[完結]迷子の沈丁花 作:高鹿
轟くんに呼ばれて、僕と麗日さんが彼の家に行ったときのことだ。
「飯田くん、残念だったね」
「仕事じゃ仕方ないから、近いうちにまた企画しよっ」
「うん。って言っても、轟くんと麗日さんと飯田くんと僕の非番を合わせるって、大分難しいよなぁ」
正直三人で合わせられたことも奇跡だと思うレベルだ。終わり際にヴィランが現れなくて本当に良かった。
「麗日さんはもう会ってるんだよね?」
「うん。那切ちゃんかわいい子だよー」
室間那切。それが轟くんが預かっている女の子の名前で、ある程度の事情は聴かせて貰った。仇のヴィランを殺したことによってヴィランに成ってしまった子。復讐を前にした人の顔は何回か見たことあるけど、それを果たしてしまった人と会うのは、何度やっても慣れない。どうしよう、ドキドキしてきたぞ……。
でも、麗日さんが楽しそうに言うってことは、あんまり苛烈な子じゃないのかな。
「人見知りだから最初ちょっと話しづらいかもだけどね」
「う、上手く話せるかなぁ」
「大丈夫だって!」
にぱっと、麗日さんがいつものうららかな顔をしてくれたから、何となく、轟くんの家に向かう足が軽くなった気がした。
相変わらずの大きな、内側から閂がかけられていそうな木造の門の前、インターホンを押すと、聞いたことのない硬い女の子の声がする。それでも麗日さんがインターホンのカメラに向かって、来たよー、と楽しそうに手を振ると、何となく空気が和らいだのがわかった。麗日さんすごいなぁ……。
『麗日さん……と、緑谷さん、ですね。今出ます』
それから少しして門が開いて、中に入ると姿が見える。思ってたより小さい……というか、存在がすこし薄いと言うか希薄で、まさかそんなと、正直思ってしまうぐらいだった。でもすこし張り詰めた雰囲気と、首にかけられた鈍い銀色のリミッターは確かに警察所有のもので、彼女がヴィランだということを示している。たぶんこれはわかる人にしかわからないだろうけど。
日常生活に於いてリミッターが必要になる、空間圧縮という個性。轟くんから聴いた話じゃかなり強いモノみたいで、もし然るべき場所で然るべき訓練を受けていたら13号先生みたいに災害救助の第一線を張れたかもしれないと僕は思う。
例えば圧縮率を調整できるなら、空間固定だけして建物の倒壊を防いだり、特定空間だけを隔離してその場だけでも安全にしたり、あるいは把握能力の応用でビルごと包んで生存者の位置把握に努めることだって出来るかもしれない。空間閉鎖が出来るなら炎の鎮火だってお手のものだろう。
だから本当に勿体ないと思ってしまうのは、僕の悪いクセだろうか。
「ど、どうも、初めまして。緑谷出久です」
「初めまして、室間、那切です」
料理し始めてた轟くんのいる台所で簡単に来たことを知らせてから居間に通されて、挨拶すると静かな対応が返ってくる。轟くんや麗日さんから聞いてた様子よりずっと年齢相応と言うか、言ってみれば誰かの後ろに隠れるような子供っぽいところは見えないなと思った。慣れたのか……もしくは近々何かあって気を張ってるのか。僕にはわからないけど、もしかしたら轟くんならわかるのかもしれない。
「この間ぶりだね、那切ちゃん」
「はい」
挨拶を終えて麦茶を入れていた室間さんに、さっき鞄を開けていた麗日さんが楽しそうに近づいていく。
「あのね、那切ちゃん見るかなと思って。じゃーん」
茶色の分厚い本らしきものを机の上にのせて、お茶を配っている室間さんの方に本を開いて進めるから、何だろう、と見てみてその写真群に合点がいった。
「アルバム……?」
「そう。私らの高校の卒アルだから、轟くんもいるよー」
確かに轟くん自体は自分の昔の話とかはそうそうしてない気がする。
「……あれ、入学式の写真とかってないんですね」
その言葉に苦い記憶が蘇って、右人差し指がじくりと痛んだような気がした。いや気のせいだろうけど。本当に気のせいだろうけど、あの時は生きた心地がしなかった。
「それなー、私らのクラスだけ入学式とかガイダンス出なかったんよ」
「? 普通はあるものを出なかった、ってことですか?」
でもあの時は理不尽だ何だと思ったけど、あの時にああやって自分の可能性を探らせて貰ったことは結果的には良かったと思う。たぶんそれは麗日さんも思ってるんじゃないかな。それでも相澤先生の合理的虚偽には何度騙されたかわからない。今考えれば結果的に虚偽にしただけで実施時は本気だったと思うこともあるんだけどね……。
「というわけで、担任の先生の意向で個性把握テスト……まぁ体力測定やってね」
「個性全開でのテストって中々ないから、みんな張り切ってたよね」
「確か轟くんは二位だったし、あの頃から凄かったんよ」
「あ、凍結やそれ溶かしたりだけじゃないんですね」
あんまりにもあっけらかんと言うものだから、あれ、と声が出てしまった。
「知らない? 轟くんは氷と炎を操れる上に、身体能力も抜群なんだよ」
「凍らされて溶かされたので温度を操れる個性って思ってたんですけど、氷炎……だから半分赤いんですね」
納得したように頷いてるけど、凍らしたんだ、轟くん。でも万が一のことを考えると遠隔から行動不能に出来る彼の能力は、拘束としては本当に有用だから仕方ないんだろう。
「この人、よく一緒に写ってますね」
ぱらぱらと捲っていた室間さんが、ひとつの写真を指差してそう言葉を落とす。飯田くんだ。
「あぁ、うん。仲良かったからね。今日も来たがってたんだけどどうしても都合合わなくて」
「真面目そうな人です」
室間さんが写真見ただけでそんな風に真剣に言うから、麗日さんと一緒にすこし笑っちゃって、うんそうだよ、なんて。
何だかんだで、あの一年の職場体験から僕たちはよく一緒にいるようになった。そうしてこうして今も一緒にいられるのが、本当に嬉しい。あの頃から考えるとかっちゃんとの関係も今はわりと何とかなってるし、とてもかけがえのない時間だったと思う。
「高校って、なんか不思議な場所なんですね」
ぺらりぺらりとアルバムを捲っていく室間さんがそう呟くから、あー、と麗日さんと顔を見合わせる。今は演習時の写真だ。ビルが壊れてたり、穴だらけの演習場で埋められた飯田くんがいたり、水難実習場で蛙吹さんが舌を伸ばしてたり。これが高校のオーソドックスじゃ、さすがにないと、思う。たぶん。
「雄英だけだと思うなぁ」
「他の学校との交流やったけど、驚かれてたもんねえ」
そこで、え、と写真に落としていた視線が上がって、真っ黒な瞳が僕らを驚いたように見る。
「雄英、なんですか」
「うん。ほら」
飛ばした一ページ目の学校名を見せると、えぇ……、なんて呻き声に似た動揺の声が落ちた。
「これも聞いてなかった?」
「初耳です……。凄い人たちだったんですね……」
轟くんから、よくわかんねえところで疎いから何があっても驚かないでくれ、と言われてはいたけれど、さすがに雄英がどういう高校かは知ってるみたいで何だか困ってる風に見える。
「雄英たって、別に普通の人間だぞ。おら、机の上空けろ」
雄英に驚いている那切ちゃんを宥めてるのかどうなのかわからない物言いで轟くんが入ってきて、お盆の中身を机に並べていく。うわ、美味しそう。大皿に綺麗に羽のついた餃子が均等にぐるりと乗っていて、もう香りだけで堪らない。ついでキュウリと春雨と胡麻のサラダとかも見えて、今日は珍しく中華なんだと思った。
「今日はこっちで食べるんですか」
「移動も面倒だろ」
「じゃあ他のものも持ってきますね」
たっと室間さんが立ち上がって台所の方へ駆けていく。
「なに話してたんだ?」
「高校時代の話してたんよ」
「アルバム持参でか」
机の下に移動させた茶表紙の本を見つけた轟くんは苦笑混じりに立ち上がって台所の方に向かおうとするから、手伝おうと膝を立てたところで掌で制止を求められた。今までだったらそんなことはなかったから、もしかしたら室間さんが関係してるのかもしれない。彼女にとってあんまり知らない人間が家のなかを自由に動くのは、都合が悪いのかな。
色々考えてから首肯して腰を落ち着け、立ち上がった彼を見上げる。まるで父親のように彼女を守りながら、どこか距離を置いて手を伸ばしているような姿を。
「あんまり話してないんだね」
「改めて話すことでもねえだろ」
言いながら居間を後にする轟くんを見送りながら、そうでもないと思うけどな、と外野ながら僕はぼんやりと思った。
「相変わらず轟くんの料理美味いなぁ」
「今日は卵のスープが上手く出来た」
「餃子美味しいです」
「サラダもね! 後でレシピ送ってくれる?」
「おぉ」
「そういえば、昨日の夕方のニュースに轟くん映ってたね」
「え」
食後にまったりと麗日さんと僕が手土産に買ってきたお茶菓子を食べながら話題を振ると、美味しそうに食べていた室間さんが僕の方を見た。確かわりと大きな扱いだった筈だけど。
「那切ちゃん、あんまテレビ見ないん?」
「少なくともここ数年は見てないですね……テレビ自体持ってなかったので」
あぁ、そうか。一人暮らししてたんだもんな。なるべく支出は抑える方向に動くのもわかる。モノが無かったらそれが習慣だったとしてもわりと簡単に無くなるものだ。
「そんなら夕方のニュースとか、轟くんの活躍が流れてたりするし外も知れるからいいんちゃう?」
「おい麗日」
「夕方……」
ちょうど僕たちがいる居間にどんと置いてあるテレビに室間さんが視線を投げると、大したことなんかしてねえぞ、とどう反応したらいいのかわからない微妙な顔をした轟くんが嗜めた。
「えー、そんなことないよ。ねえ、デクくん」
「そうだね。轟くんの活躍は男の僕から見てもすごく、格好いいと思うよ」
「……」
口々に褒められて、もう勝手にしろと言わんばかりに頬杖ついて僕たちから視線を反らした轟くんが面白くて、三人でかるく顔を見合わせたのは、正直許してほしいと思うんだ。
「そういえば二人って写真撮ってなさそうだね」
「……撮る必要ねえからな」
「ですね」
「そんなら四人で撮らん?」
「えー……」
「那切ちゃん真ん中にして、ね?」
「……一枚だけなら」
「よっし、じゃあ」
「セルフ撮影なら俺がいいだろうな。腕が一番長え」
「えっ、僕も入っていいの?」
「いいんじゃないですか」
「じゃあ、せーの」
「ごちそうさまでした」
「ありがとね、轟くん」
「気を付けて帰れよ」
「……」
夏と言えどもさすがに日はとっくに暮れた時間。門のところまで見送りに出て来た二人に手を振られて、駅の方に足を向けたところで、あっ、と室間さんが先に家の方へ体を。
「すみません、お茶の火止めてなかったです!」
走り出したその背中に麗日さんが、またねー!、と声をかけると彼女が少し振り返って後ろ走りしながらも腕を振るのが見える。
「……なんかバタバタしちまったな。悪ぃ」
「いや、別にいいよ。お茶煮詰めちゃうとアレだしね」
ここから台所までわりと距離あるだろうし、と付け加えると、ありがとな、って轟くんが。その言葉が耳に届いた時、僕はここに入った時の室間さんの張り詰めた雰囲気を不意に思い出した。
轟くんは、気が付いてるんだろうか。でも、単に知らない人間が入ってくるから緊張してただけの可能性もあるわけだし……。現に、それ以降は別に変なものはなかった。
「────あのさ」
「ん?」
門の橙色の灯りに照らされる轟くんが、真っ直ぐ僕を見る。彼女が一人家に入って行っても、何も問題なんて起きないって思ってる様子で、家に背を向けて。そりゃ普段、留守番させてるってわかってるけど、それでも、目の前にしてわかることもある。
「また……こういう風にご飯食べたいね。今度くんは飯田くんも来られる日程で」
だから、言葉を飲み込んだ。僕の、いつもの考えすぎだと思ったから。
「あぁ。そだな」
珍しく、本当に珍しく、轟くんがはにかんで笑うものだから僕はそれ以上何も言えず、麗日さんと一緒にその場を後にした。
「デクくん、何か、気になることでもあった?」
駅に向かう道、隣の麗日さんから心配そうに問いかけられて、少し考えてから肯いた。
「室間さんのこと、何だけど。長い間誰かを何かを憎む……憎み続けられる人って、基本的に根が真面目なんだよね」
これは公の統計とかじゃなくて単なる経験則だけど、そんなに外れてないと思う。
普通は、そこまでの憎しみをずっと抱えてはいられない。憎悪や怒りっていうものは持ってるだけで精神的に酷く疲れるし、記憶は年数が経てば当たり前だけど薄れていく。それは決して悪い事じゃないんだ。忘れるって言うのは、自分を守るためでもあるから。
そういう意味で、轟くんとあの子はとても似てると思う。真面目で真っ直ぐで、それ故に彼女は罪を犯した。一線を越えてしまった。根本的な倫理観の欠如。矯正で名高いベストジーニストとかはその辺りのノウハウを確立してただろうけど、轟くんはそう言ったことに長けてるわけでも誰かに師事したわけでもない。本当に、単純に、彼女が放っておけなかったんだろう。
「そこが、逆に心配でさ。今度何かあった時、轟くんに迷惑をかけないようまた一人で抱え込んじゃったりしないかなって」
別に彼女がまた人を殺すって考えるわけじゃない。でも、その辺りの根本的な問題は、本当に話し合えてるのか、なんて。今度切羽詰まった選択を迫られた時、彼女は"ヒーロー"を頼ってくれるんだろうか。世間にとってのヒーローは、彼女のヒーローに成りえなかった。それは揺るがない事実だ。
「なら、私らも頑張ろうよ。デクくん」
「え?」
街灯に照らされた麗日さんが、両手の拳を握って笑いかけてくる。
「またご飯食べて、遊びに行って、那切ちゃんの味方が轟くん以外にもいるよって、思ってもらえるように」
「────」
その笑顔に、僕は頷いた。
「そう、だね。うん。確かにそうだ」
リミッターのない状態で一ヶ月の余命宣告をされてた彼女は、たぶん、リミッターを付けている現状、それ以上に生きられるんじゃないかな。だから、それがしあわせな日々になったら、なれる手伝いが出来たら、いい。よし、頑張ろう。
「写真……」
「どうかしたか」
「いえ、久しぶりに撮ったなって」
「あぁ、なるほどな」
「にしてもちゃんと笑えてるの麗日さんだけじゃないですか」
「じゃあ今度リベンジするか」
「……ん、んん」
「(今こいつ寿命と感情の天秤で難しい顔しやがったな)」