今回挿絵描きました。
宝塚記念の後、トゥデイグッドデイらに対する一部の世論を知ったグラスワンダーは『怒りのあまり一周回って冷静になる』という感情の動きを初めて体感した。
「*南部訛りのスラング* ! *南部訛りのスラング* ! *南部訛りのスラング*!」
そんなでもなかった。
ウマッターにて尊敬する先輩達を貶める発言をするアカウントに対し文字制限一杯のレスを送り付けようとしたところでそれが自身の本垢であることに気付き、またレスバしても火に油を注ぐだけだとウマートを削除する。
トゥデイグッドデイの命に別条はない事は既に東条ハナからチームのSNSで共有されていた。一週間程度は阪神レース場近くの病院で入院することも。
自分に出来ることは今はない。そう判断した彼女は普段と変わらぬ振る舞いをするよう心がける。
なお、その身から溢れる炎のように熱く氷柱のように鋭い殺気は、同室のエルコンドルパサーとそのペットのマンボを震え上がらせた。
宝塚記念翌日。まずはサイレンススズカ達が学園に戻ってきた。東条とエアグルーヴは流石に気丈に振る舞っているが、サイレンススズカは明らかに様子がおかしかった。彼女は走ることが好きだと公言しておりそれは厳しいトレーニングなどでも変わらないが、戻ってきてからの彼女からは走ることへの苦しさ、迷いなどが色濃く出ており、ポジティブな感情が感じ取れなくなりパフォーマンスも低下していた。
「(一番人気を背負い敗北し、その責と非難が病で倒れた思いを寄せる相手に向かう。勝者は讃えられず、レースそのものに泥が塗られる。私だったら……いえ、私にその資格はありません)」
自分なら……と回りかけた思考を止める。勝手に思いを重ねて同情するなど驕りが過ぎると自らを戒めた。
グラスワンダーは朝日杯FSから皐月賞、日本ダービーと続けて勝利を収め無敗の三冠へと王手をかけている。だが、あくまで無敗の三冠とは結果についてくるだけの称号であり、それを目的にはしていない。
ウマ娘の頂点へ。
その夢を成すためには黄金世代の面々を下し、『異次元の逃亡者』を筆頭にシニア級の猛者達と雌雄を決し、そして海外へと打って出る。
確実に勝てると自惚れてはいない。しかし、容易く負けるとも思っていない。それだけの努力を積み強くなった自負がグラスワンダーにはある。
「(そして、トゥデイさんとも)」
尊敬する先輩ウマ娘の走りを思い浮かべる。自身やリギルの先輩達と比べると戦績こそ見劣りするが、猛者揃いのシニア級にて名だたるG1ウマ娘達に最も近い位置にいると言われる強者の一人であり、その経験やスキルはクラシック級の自分とは厚みが違う。
「ふふっ、楽しみですね」
夏合宿を終え、秋になれば彼女達とも走れると思うと、グラスワンダーの口元には思わず笑みが浮かぶ。
そして、トゥデイグッドデイがトレセン学園に戻ってきた。
「トゥデイちゃん大丈夫!?」
「まったく……ヒヤヒヤさせないでよね」
「わたし達、先輩のこと応援してますからっ!!」
「アワワワワ」
宝塚記念の騒動は学園の生徒たちの間にも広まっており、タマモクロス同様に生徒たちからマスコット的な人気を集めている彼女の元には、昼休みやトレーニングの前後の空き時間に心配そうな顔をしたウマ娘達が何人も訪れており、その対応にアタフタしている可愛らしい姿を見ていたグラスワンダーの頬はユルユルだった。
そして、復帰後のトレーニングで彼女はこれまで以上に高いパフォーマンスを発揮していた。坂路を4本、5本、6本と駆け上る様は鬼気迫っており、それに触発され追随しようとしたグラスワンダーは途中で限界を迎え東条に止められてしまうほど。
トレーニングと実際のレースは違う。けれど、前を行くトゥデイグッドデイの背中が眩しくて、それはグラスワンダーの燃える闘志に薪を焚べていった。
だからだろうか。彼女の黄金色の瞳に自分が映っていない事に胸が痛むのは。
同世代のライバルとは特別だ。グラスワンダーにとってエルコンドルパサーら黄金世代がそうであるように。
特に彼女の場合はサイレンススズカとマチカネフクキタルという現役どころか歴代のウマ娘の中での中距離最強決定戦に名前が上がるような二人がいる。自分が眼中になくても仕方がないだろう。
そう、仕方がない。
訳が無い。
「……私の走りで、振り向かせてみせます」
密かに目標の一つに加え、グラスワンダーは前を見据えた。
そうやって意気込んだ結果、トゥデイグッドデイがサイレンススズカに意識を向けた時にモヤモヤしてしまい、夏合宿初日についと袖を引いてしまう。
「(まるで嫉妬深いヒロインのようではないですか)」
それはフィクションだから許されるのであって現実だったら面倒だと思われるムーブである。ジャパニメーションを嗜むグラスワンダーはアニメに擬えて自らを俯瞰し顔を真っ赤にして恥じ入った。
「(でも、スズカさんには悪いですがトゥデイさんとの同室は嬉しいです)」
宝塚記念の一件でぎこちなくなった彼女達に配慮したのか寮とは異なる部屋割りになり、棚ぼた的に同室がトゥデイグッドデイになったことには純粋()に喜んだ。
彼女はトレーニングで体力を限界まで使い切っているのか、入浴と食事を済ませその日の振り返りやレース情報などのチェックを終えると夜更しすることなく消灯時間前にスッと寝てしまう健康優良児。
グラスワンダーは大人びた雰囲気を持つもののまだ女子中学生。寝ぼけ眼を擦りながら憧れの先輩とお喋りしたい気持ちはあったが、寝顔や寝起きの姿や着替えを見られることを役得と思い我慢する。そして寮で同室のサイレンススズカはこれが日常なのだと思うと少し嫉妬した。
夏合宿にはチームスピカとマチカネフクキタルが加わった。ダービーで覇を競い合ったライバルとのトレーニングは非常に刺激になり、とても充実したもの。
一方で、サイレンススズカとマチカネフクキタル、ひとつ上のG1ウマ娘二人は未だに本調子ではないように見えた。
「それでもっ、届きませんか……っ!!」
「現役最強を争う二人デス。エル達もまだまだ……デスネ」
「でも、負けてられないっ!! グラスちゃん、エルちゃんっ」
「ええ、その通りです」
「デース!」
併走などで感じる実力差。ベストパフォーマンスでなくとも見せ付けられる地力の差に悔しさを噛み締めつつ、グラスワンダー達は日々のトレーニングに励む。
そして夏合宿も折返し地点。夕食が始まる前に東条が口を開いた。
「明日、フランスにいるタイキとテレビ通話を夕食後暫くしてから行う予定だ。リギルは全員参加。それ以外は自由参加とする。以上だ」
そう言って席に戻る東条。シンボリルドルフの音頭で食事が始まる。
「タイキさんって、トゥデイさんと同級生のタイキシャトルさん?」
スペシャルウィークがグラスワンダーに訊ねる。
「ええ。スペちゃんもご存知かと思いますが、マイルチャンピオンシップ、スプリンターズステークス、安田記念、3つのG1を制したタイキシャトルさんです。今はフランス遠征中で、明後日のG1レース、ジャック・ル・マロワ賞に出走予定なんですよ」
「はえー……G1三勝……フランスのG1……」
スケールの大きい話に圧倒されているスペシャルウィークの口は半開きだった。
「この間はパール先輩が日本のウマ娘で初めてヨーロッパのG1で勝ちマシたカラ、タイキ先輩も凄い期待されているデース」
先週行われたモーリス・ド・ゲスト賞で勝利したシーキングザパール、そしてジャック・ル・マロワ賞に出走するタイキシャトル共にアメリカ生まれで、グラスワンダーとエルコンドルパサーも出身がアメリカという縁のある4人である。
「えっ、初めてなんだ。知らなかった」
海外レース事情に疎いスペシャルウィークはシーキングザパールの勝利までヨーロッパのG1レースを勝利した日本のウマ娘が居ない事に目を丸くする。
「海を跨ぐと気候もコースも何もかもが異なりますからね。例えばアメリカのダートコースでは土を、日本は砂を使っていますし、ヨーロッパと日本なら芝の種類が違います。これまで慣れてきた環境から如何に適応できるか否かで結果は大きく変わるでしょう」
グラスワンダーの説明にふんふんと頷くスペシャルウィーク。
「海外、海外かぁ……想像もつかないや」
「まずエル達はそこの青鬼とかを倒さないといけなギャンッ!?」
「だーれーがー青鬼ですか誰が」
「悪かったデスけど尻尾引っ張るのはやめるデース!!」
「あはは……ほどほどにね」
二人のやり取りにスペシャルウィークは苦笑するしかなかった。
夏の夜空を見ると、ある歌詞を思い出してふと夏の大三角を探してしまう。
「デネブ、アルタイル、そしてベガ」
サイレンススズカはベランダの欄干に寄りかかりながら東の夜空に一際輝く3つの星を見つけてその名前を呟いた。彼女の薄桃色の唇から漏れた囁きは夜の海風に吹かれて散り、後に残るのは虫と風と波の奏でる音楽だけ。
「(いい風ね……少し暑いけれど)」
同室のエアグルーヴは学園の運営についてシンボリルドルフらと相談することがあると言って出ていったので部屋には誰も居ない。
あの宝塚記念から一ヶ月以上が経った。未だに悪質な記者やパパラッチがリギルの面々が宿泊するホテルやトレーニングを行っているエリアに近付こうとしたり、ドローンを飛ばして撮影を試みたりする事はあるが、東条が手配した鉄壁の警備によりウマ娘達が知覚する前に尽くが排除されており、そうやって齎された確かな平穏とこの夏合宿という非日常は、あの騒動で生まれた混乱を徐々に風化させてくれている。
だからこそ、サイレンススズカは考えてしまう。
「(私、何をやってるのかしら)」
夏合宿へのマチカネフクキタルの参加。寮とは異なる部屋割り。それらが自分の不調をどうにかしようとする東条の策であることは理解している。だが、どうしても踏ん切りがつかずにトゥデイグッドデイらを避けてしまっているのが現状だった。
ふと思い返すのは、あのレースの事。
「(負けたけれど、悔しいけれど、気持ちのいい、良いレースだった)」
負けたことは悔しい。しかし後悔は無い。
サイレンススズカはあのレースで全力を尽くした。一度は差を詰めてきたマチカネフクキタルを突き放し、差し返されての決着。お互い呼吸も足取りも危うくなる程に全てを出し尽くして走りきって、負けた。
『おめでとう。でも、次は負けないわ』
『こちらこそ! 次もこのマチカネフクキタルが勝ってみせます!!』
『今度はトゥデイも一緒にね』
『ふっふっふ、トゥデイさんにだって負けませんよ!!』
心の底から悔しがり、それを隠すことなく勝者にぶつけ、しっかり受け止められた。
それはそれとしてトゥデイグッドデイは大丈夫かとレース後は東条らに詰め寄ったが。
「(それなのに)」
そして、表彰式とウイニングライブを終え、宝塚記念を走ったウマ娘達でお見舞いに行こうという話になったとき、深刻な顔つきになったマチカネフクキタル達一部のウマ娘からトゥデイグッドデイに対してネット上等で巻き起こっているバッシングについて聞かされた。
どうして、とサイレンススズカは啞然とするあまり言葉が出なかった。自分が負けたのはマチカネフクキタルの方が強かったから。それだけなのに、何故、敗因がトゥデイグッドデイにあると言われているのか。
病院に向かうために控え室を出たところで記者達に囲まれたマチカネフクキタルは、自身に向けられたカメラとマイク、その向こうにいる人々に勝者として堂々と言い放つ。
『私が勝てたのは、トレーナーさんや応援してくれるファンの方々の後押しと、私自身が皆さんに、ライバルに勝ちたいと思ったから。そして何より、私のほうが強かったから。それだけです』
異次元の逃亡者達に勝利したグランプリウマ娘としての貫禄と気迫にその場は静まり返り、彼女達は悠々と包囲網を抜け出すことができた。
サイレンススズカは何も言えなかった。負けたことを責められるのならまだ何かコメント出来た。怒りか、謝罪か、奮起か。しかし、世間は彼女に対して同情的であり被害者として扱い、トゥデイグッドデイを加害者に仕立て上げた。
「(私が背負った夢が、これまでの走りが、あの子に牙を剥いた)」
絶対的な一番人気。レースは勝って当然で、何馬身差つけるのか、レコードは出るのか。そんな夢をサイレンススズカは日本中のファンに魅せていた。未だ夢から醒めない者達は、現実を否定するために矛先をトゥデイグッドデイに向けた。
バッシングに晒されている本人はケロリとした様子で、むしろ勝負の結果にケチを付けてしまったと見舞いに訪れていたウマ娘達に涙ながらに謝罪する始末だった。
長い付き合いだ。サイレンススズカは彼女がバッシング自体では欠片も傷付いていない事は分かっている。むしろ炎上騒ぎをどこか面白そうに見ているのには苦笑いするしかなかった。けれど、サイレンススズカの胸の暗雲は晴れない。
「(トゥデイだけじゃない。私と一緒に走った人達やトレーナーさんも傷付けるかもしれない)」
サイレンススズカは恐怖していた。
神戸新聞杯でマチカネフクキタルとトゥデイグッドデイに他のライバル達を見るよう諭された故に、走っていると彼女達が傷付けられ涙を流す光景が過ぎってしまい足が竦んでしまう。
「私は……」
俯いて無意識に言葉が零れそうになったとき、部屋の中のスマートフォンから着信音が鳴った。
「……電話? 誰かしら」
顔を上げ室内に戻り、ベッド脇のサイドチェストに置いてある端末を手に取る。表示された文字列を見て目を大きく見開いた。
「……タイキ?」
次回、タイキシャトルセラピー
書き溜めつつ挿絵出来てから投稿してるので気長に待ってクレメンス
完結後IFルートのアイデア募集してる活動報告
https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=283558&uid=205410
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【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)
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