第一部最終章良かった。ただそれだけ。
<さあついに今年もこの日がやって参りました東京優駿、日本ダービー! 本日注目されるのはなんといってもこの五人。ここまで無敗の皐月賞ウマ娘、グラスワンダーを筆頭にクラシックの覇を競い会う彼女らは誰が呼んだか黄金世代! 誰がダービーウマ娘の栄誉を手にするのか、一時たりとも目が離せないレースになること間違いなしでしょう!!>
東京レース場の地下バ道。
パドックでのお披露目を終えた五人が本バ場入場のために歩いていると、グラスワンダーが一人その足を止めた。
「グラスちゃん?」
彼女に気付いたスペシャルウィークが疑問符を浮かべて立ち止まり、他の面々も歩みを止めて後ろを振り向く。
「グラス、どうしたデス?」
怪訝そうな顔をして問いかけるエルコンドルパサー。グラスワンダーは瞑目し、胸に手を当てて一つ息をつく。
「……その、なんだか不思議な気持ちで」
「ケ? 不思議?」
「今この場にいる事。これから私たち5人が揃ってダービーで競うという事がまるで白昼夢のような、ふわふわした感覚があって……すみません、直前にこんな」
グラスワンダーは俯きがちに言う。レースに集中しきれていない事を申し訳無く思っての言葉だった。
「私としては勝てる可能性が上がりそうだから大歓迎だけどね~」
「スカイさんっ」
「じょーだん、じょーだんだって、キングどうどう」
「あわわわっ」
「緊張感が無いデース」
セイウンスカイが茶化しキングヘイローがまなじりを吊り上げ、スペシャルウィークが慌ててエルコンドルパサーが肩をすくめる。
グラスワンダーはそのやり取りを見てクスリと笑みをこぼした。
いつの間にか『黄金世代』と称されるようになった自分たち。
ふと思い出すのはチームリギルの尊敬する先輩たちの事。サイレンススズカ、トゥデイグッドデイ、タイキシャトルという一つ上の世代の三人は、タイキシャトルは距離適性で、トゥデイグッドデイは故障でそれぞれダービーを走る事は叶わなかった。
友達以上、仲間でライバル。そんな皆と全員でクラシックの覇を競い合えることがどれほど幸福なことか。
浮わついた感覚が収まり、グラスワンダーは改めてライバル達を見据えた。
「っ!!」
ぞわり。
グラスワンダーの背筋に氷柱を突っ込まれたような悪寒が走り、皮膚が粟立つのを感じる。
目の前の4人だけではない。他の13人、レースを見に来ている先輩後輩のウマ娘達からも闘気が溢れ出し、ビリビリと肌を突き刺してくる。
(これが、ダービー……なんですね)
この日本ダービー、そして皐月賞と菊花賞を勝利して獲られるクラシック三冠ウマ娘の名誉。それは『ウマ娘の頂点に立つ』というグラスワンダーの夢に必要不可欠な事。けれど、それ以上に彼女はこれから共に走る17人のウマ娘に勝ちたかった。全力全開、死力を尽くし、想いをぶつけあって、それらをすべて跳ね除けて勝利を掴む。
「ふふっ、私は幸せ者です」
呟く。自然と口角が上がっていることを自覚する。
身体の芯からふつふつと煮えたぎるような熱があふれ出て、それは目に見えぬ波動となってスペシャルウィーク達に襲い掛かった。
「グラスちゃ……っ!!」
「ッ!!」
「……へえ」
「グラス」
グラスワンダーは4人の顔をそれぞれ瞳に焼き付ける。
「スペちゃん、キングちゃん、セイちゃん、エル。今日は私が、このグラスワンダーが勝ちますよ」
ジュニア王者。無敗の皐月賞ウマ娘。怪物二世。背負うものも背負わされたものもある。けれど、この勝利への渇望がグラスワンダーという一人のウマ娘の源流であり、本質だった。
「わ、私、負けません!! 日本一のウマ娘になりたいから!!」
スペシャルウィークは二人の母との『日本一のウマ娘』という夢の為に。
「ふんっ、大きく出たわねグラスさん。いいわ、このキングが受けて立ってあげる」
キングヘイローは一流のウマ娘になる為に。
「いやぁー、スイッチ入っちゃいましたね~。簡単には、勝たせて貰いそうにないかな?」
セイウンスカイは祖父との約束と驚天動地の勝利のために。
「それでこそ、デス。エルも負けませんよ」
エルコンドルパサーは一度敗れた世界最強の夢へ、もう一度羽ばたくために。
(皆さん、本当に……)
ライバルたちの想いを真っ向から受けたグラスワンダーは一度ぶるりと身体を震わせ、表情を引き締める。
「……では、参りましょうか」
<さあ本バ場入場です>
<まず最初は、ここまで無敗! NHKマイルカップを制した怪鳥、エルコンドルパサー!!>
<苦境にあっても決して首を下げません。一流の血統を証明するか、キングヘイロー!!>
<弥生賞1着、皐月賞2着。奇跡をその手に掴めるか、スペシャルウィーク!!>
<弥生賞2着、皐月賞3着、ダービーの大舞台で大番狂わせなるか、セイウンスカイ!!>
<そして、最後はこのウマ娘>
<誰が呼んだか黄金世代。最強の頂に最も近いのは誰か? 無敗の皐月賞ウマ娘が今二冠目に挑む! 8枠18番、怪物、グラスワンダー!!>
<全ウマ娘ゲートイン完了。出走の準備が整いました>
<トゥインクルシリーズ、クラシック三冠をかけた第二戦。ダービーウマ娘の称号を獲るのはどのウマ娘か。栄光は2400メートルの彼方ただ一つ。日本ダービー、今……スタートです!!>
<大歓声の中18人のウマ娘、揃ったいいスタートを切りました!>
<さあ誰が行く、なにが行く。セイウンスカイか、どうだ、5人横並び。やはりセイウンスカイ、セイウンスカイが押し出されるように先頭に、いや内からキングヘイロー、キングヘイローがハナに立ちます! キングヘイローだ! セイウンスカイは二番手で抑えた!>
<注目の黄金世代、エルコンドルパサーは3番手、そしてスペシャルウィークは中団、そのすぐ後ろにグラスワンダーです>
(セイちゃんが2番手……キングが逃げを打つのは予想外でしたね)
エルコンドルパサーは前を進む二人の背中を見ながら内心で呟く。キングヘイローは見事な切れ味の末脚をもつ差しウマ娘でありこれまでのレースで逃げの手を打った事は無い。これが戦術なのか失策なのか、彼女の意図が読めないエルコンドルパサーは思案する。
(ここで追わずに距離を空けて、もしスズカさんみたいに終盤で加速されてしまうと追いつけませんし、下がると包まれて抜け出せなくなるかもしれないです。なら、この位置から狙いまショウ)
<さあ第二コーナー回って向こう正面に入ります。ポジション争いは落ち着いて来たか。先頭を走るのはなんとキングヘイロー! そしてセイウンスカイは2番手、抑えたレースになりました。3番手差が無くエルコンドルパサー。好位から虎視眈々と狙っているぞ。そしてスペシャルウィークはここ、中団に控えています>
(キングちゃんが先頭………!? セイちゃんとエルちゃんはあそこ、グラスちゃんは……後ろかな。ペースはゆっくりだからこのままなら終盤まで脚は残せそう。だけどそれはみんなも同じ、だよね)
スペシャルウィークは前を走るウマ娘を風除けにしつつ思案を巡らせる。
(でも、すごい。弥生賞とも、皐月賞とも違う。空気が重くて、熱い。みんな真剣で、勝ちたいって思いが伝わってきて、これが……これがダービーッ!!)
<キングヘイロー、キングヘイローが先頭で第3コーナー。外からどこで仕掛けるかセイウンスカイ!>
<ウマ娘たちは大ケヤキを越え第4コーナーへ! 前のリードが無くなってきた。後続がペースを上げてきている。キングヘイロー苦しいか>
(くぅっ!? 脚が……ッ!! でも、だから何ッ!! 私は、キングよ!! それを証明して見せるの、このダービーでッッ!!!!)
キングヘイローは止まりそうになる脚を己を叱咤して衝き動かす。
<キングヘイローが先頭で最後の直線に入る! しかし外から来た! セイウンスカイが来た! キングヘイローを捉えるか!>
「うりゃあああああッ!!」
<ここでセイウンスカイが先頭に立った! 満を期してセイウンスカイがスパートをかける!!>
「行くデスッ!!」
<あぁっ!? 怪鳥がここで翼を広げる!! 飛んできたのはエルコンドルパサー! 躱して…並ばない! 先頭はエルコンドルパサーだ!>
「今ッ!!!!!」
<後ろからスペシャルウィーク! スペシャルウィークが間を割ってやってきた! エルコンドルパサーに並ぶか!? これは2人の一騎打ちか!?>
「……参ります」
<やっぱり来た! さあ来た! 来たぞ! 怪物が来た! 栗毛の怪物が、グラスワンダーが、黄金世代を、ライバルたちを、纏めて撫で切ろうとその末脚を振りかざす!!!!>
(エル、スペちゃん、私も混ぜてください)
「来ましたか、グラス!!」
「ッ!! グラスちゃん!!」
<ラスト200メートル! グラスワンダーがスペシャルウィークを躱してエルコンドルパサーに並ぶ! これは2人の一騎打ちか!?>
(まだっ! 諦めたくない!! 私は、日本一に!! お母ちゃん達の夢を!!!! 私の)
「私が」
「エルが」
(私の、夢は……?)
「勝ちますッ!!」
「勝つんデスッ!!」
<グラスワンダーとエルコンドルパサーが並んでゴール!!!! ダービーを制したのはどっちだぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!??>
<写真判定の結果、1着はグラスワンダー!! 2着ハナ差でエルコンドルパサー!! 3着はスペシャルウィーク…………>
ふと気づいたら夜の学園の裏庭にトゥデイグッドデイは居た。
(……っ!? あれ? いつの間に私は学園に? あ、そうか、さっきのは夢か、そうだよ。スペシャルウィークがダービーで負けるなんてありえない。あっていい筈が無いんだ。今日はダービーの前日で、これから寮に戻って寝て……)
自分に言い聞かせながら彼女は鞄からスマートフォンを取り出す。電源ボタンを押して画面に表示される日時はダービー当日の夜。先ほどの光景が現実であることを表していた。
(くぁwせdrftgyhyふじこ)
言葉にならない悲鳴を上げるトゥデイグッドデイ。身体から力が抜け、フラフラとよろめいてその場に座り込んでしまう。
「トゥデイ!?」
「トゥデイさん!?」
「「えっ?」」
物陰から同時に飛び出してきた二人のウマ娘がトゥデイグッドデイに駆け寄り、そしてお互いの存在に気づいて驚きの声を上げる。
「サイレンススズカさん!?」
「あなたはスペシャルウィークさん、だったかしら」
本来の世界線において、憧れであり夢だった異次元の逃亡者、サイレンススズカ。
追いつきたいとその背を目指して駆け続けた日本総大将、スペシャルウィーク。
(もう勘弁してくれよぉ)
2人が出会ってしまったことを知覚したトゥデイグッドデイは内心頭を抱えて泣きそうになっていた。
次回に続く(レースで力尽きた)
プライベート落ち着いたんで投稿頻度速くなるはず……
あと第13Rのグラスが吉影因子継承してるシーンに活動報告の方でリクエストして貰っていた挿絵、自分で描いたので追加しました。
↓これです
【挿絵表示】
ではまた~
【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)
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秋天逃げ切り勝利√
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秋天故障半身不随√
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スズカ告白√
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一番いいのを頼む(↑上3つ混ぜ混ぜ)
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その他(活動報告にどうぞ)
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答えだけ見たい方向け