Point of no return.帰還不能点。
夕方の情報番組では早速宝塚記念のことが話題になっていた。
「さて、本日開催されたトゥインクルシリーズ春のグランプリ、宝塚記念ですが波乱の展開となりました。まずはVTRをご覧ください」
そして流れるトゥデイグッドデイのゲート入り直前の一幕。口元を片手で押さえてその場に膝をついた小柄なウマ娘が、サイレンススズカやマチカネフクキタルらに心配されながら担架に載せられ救急車に運ばれる。
「結果としてレースは約二十分遅れて開始し、勝利したのは5番人気のマチカネフクキタル選手でした。URAの公式発表では、トゥデイグッドデイ選手は命に別状はないとのことです」
VTRの中ではゴール板直前でマチカネフクキタルがサイレンススズカを差し切りクビ差で勝利を収めた。そして映像は切り替わり、トゥデイグッドデイについての情報が整理されたパネルが表示される。
「トゥデイグッドデイ選手はトレセン学園高等部に在籍しており、チームリギル所属。過去に勝利した重賞は昨年の青葉賞と今年の中山金杯の2つ。その他金鯱賞で3着、大阪杯では5着という成績を収めています。宝塚記念の人気投票では16位と優先出走権は得られませんでしたが、回避が相次ぎフルゲートに満たなかったこともあり出走が確定。しかし、残念なことに今回競走除外となってしまいました」
そこで司会は一回話を切り、引きのカメラとなったところで話を他所に振る。
「今回の宝塚記念についてですが、どう思われますか?」
「そうですね。勝利したマチカネフクキタルの末脚は見事でした。しかし、もしかしたら、と思わせるレースでもありましたね」
司会に話を振られ答えるのは壮年の男性コメンテーター。トゥインクルシリーズのレースアナリストという肩書を自称し、この情報番組のレースコーナーでは時々顔を出す人物だった。
「それは……トゥデイグッドデイ選手の事でしょうか?」
「ええ。ゲート入り直前の騒動。彼女のアクシデントと競走除外が無ければサイレンススズカが人気通りの逃げ切り勝ちをしたのでは、と私は思います」
そこでカメラが切り替わり、トゥデイグッドデイについての情報を載せるモニターを再度映し出す。
「先程トゥデイグッドデイ選手はチームリギルに所属していると紹介しましたが、こちらにはサイレンススズカ選手をはじめ、かの皇帝やスーパーカー、現無敗の二冠グラスワンダー選手なども所属している最強と名高いチームです。そして寮ではサイレンススズカ選手と同室で、親しい友人関係にあるそうですね」
「友人があのような状態になり平静を保つというのは難しいでしょうからね。彼女達は学生、まだまだ子供です。精神的動揺が走りに影響したと考えるのが自然でしょう」
「なるほど……ここで別の方の意見も伺ってみましょうか」
次いで映し出されたのはかつてウマ娘専門誌で編集を勤めていた男性。
「正直に言うとトゥデイグッドデイ、そして彼女を指導するチームリギルの東条トレーナーの怠慢ですよ。彼女レベルのウマ娘だと人生で一度あるかないかのグランプリ、記念として体調不良をおして出走したんでしょうが結果はこれです。それに、東条トレーナーはこんな状態のウマ娘をなんで出走させたんですかね? まともな走りが出来るわけないし、こうやって騒動の原因にもなる。いや、今回のレースでリギルからは3人出走していましたね。逃げが1人に差し先行が2人……邪推になりますが、チームの栄光の為に……なんて可能性もあります。兎も角、何らかの処分は必要だと思いますよ」
「処分、ですか」
「それこそ一定期間の出走停止やトレーナーライセンスの凍結ですね。リギルがどうとか関係ありません。斜行などの妨害行為となんら変わりませんよ、これは」
彼のコメントの端々から強い憤りが感じられる。
「……とのことですが、同じウマ娘として如何でしょう」
次いでカメラが向いたのは鹿毛のウマ娘。四十歳を超えているとは思えないほどに若々しい彼女は腕を組んで耳を思いっきり絞り、いかにも不機嫌ですといった様子で口を開く。
「勝ったのはマチカネフクキタルよ。レースレコードで、異次元の逃亡者を差し切って。それをさっきから何? 本来ならサイレンススズカが勝っていた、八百長があった、トゥデイグッドデイや東条トレーナーを処分だなんだと、バカ言うのもいい加減にして」
「けれど実際問題影響はあったでしょう? それに、そう言われるのも仕方がない状況ですよね」
「影響があったとして、それはサイレンススズカだけなの? マチカネフクキタルはトゥデイグッドデイ達といつも昼食を一緒に摂ったりする友人よ? 動揺するなら彼女もでしょう? 私達ウマ娘をナメないで。ライバルが走れなくなったのなら、その想いも夢も背負って力に変えて走るわ」
彼女は「それと」と一層眼光を鋭くする。
「あの子達の走りを見て八百長だなんだ疑うようなその節穴、さっさと交換したほうがよろしくてよ」
そう言い切って、彼女は「ふぅ」と一息入れる。
元G1ウマ娘の気迫にスタジオは凍り付いたように静まり返り、それを向けられた元編集は冷や汗を浮かべて黙り込んだ。
「まあ、トゥデイグッドデイにも言いたい事はあるけどね」
「……というと?」
「あんなに周りに心配かけたんだから、数発ビンタされるくらいは覚悟しなさいって」
「ウマ娘のビンタされたら死ぬから。いや私もウマ娘だし大丈……やっぱ死ぬかな」
病室にて。ベッドに横になり備え付けのテレビをザッピングしつつ報道をチェックしていたら、気の強そうな鹿毛のウマ娘のコメンテーターの言葉に思わずツッコんでしまった。
「というか、社会的に死にそう」
呟いてテレビの電源を切る。
スマートフォンはレース場の控室のカバンの中で手元に無いからSNSなどの反応は見れないが、テレビを見た限りそちらも相当炎上していそうだ。
ツイ…ウマッターでは他のウマ娘の投稿を確認しお気に入りするための、プロフ画像すら設定してないてきとーアカウントしか持っていないが、もしこれが他のウマ娘と同様に本人としてアカウントを作って運用していたら……前世の有名な炎上騒ぎを思い出して寒気がする。
宝塚記念で私は13人中12番人気だった。まあ実績や能力を考えれば順当だろう。それがレース前に吐血して救急車で運ばれ、遅れて始まったレースでは1番人気のスズカを差し切って5番人気のフクキタルがクビ差で勝利。そりゃ「アレがなければ」って思う人達が出るわけだ。
これは切腹ものでは?
宝塚記念を走った全てのウマ娘への侮辱の原因となり、特にフクキタルのグランプリ初勝利に水を差した。
いや切腹なんていう綺麗な死に方すら烏滸がましい。腹掻っ捌いて生きたまま鳥に突かれ貪られ苦しみ抜いて死ぬくらいしなければならないのでは?
「うぐッ……」
そんな事を考えていたらまた腹が痛みだした。
私を診察した医者曰く『急性胃粘膜病変』とのこと。ストレスなど何らかの要因で胃粘膜が急に傷付いたらしい。そして胃カメラ検査の結果、胃が裂けているとかなんとか。
原因は十中八九ストレスだろう。
あのダービーの夜、スペに「憧れ」だと言われた。
アニメにおけるスズカのように。
理解できなかった。私はスズカに勝ったことがない。スズカのような圧倒的で、全てのウマ娘にとって理想的な、夢のような走りなんて出来ない。なのにスペは、スペシャルウィークは私に憧れたのだという。
だからじゃないのか? 彼女がダービーに負けたのは。
こんなクソッタレで最低な、掃いて捨てるような十把一絡げの底辺転生者に、ナニカの間違いで憧れてしまったせいで。
スズカ達がアニメと違う道を辿った事を好都合だと思った。グラスペに近づいたのだと思い込んだ。
違った。
それにスペは、彼女の根幹である日本ダービーで負けた。私が『スペシャルウィーク』の魂に傷をつけた。
私の存在が、全てを狂わせた。
実を言えば、宝塚記念への出走を取り消すことも考えた。こんな私がスズカ達と走るなんて、と。
だけど……出来なかった。スズカやフクキタル、エアグルーヴ先輩達は一緒に走ることを楽しみにしていると言ってくれた。グラス達後輩やクラスメイトも応援してくれた。前世含めればひと回り以上年下の彼女達だけど、皆青春を精一杯謳歌している素敵な女の子で、尊敬できるアスリートで、おこがましくて浅ましい考えだけれど、私の大好きで大切な人達なんだ。
けれど、宝塚記念のゲート入り直前。内臓が締め付けられるような痛みと共に視界がぐにゃりと歪み、嘔吐感と共に何かが込み上げてきて、それを抑えようとしたけど間に合わなかった。
ゲートってさ、最内か最外じゃない限りウマ娘に挟まれるんだよ。
両隣の子がそれぞれグラスとスペに、重なってしまった。
グラスペに挟まることを幻視してしまった。
百歩、いや万歩、いいや億歩譲ってグラスペが成らないなら、アニメで見たような日々が過ぎるだけならまだ良かった。私は一人のモブとして、観葉植物のようにそれを見守るだけだ。
だが、そこに私が割って入るなんて可能性あっていい筈が無い。グラスペに、ウマ娘カプに挟まるなんて想像することすら罪だ。
しかも、それを無関係のウマ娘に重ねるなんて、その子達に対する冒涜だ。私は一体いくつの罪を犯したのか、両手の指で足りるだろうか。数えるのも億劫なくらいだろう。
これは私の存在自体が罪では?
「でも、それでも、私は……」
グラスペを成す。そのために私は走ってきた。いくつかのレースを勝った。私の存在によって弾き出された誰かが、涙を流したウマ娘が居る。カルマだ。業だ。ここで私が諦めてしまったら、彼女達の涙はどうなる。
ここで足を止めるわけにはいかない。
まだだ。まだ道はあるはずだ。グラスペに続く道が。
けれど、どうすればいい? どうすれば……。
苦悩する私の耳に「コンコン」と控えめなノックの音が響いた。
「トゥデイ、起きているかしら」
聞こえてきたのはおハナさんの声。
「トレーナー? どうぞ」
「失礼するわ」
そう言って入ってきたおハナさんは普段と変わらないクールビューティー……いや、汗で髪が張り付いていて若干疲労の色が見えた。おハナさんは手近な椅子に腰掛けるとじっと私の顔を見つめてくる。
「……なにか?」
「いえ……体調はどう? 痛みはあるかしら?」
「吐き気などはありません。時々痛みますが今はそれほど。トレーナーはどうしてここに?」
「教え子が救急搬送されたら駆け付けるのは当たり前でしょう。とは言っても、ウイニングライブの準備や他の子への指示でこんな時間になってしまったし、すぐ戻らないとだけど」
こんな時間とは言うが私が運ばれてから2時間も経っていない。スズカは2着でパイセンは4着。ライブ準備以外にも取材などもあったはず。多忙なおハナさんの事を考えれば相当無理したことが伺える。
「スズカ達は……どうでした?」
「とても心配していたわよ。もっとも、強い子達だからライブとかは問題ないけれど。終わればすぐ駆け付けるって言ってたわ。あと、貴女の荷物を持ってきたから後で連絡をいれてあげて」
「ありがとうございます」
おハナさんがサイドチェストに私の鞄を置く。態々控室から持ってきてくれたのか。申し訳ない。
「…………」
「…………」
静寂。気まずい。
私の所為で世間的に相当バッシングされている筈だ。私の事はどうでもいいが、おハナさんにスズカ、フクキタルやリギルの皆、レースを走った面々…彼女たちが貶められるのは非常に心苦しい。
チームからの脱退を求められる事もあり得るだろう。そうしたら、どうしようか。今の私を受け入れてくれるチーム、契約を結んでくれるトレーナーは……。
「……トゥデイ」
「はい?」
「貴女は、走りたい?」
「それは……」
走ることは好きだ。好きになった。スズカやフクキタル達とレースを走ることは楽しい。
けれど、私はグラスペを成すためにトレセン学園に入った。
走りたいのか、走らなければならないのか。
私は、どちらだろうか。
「もし、貴女の中でまだ答えが出ないのなら……タイキのフランス遠征にサポートスタッフとして同行してもらう事を考えているわ」
「え?」
「今、この日本で貴女を取り巻く状況は良くない。ほとぼりが冷めるまで、そして気持ちの整理がつくまで、海外で過ごすのも一つの手だと思う」
「海外……」
海外……遠征……そうか、そうだ。
その手があった。いや、初心にかえったと言うべきか。
私がスペの憧れなら、アニメにおけるスズカポジなら。
「詳しいことは、また今度話しましょう。今はゆっくり休んで」
そう言っておハナさんは病室から出ていった。
ああ、ありがとう、ありがとうおハナさん。
貴女のお陰で私は思い出せた。
憧れは、理解から最も遠い感情だと。
故に、憧れのままに、私は。
「なら、頑張らないと」
別に憧れのまま秋天で死ぬとか考えてませんけどね。デイカス。
死んだらグラスペ堪能できませんし。
初心は大事ってそれ一番言われてるから。
ちなみに史実98年宝塚は7/12、タイキ渡仏は7/21。ウマ娘故に融通は効くでしょうし多分同行は出来るんじゃにゃいかと。
コメンテーターの鹿毛のG1ウマ娘のモデルは居ないです。あと、テレビ五年くらい見てないから情報番組どんななのか分からん。
アプリだったらこの辺り育成シナリオの湿度高そう。
次は周りの反応になると思います。
ではでは~ノシ
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【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)
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