小鳩が祐樹を意識するキッカケとなった心情や場面を描写しました。
番外編と思ってくだされば幸いです。
他のキャラに加え、ある程度の時間ができれば
こうして執筆したいと思っています。
私の名前は浦瀬小鳩。
先天性で声帯障害を患い、他者とのコミュニケーションが人並みにできない。
喋れるには喋れるのだけど、普通よりもはっきりとした声は出せず、ボソボソと言ったように小さな声しか出ない。
その為、物心が付く頃にはスケッチブックに伝えたいことを書いて見せるという癖が付き、私の声帯障害を理解してくれる人はそれで納得してくれた。
けれど最初は理解してくれない人が多く、私がスケッチブックを出して伝えたいことを書くまでに何処かへ行ってしまったり、イライラさせてしまったりもした時があった。
正直辛いし,苦しかった。
でも両親や姉が慰めてくれたり,励ましてくれたりしたから頑張れて、前向きになれた。
でもそんな私にはちゃんとした仕事があった。
仕事だけど、個人で大好きな仕事。
それはVTuberというもの。
リアルの自分ではなくアバターと呼ばれるもう一人の自分を使って、視聴者との交流を含めて楽しい世界を作り上げる。
私はそんなVTuberをやっている。
それも光栄なことに、ANIMAL一期生という肩書きの元で頑張っている。
同期は居ない。
それでも最初のうちは一人で頑張った。
配信スタイルもリアルと変わらないテキスト表示をメインに活動。
それでもリアルの事情を設定と称して説明をすると、それを受け入れてくれる視聴者たちで溢れ返り、今ではチャンネル登録者数も79万人と多くの人が見てくれる。
ーー私はそんな、自分の“世界”が大好きだ。
■
『ねぇ、君可愛いね。ここでなにしてるの?』
『よかったら俺たちとデートしてくれない? 凄く暇で退屈なんだよね〜』
ある日のこと。
マネージャーの坂井さんと会社の近場にあるカフェで待ち合わせしていた際、背後から視線を感じた私は逃げるように距離をとった。
しかしその気配は段々と近付き、私は怖くなり気付けば逃げるうちに人気のない場所まで来てしまった。
結果、ナンパされてしまった。
男の人が二人、それも自分より大きい。
逃げようにも怖くて身体が動かなかった。
ここでなにしてるの? それは貴方たちが追ってくるから逃げただけ。
あからさまにこの場で会ったかのような薄気味悪い言葉に、私は悪寒した。
ましてやデートなんてするはずがない。そもそも私は貴方たちを知らないし、そもそも知り合うつもりもない。
……なんて言えたら、どれだけ楽なんだろう。
叫ぼうにも声帯障害によって出せない。
助けを呼ぼうにも、スマホを取り出したところで止められる。
どうすればいいのか。
そう、解決策を考えていた時。
『あ、あの……すいません、通ります……』
とても低く、それでも耳障りじゃない。
そんな声が聞こえ,私とその男の人たちは声の人物に視線を向けた。
そこには180cmを超える身長の男の人が弱々しく立っていた。
……いや、大きい。
身長が高く、大きい。
男の人たちもその高さに少し驚いている。
しかしその人は身長による圧力とは裏腹に、肩掛けカバンの紐部分の辺りを両手で握り、視線は常に下を向いていて、オドオドしていた。
そしてそのまま通り過ぎようとした。
弱々しく、頼りない。なのに私は通り過ぎようとしたその人の背中の裾を掴んだ。
ーー私は、なにを?
自分でもよくわからなかった。
故に、言葉にはなにもでなかった。
それでもきっと、助けてほしいと思っての行動だったんだと思う。
その人は私に掴まれたことに気付き、ピタリと歩みを止めた。
『なに? 君,この子の知り合い?』
『えっと、その……』
『知り合いじゃないなら、消えてくれない?』
私はやってしまった。
私個人の問題に、その人を巻き込んでしまったのだ。
故に標的は私からその人に移ってしまい、男二人が圧を掛け始める。
『おい,聞いてんのかよ!』
『ッ! ご、ごめんなさい!!』
肩に手を置かれたその人は頭を下げた。
ごめんなさい……。私の、せいで……。
関係のないその人を巻き込んでしまったこと、その罪悪感と、この状況がなんともならないかもしれないという恐怖で、成人に満たしているというのに情けなくも涙が出てきた。
しかも、恐怖で身体も震える。
どうしようもない自分と状況に私が混乱していると、その人は言った。
『君、ごめんね……! 逃げよう!!』
その言葉の後に,私は気付けばその人に抱き抱えられていた。
視点が一気にその人へ集中した。見た限りではそこまで運動ができるわけでもなく、ガッシリとした身体じゃない。
それでもとっさに私を抱き抱え、その男の人たちから距離をどんどん離していった。
やがて追いかけてきていた男の人たちからの声は聞こえなくなり、人が多く居る抜け道先のとこまで来た。
『や、やば……』
そこでその人は立ち止まり、ゆっくり私を降ろして膝から崩れ落ちた。
呼吸が荒く、そして酷い。ぜぇぜぇと、聞くだけでもわかる危険な音。
私はその時に知る。
その人が喘息を患っていることを。
『しっかり、落ち着いて。辛いよね,苦しいよね。私どうしたらいい……!?』
自分の中では必死に呼びかけるも、この声はきっと届いていない。
『ちょっと、待って……』
その人は痙攣のように震える手でカバンの中を漁り始め、吸入器を取り出した。
そして口に当てカシュ!と二回吸引した後、壁に背を預け大きく深呼吸した。
『……ぷはぁ!! はぁ……はぁ……!』
胸に手を当て、必死に空気を取り入れる。
汗の量も凄く、喘息を患っている人を目の当たりにするのは初めてだったから心配だった。
『すみません、落ち着いたから大丈夫です……。だからそんな悲しそうな顔しないでください』
辛く、苦しいのは自分なのに。
その人は私を心配させないようにと、優しく微笑んだ。
なんでそこまで、自分よりも相手を気遣えるのだろうか。
その人の優しさは温かく、少し危なっかしいと思えた。
でもそれが私とその人ーー、天道祐樹との最初の出会いだった。
■
天道祐樹、彼は至って誰よりも優しい。
ただその反面、少し自暴自棄になりがちで、一人で背負い込んでしまう部分があった。
その性格はきっと持病の喘息とアトピー性皮膚炎が原因なんだと思った。
病弱、人並みより運動ができないことや、季節関係なく“汚い”と自負していつも長袖に長ズボン。
同じANIMALに所属している千花ちゃんや舞花さん、中村さんとも最初は上手く話すことができず、内気だった。
ただそれもきっと彼は前向きに頑張ろうと努力したのか、すぐに慣れていた。
可愛い後輩、そして頑張り屋な後輩。
助けてもらった恩に続き、彼に抱いていた最初の印象はその程度だった。
ただ彼が一人のVTuberとして、自己紹介も含めて配信した時。
私は男の子で後輩、最初の出会いもあって少し気になり、彼の配信する様子を伺った時があった。
宮田さんの許可を貰い間近で見る彼の姿は、それまで知らなかった姿だった。
ハキハキとした喋りをしていて、本当に新人なのかと疑う程に自分の世界を広げていた。
きっと一人の時が彼の世界なんだろう。
人前では気遣うあまり、言葉も行動も制限されてしまっているように。
でも、不思議だった。
私はそんな本当の“天道祐樹”を目の当たりにして惹かれ、嬉しく思ってしまった。
それは先に本当の姿を見れたからなのか、はたまた後輩の頑張りを見れたからなのか。
どちらにせよ、自分の世界で純粋無垢に配信をする彼を尊敬すると同時に、好きだった。
そして配信はあっという間に時間を刻み、終わりを告げる。
宮田さんの指示に従うように動き始めた彼に動揺して、私は何故か近くのロッカーに隠れた。
なんで隠れる必要があるのか。
私はそう思いながらも、狭苦しいロッカーの中で身を潜めた。
なにやら外で宮田さんと天道さんが会話をしているのが聞こえる。
ロッカーの中は暑く、息苦しい。それを紛らわせる為か、私は耳に意識を集中させた。
すると二人の会話が聞こえてくる。
『小鳩さんについて、どう思ってます?』
本題はもう終わったのか、何故か宮田さんが天道さんに私のことを聞いていた。
それに対し私はあまりにも突拍子もない質問をする宮田さんに焦っていた。
私が隠れているのは知っている。
それでもそう言うことを聞くのはきっと意地悪をされている。
私は天道さん、彼にどう思われているのだろうか。
自然とそう思ってしまう。絡みづらいとか思われてたら、どうしよう。
でも私のそんな考えは、予想もしない答えによって覆される。
『そ、そうですね。浦瀬さんのことをどう思ってるか……ですか』
『えぇ、まぁ印象みたいな感じです』
『最初の印象は物静かでおっとりしてるなぁって思いました。まぁ、今もですけど。それと、決して本人の前では言えないんですけど、年上って言葉だと綺麗なイメージって感じですよね。でも浦瀬さんはどっちかというと、可愛い人です』
可愛い。
そんな何気ない一言で胸が鼓動を打ち、一気に顔が熱くなるのがわかった。
『ほら、特にノートで伝えたいことを伝えようとする際、恐らくですけど口元をノートで隠す仕草は癖だと思うんですよね。性格や仕草、そんな癖も全部まとめて可愛らしいと思います』
確かに書いた文字を見てもらう為にノートをよく口元まで持っていく癖があった。
でも普通ならそんなに気にしないことを、彼はちゃんと見ていて、しかも性格やそんな仕草が可愛いと言ってくれた。
……恥ずかしい、な。
『祐樹さんは意外と見てるんですねぇ』
『見てるというか、なんか不思議なことに浦瀬さんには他の人よりも話しやすさがあるというかなんというか。絡みやすいなって……。あ、これ絶対本人には言わないでくださいね!?』
胸の鼓動がうるさい。
でも、嫌な気は一切しない。
しかも本人には言わないでと言うけれど、その間近に居るんだよ?
少し、罪悪感を抱いてしまう。
そんな会話が広がっていき、宮田さんは更にどんでもないことを聞き出した。
『えぇ、それはもちろん。フフッ、言いませんとも……。ちなみに祐樹さんは小鳩さんのこと、好きなんですか?』
ロッカーの中から宮田さんと視線が合う。
それはどっちの意味で聞いてるのか、よくわからない。
それでも、ドキドキが止まらなかった。
そんな私の気持ちを知らず、彼は躊躇することなく言った。
『えっ? まぁ、好きですね』
淀みのない、純粋で真っ直ぐな言葉。
純粋で真っ直ぐだからこそ、彼が心の底からそう思っているのだとわかる。
でも、ずるいよ……。
どっちの意味かなんて、どうでもいい。
それでも胸の高鳴りが収まることなく、なんでかわからないけど、意識してしまう。
身体中が、すごく熱い。私は我慢できず、そのままロッカーを開けて飛び出した。
『あっ、うぇ……?』
『あらら、出てきてしまいましたか』
『ちょ、えっ、これ……えぇ?』
彼の動揺する声が聞こえる。
でもそんな彼よりも、私の方が動揺していた。
私はゆっくりと立ち上がり、彼の元まで近付いて顔を上げた。
いつもおどおどしてるのに、顔立ちは整っていて男の人って感じがする。
嘘偽りない綺麗で真っ直ぐな目。
顔を見ると、さらにドキドキが止まらない。でも私は少し悔しさもあって、そのお返しとして声を振り絞って言った。
『……ばか』
その言葉を言って、私は耐えきれなくなって赤くなる顔を隠しながらその場を走り去った。
天道祐樹、彼は本当にずるい人だ。私より年下の子なのに、卑怯だ。
そのあとも身体の熱は抜けきれず、ドクンドクンと鼓動打つ胸に手を当てながら唇を噛み締めた。
きっとそれが始まりで、幸せのスタートラインなのかもしれない。
その日をキッカケに私は、“可愛い後輩”から“愛しい後輩”になってしまった。
本当に、ずるいよ……。