次回有馬で最終回の予定です。
ジャパンカップ―――東京競バ場で行われる国際招待競走。
各国から招かれた超一流のウマ娘たちを日本のウマ娘たちが迎え撃つ。
凱旋門賞ウマ娘であるブロワイエを打ち破った日本総大将こと、スペシャルウィークの活躍は記憶に新しい。
そして今年の招待選手の目玉はなんと言っても、世界最高のトレーナーとも称されるフランキーことデッドリーが担当するファンタスティックライトだった。
デッドリーの手腕はもはや語るまでもなく、ライト自身も調子は完璧と通訳を介して語った。
しかし、一番人気は彼女ではなかった。目下G1を3連勝・中央重賞を6連勝中のテイエムオペラオーがその位置にいた。
果たして日本では敵なしの覇王は、世界レベルに届いているのか。
ファンの多くが、その答えを知りたいと思い、その日を待っていた。
『私はブロワイエとは違う。日本のウマ娘を決して過小評価はしない。敬意を持って戦い、そして勝つ』
「ふむ…いい表情だ。自信に裏付けされている」
ジャパンカップを来週に控えた、いつもと変わらぬアンタレスの部室でオペラオーは新聞を広げている。
そこに映っているのは、来日したファンタスティックライトの姿とインタビュー記事だった。
「そりゃそうやろ。あの世界最高チーム・ゴドルフィンの主力選手なんやから」
トレーナーがやや憮然とした表情で答えた。何か嫌な事でもあったのだろうか。
「良いね。覇王として、日本の総大将として迎え撃つ、ボクの相手役に相応しいというのものだよ。ハッハッハッハ」
世界的ウマ娘だろうと自分の覇王伝説の、登場人物の一人にすぎない。
そういう自信に満ちている。彼女以外の者が言えば頭が変になったと思われるかもしれない。
「しかしそれに引き換え酷いね。なんだいこの引きつった顔は」
オペラオーはそう言って、新聞の2面を開き机に置いた。
そこには目の前のトレーナーと、かのデッドリーが握手をしている写真が映し出されている。
その写真に写っている彼の表情は確かに、引きつった笑顔としか形容しがたい。
「し、しょうがないやろ!なんで俺が中央のトレーナー代表して挨拶せなあかんねん!東条先輩の仕事やろ、どう考えても」
来日直後の軽い会見で、日本のトレーナーを代表して挨拶をしたアンタレスのトレーナー。
先輩たちの『お前が今年一番勝ってんだろ』『デッドリーも敵はオペラオーって言ってたぞ』などと言われ、お鉢が回ってきたのだった。
ちなみに東条は別件でちょうど国内におらず、最初から挨拶をする事は不可能だった。
『いつも日本に来たらハナさんだったから、たまには有望ルーキーのお出迎えもいいもんさ。彼、今年3勝もしているんでしょ?』
とデッドリーは余裕を見せて話した。アンタレスのトレーナーが、若手だがルーキーではないと説明されると少々驚いてもいた。
「まあ欧米の人からしたら、日本人は幼く見えるらしいからね」
フォローするようにオペラオーが言う。
「それにしたって新人扱いはないやろ……所詮俺なんか、G1勝ってるトレーナーには見えんのや…」
ブツブツと文句を呟くトレーナー。それが不機嫌の原因のようだった。
今年の連勝でようやく自信を多少取り戻しつつあった所に、世界トップのトレーナーから無自覚に言われた一言だっただけに傷ついたようだ。
オペラオーは大きく息を吐くと、活を入れるような口調で話し始めた。
「いつまでも腐っていないで、練習に行くよ。ファンタスティックライトに勝てば、ボクと君のコンビは世界レベルって事だろ?やる気出さないと」
「世界レベル……」
トレーナーの肩を掴み、オペラオーは少女漫画の主人公のように笑いかけた。
彼女の言う通り、後ろ向きな事ばかり考えていてもしょうがない。
「……そやな。確かにお前は日本だけじゃなく、世界最高峰のウマ娘やって証明するいい機会や」
トレーナーは気持ちを切り替えるように、掌に拳を打ち付け椅子から立ち上がった。
「その意気だよ。それでこそボクのトレーナーだ」
「よし、明日からは完全な調整に入るから、今日はビシバシしごいたるからな。覚悟しとけよ!」
「ハッハッハ、望むところだよ!どんなメニューでも完ッ璧にこなして見せようじゃないか!」
言うたなと言って、トレーナーは練習用の荷物を担いだ。
「よっしゃ、行くぞぉ!」
意気揚々と部室を飛び出していく2人。そこには惑いも迷いも全くなかった。
『さあ、今年もこのレースがやってきました。名だたる海外ウマ娘たちを迎え撃つ日本のウマ娘たち、ジャパンカップです!実況は私赤坂がお送りします』
秋晴れの空の下、東京競バ場の放送席で軽快な声が響いている。
『そして今日はジャパンカップならではの、ゲスト解説をお呼びしております!まずは昨年ブロワイエを見事破った日本総大将スペシャルウィークさん!』
『ど、どうも、スペシャルウィークです。解説のお仕事初めてなので、失敗するかもしれませんが、よろしくお願いします!』
元気に挨拶をするスペシャルウィーク。言う通りかなり初々しい。
『そしてもう一人。芦毛のあの人もゲストにお呼びしております』
『……どうも~白い稲妻タマモクロスでーす。赤坂さんが二つ名言うてくれへんから、自分で言いましたー。芦毛って聞いて、オグリンやと思った人残念賞~』
こちらはかなりこなれた様子の、タマモクロス。実際レース解説は何度も経験しており、関西弁での軽快なトークは好評を博している。
欠点と言えば話が上手なのが災いし、よく脱線してしまう点ぐらいか。
『いやーもうタマモクロスさんはすっかりお馴染みですね。なんでも月刊トゥインクルのアンケートで、解説が面白いウマ娘一位に選ばれたとか』
『それも複雑やわぁ。喋りがオモロイ言われても、ウチは芸人ちゃうんやから』
『いえ、私もタマモクロス先輩の解説は面白いと思いますよ。分かりやすくてためになりますし』
おおきにさんとタマモクロスが後輩に礼を言う。
『さて、出走まであと40分ほどありますけれど、お二人に注目しているウマ娘を、お伺いしたいのですが……スペシャルウィークさんは?』
『は、はい!私はやっぱりファンタスティックライトさんですね。調整は順調、日本の芝への対応も出来ていると聞いています』
『まあその辺、あのデッドリーのおっちゃんなら、完璧に仕上げて来てるやろな』
相槌を打つタマモクロス。
『それではタマモクロスさんの注目ウマ娘は?』
『そりゃ勿論テイエムオペラオーやで。ウチが出来んかったシニア中長距離制覇やって欲しいわ。まぁウチもこのジャパンカップで、やられたんやけどな』
そうかつて、このタマモクロスもシニア中長距離制覇寸前までいった事がある。
中央移籍1年目のオグリキャップを、G13連勝となる秋の天皇賞で破り、挑んだジャパンカップで伏兵ペイザバトラーに敗れ去った。
『それに前回の天皇賞で、ジンクスを破ってくれた恩もあるしな。ウチはジンクスや魔物のおかげで、オグリンに勝ったわけやないっちゅうねん』
『あの勝負は凄かったですよね。私、映像で見た時にタマモクロスさんが雷を纏ってるように見えちゃいましたよ』
『ちょいちょい、ウチはピカ〇ュウちゃうで!』
笑いに包まれる放送席。スペシャルウィークは、タマモクロスが解説1位に選ばれた理由が分かったような気がした。
『あ、それとメイショウドトウにも注目してるで。皆オペラオーかライトかばっかり言うとるけど、なんのなんのあの子は大したもんやで』
力強く言い切り頷くタマモクロス。口調からは彼女を買っている事が伺える。
『そうそう、良い子ですよねー。学校の係もすごく真面目にやってますし』
『いや、内気そうに見えて、スピードも走っとる時の、気迫も負けん気も凄まじいんよあの子。本命2人を沈める可能性も十分あるとウチは思う』
流石は白い稲妻。見落とされがちなな、ドトウの強者としての一面をしっかりと捉えていた。
『なるほど。確かに彼女が5番人気はちょっと寂しいですね』
『せやろ?まあ本人の、押し出しが弱すぎるのも少し問題やけどな。オペラオーと足して2で割ったら丁度ええのに』
『ははっ…ちょっと失礼だけど分かるかも』
「へくしっ!」
果たして放送席で話されたせいかどうか。ちょうどその時、入場前の待機場でメイショウドトウはくしゃみをした。
(風邪?たしかに秋ももう終わりだけど)
故郷のアイルランドに比べれば、日本の晩秋は幾分過ごしやすい。
それを寒く感じるのは、自分もすっかりこの国の気候に慣れ親しんだ。という事かなとドトウは思った。
「風邪か?ここにいる以上、体調不良は言い訳になんねーぞ?」
と背後から声をかけて来たのは、ドトウの一年後輩でルームメイトでもあるエアシャカールだった。
先日菊花賞を制しクラシック2冠となり、シニア世代との初対決が注目されている。
「あ、シャカールさぁん。ご心配ありがとうございます。大丈夫です、風邪じゃないと思います」
「…あん?心配なんてしてねーよ。風邪ひいたまま出て来られて、うつされたら困るからな」
照れ隠しのようにエアシャカールはそっぽを向く。
「おや、どうしたんだいドトウ?風邪って聞こえたけど」
またもや背後から響く、良く通る声。
マントをなびかせ、本日一番人気であるテイエムオペラ―が現れた。
「お、オペラオーさん……な、何でもないんでぇす。ちょっとクシャミが出ただけで、それをシャカールさんがしゅんぱいしてくれただけで…」
「噛んでんぞセンパイ。それと心配なんてしてねえ!それとオペラオーセンパイは、さっきファンタスティックライトと話してなかったか?いつの間にこっちに」
「ん?ああっ、何やら英語で言っていたね。何と言っているか分からなかったけど」
その言葉にエアシャカールはズッコケそうになった。
「おいおい、言葉分かってねえのに、あんなに親し気にしてたのかよ!?」
「覚えておきたまえシャカール君。一流ウマ娘同士ともなれば、言葉の壁などあってないような物なのだよ……っと、話が逸れているね」
思い出したかのようにドトウの方を見やる。
「クシャミか……そう言えば君と学校ではともかく、こうしてレース場でしっかり話すのは初めてかもしれないね」
オペラオーは少し難しい表情を作った。
「本当に大丈夫かい?今日のジャパンカップ、ボクは去年のスペシャルウィーク先輩のように、日本ウマ娘の大将として臨むつもりだけど、副将格の君が風邪じゃ困るんだよ」
「そ、そんな5番人気の私がふきゅしょうなんて恐れ多い。い、一兵卒で充分です」
憧れの存在からの嬉しい言葉。思わずまた噛んでしまう。
「なにを変な事を言ってるんだい。君を5番人気などにしている、ファンたちの見る目が無いんだよ。本当に調子が悪いんじゃないか?どれどれ……」
などと言いながら、オペラオーはドトウに歩み寄り自分の額に手を当てて、同時に彼女の額にも同じように当てた。
「ひゃあ!?」
「動かないで」
思わず赤面してしまうドトウ。エアシャカールは『おいおい』という顔だ。
「ふむ…熱はないね」
(う、うわぁ~~オペラオーさんのまつ毛長い……それに紫の瞳がまるでアメジストみたい……って私は何を考えてるの!)
オペラオーが吐息のかかる距離にいる。ドトウはバクバクと自分の心臓が高鳴るのを感じた。
「ほ、本当に大丈夫でぇすから、す、少し離れてください!」
無自覚なオペラオーから、半ば力づくのように離れるとドトウは少し息を吸い込み言った。
「体調は万全です!ファンタスティックライトさんも、貴方も倒す為に、トレーナーさんとしっかり調整してきましたから!」
と割と強く言い切り、心を無理やり戦闘状態へと切り替える。
そうしなければ、自分を認めるような言葉に満足してしまい、レースにならないと判断したのだった。
「ほほう、良い気迫だ。それでこそボクの好敵手さ」
「お、オペラオーさんの連勝も今日までですからね!覚悟してください!」
半ばやけっぱちの気味の勝利宣言を残し、ドトウはターフへとつながる通路へと向かった。
「そうさ、それでいいのさドトウ。オペラも覇道も一人きりでは喜劇的だ。君のような存在は本当に嬉しいよ。ハァーハッハッハ!」
オペラオーの高笑いが周囲に響き渡る。
エアシャカールはまるで、毒気を抜かれたような表情だ。
「ったく……色んな意味でフザけたセンパイたちだぜホントによ…!」
エアシャカールの呆れたような言葉は、当然笑うオペラオーには聞こえていなかった。
そして勝負の時がやって来た。
係員に誘導され、各ウマ娘たちがゲートに入る。
アンタレスのトレーナーも、後輩たちを引き連れスタンド前に陣取っていた。
「こないだの天皇賞と場所は同じなのに、また雰囲気が違うっスね」
後輩の一人が何気なくもらす。
「……やっぱり海外のウマ娘たちを招いているからな。その分独特の雰囲気があるよ」
そう言いながらトレーナーはちらりと、海外ウマ娘たちのトレーナーたちが陣取る方を見た。
当然そこにはデッドリーもいて、帰国した東条となにやら談笑をしている。
(ずいぶん余裕やな……負けるわけないってか?それとも東条先輩と、超一流同士の話が盛り上がっとんのか?)
グッと拳を握り締める。現在の自分とはかけ離れた場所にいる最高峰のトレーナーたち。
所詮、いくらG1を勝ってもオペラオーが凄いだけで、自分の力ではない。
(……なに考えとんのや。そんな事はどうでもいいんや)
だが劣等感はしまい込む。走るのはトレーナーではなくウマ娘なのだから。
自分はともかくとして、オペラオーは絶対にファンタスティックライトに見劣りする存在ではない。そう強く確信していた。
ゲートに収まった教え子は、いい集中をしているようだ。
やがてガシャコンとゲートが開き、ウマ娘たちがターフに飛び出していく。
「おりゃおりゃおりゃー!!」
レースが始まって早々、東京競バ場の観客たちにどよめきが広がる。
それもそのはず、キンイロリョテイが普段ほとんどやらぬ、逃げにうって出たのだ。
『おおっと!黒い勝負服が飛び出した!これは意外、キンイロリョテイが逃げだ!奇襲作戦でしょうか!?』
『……あの人は本当に分かりません』
『せやなぁ。昔ウチも天皇賞で似たような事したけど……これがどうでるか』
解説の2人も驚きを隠せないようだ。
キンイロリョテイは勢いよく集団から飛び出し、先頭を快走していく
(おいおい、珍しいね先輩。奇襲のつもりかい?)
観客だけではなく、走っているオペラオーたちも少々困惑している。
元々何を考えているのか分からないウマ娘であるが、ここでの逃げは本当に予想外だった。
(……はっ、あんなモン半分破れかぶれだろ。今からマジメに追ってたら損するぜ)
3つ上の先輩と“気性難”は負けていないエアシャカールは、そう脳内で結論付けた。
他のウマ娘も同じように思ったのか、ややスローペース気味にキンイロリョテイ先頭でレースは進んでいった。
(俺が逃げても怖くないってか?じゃあ気持ちよく走らせてもらうぜ!)
キンイロリョテイの顔には僅かながら笑みが浮かんでいる。
どうやら破れかぶれの作戦ではないようだ。
「まさかリョテイが逃げるとは……奇策か?それとも自信ありなんか?さっぱり分からん」
などと呟いて、アンタレスのトレーナーは、ちらりと右手の方向のキンイロリョテイのトレーナーを見た。
東条ほどではないとはいえ、自分より先輩で実績もある。
まさかの落とし穴を恐れたものの、首を振って自分に言い聞かす。
(落ち着け!リョテイがまさかの逃げに出ても、オペラオーはいつも通り走れとる!何の問題もあらへん)
普段よりやや囲まれ気味ではあるが、それでも得意の中位にポジションを置けている。
生粋の逃げバならともかく、キンイロリョテイがオペラオーでも捕まえきれない逃げをうてるとは考えにくい。
(そうや、何も不安がる必要はない。それよりも……)
トレーナーが視線を、注目のファンタスティックライトに移す。
彼女は静かだった。不気味に足を溜めながら、オペラオーよりも後段に構えている。
その表情には焦りや苛立ちの色は全くない。脳内では冷静に状況を分析していた。
(キンイロリョテイ……力はある。だが、このまま逃げ切れる程ではない……やはり私の前に立ちふさがるのは…)
ファンタスティックライがマントを翻し走る、前方のオペラオーに視線を送る。
(テイエムオペラオー……スタミナ・スピード・テクニックどれも一級品だけれど、ずば抜けてはいない。真に脅威なのは…)
ファンタスティックライトは自分の唇を一瞬だけ舐めた。
(レース展開を読み切る頭脳と、競り合った時の凄まじい勝負根性!)
それがオペラオーを研究して、デッドリーとファンタスティックライトが出した結論だった。
かつてのナリタブライアンのように、圧倒的なスピードでねじ伏せる勝ち方とは真逆。
展開を読み切り足を残し、最後の競り合いに持ち込んで勝ち切る。
あの尊大な物言いがカモフラージュにも見えるくらい、華やかなイメージの彼女とはある意味離れた泥臭くしぶとい勝ち方。
(だが、そのパターンに引きずり込まれれば、勝つのは困難。特に今年に入ってからは)
後に“僅差圧勝”と言われる。オペラオーの必勝パターンだった。
(なので普通に考えれば、そのパターンを破る……つまり、彼女の勝負根性を発揮させない)
具体的には競り合いを発生させず、オペラオーから離れた場所から一気に抜き去る。もしくは差し切れないほどの大逃げをうつ。
などの作戦案をトレーナーのデッドリーと話し合っていた。
(……だけど、必要ない!オペラオーに自分のレースをさせた上でねじ伏せる!)
『真っ向勝負』それが彼女が出した結論であり、デッドリーも快諾した。
決して侮っているわけではない。オペラオーの抜きんでた勝負根性を破れば自身も、さらなる高みへと繋がるだろう目論見もある。
世界を舞台に戦っている者たちの、あくなき成長を求める姿勢がそこにはあった。
そうしてキンイロリョテイに引っ張られる形で、レースは進んでいった。
どうせ落ちてくると思っていた者もいたが、これが中々意外と頑張っている。
(とはいえ、その逃げでは……ここまでだ!)
第四コーナーを回った後、ついにレースが大きく動いた。
『やはり来た!ここで来た!集団を抜け出してテイエムオペラオーだ!ああっと、ファンタスティックライトも外から仕掛ける!』
後方のウマ娘たち、エアシャカールがファンタスティックライトが、そしてテイエムオペラオーが仕掛けてきた。
先頭のキンイロリョテイとその後ろの、ジョンズコールを捉えるべくグングンと伸びていく。
(ぐっ……計算通り足を残しておいたのに、ファンタスティックライトとオペラオーセンパイに置いてかれる!)
追い込みをかけたウマ娘たちの中で、やはり抜け出したのはその2人だった。
そしてキンイロリョテイとジョンズコールの後ろ、3着につけていたメイショウドトウ。
彼女も追い上げる2人に抜かせまいと、脅威的な粘りを見せる。
『残りは約200メートルか、メイショウドトウも粘ります!』
『やっぱりあの子は良い根性しとるわ』
(負けません!…オペラオーさんを倒すのは私です!)
覇王の首を取るのは自分だと、言わんばかりの迫力満点の走り。
それはファンタスティックライトすら、飲み込むほどの勢いがあった。
「うああああっ!」
(メイショウドトウ……これ程とはね!)
ファンタスティックライトに計算違いがあったとするならば、それはオペラオーに関してではなくドトウに対してだろう。
一騎討ちではなく、三つ巴。3人のウマ娘たちが一着目掛けて残りの直線を駆ける。
(外にライト、内にドトウか………面白い!)
強敵2人に挟まれる格好となったオペラオー。残り100メートルを切ろうかという時に僅か、ほんのごく僅かだけ彼女は2人よりも前に出ていた。
『テイエムオペラオー、ついにここで先頭に立ちました!』
『オペラオーさん、すごい!』
スペシャルウィークは興奮気味に言った。そしてそれ以上に場内の観客たちも興奮している。
「やった!先輩が少しだけ出てる!」
「よし!そのままやオペラオー!」
アンタレスの後輩たちとトレーナーも必死に応援していた。
(ぐっ……!これは、彼女の勝ちパターン…!)
(諦めません!差し返します!)
両者とも圧倒的な末脚で、彼女を差し切ろうとするがオペラオーは捕まらない。
距離に直せば1メートル弱にも満たない僅かな差。しかしそれがいくら足を出しても埋まらない。
(また…また…届かないの?)
(…テイエムオペラオー、君はっ……!)
『テイエムオペラオー、ゴールイン!テイエムオペラオーやりました!1着でゴールイン、新記録の重賞7連勝です。これで五冠に王手だ!』
歓声が響き渡る、東京競バ場。チームアンタレスの面々も喜びを強く露わにする。
「うぉっしゃあぁ!!!」
「先輩ー!マジで最高っスー!」
まるで蜂の巣をつついたような喜びよう。
実況の赤坂が言ったように、オペラオーが東条に誓ったシニア五冠まで残すところ有馬記念一つとなった。
しかしそれよりも、世界レベルのウマ娘にチームの先輩であり教え子である、オペラオーが勝った事が何より嬉しかった。
「hey」
そんな浮かれた状況のアンタレスの元に、いつの間にかやって来ていたのは東条を伴ったデッドリーだった。
いきなり現れたVIPに、アンタレスのメンバーもトレーナーも固まる。
「おめでとう。まさか四冠まで来るとはな」
「あ、ありがとうございます。それで、東条先輩なにか…?」
「私じゃない。彼が君に言いたいことがあるらしい」
そう言われ、ずいっと眼前に進んでくる世界一のトレーナー。その表情は真剣だ。
一体何を言われるのかと、魂が口から抜ける一歩手前のトレーナーだったが、デッドリーは急に相好を崩した。
「クレイジーストロング!君のTM Opera Oは世界トップクラスのウマ娘だし、君も大したものだ。この間はルーキーとか言ってゴメンナサイね」
にやりと笑って放たれたのはまさかの日本語。
固まったままのトレーナーに、悪戯小僧のように笑って『ちょっとだけね』と言う。
「有馬記念。グランドスラム期待してますよ」
「さ……サンキュー!」
温かい言葉にトレーナーも一気に破顔して何度も礼を言った。
その時、ターフの上ではオペラオーが、ファンタスティックライトに話しかけられていた。
英語は分からなかったが、今回はアイルランド出身のドトウが咄嗟に通訳をしてくれた。
「コングラッチュレーションズ!オペラオー!」
「ああっ、ありがとう!君の走りも素晴らしかったよ」
ガッチリと握手をかわす2人。
「それにドトウの走りも素晴らしかった。君たち2人がいるうちは私は日本で勝てないかな?」
ファンタスティックライトが、ウインクをしながら冗談のように言った。
「お、オペラオーさんはともかく私は……!」
「おいおい、私に先着しておいて、そんな言い方はないだろう」
そうドトウは2着。3着のファンタスティックライトに先着をしていた。
顔が赤くなるドトウと笑うファンタスティックライト。
「君たちなら世界のレースでも十分通用する。私が保証しよう。もしも日本以外で会った時は是非リベンジさせてもらうよ」
「望むところだよ。日本制覇の後は、世界に打って出るのも悪くないからね」
「オッケー。私も日本のシニア五冠ウマ娘を、破ったとなれば鼻が高い」
「ハハッ、言ってくれるね……だけどもしその時は返り討ちだよ」
そう言って、掲げられたファンタスティックライトの掌を叩き、ハイタッチをかわす。
乾いた小気味のいい音がその場に響いた。
『いやーいい光景でしたねー』
レース後振り返りをしつつ、眼下の握手をするオペラオーとファンタスティックライトをそうスペシャルウィークは評した。
『スペシャルウィークさんも、去年はブロワイエさんとがっちり握手してましたからね』
『青春って感じでええな~、ウチなんか天皇賞でオグリに、人でも殺すんかって目で見られたで?』
『えーホントですかーあのオグリ先輩が?』
スペシャルウィークは、タマモクロスの意外な言葉に驚きを隠せない。
彼女にとってはオグリキャップは、穏やかで優しい大食い仲間な先輩だった。
『アンタは今のオグリンしか知らんからな。帰ったらマックイーンにでも聞いてみ……にしても面白いレースやったね』
タマモクロスが話題を本題へと戻す。
『そうですね。キンイロリョテイの奇襲あり、3つ巴の激走あり……こちらも力が入りましたよ』
『ホンマやで。リョテイの逃げも、理想的にやれてたら、逃げきれてた可能性もあった。ドトウとライトの追い込みは脅威やった。けど結局勝ったのはオペラオーや』
うんうんと力強く頷く放送席一同。
『リョテイの奇策にも動じず、ファンタスティックライトとドトウに挟まれてあんだけ追い込まれても、最終的には勝つ。『最強』と呼ぶに相応しいで』
オペラオーの横綱相撲に、タマモクロスは感嘆の言葉を向けた。
『そうですね……私ももし、もう1年トゥインクルを続けてれば……なんて少しだけ思っちゃいました』
少しだけ寂し気な表情を、見せるスペシャルウィーク。
トゥインクルを退いて間もないだけに、そういった感情もまだまだあるのだろう。
『復帰したらええやん。1年ぐらいのブランク、日本総大将には軽いんちゃう?』
タマモクロスの本気とも冗談ともつかない言葉に、返答に困るスペシャルウィーク。
『ちょっとタマモクロスさん!スペシャルウィークさんが困ってますよ』
『あははっゴメンて。ちょっとからかっただけや』
あっけらかんと笑う白い稲妻。
『ま、それは置いといて、後は有馬記念やね。ウチはいけると思うよ。ちゅーかオペラオーが大本命や。敵は疲れとドトウぐらいかな』
タマモクロスも『最強』と言われたあの1年間、激闘の連続で有馬記念ではかなり消耗していただけに説得力があった。
『私もそう思います。来月の有馬記念楽しみです』
『ま、有馬勝ってへんウチらが言っても、説得力に欠けるけどな』
“オチ”までつけるのを忘れないのは流石だった。
そうして和やかなムードのまま、放送は終わりスペシャルウィークはマイクを外し、隣の赤坂に礼など言っている。
(確かにオペラオーが特マル大本命や……つまらん事がなければやけど)
タマモクロスの胸に去来した一抹の不安。
実はルドルフ会長やマルゼンスキーを除けば、学園において結構な古参であり同時に苦労人でもある彼女。
ウマ娘のレースの、酸いも甘いも噛み締めその光の当たる部分だけではなく、様々な表情を見て来た。
そんなタマモクロスならではの不安があった。
「あれ、どうしたんですかタマモクロス先輩」
「……ん、いや、何でもないで。今朝のアンタとオグリンの食べっぷり凄かったなって、思い出してただけや」
杞憂に終わればいい。自分とオグリキャップの戦いのように、納得のいく勝負になって欲しい。そうタマモクロスは願った。