[完結]迷子の沈丁花   作:高鹿

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09 六月に纏わる重み

留置場を出る前にやった検査では、持って一ヶ月だろうと言われていた私の余命は、たぶんどうやら延びているのだと思う。頭痛も鼻血も無縁のものになって、あれだけ心を占めていた事件も憎しみも薄れつつあるのがわかっているのに、それでも随分と穏やかな毎日を送っている。

 

そのことに罪悪感が沸かないと言ったら嘘になるけど、それでも。

 

 

 

 

 

 

 

「前回の検査結果、確認しました」

 

私の定期診察の担当をしてくれるお医者さんは、机に備え付けられたディスプレイにMRI検査で撮った画像を表示してそう言った。よくわからないけど、あれが私の脳の断面図らしい。わからなさすぎてグロさの欠片もない。

 

「僕と部長の所見としてはリミッターは効果が出ていると思います」

「……そう、ですか」

 

リミッター。文字通り個性を抑える機械。検査とかでこれを外すと多少なりとも頭がくらくらするから、私が考えてる以上にいろんなところに作用してるんだと思う。

 

「じゃあ、やっぱり」

 

私の隣に座るショートさんが問いかけると、お医者さんは頷いた。

 

「はい。人間と言うのは空間を認識すると言っても自分を座標軸の中心としますが、室間さんのような空間認識個性は自分とは遠く離れた場所を、自分の身体の延長のように認識することが出来ます。話を聞く限りは、指を使うのはそれの補助ではないかと思いました」

 

私は意識してなかったけど、いろいろ検査や聞き取りとかをしてそういうこと何だろうとわかった。私は他の人が自分の手を伸ばすように、空間を固定できる。任意の場所を把握できる。むしろそういう感覚が無いってのがきっと前の私ならわからなかったろうと思う。だってこれは殆ど私が生まれた時から一緒にあったものだから。

 

でも今は違う。

 

「通常、普通に生きていたなら室間さんの個性がここまで脳機能を冒すことはなかったでしょう。しかし急激な個性強化、手順を踏まない脳への負担などが度重なり現状の結果になっているわけです。そこから個性、つまり空間座標を操る上位認識能力を抑える判断は正しかったと、僕は思います」

 

つまり私はだいぶんと無茶をしていたようで、自分の個性が自分の脳を破壊していたとかそういうことらしい。難しい説明は頭に入らないからわからないけど、たぶん、そう。

 

「しかし今まであった身体機能の一部を強制的に制限したわけですから、以前提出して頂いた報告のような『自分が何処にいるのかわからない』といったことがこれからも起こりえるでしょうし、使わないことによる個性の衰えでその傾向が一層強くなるかもしれません」

 

ショッピングモールでの出来事を思い出して、すこしからだが震えた。あの時は、本当にこわかった。自分がどこにいるのか地面に足をついているのかすらもわからなくなるだなんて思いもしなかった。ショートさんが近くにいないだけで、あんなに心細くなるなんて。

 

「室間さん、その辺りは現在どうでしょうか?」

 

話を振られて、少し、考える。言っていいものだろうかと。

 

「……家で、あんまり使わない部屋に行くと迷子になります」

 

考えてだした結論に、ちらりとショートさんの方に視線をやると、不思議そうに青い瞳が私を見ていて何だか恥ずかしくなって視線を前、白衣の人へ戻した。

 

個性は身体機能の一部だと、教科書だか学校で読まされた誰かのエッセイで読んだような気がする。つまり、使わなければ筋肉のように衰えていくものだってことなわけで、今はリミッターでぎりぎり抑えてるのを"抑えられる側"が弱くなれば、相対的に"リミッター"の出力は強くなる。なったように感じられる。もしかしたらこれもそういうことなのかもしれない。

 

「自分の部屋とか、台所とか、居間は平気なんですけど、その辺りから外れて遠いところを掃除しようと思って行くと、必ず迷っちゃって」

 

どうしてあれだけあの家が怖かったのか、今ならわかる。"わからなかった"からだ。何処に何があるのかも、何処にどう続いて行くのかも、そもそもあの家が自分にとってどういう位置に物理的にあるのかも。私にとって座標を把握出来ないことは、目が見えないこととおんなじだったってことだ。

 

「地図を作った当初は平気だったんですけど、今は地図も読めなくなってる?みたいで」

 

今はもう怖くもなんともないけど、それはそれとして迷子にはなるし迷子は困る。まぁ迷子になってもあの敷地内だったら何とかはなるし、最悪建物の外にさえ出られたら大丈夫なんだけども。

 

「そうですか。……強制的に抑えたことで大きく影響が出ているのかな」

 

何かを呟きながら電子カルテにキーボードを叩きながら書き込んでいくのを眺めていると、隣からとんとんと肩を叩かれる。顔を向けるとここ一ヶ月弱で見慣れた赤と白。……何か言われるかな。

 

「迷子になるなら、何か紙でも貼っとくか?」

 

曲がり角とかにあったら便利だろ、とあまりにも当たり前のように言われてしまって、なるほど確かに、と頷くしかなかった。それなら迷子になっても居間には帰れる。庭に出て無理矢理戻らなくてもいいならそれに越したことはないわけだし。

 

「決まりだな」

 

ふっと空気が緩んだその表情に、そのやわらかい瞳に、心のどこかが安堵のため息を漏らすのが分かった。

 

「反応が顕著ですが、次回の診察時には警察の方に許可を取ってリミッターの出力を調整してみましょう。これから困るでしょうしね」

 

これから。当たり前のように未来の話をされたっていうのに、嫌な気分にはならなかった。あれだけ先の話をすることを嫌がっていたのに、自分と言う人間は現金だ。

 

"あの子"が居なくなった世界で、居場所を与えてくれて、自分の存在を認めてくれて、私の性質まで飲み込んでくれる人に────何かあったら私を止めると言い切る人に出会えてしまった。

 

「とりあえずはあと二ヶ月を目標にしましょう」

「……プログラム終了まで、ってことですか」

 

一ヶ月が、三ヶ月に。

 

「はい。ただ私としては、脳機能の回復を見る限り一年も夢じゃないと思います」

 

三ヶ月が、一年に。

あの子のいない世界で、もう一年。

────とは、思わなかった。

 

驚いた。お医者さんの言葉でまず思ったのは、それだけ長く生きるならさすがに苗字の結論を出さないとな、ってことで、追加された余命の長さに絶望は、なかった。あれだけ生きることすら手放していたのに。もう十分生きたと思っていたのに。

 

私の隣で嬉しそうにする人は、生きるというその選択肢をこの一ヶ月弱で私の手のひらに乗せ直したのだ。あぁ、本当にヒーロー……人を救ける人なんだと、そう、改めて。

 

 

 

 

「良かったな」

 

診察室を出て、待合室のソファに二人で座る。水色のストールを巻き直して背もたれに背中を預けると、がんばりました、とでも言わんばかりに頭を撫でられる。……悪くないって思うのが、本当に、わるい。

 

居心地が悪いような心臓が痛いようなでもお腹の下がふわふわするようなわけのわからない感覚に襲われて、思わず首元を弄ってしまった。やわらかなストールの下に、もう慣れた硬い感触。

 

「それ、もっと目立たねえのにしてやりてえけど、三ヶ月は制度上義務付けられてるんだよな」

 

私が首元に手をやったのが気になったせいだとでも思ったのか、ショートさんがそんなことを言った。

 

まぁ最初の頃は確かに気になったし眠りも浅くなったしイライラもした。留置場にいる時は十本の指全部に尖ってないトンガリコーンみたいなのが連なったのを付けてたから、余計に気持ちに余裕がなかったのも覚えてる。そのコンボに比べたらこれぐらい何てことない。

 

「……別に、いいです」

 

だって。

 

「これがあれば、見つけてもらえる、から」

 

……あれ、ちょっと待って。いま声に出てた?出してた?

 

ちらりと横目でショートさんを確認すると、普段わりとキツい目をしてるせいで少しでも驚いてると凄くわかりやすい。瞬間、ずわっと自分の体温が上がるのが分かった。あ、これ絶対に言った。今恥ずかしいこと言った。なんかこうテンションが妙な形で上がってたせいだ!

 

「あ、あのっ」

 

今の冗談ですよ、って言おうと勢いに任せて隣にちゃんと顔を向けたら、妙に真顔のショートさんが居て、どうしてだか私も口を引き結んでしまった。

 

そうして、ショートさんは少し苦笑気味に口元を緩めて、

 

「あぁ、そだな。それがあれば見つけてやれるか」

 

そんな風に言葉を落としてくる。

 

『そんなモンがなくたって見つけてやる』なんて、出来ないことを言わないのが、この人の美徳だ。そしてつまりそれは、口にしたことはやれると思ってるってことでも、あるわけで。今までのことをどう思い返したって、私に真正面から相対してくれるこの人はずっとそうだった。

 

 

「そう簡単に死なせる気はねえよ」

 

「家族だろ」

  「おまえの傍にいる」

 

「大丈夫だ、絶対見つける」

「轟の家に入らねえか」   

 

「そん時は俺が殴ってでも止める」

 

 

「未来の為に生きていいんだ」

 

 

 

そうしていろんなものが、頭の中を駆け巡る。今まで貰った言葉や、行動や、繋いだ肌の温度や頭への掌の重さまで、ぜんぶぜんぶ。大事に、されてる。

 

「────」

 

感情が、目からあふれるかと思った。

辛うじて残った理性で歯を噛み締めた、瞬間、看護士さんに呼ばれたショートさんが席を立って診察室の中に入っていく。いつものことで、たぶん連絡事項とかそう言うのなんだろうけど今回は本当に運が良かった。

 

でなければこの涙が見られてしまってただろうから。

 

後悔した。ひどく後悔した。どうしてこのタイミングなのかと混乱するほどに。でも確かに私は後悔してしまった。

 

私がこうでなければあなたが私に興味を持つことはおろか見つけることだってなかっただろうし、私があなたについていく理由だって殆どない。この後悔は矛盾してる。この事態がなければ持たなかった願いだっていうのに、そうでない状態を望むだなんて本当に矛盾してる。

 

戦闘を主戦場にするあなたに、ヴィランでない私が出会って会話して興味を持たれることなんて、万に一つも、ない。

 

それでも。

 

もっと、はやく、あなたに出会いたかった。

あなたのあたたかさを知りたかった。

 

そんなこと、有り得ないって分かってるけど。

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