舞台や演劇に詳しい方は優しい気持ちでご覧になって下さいませ(汗)。
次々回ぐらいでまとめたい……。
「魔物なんて全く恐れていないさ」
上半期終了後の、月刊トゥインクルの特集記事。その一角の独占インタビューで、テイエムオペラオーは若干不機嫌そうに言い放った。
乙名氏記者からの『次のG1は秋の天皇賞だと思われますが、奇妙なジンクスをご存じですか』という質問を受けての回答だった。
奇妙なジンクス。それは『秋の天皇賞の1番人気は勝てない』というものだ。
アキツテイオーが勝って以来10年以上に渡って、秋の天皇賞を1番人気のウマ娘が制していないのだ。
単なる偶然と言うには出来すぎだった。一昨年のサイレンススズカのレース中の骨折は記憶に新しい。
それにトウカイテイオーが、ビワハヤヒデが、ナリタブライアンが、錚々たる一流ウマ娘たちが敗れていった事実がある。
かのオグリキャップなどは、3年連続で一番人気に推され3度とも敗れている。
誰が言い出したのか、それは『府中の魔物』などとも呼ばれていた。
「ハッハッハ、そんな深刻な顔をして、乙名氏さんともあろう人が、そんなジンクスや魔物の存在を信じているのかい?」
笑い飛ばしてみせるオペラオー。だが乙名氏の顔は真剣だ。
「非科学的なのは分かっています。ですが、事実として長年1番人気は勝てていません。不気味ではないですか?」
「いえ、全く。それよりもボクを倒さんとして、全力で走ってくる競争相手の方が何倍も怖いですね」
「オペラオーさんは現実主義者なのですね」
乙名氏は少し意外そうだった。普段の言動からか、とかく大げさな事を言うイメージのあるオペラオー。
だが、君子怪力乱神を語らずの故事通り、特にレースにおいては超自然的な事柄にはさほど興味がなく乙名氏の言うように現実主義者といえた。
「ふぅーん……よし、良いだろう。迷妄を払うのも覇王の務め。秋の天皇賞このボクが1番人気で勝ってみせようじゃないか」
オペラオーは胸を張ってそう宣言した。
「魔物なんてそんなオカルティックな存在、ボクは信じないね。真剣勝負の場に目障りだよ、二度と語られないように絶対に勝ってみせるさ」
そこまで言うかと言いたくなるぐらい、その後もオペラオーはジンクスと魔物をこき下ろし続けた。
「―――それでは、今日はありがとうございました」
丁寧に礼を言い。乙名氏は去っていく。それと同時に傍らで見守っていた、アンタレスのトレーナーが話しかけてきた。
「お前、随分吹いとったな。珍しいやん」
何かを罵るような言動は確かにオペラオーにとって珍しかった。
基本的には他者を褒め称えるウマ娘だ。もちろん一番は自分なのだが。
「なんだい、君まで魔物様が怖いのかい?」
「あ、アホ言うな。そんなもん信じてへんわ。ただお前があそこまで言うから気になっただけや」
「……気にくわないのさ。敗れていった1番人気の先輩たちも、勝ったそれ以外の先輩たちも、バカにしていると思わないかい?」
目を細めるオペラオー。その言葉には力強さがあった。
「た、確かに、それはそうやな」
「だろう?。ボク達はどこまでいっても実力で勝ち、負けているんだ。そこに魔物だのジンクスだのの出る幕はないのさ」
うんざりといった表情でオペラオーは立ち上がった。
「さ、トレーニングに行こうか。今日は水泳だったよね」
「ああ、こないだみたいに足がつるまで泳いだらあかんぞ」
「あれは、ヘイロー先輩が対抗してくるから……」
言い合いながら部屋を後にする2人。いつものアンタレスの日常の一コマ。
しかしこれ以後、オペラオーとチームアンタレスは見えない魔物と対峙していく事となるのだった。
『“府中の魔物”よ、ボクを止められるなら止めてみたまえ』
そう表紙に見出しが付いているのは、その月の月刊トゥインクル。表紙ウマ娘は目下連勝中のテイエムオペラオー。
彼女の特集記事もあり春のレースの振り返り、そして秋に向けての展望などをたっぷりと語っている内容だ。
「………まだ寝ねーのかよ、センパイ」
いつもなら大抵自分より早く眠りに落ちる、一つ上の先輩――メイショウドトウにルームメイトであるエアシャカールはパソコンの電源を落とし問いかけた。
「……あぁ、ごめんなさぁい…シャカールさん、電気消していいですから」
後輩に対しても敬語を使うのが彼女らしい。
「いや、別にいいんだけどよぉ。いっつもすぐ寝るアンタが珍しいなって思ってな」
口調や態度に似合わず、お人好しな一面のある後輩はきまりが悪そうに頭を掻く。
「先月の月刊トゥインクル。そんなに面白いのか?オペラオーセンパイが延々自画自賛してるだけだろ」
「言葉悪く、一言でまとめるとそうですね…」
「それとも秋のレースではこんな調子乗ってるライバルを、ぶっ潰してやるって闘志を掻き立てるために読んでるとか?」
エアシャカールの質問に、ドトウはブンブンと首を横に振った。
「違いますよ」
「へっ…」
一瞬だが、ドトウから滲み出た戦意を、エアシャカールは見逃さなかった。
この先輩の内気で陰気な、態度や物言いに騙されてはいけない。一皮むいた中身は、オペラオーとさして変わらぬ怪物。
それをルームメイトである彼女は良く分かっていた。同時に自分たちの世代の最大の壁になるとも。
「心配なんですぅ。私」
「心配?」
意外な言葉にエアシャカールは思わずオウム返しをした。
「はぁい。この号が出た後、アンタレスのデビューを控えた子が捻挫をしたでしょう?」
言われて記憶を探ってみると、確かにそんな話を聞いた。なんでも練習用のコースに空いていた小さい穴に足を引っかけたとか。
幸いデビュー戦までには、なんとか治りそうだとも聞いた気がした。
「それだけじゃありません。先日食あたりで入院した子も確かアンタレス所属の子でした」
「……なんだ、何が言いたいんだセンパイ。まさか、“魔物”が何かしたとでも?」
歯を覗かせながら、皮肉そうに笑って見せるエアシャカール。
しかしドトウの表情は真剣だ。
「“魔物”が本当にいるのか、私には良く分かりませぇん…けど、タイミングが良すぎて気味が悪くないですか?」
「はっ、全くロジカルじゃねーな。フクキタルセンパイの助手をしてるうちに、アンタもそっち系にハマっちまったのか?」
「…いえっ、そういう訳ではなくて……『全ての不可能を除外して最後に残ったものが、如何に奇妙なことであってもそれが真実となる』という言葉もありますし」
「シャーロックホームズかよ。そういやアンタ、イギリスの隣出身だったな。けどよ、魔物の仕業ってのは全ての不可能を除外しているのかよ?」
言葉に詰まるドトウ。確かに捻挫も食あたりも偶然だと言えばそうだ。
「まぁ“気持ちを悪さ”を感じるのは否定しねえけどな。案外そういう事の積み重ねが“呪い”や“ジンクス”の正体じゃねーのか」
「……偶然起きたいくつかの出来事を、必然と思い込むって事ですか」
「ご名答。ヒトの脳は意味を見つけるように出来ている。だから本来無関係な筈の事象Aと事象Bを結びつけたくなる思考は、ありがちだからな」
「だからこそ人は超自然的な事を信じる……」
ドトウに証明終了とでも言いたげに、エアシャカールは手をひらひらと振った。
「まあ、俺に言わせてもらえば、ジンクスよりオペラオーセンパイのが怖いけどな」
「それは私もこないだ初めて一緒に走って感じました。凄い威圧感でした」
威圧感ならアンタも負けてねえけどな。という言葉をエアシャカールは飲み込んだ。
案外心配しているのは、秋の天皇賞でオペラオーを破った時に、ジンクスのお陰などと言われたくないからではないかとも思った。
「まあアンタが心配しても始まらねえだろ。悩まないでさっさと寝た方がいいぜ」
「…そうですね。ありがとうございまぁすエアシャカールさん」
「そんなに感謝されるほどの事はしてねーよ。もう寝ようぜ」
気恥ずかしさを誤魔化すように、ベッドに横になる後輩を笑顔で見つつ、ドトウは部屋の電気を消して自分も横となった。
本来関係のない偶然を結び付けているだけ。確かに現実的に考えればそうだ。
しかしドトウが感じている気持ち悪さは、それでも抜けず少々夜更かしをする羽目となった。
そしてあっという間に夏は過ぎ去り、夏休みも明けウマ娘たちがトレセン学園へと帰ってきた。
チームアンタレスも、秋のレースに向けて再始動をしていた。
その日の練習後、トレーナーが部室へと帰ってくると、オペラオーが自前のアンティークチェアに腰かけている。
それも何かを考え込んでいるようで、腕組みをして目を瞑っていた。
椅子の豪華さも手伝って、まるで思案に暮れる王のようだった。
「…なんや、どうしたんや。もう皆帰ったぞ?」
「………ねえ、君は例の魔物はいると思うかい?」
トレーナーが返答に詰まったのは、質問を質問で返されたからではない。
「どうした、いきなり。そんなモン信じてへんって、前に言ったやろ」
「ボクだってそうさ。けれどあの月の月刊トゥインクルが出てから、ボクたちの周りでは良くない事ばかり起きている」
「むっ…」
トレーナーの脳裏に浮かんだのは、自分のチームの捻挫をした子と食あたりになった子。
それもオペラオーが雑誌で、魔物をコケにしてすぐの出来事だった。
誰も口には出さないが、気持ちの悪さは皆感じていた。
「あ、あの2人は偶然やろ」
笑ってトレーナーは否定して見せるが若干笑顔もぎこちない。
「それだけじゃないさ。夏休みの合宿では、スズメバチに襲われたり、移動中に事故に遭いそうになっただろう」
「あー……そうやったな…俺も合宿中に足を滑らせて沢に落ちたしな」
「それは君が鈍くさいだけって説もあるけどね」
オペラオーが苦笑する。
「おいおい、冷たい奴やな。まあお前自身やチームメンバーに何かあるより100倍マシやけど」
「ボクが怪我したら君は泣いちゃうからね」
「な、泣きはせんわい!」
オペラオーは知っていた。リギル時代に彼女が骨折した時、自分の前では明るく振舞いながらも陰で泣いていたトレーナーの姿を。
東条に『俺はトレーナー失格です!』と死にそうな声で嘆きながら。
「それで、宗旨替えして魔物肯定派になったんか」
「まさか!これっぽっちも信じちゃいないよ。魔物なんている訳がない」
手を叩いて、オペラオーが椅子から立ち上がる。そこは揺るがないのだろう。
「だけど偶然が続くと、人は魔物や呪いを信じたくなる。周りに不安を与えたくはない…だから一つボクに考えがある」
オペラオーがピンと人差し指を立てた。
「考え?お祓いでもすんのか」
「違うよ。ボクが考える魔物封じはね……君やチームの皆にも協力してもらう必要があるんだ」
そして自分の考えを語りだしたオペラオー。トレーナーはそれを聞いて少々困惑しながらも、了承したのだった。
秋のファン感謝祭。学園内に出店や催し物が、立ち並ぶ非日常の姿はまさにお祭り。
その中に立て看板が一つあった。告知されている内容は『チームアンタレス主催劇、“覇王、魔物を討つ”は14時から体育館にて。主演・監督テイエムオペラオー』とそっけない。
内容の説明などはなく、ただ開始時間や場所等の最低限の情報だけ。
そんな看板が学園内のあちこちに設置されていた。
「でゅふふふ、推しの主演劇……これは最前列で観賞して目に焼き付けなければ嘘というもの」
劇開始10分間。最前席に陣取り、涎でも垂らしそうな勢いで開始を待ちわびているのはアグネスデジタルだ。
それ以外の客の入りは、7~8割と言ったところか。
「なんでも噂によると、当初は4時間越えのオペラをやろうとして、生徒会と揉めに揉めて、急遽普通の演劇になったとか……くぅ~そっちも観てみたかった!」
心底悔しそうに拳を握り締めるアグネスデジタル。そんな彼女に一人のウマ娘が声をかけた。
「すまないが、ここ、空いているのかな」
「ん……び、ビワハヤヒデ先輩?」
声をかけてきたのは、芦毛のウマ娘ビワハヤヒデだった。オペラオーとは寮の同室でもある。
意外な人物の登場に、アグネスデジタルは少々驚きながら返事をした。
「ど、どうぞ……邪魔ならすぐにどきます。でも、先輩が演劇に興味があったなんて」
「?どける必要はないぞ。それに、ルームメイトから、最近何度も幽霊や怨霊や呪いについて質問されててね」
アグネスデジタルの隣に座りながら、微笑を浮かべるビワハヤヒデ。
「その都度説明はしたが、まさか劇の為とはその時は思いもしなかったよ。脚本に難儀しているとも聞いたが、間に合ったようだ」
「そうか、先輩が劇に協力してたんですね」
「なに、大した事はしていない。それに私も“魔物”が一泡吹かされるところは見たい」
(わぁ~……ハヤヒデさんのクールな微笑み…最高でぇす…!)
彼女もまた一番人気でありながら、秋の天皇賞で敗れた一人だった。
「それにしても魔物を封じるために、劇を行うとは彼女らしい」
「魔物を封じ込めるために、魔物を倒す劇をする……そんな発想があるなんてビックリです」
「超自然的な存在を封じたり、宥めるたりする為に劇をするというのは、それほど突飛な発想ではない」
驚くアグネスデジタルに、ビワハヤヒデは眼鏡を指で持ち上げつつ説明を続ける。
「そもそも魔物だの悪霊だのと言った存在は、目視出来ない。それを劇の世界に落とし込み、その中で解決し鎮撫する……という事だ」
「……要するに、負けヒロインを同人誌の中で救ってあげるとか、原作で負けた敵を倒すみたいな話ですかね?」
「負けヒロイン?同人誌?」
アグネスデジタルの独特な例えに首をひねるビワハヤヒデ。
『開演5分前となりました。携帯電話などの電源をお切りになるか、マナーモードに設定してください』
注意を呼び掛けるアナウンスと消える体育館の照明。2人も会話を止め、正面の舞台へと向き直す。
そうしてしばらく待っていると、舞台の幕はゆっくりと開き劇が始まった。
スポットライトを浴びながら舞台袖から現れたのは、自身の勝負服に身を包んだテイエムオペラオーだった。
不思議そうな表情を浮かべて辺りをキョロキョロと見回している。
「ここは……いったい何処なんだ?真っ暗で何もない。ボクは東京競バ場の控室にいたはずだけど」
どうやらオペラオーは、秋の天皇賞の待機中にこの謎の空間に、迷い込んでしまったという内容のようだ。
「やぁ、ようこそ私の深淵に」
どこからともなくその場に響いてくる陰気な声。
「誰だい、どこにいる?」
「ここだよ。ここ!」
スポットライトに照らされ、オペラオーの反対側から一つの人影が現れた。
それは黒いローブを着て、同じく黒いフードを頭からすっぽりと被り顔は鼻から下しか伺えない。まるで死神のような人物だった。
フードにウマ耳が付いているので、演じているのはウマ娘のようだが具体的に誰かは判然としない。
「やあやあ初めまして、テイエムオペラオー」
「……誰だい君は。ボクのサインがご所望ならいくらでもしてあげるけど」
「ククッ、大したものだな。この状況でも泰然としていられるとは」
その死神は、まるで幽霊のような不気味なしゃがれ声を出した。
「分かっているんだろう?私の正体が。賢い賢い覇王サマ」
「……府中の魔物様かい」
死神が返答代わりと言わんばかりに、両手を何度も叩き合わせる。
「正解だよ!」
「それで、その魔物様がボクになんのご用かな?」
「ふん、惚けるなんてつれないな。散々言ってくれたじゃないか。目障りだのなんだのと」
言いながらオペラオーとの距離を詰める魔物。
「元々君は私のターゲット候補だったのに、余計な事を言うからだ。口は災いの元という言葉を知らないのか?」
「魔物様が月刊トゥインクルの愛読者とは知らなかったね。この真っ暗な世界のどこに売っているんだい?」
オペラオーは溜息をつきながら言った。
「ふふん、気に入らないなぁ……その余裕ぶった態度…!自分が虜囚だという事を分からせてやろう」
パチンと魔物が指を鳴らす。すると同じような格好の者たちが舞台袖から数人現れた。
演じているのはアンタレスの後輩たちだ。
「そいつを取り押さえろ」
魔物の配下らしき黒ずくめ達は、オペラオーに殺到しその場に座らせ押さえ込んだ。
オペラオーは抵抗せずにされるがままだ。
「ロビスピエールを気取って、ボクをギロチンにでもかけるつもりかい?」
「ギロチン?それもいいが、もっと面白い目に遭わせてやろう。クッハッハッハ」
「ビワハヤヒデ先輩、ロビスピエールって誰でしたっけ?」
アグネスデジタルは隣のビワハヤヒデに小声で尋ねた。
「フランス革命で王を処刑し、その後ギロチンによる恐怖政治を行った政治家だ」
なんでも知ってますねェ~~~と言って、アグネスデジタルは正面を向き直した。
「あれを見るがいい!」
魔物が右手を上げると同時に、舞台奥に映像が映し出される。
これはアンタレスのトレーナーが、プロジェクターで映し出しているものだ。
『おおーっとどうしたテイエムオペラオー、失速!脚を引きずっているぞ!?これは、最悪の事態が起こってしまったかもしれません!』
実況のアナウンサーを模した声が流れる。それに合わせるように、映像の中でオペラオーが脚を引きずり芝の上で立ち尽くしている。
「……これは?」
「君が天皇賞の日に迎える結末その1。レース中の骨折……まさに悲劇だなぁ。まるであの時のようじゃないか」
クックと嫌らしく魔物が笑う。
あの時が何を指しているのかは、観客たちも理解していた。
「あの時のサイレンススズカは上手くいった。スペシャルウィークが余計な事をしなければもっと面白くなったのに!」
「はっ趣味の悪い……本当に君の仕業かも怪しい物だけどね」
上機嫌な魔物を尻目に、軽蔑したようにオペラオーはそう吐き捨てた。
魔物は悦に浸っていたのに水を差された格好だったので、じろりと彼女の方を睨んだ。
捕らわれていてもその挑むような強い視線は変わらない。
「捕らわれの身で勇敢だな。だが、私は少々腹が立ったよ。暫く黙っていてもらおうか」
「なにを……むぐっ!?」
魔物の部下の一人が布のようなものをオペラオーの口にはめた。
「これで余計な軽口は叩けないだろう。動きも言葉も封じられた気分はどうだ?」
「むぅぅんっ!」
オペラオーは何かを言っているが、口を塞ぐ布に阻まれ言葉にならない。
「ああっ、魔物!オペラオーさんになんてひどい事を!許さんぞ!それと後でその布私によこせ!」
「デジタル落ち着け。これはお芝居だ……中々真に迫っているがな」
小声で怒る興奮気味のアグネスデジタルをビワハヤヒデが宥める。
しかしアグネスデジタルが怒るのも分かるぐらい、オペラオーと顔は分からないが魔物役のウマ娘の演技は堂に入っている。
「さて、気を取り直していこうか。君の結末その2を見せてやろう」
映し出される映像が切り替わる。今度はオペラオーは元気に走ってはいる。
『テイエムオペラオー、伸びない伸びない!バ群に飲まれていく、シニア全勝の夢はここまでか!テイエムオペラオー、秋の府中に沈みました!』
「んむっ…」
「フハハッ、今度は皆の期待を裏切り、無様に敗れる……こっちは喜劇かな?」
魔物が反論できないオペラオーに問いかける。
「選ばせてあげよう。どちらの結末がお好みだい?覇王サマ」
「……」
「『自分でボクの高貴な口を塞いでおいて質問するな』と思っているね?大丈夫君が思うだけで私には伝わる」
オペラオーの眉が少し上がる。魔物は嬉しそうに2つの映像をリピートしてみせる。
「さぁ、早く選んでくれよ。それまで何回でも同じものを見せてあげよう」
「むぅっ……!」
「ああ、それとも怖いのか?良いんだよ、ここは現実ではない。世紀末覇王の仮面を脱いで素の弱い自分を出すんだ」
魔物がケタケタと狂気的に笑う。
そしてしゃがみ込み押さえつけられている、オペラオーの肩に優し気に手を置いた。
「そうすれば少しは結末に手心を加えてやってもいい。君はある意味私の“お気に”だからな」
「んんっ!」
「自分を鼓舞するためか、覚悟の為か、覇王を演じていても、裸の心は怖がりで臆病なんだろう?オペラオーちゃん」
魔物がまた大きく笑い声を上げる。体育館全体に彼女の不気味で陰気な笑い声が響いた。
いつまでも続くような高笑い。しかし次第にその笑いは小さくなっていく。
決して笑い疲れたわけではない。その証拠に魔物は何かに怯えるように、オペラオーからその身を離した。
魔物の配下たちも、主人に合わせて恐れるようにオペラオーから離れる。彼女はゆっくりと立ち上がり、口元を覆っていた布をかなぐり捨てた。
「………どうしたんだい?もう笑わないのかい…怖がりで、臆病な魔物ちゃん?」
魔物の台詞をそっくりそのまま言い返す。
「お、お前の心……!」
「…ああ、ボクの心を読んだのか。それでそんなに怖がっているのかい?なるほど……クックック……フッ、フハハハハ……ハーッハッハッハッハ!!!」
「うおっ!」
「す、すごいですオペラオーさん。なんて尊い三段笑い!」
オペラオーの凄まじい高笑いが、先程の魔物の笑いをかき消すように木霊する。
笑い終わると静かだが、はっきりとした怒気を隠そうともせず言った。
「拍子抜けだよ、大根役者の魔物様。確かにボクは仮面を身に着けているかもしれない。だけど君にはボクの仮面は剥がせないね」
「なっ、何だと!?」
狼狽える魔物に、オペラオー腰に付けたステッキの切っ先を突き付けた。
「それにさっきの君の言った2つの結末だけどね。生憎すでにボクは、骨折も周囲の期待を裏切るのも経験済みなんだ。心を覗けるのなら覗いてごらんよ。その時の気持ちならいくらでも思い返せるから」
確かにデビューから去年にかけてオペラオーは、どちらも体験していると言えた。
「くっ……!」
断罪するような口調でオペラオーは続ける。
「その現実の痛みを知っているボクからすれば、君の言ってる事なんてリアリティのない妄想さ」
「妄想だと!」
怒りを露にする魔物だがオペラオーには近寄れない。
「妄想はいい加減にして、ボクを止めたければ、レースで止めたまえ。受肉して“フチュウマモノオー”とでも名乗って戦えばいい。そして雌雄を決しようじゃないか!」
オペラオーがステッキで思いきり、床を強くついた。小気味のいい音が響き、同時にしばしの沈黙が体育館を包む。
魔物は答えない。ギリギリと悔し気な歯ぎしりの音だけが響く。
「………何も言わないね。という事は出来ないんだろう?幽霊の正体見たりなんとやらさ。君に出来るのは決して勝負の場に降りず、こんな暗い所から嘲笑するだけ……哀れなものだよ」
やれやれといった表情でオペラオーは首を振った。魔物は何も出来ずにただ彼女の方を見ている。
「お……お前がいくら勝っても、誰も認めないぞ!ただの谷間世代に、運よく君臨した覇王だとな!オグリキャップのように愛されもせず、シンボリルドルフのように畏怖されもしない!私には分かるんだ!」
ようやく口を付いたのは呪いにも似た言葉。
「ほう。魔物様は未来予知も出来るのかい?だけど一つ教えてあげよう。他人や周囲には認めてもらうんじゃなく、認め“させる”ものなのさ!」
もはや演技よりも本音の吐露にも聞こえる、気持ちの込められた言葉。
その迫力に、魔物は思わず後ずさりし、やがて尻もちをついた。
当初の超然とした迫力はもうそこにはない。
「所詮君は人々の思い……1番人気が負けた悔しさや悲しさが、生み出した“幻”に過ぎない。このまま消えたまえ。無念ならさっき言ったように、現実世界のウマ娘として向かってくるんだね。ボクはいつでも挑戦は受けるよ」
「だ、黙れ……!わ、私は………!」
「くどい!」
魔物は何かを言いたげに口を動かすが、言葉にならなかった。そして音もなくその場に崩れ落ちる。
同時に魔物に当たっていたスポットライトが消えた。
「やれやれ……とんだ見世物だったね…さて、はやく戻らなければ。魔物より何倍も恐ろしいライバルたちが待っている」
その言葉が最後だった。音がしてゆっくりと幕が閉じられていく。
アグネスデジタルはと言えば、口の端から涎を垂らしながら、止まった笑顔で拍手をし続けている。
「しゅき……かっこいい…しゅき……かっこいい」
「お、おいデジタル。大丈夫か?ええい、これが噂に聞いていたデジタルの尊死というやつか?」
ビワハヤヒデの驚きの声が、拍手に紛れて体育館に響いていた。
『さあ抜けたテイエムオペラオー!強い強い!その差、2バ身3バ身!2番手はメイショウドトウ、6連勝ですゴールイン!アキツテイオー以来、1番人気のVロード!』
実況のアナウンサーが勝者の名を告げ、場内はその勝者を称える歓声に包まれる。
「よっしゃー!ジンクスなんて関係あらへん!」
オペラオーがゴール板を駆け抜けた瞬間、アンタレスのトレーナーはそう叫んで両手を上げていた。
口にするあたり、彼自身は多少なりとも気にしていたようだが。
「………さすがです。やはり今のトゥインクルでは先輩が頭一つ抜けている」
喜ぶトレーナーとアンタレスのメンバーをよそに、一人大欅を見つめながらぽつりと呟くよう言った一人のウマ娘。
漆黒の黒髪が、秋の風に微かに揺れる。マンハッタンカフェ――オペラオーたちの2年後輩にあたるデビュー前のウマ娘だ。
「いや、ありがとうマンハッタンカフェ。君が感謝祭で熱演してくれたおかげかもしれない」
礼を述べるトレーナー。彼の言う通り先日の演劇の魔物役を務めたのはマンハッタンカフェだった。
魔物役が決まらず困っていたアンタレスに、ふらりと現れ協力を申し出た彼女なくしてはあの劇は完成しなかっただろう。
果たして本当に、劇に魔物封じの効果があったかは定かではないが。あの後オペラオーの周囲では、おかしな事がピタリと止んだのも事実だった。
「……お礼には及びません。私の“お友達”が手伝ってやれと言うからお手伝いしただけです。美味しいコーヒー豆もいただけましたし」
見えぬものが見えると噂の彼女らしい謎めいた言葉だ。
「謙遜しないでくれ、あの脚本も良かったよ。オペラが結局却下されて、迷っていた所に君があの脚本を書いて持ってくれて助かったんだから」
「……脚本?私はそんなモノ書いた覚えありませんけど?あれって先輩が書いたんじゃないんですか」
大欅から視線を離してマンハッタンカフェは不思議そうに言った。
「は?……またまた、冗談言うて。君が脚本が書かれたプリント用紙もってきたやん」
混乱して思わず言葉が関西弁になる。
「すいません、冗談は苦手です。本当に思い当たるフシがないのですが…」
ぞくりとするトレーナー。マンハッタンカフェはふざけているように見えない。
とすればあの脚本を持ってきた“彼女”は一体誰なのか?
府中の魔物だろうか。しかし魔物が自分を倒す劇の脚本を、用意するのはどう考えても変だ。
(そういえばさっき、マンハッタンカフェは“お友達”がどうのって…)
噂に聞く彼女にしか認識できないお友達。トレーナーは頬を冷汗が伝うのを感じた。
マンハッタンカフェは、黙った彼を見て会話が終わったと判断したのかその場から歩き出している。
「お、おい、マンハッタン……」
「やあ、お疲れ様。魔物も二度はボクに負けたくなかったようだね」
引き止めようとしたトレーナーの元に、オペラオーがにこやかに笑いながら颯爽と戻ってきた。
「目標半ばではあるけど、これで重賞六連勝にシニアG1三連勝。オグリキャップ先輩とタマモクロス先輩に並んだね」
凄みも迫力もない、年相応の少女の笑顔がトレーナーに向けられている。
無邪気にあの白い稲妻と、芦毛の怪物に並んだことが嬉しいのだろう。
「………ああ、お疲れさん。なぁ、オペラオー。どこも痛かったりせえへんか?」
心の片隅に残ったほんの僅かな恐れが口をつく。
「?どこも痛くないさ。いたって健康だよ。どうかしたのかい?青い顔して」
「い、いや…なんでもあらへん。お前が大丈夫ならそれでええんや」
脚本の事は自分の胸の内に、仕舞っておこうと決意したトレーナーだった。