覇王への道   作:発破六十四

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存外に多くの方々から感想や評価をいただけたので、嬉しくて嬉しくて迷っていた続きを書きました。
アニメ・アプリ・その他各種ごちゃ混ぜ+独自設定がありますので、気になる方はご注意を。
カクレクマノミに詳しいウマ娘…一体何者なんだ。
頑張って有馬までたどり着きたいです。


転がった賽のゆくえ

覇王を目指す少女は、無謀ともいえる宣言を置き土産に尊敬する恩師の元を去った。

覚悟を決め最強チームを後にして向かったのは、出来たばかりの新生チーム。

そこで待っていたのは一見頼りなさそうな青年トレーナー。だが少女はこのトレーナーと進む道を望んだのだ。

誰もがその意図を計れなかった。恒星の気持ちを惑星が理解出来ないように。

だが少女も彼女を迎え入れた青年も、成すべき事は分かっていた。自分たちは勝ち続けるしかない――と。

 

『テイエムオペラオー、チーム移籍後初勝利。シニアレースでまず一勝!』

『菊花賞のリベンジ!G2京都記念、ナリタトップロードがクビ差で敗れる!』

『東条帝国崩壊か!?愛弟子の反乱!』

刺激的な見出しも含むスポーツ新聞たち。2月に京都競バ場で行われた京都記念の結果を報じるものだ。

春まで休むという選択肢もあったのだが、オペラオー陣営が選んだのは参戦であり見事勝利をしたのだった。

この勝利はアンタレスの初勝利でもあったので、後輩たちはオペラオーを胴上げせんばかりに喜んだ。

『東条トレーナーに全勝宣言しているんだし、G2一つ勝つぐらいは当然だね。君たちもあんまりはしゃがないように』

『何言っとるんや。皐月賞以来の勝ちで嬉しいくせに。はっきり顔に出とるぞ』

『君こそそうだろ。締まりのない顔しちゃってさ』

久しぶりの重賞勝利の味は格別らしく、マスコミが引いた後の2人はやたらとにやけていたと語ったのも、アンタレスの後輩たちだった。

だがマスコミの興味というか着眼点はそこではなかった。

皐月賞ウマ娘であるオペラオーのリギル脱退と、若手トレーナーが立ち上げた新生チームであるアンタレスへの移籍。

逆ならばともかく本来ならば有り得ない選択である。

移籍の経緯や詳細については、東条・トレーナー・オペラオーの三者とも口をつぐんだが、逆にそれが想像を掻き立て注目を集めた。

そんな渦中にありながら移籍してから1月余りで、しっかりと調整をして勝利したトレーナーとオペラオーの実力は確かなものと言えたが。

「『東条帝国崩壊』ね……好き勝手書きやがるぜ」

そう言いながらトレセン学園の部室で、休憩をしていた一人のトレーナーが読んでいた新聞を置く。

「あのリギルが、おハナさんがそんな事でグラつくかよ」

「こっちの週刊誌なんかもっと酷いぜ。アンタレスのトレーナーは、オペラオーの引き抜きを独立前から進めてただの、他のリギルメンバーの引き抜きも画策しているだの書いてる」

トレーナーの正面に座っていた長身のウマ娘もそう言いながら、読んでいた週刊誌をトレーナーに渡す。

「なんだとぉ………ふざけやがって、あいつがそんな器用なタマか。憶測で面白おかしく書きやがって!」

トレーナーは憤った様子で、週刊誌を投げるように置いた。

「全くだぜ。憶測で書くぐらいなら、アタシの所に取材にくりゃいいのによ。たっぷり5時間は語ってやる」

「…カクレクマノミの生態についてか?お前以前それやって、一時期誰も取材に来てくれなくなったろ」

「あれを記事にする骨のある記者がいねーのが悪い」

「できるか!首になっちまうわ」

などと漫才じみたやり取りをしながら、そのトレーナーは別の事を思っていた。

(全く、なんでこんな事になっちまったのか……アイツもだが、おハナさんも大概不器用だからなぁ……)

その時東条とアンタレスのトレーナーが、くしゃみをしたかは定かではない。

 

「よし、スタート!」

トレセン学園の芝トラックで、アンタレスのトレーナーの声が響いた。

右手に持っているのはストップウォッチ。視線の先で快足を飛ばしているのは栗毛のウマ娘、テイエムオペラオー。

京都での勝利に浸る間もなく、次のレースである阪神大賞典に向けて練習を行っていた。

やがてコースを一周し、勢い良く戻ってくるオペラオー。トレーナーは彼女が眼前を駆け抜ける瞬間スイッチを押す

「…………よし!」

「はぁっ……はぁっ…タイムは?」

息を切らせながらもオペラオーは自身のタイムを問いかけてくる。

「3分12秒66だ。オペラオー」

「さんぷん…じゅう…に?………まだまだだね…よし…もう一本」

顔を伝う汗を手で払いオペラオーは再度、走ろうと身構える。

「おいおい、もう今日の予定の分は終わりや。やりすぎも良くない、少し休め!」

少々慌てながら、ピンク色のタオルとスポーツドリンクを手渡しつつ、トレーナーはオペラオーの肩を掴んだ。

ジャージ越しに上がった体温が熱気として掌に伝わる。

「まだいけるさ」

「ダメや!これでもリギルの頃よりも、練習量は増やしとるんやぞ」

「…………分かったよ。休憩する」

ようやく了承したらしく、トレーナーからタオルとスポーツドリンクを受け取り、オペラオーは芝の上にどっかりと腰を下ろした。

「……でも、君を疑うつもりはないけど、ボク達は負けられないんだ。君はどう思っているんだい?今のボクの仕上がりを」

顔をタオルで拭いて、トレーナーを見上げたその紫の瞳は澄み切っている。

「順調も順調やろ。次の阪神大賞典とその次の春の天皇賞、どっちも3キロ超えの長距離やけど、どんどん3000走の平均タイムが上がっとる。流石やな」

トレーナーの表情は『だから焦るな、俺を信じてくれているのだろう?』そう無言で言っているようだった。

「…当然だろう。ボクを誰だと思っているんだい。ああっ、魅力的な上に才能にあふれる自分が怖いよ」

「へいへい、頼んまっせウチの覇王サマ」

そう言いながらトレーナーは手にしたボードに記録を書き込む。

(確かに順調に仕上がってきちゃいるが……少々入れ込みすぎやな。数字を見たら良く分かるわ)

唯我独尊なオペラオーではあるが、リギルの頃から練習や準備には人一倍真剣に取り組むウマ娘だった。

それが自身の全勝宣言を達成するためと、トレーナーとアンタレスに纏わりつく雑音を試合結果で消そうとより強く出ているのだろう。

やる気にあふれているのは良い事だが、オーバーワークになっては何の意味もない。

自分が冷静にしっかりと手綱を握らないとな。などと考えていると、トレーナーの後ろから数名のウマ娘たちがやって来た。

「トレーナーさーん。言われていた練習メニュー終わりましたー」

「おおっ、お疲れ。こっちも今休憩中だ」

(瞬時に標準語に戻った?そういう事は器用だね…)

現れたのはチームアンタレスのメンバーの娘たちだった。

全員がデビュー前かしたてという事もあって、オペラオーと同じ練習と言う訳にもいかず別メニューをこなしていたのだ。

「次は私たちの走りを見てくれるっスよね」

「ああ、すまんな。どうしてもオペラオー中心になってしまって」

「まあこの世界の中心たるボクだから仕方ないけどね」

トレーナーが謝るように、オペラオー以外のチームメンバーの練習を見る機会は相対的に少なかった。

「いいんですよ。先輩が勝ってくれればチームも有名になって、私たちも助かりますし」

「そうそう。私たちって人気商売な所もあるしね~。注目はないよりある方がいいよ」

「そうっス。先輩の注目はアンタレスの注目ひいては私たちへの注目っス」

ウマ娘たちがそんな現金な事を言いながら笑顔を見せた。

トレーナーとオペラオーへの気遣いもあるだろうが、移籍騒動でいらぬ心労をかけていないかと案じていたトレーナーには意外だった。

「お、お前たち、案外たくましいな……」

「ふふっ、頼もしい後輩たちだよ」

寒さの残る弥生の空に、大きい笑い声が響いたのだった。

 

その日の阪神競バ場は雨のせいで稍重の状態となっていた。

だがそんな状況をものともせず9名のウマ娘たちは、本来人の身では考えられぬ速度で疾走している。

このレース予想は、ほぼほぼ3人に絞られていた。

その3人とはテイエムオペラオー・ナリタトップロード・ラスカルスズカの同期生3人だった。

この日出走の9名の中では、この3人の実力が頭一つ抜けている。

それが大方の予想だったのが、現在レースを引っ張っているのは別の2人だった。

タマモイナズマとホットシークレット。2名が快調なペースで飛ばす。

とはいえやや飛ばし気味・掛かり気味であり、本命3人は中段で力を溜めつつ機会を伺っていた。

「ど、どうですかねトレーナーさん。オペラオー先輩いけますかね」

「勝負は第四コーナーを回ってからだ。気張っちゃいるけど、先行組はもうもたないだろう。他の2人の思惑も同じだと思う」

「最後の直線勝負っスか」

果たしてトレーナーの予想通り、最終コーナーを回った後3人は先頭2人を捉え始める。

(行ける……!)

(もらった!)

(このタイミングだね!)

残り300余りの直線。三者ともついに仕掛けをうった。

外からオペラオーとトップロードが、内からラスカルが残した脚を使い一気にスパートをかける。

3人の仕掛けたタイミングはほぼほぼ同じ。

とすれば勝負を分けるのは、本来の速さとスタミナの量。その2つがものを言う。

先行2人が後方に飲まれていくのを尻目に、3人が裂帛の気合と共に濡れた芝を蹴り上げる。

(負けるものか…!勝つのは……ボクだ!)

誰が勝者かを告げるべく、決着の時がもうすぐそこまで来ていた。

「テイエムオペラオー先頭!後ゴールまで150メーター!内からラスカルスズカ、内からラスカルスズカ!ナリタトップロードは3番手!チームアンタレステイエムオペラオー、3バ身差勝ちましたぁっ!」

鍔迫り合いを抜けたのはオペラオーだった。最後の加速で2人をかわし結果的には危なげなく勝利した。

「よっ……しゃぁーっ!」

「やったー!!先輩、すごいっ!」

ゴールをオペラオーが駆け抜けた時、トレーナーと後輩たちは自分の事のように声を上げた。

「テイエムオペラオー、圧勝!完勝ですテイエムオペラオー!」

アナウンサーの声に合わせるように、場内は歓声に包まれた。

「くっ……届かなかった…」

「くっそ~……また負けた…!」

息を切らせながら悔やむラスカルと、勝者であり観客に手を振るオペラオーを見やるトップロード。

昨年の菊花賞でオペラオーを下した事もあり、現時点における同世代のライバル一番手と言ってもいい存在である。

その彼女が京都記念に続いて、連敗を喫してしまった格好だった。

(まったく……いきなりあのリギルを辞めちゃって、何考えてんのかと思ったけど……前まであった“スキ”がすっかり無くなっちゃってる…!)

去年のオペラオーは速さも強さも持ち合わせていたが、どこか安定さを欠きそれがレースの結果につながらない事が多かった。

だが京都記念も今回も、序盤中盤終盤全てにおいて安定しており、ムラもスキもない走りだった。

もちろんトップロード自身も成長しているつもりはあったが、どうもオペラオーのそれはどこか違った印象を持っていた。

「……一体何があったのよ。何かアンタレスの練習に秘密があるわけ?」

「何か秘密があるのなら、私も聞きたい……!」

その同期生たちからの質問に気づいたのか、オペラオーはやや芝居がかった様子で振り返り答えた。

「秘密?秘密なんてないさ。ボクがボクらしくあれば、これぐらいの走りは当ッ然なのさ」

「あなたは、相変わらずですね」

「そうね。移籍してもそこは全然いっしょ」

いつも通りと言えば余りにいつも通りなその返答に、2人は呆れ半分の言葉を漏らす。

「まあ疑うなら一度見においでよ。ボクには隠すことなど何もないからいつでも歓迎さ。太陽が何も隠さないようにね。それにボクの練習をずっと見ているだけでも、タイムが3秒は縮むから」

「3秒!本当ですか!?」

「こらこら、真に受けないの。ラスカルもそういう所、お姉さんとそっくりね」

ラスカルの天然気味のリアクションに、ツッコミを入れるトップロード。

「でもそれははともかく……私もアンタレスに移ろうかな…なーんて思っちゃうよね。オペラオーの変わりっぷりを見ると」

「それ、本気かい?」

笑っていたオペラオーの顔が真剣なものに変わる。

「冗談よ、冗談。それにアンタレスのトレーナーさん、もうキャパ限界ギリギリで人数増やせないでしょ。ウチのトレーナーさんも言ってたよ『あいつヤバいんじゃないか』って」

確かに初めてのチーム立ち上げとトゥインクルシリーズ、トップクラス選手の指導。

それにマスコミの注目も手伝って、トレーナーを始めて数年の彼が疲れているのは外部からでも容易に見て取れた。

先日も練習オフの日曜に慌てて出勤していたところを、何人かに目撃されている。

「ははっ、それは否定出来ないね…」

「でしょ?…まぁもう秘密はいいわ。今日は前哨戦。本番は来月よ」

「そうですね。来月は今日の様にはいきませんよ」

眦を引き締め、トップロードとラスカルは力強くそう言った。

来月の本番とはすなわち、京都で行われる天皇賞(春)に他ならない。

「分かってるさ。そこで勝ってこそ菊花賞の借りを返せると、ボクは思ってるからね」

「どうかしら?菊花賞の再現って事もあるんじゃない」

不敵に微笑んで見せるトップロード。そこには敗者の卑屈さはまるでない。

「ふっ、トップロードのそういう所好きだよ。じゃあボクはウイニングライブの準備もあるからこれで。しっかりサポート頼むよ」

「分かってるわよ。来月はあなたをサイドに回してやるからね」

勝ち気な同期生の言葉に手を振りつつ、オペラオーは喜ぶトレーナーとチームの後輩たちの元へ歩いていった。

 

それから2週間ほどが過ぎたある日、すでに陽はとっぷりと暮れ始めトレセン学園からも人気が少なくなっていた。

そんな黄昏時にチームアンタレスのトレーナーは部室で、机に突っ伏し豪快に居眠りをしていた。

既にオペラオーを始めメンバーは全員帰宅している。

ならば彼もさっさと帰れば良さそうな物なのだが、一人になった時についでとばかりに書類仕事を始めたのが悪かった。

教え子の前では気を張れても、こうやって一人になれば睡魔に負けるのも致し方ないのかもしれない。

だが扉を施錠していなかったのはまずかった。引き戸が音を立てて開けられると、一人の男性がつかつかと侵入してきた。

「ったく、不用心な……おーおー、豪快に寝てるな……ていっ!」

「んんがっ!ふぁっ……な、なにすんね……えっ?せ、先輩!」

額を叩かれ飛び起きてみると、トレーナーを見下ろしていたのはチームスピカのトレーナーだった。

「何すんねんじゃねーよ。電気点いてるから誰かいるのかと思ったら、鍵開けっ放しで居眠りかましてやがったから起こしたんだ。文句あるか?」

「す、すいません」

「初めてチーム持って色々疲れてんだろうけど、寝るなら家で寝ろ!逆に疲れがたまっちまうぞ」

ぐうの音も出ない正論に後輩トレーナーは小さくなるばかりだ。

「すいません、書類書きながら併走について考えてたら、フラフラ~っと…」

併走という言葉を耳にして、スピカのトレーナーの眉が微かに動いた。

「なんだお前、何か併走で悩んでんのか?」

「は、はい。なんせウチのチーム、オペラオー以外は新米の子ばっかりで…その上長距離向きの子がいないんですよ」

次の春の天皇賞は国内G1レース最長の3200メートル。その距離をオペラオーと併走できるウマ娘はアンタレスにはいなかった。

後輩たちをリレーのようにして、トレーニングを行ったりもしたが効果があったのか疑問だった。

「おいおい、じゃあ前回は?ほとんど単走トレーニングだけで阪神で勝ったのか?」

「い、いえそれは何とか他の先輩方にお願いしてどうにか。でも、それもいつまで続くか…」

とにかく少しでも面識のある、トレーナーには併走を頼み込んだ。

「なるほど……そりゃ大変だったな。俺の所にくりゃ良かったのによ」

「先輩はここ最近お忙しそうだったので…」

確かにスペシャルウィークやサイレンススズカのドリームリーグ挑戦など、東条ほどではないがスピカは多忙だった。

「ったく気を遣いすぎだ。まあ本当はこういう時は、古巣のチームに頼むもんだが…」

呟きながら空いている椅子に腰かけるスピカのトレーナー。

彼の言う通り、サブトレーナーが独立した直後は、古巣のチームのメンバーが練習相手になったりと色々と助けるものではあるが。

「り、リギルには頼めませんよ!俺、オペラオーがこっち来てから、まともに東条先輩の顔も見れていないんですから!」

「お前なら、特にそうだよなぁ」

同情するようにスピカのトレーナーは呟いた。

経緯や心情がどうであれ、オペラオーを引き抜く格好になったのは事実だった。

その上でリギルに協力を仰ぐなど、神経が鋼鉄で出来てでもいないと不可能だろう。

「オペラオーはどうしてんだ?」

「何も言いませんよ。むしろ『君にあちこちで、何度も頭を下げさせてすまない』なんて言われる始末で」

「へっ、そりゃなじられるよりも辛いセリフだな」

担当ウマ娘に気を遣われる事ほど、自分が情けない気分になる事はない。

「あぁ~それは言わないでくださいよぉ~」

「泣くな泣くな……分かったよ。俺が一肌脱いでやる」

「え?」

半べそをかいていたトレーナーが、今度は鳩が豆鉄砲を食らったような顔に変わる。

「最近俺たちもようやく一息つけそうなんだ。明日にでもスピカから、併走相手を送ってやるよ」

「ほ、ホンマですか先輩!恩に着ます!」

破顔して、凄まじい勢いで頭を下げる。

「お前には練習を何度か手伝ってもらった借りがあるからな」

「て、手伝ったって言っても、ゴールドシップと将棋したり、スペシャルウィークにおにぎり作ってやったりしただけですけど…」

「おお、そういやゴールドシップが『アタシの右四間飛車を受けきったのはアイツで2人目だ。再戦求む』って言ってたぞ」

アンタレスのトレーナーは、暇になったら伺いますと多少笑顔を引きつらせて言う。

「なーに今だけの辛抱だ。春天勝てれば、併走相手なんていくらでも見つかるさ」

「あ、ありがとうございます……なんてお礼を言ったらいいか…!」

「礼なんていいからよ。どうだこの後」

嬉しさで泣き出しそうな後輩の肩に右手を置き、左手で盃を作り飲む仕草をするスピカのトレーナー。

「お供しますよ」

「そうかそうか。よし、俺が久しぶりにトレーナー論を語ってやるよ。あっ、支払いはワリカンだからな」

「いえ、俺が出します!」

「バカヤロー!後輩に奢ってもらう訳には………助かる…今月も苦しくてな…はぁ、情けね」

今度はスピカのトレーナーがうなだれながら、2人は部室を後にした。

 

「君に飲みニケーションで、スピカから併走相手を確保するなんて、寝技が使えるとはね。ある意味感心したよ」

スピカのトレーナーと話した翌日模擬コースの傍らで、オペラオーとトレーナーは話していた。彼らの後ろではアンタレスの後輩たちが柔軟運動をしている。

「………それ褒めとんのか」

「褒めてるさ。真面目さと我慢強さしか取り柄がないと思ってたからね」

「そりゃお前のトレーナーやからな。真面目で我慢強くないと務まらんわ」

どういう意味だい。と言ってオペラオーがトレーナーの頭を軽く小突いた。

「まったく……それで誰がスピカから来てくれるんだい?」

当然の疑問だが、トレーナーはオペラオーから目をそらす。

「ん?どうしたのさ」

「それが……昨日先輩が言うてた気がするんやけど…忘れてもた」

「はぁ?それは飲みすぎだよ。呆れた」

オペラオーがジト目でトレーナーを睨む。

「すまんすまん……ま、まぁスピカで長距離で暇があるって言うたら、ゴールドシップやないか」

「ゴールドシップ…ふむ、まあ併走相手として申し分はないが」

オペラオーが自分の顎を掴んで考えるようなポーズをとる。

果たして真面目に走ってくれるのかい?それに君に彼女が扱えるのかい?

そうオペラオーの瞳が無言で問いかけていた。

「だ、大丈夫や。先輩ほどじゃなくても俺も頑丈なんや。例え俺がゴールドシップにドロップキックを食らっても、お前と走ってもらう!」

そう言ってトレーナーは、自分の胸を強めに叩いて見せた。

オペラオーが苦笑してそれに対して、何か言おうとしたとき別の声が答えた。

「あら、そんな心配はご無用ですわ」

そのウマ娘が現れた時、アンタレスのトレーナーは目を見開き、後輩たちは思わず柔軟運動を止めた。

芦毛の長い髪を揺らしながら、歩み寄るその所作には優雅さすら感じられる。

「スピカから参りました。アンタレスの皆さん、ごきげんよう」

慌てふためく皆をよそに、ただオペラオーだけが当然の事のように、丁重にその芦毛の先輩を迎え入れる。

「あなたが来てくれるなんて、光栄ですよ。よろしくお願いします、メジロマックイーン先輩」

「他チームの、それもトゥインクルの現役一線級の方と走れる機会なんて、そんなにありませんからね。こちらこそよろしくお願いしますわ」

メジロマックイーンの丁寧な挨拶に、一瞬切れていたトレーナーの回路がつながる。

(先輩……ありがとうございます!財布軽くした甲斐あったわ!)

これ以上ない練習相手の登場に、トレーナーは心中で何度も感謝の言葉を述べ、同時にマックイーンとオペラオーの間に入って頭を下げた。

「ありがとう、ホンマにありがとう!春の天皇賞連覇している君以上の練習相手はおらへん。どうぞゆっくりしていってくれ。あ、なんかお菓子なかったかな」

「何を関西弁と標準語を混ぜこぜで、狼狽えているんだ。練習前にお菓子なんか食べる訳ないだろ。少し落ち着いたらどうだい?こっちが恥ずかしいよ」

「ふふっ、私たちのトレーナーさんは『不器用で真面目なやつ』と仰ってましたけど、面白い方ですのね」

笑うマックイーンと頭をかくアンタレスのトレーナー。

「先輩、あまり褒めないでください。これはテンパってるだけなので」

まるで家族の恥ずかしい所を、見られたようなきまりの悪い顔でオペラオーは言った。

「あらそうですの。では落ち着いていただくために、ゴールドシップさんに代わってドロップキックでもして差し上げましょうか?」

そう悪戯っぽく言うマックイーンに、トレーナーは勘弁してくれとしか答えられなかった。

 

それから1月ほど経った、春の天皇賞から2日前の東京競バ場。

そこではオープンレースである、メトロポリタンステークスが行われていた。

勿論天皇賞に出るウマ娘は誰も走っていない。

そんな中で、このレースを制したウマ娘が、半ば俯きながら片手は体操服の裾を掴み、控えめに観客席に手を振っていた。

「おいおいドトウ、まだ慣れないのか?勝ったんだから堂々としなさい」

トレーナーらしき男性が柵の向こうから少女に声をかける。

「で、でも……」

「でもじゃない。さ、胸を張って!」

少女は恥ずかしいのか顔を赤らめていたが、ついに意を決したように顔を上げ胸を大きく張り手を振った。

それと同時に彼女の勝利を称える声はそれまでより確実に大きくなった。

「それで良いんだ。勝者が堂々としなければ、負けた者だって立場がない」

「は、はい……が、頑張ります!」

「良い返事だ。次はG2金鯱賞を取りに行くぞ。そしたらその次は宝………ん?どこを見ているメイショウドトウ」

急にキョロキョロしだした自分の担当ウマ娘に、トレーナーは思わずフルネームで呼びかけた。

「あ、すいません…キョウトってどちらの方向ですか」

思いがけない言葉にトレーナーは怪訝に思いながら西の方向を指さした。

「ありがとうございます」

メイショウドトウはトレーナーに頭を下げると、教えてもらった方向をジッと見つめる。

まるでその先に何かが待っているような目つきで。

(私の太陽………勝って下さい。そして待ってて下さい、私もすぐそこへ……!)

メイショウドトウが呟いた言葉は歓声に消されていった。

 

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