が熱を出した時のことや、あるいはさっきの台所でのことを思い出したのか、姉さんがふふっと笑った。

 

「懐いてる……か?」

 

もう二週間半ぐらい暮らしてるわけだが、いまいちまだ距離感を計りかねてる。まぁ留置場の頃よりかはマシになってるってのは、わかるんだが。麗日にもあの後メールでいろいろ言われたけど実感がどうもない。

 

「どう考えても懐いてるでしょ」

 

驚いて背中に隠れるとかあんたの傍が安全だって思ってる証拠、と事もなげに言われて、納得しちまった。安全。そうか。確かにそうだ。腰を掴んできた手に手を重ねても逃げようとしなかった。……だっていうのに、何でこんな頑なに現状が見えてなかったのかとすこし考えたら、すぐ心当たりに思い当たった。とはいえ、それを無理矢理解消するつもりはない。

 

「ま、自分じゃ気付きにくいところだろうけどね」

 

安心したよ、と姉さんが笑って、チルドの物入れておきました、と那切がぱたぱたと軽い足音と一緒に戻ってくる。こういう日常が続けば、それでいいんだ。

 

 

 

 

「今日は暑いからツナと大根おろしのパスタだ」

「ちゃんと自炊してるんだ。えらいえらい」

「お陰さまでな」

「どう? 焦凍のご飯美味しい?」

「あ、はい。美味しいです。すごく」

「そっか。良かった」

「……」

 

 

 

 

「はーい、というわけで持ってきたのはシュークリームだよ」

 

昼飯を食い終わって、冷蔵庫に入れておいたケーキ屋の箱から小花が散った小さな皿に載せていく。俺が一人になってからはまるで出番のない皿だ。

 

別に必要だと思ったこともなかった……んだけどな。机の上のシュークリームを食い入るように見つめてる那切を見ると、何だか申し訳ない気持ちになってくる。今まで甘いもんっつったら果物程度だったからな。

 

「甘いもの好き?」

「……コンビニでたまに買ってた程度には」

「そっか。じゃあ、はいどうぞ」

 

二つシュークリームが乗った皿を勧められて、えっ、と困惑に肩を跳ねさせる那切が姉さんと俺を交互に見る。

 

「好きなんだろ。貰っとけ」

 

俺の方にも皿が渡されてがぶりと遠慮なく食べると、続いた那切は両手でシューを持ってそれにかぶりつく。

 

「! おいしい……」

 

そんなに嬉しそうな顔するんなら、どうせ通り道にあるんだし買ってきてやればよかったな。やっぱり、まだまだ俺は知らないことだらけだ。これから知っていけたら……知っていける時間があったら、いいと思う。

 

「近所の洋菓子屋さんだから、気に入ったならあとで焦凍に訊きなよ」

「……そうですね。そうします」

 

訊いても、那切は一人じゃ歩けない。それは監督者がいない状態での外出は許可されないからだ。それは否が応にもこいつにこいつがヴィランだって言うことを思い出させる。自覚に刻む。それは、あんまり歓迎したいことじゃねえな。この場合は仕方ねえけど。

 

「なら今度一緒に行くか」

「いいんですか」

「悪かったら言わねえ」

「……じゃあ、よろしくお願いします」

 

美味そうに二つ目のシュークリーム食いながら控えめに、でもしっかりと笑うもんだから、今度ケーキ屋だけじゃなくて商店街に一緒に買い物にでもいくか、と頭ん中で予定を立てながらシュークリームを食いきった。

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