Side:サイレンススズカ
日本ダービーから暫く経ったある日の昼頃。
トレセン学園の食堂に彼女が足を踏み入れた瞬間、明確に空気が変わった。
「サイレンススズカさんだ……綺麗な人……」
「ミステリアスでクールでなんというか……世界が違うよね」
「スズカお姉さまハァハァ」
それら他のウマ娘の囁きが耳に入りピクリと反応する彼女はサイレンススズカ。
デビュー戦、弥生賞、皐月賞、日本ダービーと四連勝。シンボリルドルフ以来の無敗でのクラシック三冠達成への期待がかかる彼女には、『異次元』と称される圧倒的な速さや美貌に魅せられたウマ娘たちが熱い視線を送っている。なお一部は手遅れのようだ。
「うう……この空気まだ慣れないわ……」
「HAHAHA! スズカ大人気デスネ!! さっきもハンドシェイクをお願いされてマシタ」
「……あの子「もうこの手洗わないです」って言っていたけど……大丈夫よね? 流石に冗談よね?」
「ウ、ウーン、あの目は本気と書いてマジな感じだったデース」
「うそでしょ……」
周囲からの注目やら何やらに困惑した様子のスズカと、そんな彼女に並んで歩くウマ娘はタイキシャトル。
チームリギルのチームメイトである彼女はスズカやトゥデイらと同様に今年クラシックデビューし、短距離・マイル路線で現在三連勝と将来が期待されるウマ娘である。
アメリカ生まれの彼女の特徴はその太陽のような底抜けに明るい笑顔と温和な人柄で、物静かなタイプのスズカとは正反対だが相性は悪くなく今のように昼食を共にする事もある。ただ、とにかくグイグイ押せ押せなコミュニケーションでハグなどのスキンシップが多く、トゥデイが挙動不審になる原因となってしまう事がしばしば。
「隣はリギルのタイキシャトルさんと……あれ? 今日はトゥデイちゃんさんいないね」
「ほんとだ……珍しい……」
「トゥデイグッドデイ。スズカお姉さまと同じチームリギルに所属しているのに加えてルームメイトでクラスメイト。トゥインクルシリーズではデビュー戦を勝利し次の弥生賞ではお姉さまに及ばず5着。続く青葉賞では勝利し日本ダービーへの切符を手に入れお姉さまとの直接対決が期待されたものの骨折により出走せず」
「どうしたの急に」
「その青葉賞で見せた驚異的な末脚は異名である『黒い稲妻』を彷彿とさせるもの。なおこの異名はタマモクロス先輩に因んだものでありお姉さまは少し不満を抱いている。親友でライバルの異名が自分由来じゃない事にちょっと嫉妬するなんてハァ~~~~~スズデイてぇてぇ」
「ダメだこいつ早く何とかしないと」
トゥデイも知名度ならスズカに劣らない。
常勝軍団であるリギルのメンバーである事に加え、ちっちゃくて危なっかしく庇護欲を掻き立てられる容姿言動のウマ娘が頭イカれてるんじゃないかと思うような過酷なトレーニングを黙々とこなし、時々例の黄金船と奇行に走ったりする様は元々注目されていた。そんなトゥデイと常日頃行動を共にしておりコンビ扱いされるスズカは今や無敗のダービーウマ娘。名前を知らなくても『リギルの褐色のちっちゃい子』で「ああ…あの子か」とトレセン学園の誰もがピンとくる位には有名だ。
なお、その本人は既に退院しているが、今日は検査のため朝から学園を離れている。
「はぁ……早くターフを走りたいわ……午後の授業もあるけど……はぁ……こっそり抜け出そうかしら……」
「オゥ……これはなかなかキテますねー。あと、抜け出してもグラウンドは授業で使っている筈なので難しいデース」
「そこは……しれっと混じるとか……」
「今のスズカの知名度じゃ無理デスネー」
「そうなの……」
肩をすくめながら首を横に振るアメリカンな仕草で答えるタイキを見てスズカは悲し気に瞳を伏せる。
「まあまあ、とりあえずランチにしまショウ!! 腹が減ってはなんとやらデス」
「……ええ、そうね」
そう言って二人は券売機に向かう。
日替わりランチはニンジンのかき揚げが目を引く天ぷら定食で二人ともそれを注文。カウンターで受け取り空いている席に腰かける。
「いただきます」
「いただきマース!」
手を合わせ食べ始める二人。
「ン~デリシャ~ス。ニンジンの甘味が天つゆのしょっぱさで引き立ってマース」
「なんで食レポ風……? あ……このジャガイモ、ホクホクホロホロしてておいしい……」
舌鼓を打ちながら食事をする事暫し。
粗方食べ終えお冷やを飲みながらの食休み中、タイキがふと思い付いたように口を開いた。
「あ、そういえばスズカ」
「……?」
「スズカは菊花賞に出るんデスよね?」
「ええ、そのつもりよ。菊花賞の前に……神戸新聞杯も走るけど」
スズカが答えると、タイキは少し気落ちしたように耳を下げる。
「そう……デスカ」
「どうしたの?」
「……11月のマイルチャンピオンシップ、スズカと走りたかったデース……トゥデイが怪我してなければあの子も……ネ」
「……それは」
チームリギルでスズカ、タイキ、トゥデイの三人は同級生でありデビューも同じクラシック戦線だが、距離適性の都合上レースを共に走ったことは無い。スズカがダービーに勝利出来なかった場合は天皇賞(秋)の後にマイルCSへの出走プランもあったが、無敗のクラシック三冠に王手をかけている現状では難しいだろう。
「ソーリー、この話はスズカを困らせちゃいマスネ」
「そんな……こと」
「ハァ……トゥデイみたいにトレーニング頑張って、もっとスタミナをつけていれば三人で走れてたかもデース」
「……あれは……真似できないと思うわ」
距離適性をトレーニングで克服する。その為には地獄のようなトレーニングを逃げず喚かず最適に行う事が必要だ。それは感情が希薄なサイボーグめいたウマ娘か、根性が天元突破しているようなウマ娘でなければ不可能だろう。
トゥデイのリギル加入から少し。リギルのトレーナーである東条がスズカと走ることを望んだ彼女に課した坂路トレーニングで、足の皮膚がすりきれて出血しシューズが真っ赤に染まって血の足跡を残すような有り様でも一歩一歩前に進み続けたその姿は、シンボリルドルフを始めとしたリギルの歴戦のウマ娘たちですら戦慄し、身体的才能に劣るトゥデイが『いつか自分達と並び立つ事になる』未来を視たと語る程。
なお、他の様々なエピソードにより『目の離せない危なっかしい妹系ウマ娘』として先輩後輩問わず認識される事になったのは余談である。
「ブーブー。そんなこと分かってマスー。言ってみただけデスー」
「…タイキ」
「それで、そのトゥデイは今日はお休みデスカ?」
「……ううん、午後の授業迄には戻ってくるって聞いてるわ」
「ナルホド! 今日のトレーニングはプールなのでトゥデイと一緒にできマスネ! 楽しみデス!!」
「ええ、そうね」
なお、プールでのトレーニング時、トゥデイは水着姿のウマ娘に囲まれ毎度死にかけているがそれを知る者はいない。
そろそろ戻りマスカ、と食器を返しに席を立つタイキ。
その後ろをついて行くスズカはふと足を止めて振り返った。
目線が合ったウマ娘達は肩を跳ねさせたり、顔を赤らめたり、目をキラキラさせたり、キッと睨んだり、鼻血を吹き出して倒れたりと様々だ。
「(私の後ろには沢山のウマ娘達が走ってるのよね)」
でも、と。
スズカは僅かに頬を緩ませて笑みを浮かべる。
「(誰にも、トゥデイにだって、先頭の景色は譲らないから)」
笑うという行為は本来攻撃的なものである。
「我が人生に一片の悔い無し……ブハッ」
「メディック! メディーック!!」
その攻撃でノックアウトされたウマ娘が一人。
Side:オリ主
空はこんなに青いのに、グラスペの未来は真っ暗だよ。
スズカが日本ダービーを逃げで勝利したことにより、またしてもグラスペの道がぶっ壊れてから暫し。
病院での検査が早く終わり、手持ち無沙汰になった私は少し寄り道をしてトレセン学園近くの神社にて黄昏れていた。まだ昼だが。
「クラシックはもう走れないしなあ……どうしよう」
青葉賞の時に、スズカ打倒の奥の手の一つである走法を使い骨折した結果、おハナさんにはクラシックへの出走許可は出さないと釘を刺されてしまった。
何故かこの身体の怪我の治りは普通より早いため、医者の見込んでる全治半年から半分くらい……秋頃には復帰できそうだと説明したがダメだった。その分をリハビリとトレーニングにあてて万全の状態でシニアで勝負しろと正論が返ってきたら黙るしかない。本来はその予定だったんだけどなぁ……このままだとスズカが連勝街道をバクシンしてしまう。
入院中は暇だったからハイパー無敵スズカのまま原作突入のパターンも考えてはみたが……スピカが解散寸前まで追い込まれた後、意気消沈している沖野Tの情熱をスズカの走りが取り戻せるのかが分からず不確定要素として大きすぎる。
勿論、スピカが無くてもグラスとスペは同級生にはなるだろうが、グラスにとっての『ライバル』になれるかは分からない。原作と違ってチームを持たずウマ娘個人を指導するトレーナーが存在するが、そこに任せてスペが成長できるかは結構な博打だ。
というか、あの13話のシチュエーション的に、あれはリギルに関係ない自主トレでの出会いだったんだろう。今のスズカと私の関係だと自主トレも大体二人でやっているからあの空間に自分が入ってしまう気が……百合厨としては、沖スズは認めたくない。しかし、原作であの二人の関係性がスペとはまた異なる特別なものだったのは確か。はぁぁぁぁぁぁぁ……この世界線の沖野Tが女性だったら全力でカプ成立を目指したんだけどなあ。いっそのことタイに……いやいやいや、思考が脱線してきてしまった。
やっぱり原作はなぞるべきだろう。スズカは調子を落とし敗戦を重ねるが沖野Tの助言で復活、解散を免れたスピカに移籍という流れを崩すわけにはいかない。しかし、おハナさんはスズカにこのまま逃げをさせるつもりみたいだし、トレーニングの方でもスズカがストレスを感じている様子はない。絶好調な彼女の調子を落とす……カイチョーの極寒のダジャレを聞けばエアグルーヴパイセンのようにやる気が下がるだろうか。いや、天然気味なあの子の事だ。気付かずにスルーしてしまいカイチョーが落ち込む姿しか見えない。
「ただ、レースで負けてもそれを気にするような性格でもないしなぁ」
スズカは勝ち負けに頓着するタイプではない。勿論、先頭で走れないのは気分が悪いだろうが、そのフラストレーションを熱に変えてトレーニングやレースに打ち込めるスポ根漫画の主人公の素質がある。仮に神戸新聞杯や菊花賞で敗北しても、調子を崩す可能性は低い。
「ほんと、どうしたものかなぁ」
空を見上げながら呟くと、タッタッタと足音が聞こえた。今自分がいるのは神社の裏手だがどうやら参拝客が来たらしい。チャリンチャリンと賽銭箱に小銭が入る音、次いでガラガラと鈴が鳴り、手拍子が二度。
「ほんぎゃろ、ふんぎゃろ~、きえぇぇぇぇ!! シラオキ様ぁぁぁぁぁ私めにお導きをぉぉぉぉぉっ!!!!」
は?
「これは菊の花!? 菊花賞を走れと!? トライアルの神戸新聞杯も!? どちらもスズカさんと激突じゃないですかぁぁぁ!?」
何だ今の。
いやこの言動には心当たりはあるが。
こっそり移動して様子を伺うとそこに居たのは目がシイタケのウマ娘マチカネフクキタル。確か先日の日本ダービーではスズカに何バ身か離されての2着だった。原作ではグラスペが対決した宝塚記念に出ていた筈。そんな彼女が一輪の菊の花を手に石段に膝をついて天を仰いでいる。
「うごごごご……今のスズカさんに勝利するには運が足りません……これはパワースポット巡りを敢行するべきで……ハッ!? この厄い気配は……貴女、見てますね!!」
グリンとこっちを向くフクキタルと目が合った。ちょっとビビった。あと厄い気配って酷くない?
「やっぱりトゥデイさんでしたか」
「フクキタルさん……えっと…学校は?」
「今朝の占いで学園の方向が凶と出たので仮病です!!」
何を言ってるんだこの子。
「そういうトゥデイさんは何故ここに」
「……病院、検査の帰りに寄った」
「なるほど」
そして無言。
いや、フクキタルとは同じ学年だけどクラスもチームも違うからあまり交流が無いし話題もないから仕方がないよね(早口)
「……その、脚の具合はどうですか?」
「ん、順調。年内には復帰できそう」
「そ、そうですか! トゥデイさんは私のライバルの一人ですからね!! よかったです」
言動はぶっ飛んでるけどいい子だなあ。
しかし、先ほどの叫びの内容からしてフクキタルは菊花賞と神戸新聞杯、つまりスズカと同じレースに出るらしいがどうも様子がおかしかった。一応話を聞いておこう。
「あの……さっきの叫びは?」
「うぇっ!? 聞いてたんですか!? は、ははは、その……スズカさんと一緒に走ることになりそうでして……正直どうしたものかと……勿論、勝ちたい気持ちはあるのですが、とても私が敵うような相手では……」
占いの結果も良くないですし……と落ち込んだ様子のフクキタル。
どうやらスズカの走りで自信喪失してしまったらしい。しかも、拠り所である占いの結果も良くなく、余計それに拍車をかけていると。
「でも、ダービーで2着だった」
「……スズカさんに負けて、です。私は並ぶ事すら……出来ませんでした」
フクキタルは俯く。
「運命って、あると思うんです。女神様のキスを受けたような、世界に愛されるウマ娘……」
運命。嫌いな言葉だ。
グラスペを成す道がことごとく閉ざされるのは原作がそうだから? 運命だから? そんな言葉で片付けたくない。
それに、来年の秋の天皇賞で起こるであろうスズカの『沈黙の日曜日』だってそうだ。史実が、原作がそうだったからといって、大好きなキャラが、いや……スズカが傷付く事を仕方がないと見過ごすなんてしたくないしするつもりもない。グラスペを成す。スズカの運命を回避する。両方やるのは萌え豚百合厨オッサンには厳しい道だろう。だが、覚悟はできている。
あと、フクキタルは勘違いをしている。
『運命』なんて『絶対』は存在しない。それは今のハイパー無敵スズカが、そして自分の存在が証明している。
……年下の子が悩んでるんだ。ここは(精神的)年長者として華麗にフォローすべきだろう。
「フクキタルさん。今日の私の運勢は?」
「え? えっと……ちょっと待ってくださいね」
急な占いにフクキタルは戸惑うが、何処かから取り出した手のひらサイズの水晶玉を片手に乗せ「むむむ」と唸る。
「……凶ですっ。正直一度厄払いに行った方がいいレベル……ってトゥデイさん何を」
さて、フクキタルの占いは『凶』。だが。
「運だとか、運命だとかに、ウマ娘は負けない」
財布から取り出した200円を対価におみくじを一枚引いて開く。
「凶……ですね」
オイコラふざけるなよ運命の三女神サマ空気読めやコラ。
「今のは練習」
「えっと……」
「大丈夫、次はイケル」
凶。
「は?」
「トゥデイさん!?」
野口さん×2。
凶凶凶凶凶凶凶凶凶凶。
「…………」
「…………」
諭吉。
凶凶凶凶凶凶凶凶凶…………凶。
「ぶち殺す」
「待って下さい早まらないで!!」
止めないでくれフクキタル!! このくそったれな運命をぶち殺すんだ!!
そして時は流れ……。
「……えっと、その……おみくじあと1枚です」
「素寒貧」
「え?」
「無一文。所持金ゼロ」
箱を覗き込んだフクキタルが告げるが財布は空っぽである。
私たちの周りには凶のおみくじの山。怒りもツッコミも湧かない。
「運命には……勝てないか……」
「トゥデイさん……」
やばい、カッコつけた結果これとかダサすぎる。
「その……これを……」
「200円……いいの?」
「ここまで来たら、見届けますよ」
「ありがとう」
フクキタルから受け取った200円を入れ最後の一枚を引く。
結果は……。
「白紙?」
印刷ミスかな?
いやここってパンドラの逸話的に大吉が出るか、更に悪い大凶が出るかして「諦めなければ運命なんて云々」って綺麗に纏めるところでしょうが。ホンマええ加減にせえよワレ(マジギレ)
「ぷっくくっ」
「??」
「くくくくっ、ふふふっ、あはははははっ!!」
「フクキタル、さん?」
「もう、トゥデイさんはなんでそこで白紙なんですかっ。流れ的に大吉とかじゃないんですか」
全くの同感ですハイ。
「でも、そうですね。きっとこれは、運命なんて……未来なんて決まってないって事なんでしょうね」
そう思っていただけるとありがたいです。
「まあ、『運』はあるみたいでしたけど」
帰り道気を付けます。トラックで異世界転生してしまうかもしれない。
「ふふふっ、今日はいい日です! ハッピーです!! 仮病した甲斐がありました!!」
そこに関しては何とも。
「よーしっ!! 私、頑張りますよぉーーーっ!! 運命なんて無い!! なら努力して幸運を掴む予定の私が負けるはずありません!!」
おお、なんというかオーラが出てる。金運とかアップしそう。
「シラオキ様! トゥデイさん! このマチカネフクキタルの活躍をご照覧あれ!!」
そう言い残してダッシュで階段を駆け下りて行ったフクキタル。
そして残された私と凶のおみくじの山。
え、この後片づけ1人でやるの? 絶対午後の授業に遅刻コースやんけ……。
「不幸だ」
なおデイカスの運命は決まっている模様。
トゥデイの見た目は『黒鹿毛ロングの無愛想系褐色金目ロリ』で、髪質とか髪型とかは性癖にお任せします。
中身男故に手入れされていない⇒ボサボサ、スズカ達が見過ごさない⇒普通など
というかまだクラシックか……あと一年ちょっと……適度にキンクリしないとなあ。
あと、フクキタルのキャラストーリー見返して、選抜レースの時のスズカの反応が可愛かった
次は……ちょっとスズカ達とコミュりつつ神戸新聞杯かなぁ。フクキタル覚醒(ネタバレ)
あ、スズカパートの百合ウマ娘はデジたんじゃないモブです。これ以上原作ウマ娘増やすと扱いきれない気が……すまない……
各話にタイトルいる?(第10Rなら『目醒めの朝/夢の重さ』とか)
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いる
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いらん
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テヘラン
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┐(´ー∀ー`)┌レーダージュシン