いやほんとスンマセン。難産でした。(青息吐息)
アニメ一期しか知らないデイカスと、アニメアプリ入り混じってる周囲とのギャップがキモです。
「よし。勝負服のクリーニングの手配とかはやっとくから、後は風呂入ってストレッチしてから寝ろよ」
「りょーかいデースっ」
「はいっ」
沖野トレーナーとのそんなやり取りの後。チームスピカの部室を後にしたスペシャルウィークとエルコンドルパサーは、二人並んで夜の学園を寮を目指して歩いていた。
月日は流れ既に6月。一年の折り返し、日によっては真夏日になるこの季節。ダービーの熱気の余韻が残る空気が二人の肌にじわりと汗を浮かばせている。
「うぁー、レースにライブにくたくたのへろへろデース。スペちゃん、おんぶー」
「あはは……あと少しで寮だから頑張ろうよ」
「ケチー」
和やかな会話。
レースではしのぎを削るライバルだが、同時に共に学び鍛え成長する仲間同士。
「あーあ、お腹空いたデース。途中でコンビニ寄らなかったのは失敗でシタ」
「この時間だとカフェテリアも寮の食堂もやってないよね……あ、前に実家のお母ちゃんから届いたニンジンあるけど少し持ってく?」
「ブエノ! ぜひ!」
嬉しそうに返事をしたエルコンドルパサーに微笑むスペシャルウィーク。会話が途切れ、数歩進んだところでスペシャルウィークが立ち止まる。
「スペちゃん?」
怪訝そうな顔をエルコンドルパサーが向けると、彼女はいかにも今思い出した風な表情でパンと手を合わせる。
「あっ、部室に忘れ物しちゃった。取ってくるから先に戻ってて!」
「え? わ、分かったデス」
「また後で連絡するから! ニンジンはその時に!」
あっという間に小さくなる背中。
「スペちゃ……っ!」
エルコンドルパサーは友人の背を追おうと一歩踏み出して、そのまま立ち止まってしまう。
彼女の忘れ物をしたという発言が嘘であることは分かっている。
マスクをつけている時の自分は『最強』だという嘘をつき続けてきたエルコンドルパサーだからこそ、心の奥底を見せまいとする不自然な明るさや僅かな声の震えを見逃さない。
グラスワンダーが勝利した皐月賞の時には見られなかった『敗北』への感情の発露。去年のジャパンカップでサイレンススズカの走りを目にした時と同様の、自分が崩れていくような感覚が友人を襲っているのかもしれない。
「あの時は、トレーナーさんがエルに手を差し伸べてくれました。でも、アタシじゃ……」
彼女自身、グラスワンダーに敗北した身ではあるけれど、スペシャルウィークには先着している。そんな自分がどう声をかければいいのか分からなかった。下手な慰めは相手を傷つけるだけだ。
「いえ……結局、アタシ自身が傷付くのが怖いから、ですね」
頭を振って自嘲するように呟き、エルコンドルパサーは踵を返す。
「大丈夫。スペちゃんは強いウマ娘デスから。きっと、大丈夫」
もう一度振り返り、そう己に言い聞かせながら。
スペシャルウィークはエルコンドルパサーに背を向け衝動のままに走った。
「(負けた、敗けた、まけた、マケタ。グラスちゃんに、エルちゃんに。日本一のウマ娘になるって、お母ちゃん達と約束したのに!! 敗けたんだ、私は、ダービーでッ!!)」
ダービーは特別だ。担当ウマ娘がダービーを獲ったら死んでもいいと言い切るトレーナーがいて、ダービーの為だけに走るというウマ娘がいて、皐月と菊花の二冠ウマ娘よりもダービーウマ娘の方が圧倒的な人気を得る。そんなレース。
それに勝利する事は未だあやふやな『日本一のウマ娘』という夢を叶えるための第一歩、の筈だった。
だが、獲れなかった。
敗北した。グラスワンダー、そしてエルコンドルパサーに。
届かなかった。日本一のウマ娘に。
足元から大地が崩れるような感覚だった。どうやって皆の前で笑顔を取り繕って言葉を紡いでいたか分からない程に内心は荒れていた。
「(お母ちゃん達との約束を、夢を叶えるために走って、敗けて、ダービーを獲れなくて、私、どうしたら……)」
激情が悲嘆に移り変わると共に脚は緩みトボトボとした歩調になる。
「あれ……ここって」
ふと気付くと学園の裏庭が覗ける所まで来ていた。宛もなく彷徨っていたが、まるで何かに導かれたように。
そして、暗闇の中に人影を見つけた。
「……っ!」
驚いたスペシャルウィークは咄嗟に物陰に隠れてしまい、おそるおそる顔を出して様子を窺う。
「あの人は……」
黒鹿毛の長髪に褐色の肌。ふと目を離せば闇に融けてしまうような容姿の小柄なウマ娘が大樹のウロ近くにポツンと立っている。
「……トゥデイさん?」
去年、北海道で母親と一緒に暮らしていた時に見た弥生賞から応援し続けているウマ娘、トゥデイグッドデイだった。ライバルのグラスワンダーと同じチームリギルに所属していて、沖野トレーナーからは今度の宝塚記念への出走が見込まれていると聞いている。
どうしてこんな場所に?
スペシャルウィークは疑問に思った。
グラスワンダーのチームメイトなので、ウイニングライブを見届けた結果帰りが自分たちと同じくらいになるのは分かるが、裏庭まで来る理由が分からない。
この大樹のウロはウマ娘が思いの丈を吐き出す場所。理由は様々だが、特に多いのはレースで負けたウマ娘がその悔しさをぶちまける事。
しかし、トゥデイグッドデイは今日レースを走っていない。ここに来る理由は特に無い様に思える。
そんな思考から首を傾げていると、トゥデイグッドデイの身体がフラリと揺らめきその場に座り込んでしまうのが見えた。
「トゥデイさん!?」
「トゥデイ!?」
「「えっ?」」
咄嗟に飛び出して駆け寄ると、もう一人同じように物陰から飛び出し駆け寄ってきたウマ娘に気づく。
「サイレンススズカさん!?」
去年の皐月ダービーの二冠。クラシック級でのジャパンカップ制覇。シニア級一年目でG1大阪杯を獲り、次の宝塚記念では一番人気確実と目されている異次元の逃亡者、その人だった。
「あなたはスペシャルウィークさん、だったかしら」
「はっ、はい」
静謐な緑の瞳に見つめられスペシャルウィークが背筋を伸ばして返事をすると、サイレンススズカは「なるほど……」と納得したように呟くが、すぐにハッと意識を座り込むトゥデイグッドデイに向ける。
「トゥデイ、大丈夫? 吐き気とかはある?」
膝を付きトゥデイグッドデイと目線を合わせて問い掛けると、彼女はフルフルと首を横に振ってからふらりと立ち上がろうとし、サイレンススズカに手を握られ腰を支えられながら立ち上がった。
「カヒュッ……ごめん、ちょっと目眩がして」
「……そう。無理はだめよ?」
「分かってる、ウッ、ありがと」
サイレンススズカはその答えに表情を僅かに暗くするが、それは夜闇に紛れてしまい他の二人は気付かない。
「……はえ~」
黒い稲妻と彼女に寄り添う異次元の逃亡者という世のウマ×ウマ推し勢昇天物の光景に、この時ばかりは暗い感情を忘れてボーッとしているスペシャルウィークに、トゥデイグッドデイが「……君は?」と短く問い掛ける。
それに意識を取り戻した彼女は「あっ、すみませんっ」と慌てて姿勢を正した。
「私、スペシャルウィークっていいます! 初めまして、ですよね。トゥデイさん、スズカさん」
推しを前に努めて明るく挨拶をするスペシャルウィークの笑顔にトゥデイグッドデイがどこか愕然とした様子で「あ、はい、はじめまして……」と述べただけなのに対して、サイレンススズカは気負いの無いふわりとした笑みを浮かべる。
「今日のダービー、見ていたわ。残念な結果だったけれどいい走りだったと思う。早ければ今年の秋かしら? 一緒に走る時が楽しみ」
「あっ、ありがとうございますっ!!」
現役最強と称されるウマ娘からの賛辞に肩を跳ねさせ頭を深々と下げるスペシャルウィーク。次いでトゥデイグッドデイが躊躇いがちに口を開く。
「スペ、シャルウィークさん。一つ、質問をさせてほしい」
「? はい」
「……君の夢は何?」
「ゆ……め……?」
ドッペルゲンガー説な訳無いよね! スペ本人だよチクショーッ!!
なんて嘆きながら、私は質問を受けて戸惑いの表情を浮かべるスペを見る。
皐月賞、日本ダービー、その2つのG1でグラスワンダーに敗北したスペがどうなっているのか。想定外の遭遇という機会ではあるが、私は見極めたかった。
母親と約束した日本一のウマ娘という夢をスペシャルウィークが抱いていることは知っている。それは『スペシャルウィーク』がダービー馬であり、ジャパンカップでブロワイエ……じゃなく『モンジュー』を打ち破った日本総大将だからこその夢。そこから創作された、否、そんな彼の魂を受け継いだ彼女がダービーを獲れなかった。それがどんな影響を及ぼしているのか。
正直性急すぎると思うし慎重であるべきだったが、そんな思考をする余裕は無かった。スズカの手が柔らかいのが悪い。
「私の夢は……」
問いを受けたスペは胸に手を当て顔を俯かせてしまう。スズカが眉をひそめて「トゥデイ、今この子にそれは…」とASMRではなく耳打ちしてくるが努めて無視する。
沈黙。風が吹き虫の鳴き声が響く。
「……私は、約束してたんです」
数十秒が経ち、呟いてから顔を上げたスペは道に迷った子供のようだった。隣から息を呑む音が聞こえる。
「日本一のウマ娘になるって。天国のお母ちゃんと育ててくれたお母ちゃん、二人の夢を私が叶えるんだって、約束して……」
「でも」とスペは続ける。
「ダービーの最終直線で、届かなかったんです。私は。グラスちゃんと、エルちゃんと……日本一のウマ娘に」
そのウマ娘は『スペシャルウィーク』なんだろう。何故か直感的にそう理解した。
「日本一のウマ娘になる、それが私の夢、でした。だけど……」
これは致命的かもしれない。暗闇でわからないだろうが私の顔はきっと血の気が引いて真っ青になっていると思う。日本一のウマ娘という夢に向かって走れない彼女が、グラスとライバルとしてレースを走れるかは正直厳しいだろう。
新しい夢を持たせられればワンチャンあるかもだが何をどうすれば? 母親から受け継いだ夢を叶えられないと心折れてしまった彼女に、私は。
頭を悩ませていると、じっと話を聞いていたスズカがふと口を開いた。
「その夢は、貴女の夢じゃないでしょう?」
「……え?」
「スズカ?」
何言ってるんだこの先頭民族。
「それは貴女のお母様たちの夢で、スペシャルウィークさんの夢じゃないわ。貴女自身の夢は? 走る理由は? トゥデイが訊いているのはそれよ」
いや違うよ!?
「私は先頭の景色が見たい。トゥデイと、ライバル達とレースの舞台で競い合って、私が先頭で駆け抜けるゴール板の先にある景色を。それは子供のときに見た景色よりもずっと綺麗で、かけがえのない、胸が高鳴って仕方がない、最高に気持ちいいものだから。それが私の走る一番の理由」
やべえよこの先頭民族。
「貴女にもあるんじゃないかしら。心が動いて、思わず駆け出してしまうような、そんな出来事が」
スズカはそう言って優しげな表情でスペを見つめる。
そして件のスペは、スズカの言葉を咀嚼しているのか目を伏せていた。
「心が動いて、駆け出す……私の夢……走る理由……」
呟いたスペは「あっ……」と小さく声を上げて目を開き、何故かこちらを見てバッチリ目があった。
えっ?
「どう? 走る理由は見つかった?」
「……はい。夢……なのかは分かりませんけど、何のために走るのか、どう走りたいのか、見つかった……いえ、思い出せました」
えっ?
「私、トゥデイさんに憧れているんです」
は??????????????????
<晴れ渡る空の下、阪神レース場芝2200。13人のウマ娘達が競います>
<さあ各ウマ娘ゲートに収まり……おっと? トゥデイグッドデイが入ろうとしません。これはどういうことでしょう>
<ゲートを苦手にしているという情報はありませんし、これまでのレースでも見たことの無い光景ですね>
<あっ!? トゥデイグッドデイうずくまっています! ここからでははっきりと見えませんが口元を押さえているのでしょうか? 心配ですね>
<既にゲートインしていたウマ娘たちが出されます。サイレンススズカとマチカネフクキタルがすぐ駆け寄りましたが職員に制止され……ていますが突破しました。担架が運ばれて来てますね>
<えー、トゥデイグッドデイは競走除外となります。競走除外です>
連載はじめて1年以上。ようやく終わりが見えてきた希ガス
花は桜木人は武士ウマはデイカスと盛大に散らせたいなあ! 待ちきれないよ!
あと最終章後編楽しみ
あ、お待たせしたお詫びに自作の挿絵置いときますね。
部屋着デイカスとウマ娘大陸回です。
【挿絵表示】
【挿絵表示】
【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)
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秋天逃げ切り勝利√
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秋天故障半身不随√
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スズカ告白√
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一番いいのを頼む(↑上3つ混ぜ混ぜ)
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その他(活動報告にどうぞ)
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答えだけ見たい方向け