マチカネフクキタルのヒミツ
トゥデイグッドデイが引き当てた白紙のおみくじは大切に保管している
Side:東条ハナ
「正直、驚いています」
トゥデイの主治医を務める男性がレントゲン写真やMRI画像をモニターに映しながら言う。
「あの毎日王冠、僕も中継で見ていました。3コーナーでの失速とそこからの追い上げに、ハナ差の決着、涙の抱擁。親の死に目と子供が生まれた時以外は泣かないと誓っている涙腺が決壊するくらいには感動しました」
「は、はぁ」
知らないわよ、とバッサリ斬りたいけど無茶しがちなトゥデイに付き合ってくれた恩人でもあるので耳はしっかり傾ける。ウマ娘が好きなのは分かるんだけど、ちょっと変なのよね。
「それと同時に、ああ、これは、とも思いました」
隣に腰かけるトゥデイは相変わらずの無表情。相槌くらいは打ちなさいよとは思うけれど、相手も自分の世界に入っているのか欠片も気にした様子が無いのは幸いか。
「筋か、靭帯か、骨か、どこかしらに致命的なダメージが入るレベルの走りだったのですが、検査結果を見る限りどこも正常。脚の筋肉に軽い炎症がありますが筋肉痛も感じない程度。夏を経て身体が出来上がった事は解っていましたが、まさかこれほどとは。ウマ娘の神秘を前に我々の医学というのは何と無知で無力なのかを思い知らされました」
その割には「いやーまいったまいった」と笑顔で非常に楽しそうなのがこれまた。
「臓器の方も異常ありませんでした。心身ともに健康なようで非常によろしい。これならば来月の天皇賞秋は出走して問題無いでしょう。1ファンとして応援していますよ、トゥデイグッドデイさん」
そんな言葉に送り出され、私とトゥデイは病院を後にする。
「トレーナー」
帰りの車内。ハンドルを握る私に対して助手席に座るトゥデイが珍しく声をかけてきた。
「どうした」
「私は……トゥデイグッドデイは、期待されているんですね」
「そうだな。毎日王冠でのあの走りに夢を見たファンは多いだろう」
「…………」
「それに」
「?」
「もっと前から、お前が走り出した頃から応援しているファンもいる。皆、秋天でのお前の走りに夢を乗せている……私だって、な。勿論、スズカとエアグルーヴにもだが」
そう言うと、トゥデイは小さく吹き出しながら「背中には気を付けた方がいいですよ」と冗談めかして忠告してくるので思わず真顔になってしまった。
それはトゥデイの方が……いえ、今の所スズカが抜きんでているし。うん。
他愛ないやり取りをしつつ、今日はチーム練習がオフの日なのでトゥデイを寮の前まで送ってから学園に戻る。
スズカ、トゥデイ、エアグルーヴの走る秋天だけではない。年末のウィンタードリームトロフィーや夏のメイクデビューで故障したオペラオーの復帰プラン、タイキのマイルCSと距離延長、グラスの菊花賞などやらなければならないことは多い。
「そういえば、グラスから自主トレーニングの連絡が来ていたわね。それも反映しておかないと」
私はチーム練習の時間以外でのトレーニングを強制することはしない。けれど、ウマ娘が自主的に望む場合はそれを受け入れ、プランを組む。
場合にもよるけれど、自主トレーニングは自分の中での葛藤や苦悩のはけ口となり、メンタル面の調子を整える役割がある。
「毎日王冠、グラスにとっては衝撃的だったでしょうし」
あの末脚でトゥデイは一躍秋天でのスズカの対抗バに躍り出た。チームリギルに所属しドリームトロフィーリーグに身を置く猛者たちですら身震いするほどのそれを目の当たりにしてグラスが平静を保てなかったのは仕方のない事だわ。
「菊花賞まで一か月……」
今後を考えるなら、菊花賞を落としたとしてもそれが『次』に繋がれば問題は無い。
グラスの目標はクラシック三冠ではなく、全ウマ娘の頂点に立つことなのだから。
Side:グラスワンダー
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
今日はチームリギルのトレーニングがお休みの日。ただ、友人達はそれぞれの練習があり、かといって一人で出掛けようとも思えなかったわたしはトレーナーさんに連絡を入れた上で自主トレーニングを行っていました。
場所はトレセン学園近所の寂れた神社。非常に長い石段を持つここは、トゥデイさんを始めとする一部のウマ娘がピッチ走法のトレーニングをする場所として知る人ぞ知る穴場です。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ」
三冠を賭けた菊花賞の舞台である京都レース場には高低差4.3メートルの『淀の坂』があります。これまでに経験のない3000メートルという長距離レースでスタミナの消耗を抑える為に淀の坂を効率的に走る事は必要不可欠。そう考えてのピッチ走法のトレーニングでは当然、参考にするのは代名詞的ウマ娘であるトゥデイさん、彼女が日頃している走りを思い浮かべ──
──大外から誰か一人突っ込んでくる!!
「………ッ」
けれど、脳裏によぎるのは毎日王冠のトゥデイさんでした。
バチリ、と迸る黒雷と遠ざかる背中を幻視します。
その幻を追い掛けて最上段まで駆け上がると疲れから足元が覚束無くなり、はしたなく地面に座り込んでしまいました。
冬の気配の混じる風が火照った身体を撫でる。雲は高く、眼下の町並みの緑も徐々に色付く。日本に渡って数度目の秋。
「次は、菊花賞なのに……」
わたしの瞼には、あの時の黒い稲妻が焼き付いてしまっています。心が囚われてしまったと言ってもいいのかもしれません。エルたちライバルへ向けなくてはいけない気持ちがトゥデイさんへと向いてしまっている。
「なんたる驕り、なんたる慢心、こんな心で、スペちゃん達に挑もうなんて……侮辱にも程があります」
自覚している。自省している。自戒している。けれど、どうしても振り切れない。
「……これなら、わたしは」
菊花賞ではなく、トゥデイさん達が走る天皇賞秋に出たほうがいいのではないか。そう思ってしまいます。
膝に顔を埋めて懊悩していると、カツカツと蹄鉄が石段を叩く音が近付いてきました。
「おや? なんとも奇縁というか……ふむ、これもシラオキ様のお導きでしょうか」
現れたのはマチカネフクキタルさんでした。わたしと同じくトレーニング中なのかジャージ姿の彼女は菊花賞、宝塚記念を制したG1ウマ娘にして、唯一スズカさんに先着した怪物。先日はセイちゃんが出走した京都大賞典を制し、秋の盾を狙うことを宣言しています。
そんなフクキタルさんはわたしの目を見詰めながらニッコリ笑います。
「グラスさん、少しお話ししませんか?」
そのお誘いに、わたしはコクリと頷きました。
二人並んで石段の隅に腰掛け、ごちゃごちゃした心をそのままに今の心境を話すと、長々とした話にも関わらず聴いてくれたフクキタルさんは「なるほどなるほど〜」と納得したように頷きます。
「少し、昔話です」
「はい?」
「去年の神戸新聞杯まで、スズカさんのライバル、いえ、視界に入っていたのはトゥデイさんだけでした」
「……」
「当時の私はそれが許せなかった。だからレースのあと、私はスズカさんに言いました『誰と走っていましたか』と」
「誰と……」
「アハハ、その時は勝ったからそう言いましたけど負けてたらどうだったんでしょう……『視界にも入れないなんて悔しいです』とか捨て台詞を吐いていたかもしれませんねっ」
フクキタルさんは冗談めかしながら言います。けれど、わたしはザーッと血の気が引いていくのを感じました。今のわたしが菊花賞を走ったら、勝っても負けてもその時のフクキタルさんと同じ気持ちをスペちゃん達にさせてしまうでしょう。
顔を青くしていると、フクキタルさんがポツリと呟きました。
「グラスさんが羨ましいです」
「えっ?」
しみじみとした、いえ、これは心の底からの羨望か、じっとりと湿り重たい気持ちが晴れの日の日差しのようなフクキタルさんから漏れ出ています。
思わず顔を上げると、昏い光を宿した瞳と目が合い思わず「ひゅっ」と息を呑んでしまいました。
「グラスさん、私達の世代が何と呼ばれているか、ご存知ですか?」
「そ、それは」
スズカ世代、そう呼ばれている事は知っていますが言葉が出てきませんでした。フクキタルさんは「すみません、意地悪な質問でしたね」と苦笑して雰囲気を戻します。
「皐月賞、日本ダービー。私も、誰も、スズカさんのライバルになれなかった。神戸新聞杯、菊花賞で届きましたが遅すぎました。まあ今は私にトゥデイさん、タイキさんだっていますが…………さて」
フクキタルさんはこう言いました。「貴女達は、何と呼ばれていますか?」と。
「黄金、世代」
ぽつり、と答えるとフクキタルさんは笑みを深めます。
「全員がライバルで、お互いに意識しあっている。実力も伯仲しています。だからこそ、グラスさんが無敗の二冠を成しても黄金世代と呼ばれているわけですっ。羨ましいことに」
「で、ですが、それなら、それなのに、そんなライバル達が居るのに、わたしはトゥデイさんを」
葛藤を言葉にすると、フクキタルさんはキョトンとした顔をしたあとに「むふふふふ」と笑い出しました。
「難しく考えなくて大丈夫ですよ。今はカメラのフラッシュが目に焼き付いたようなもの。それに、グラスさんのライバル達は、黄金世代の皆さんは、貴女が無視できる程度のウマ娘ですか?」
違う。彼女達は、わたしが全身全霊を賭して挑み打ち破らなければならない強者です。
そんな内心を察したのか、フクキタルさんはすっくと立ち上がると「休憩しゅーりょー! さて、トレーニングに戻りましょうか!」と声を張ります。
……担当トレーナーにアイアンクローされて嬉しそうにしていたり怪しげな占い屋を開いたりスズカさんの天然に振り回されていたり振り回したりと何というか……独特な方という印象でしたが、グランプリウマ娘の貫禄とでも言うのでしょうか。厚みの違いを実感しました。
「ありがとうございます、フクキタルさん」
頭を下げると、彼女は「いえいえいえ、感謝するならライバルの皆さんにしてあげてください」と苦笑します。
「ふふっ、わかりました。そうさせて頂きます」
わたしも苦笑で応じると、フクキタルさんは「ではっ!」と背を向け石段を降りていきました。
「……鉢合わせるのも気まずいですし、もう少し休んでいきましょうか」
びゅうと風が吹く。
落ち葉が巻き上げられ、行き先を視線で追う。
秋の
Side:オリ主
病院から寮の自室に戻った私は日記をつけている。ルームメイトのスズカは走りに行っていると連絡が入っていたので居ない。
これは『普通のウマ娘、トゥデイグッドデイの日記』だ。私が転生したウマ娘『トゥデイグッドデイ』を『普通のウマ娘』としてロールプレイしながら記す黒歴史である。まあ、とは言っても私の記憶は病院で目が覚めた時から始まっているし、そこから入学までの内容は深夜テンションによるアレな内容だが。
なんだ「私はトゥデイグッドデイです×沢山」って。しかも表紙の筆記と今の筆記で変えてるとか……私は最初からトゥデイグッドデイだろうに。目覚めてからふと浮かんだ名前を名乗ったら誰からも否定されなかったし、耳飾りにも名前書いてあったし。これ、将来矛盾点突かれて恥ずか死ぬやーつ。いやそれが目的なんだけど。
おっと、日記が途中だった。
──毎日王冠の最終直線、ただ勝ちたいとだけ思った。スズカに勝ちたいと。そこからはがむしゃらで殆ど覚えてない。けれどゴールの瞬間、あと少し届かなかった事だけははっきり覚えてる。
百合の間に挟まってしまった罰として書いている日記だが、この毎日王冠のものについては少し毛色が違う。
毎日王冠、スズカにペースを握られまいとスタートダッシュを決めようとした私は開きかけたゲートに頭をぶつけ出血した。出血と、呼吸困難による体力の消耗から意識が薄れた時、私の胸の底から湧き出てくるものがあった。
『勝ちたい』『スズカに勝ちたい』『負けたくない』
そんな渇望だ。願いだ。祈りかもしれない。
それに身を任せた結果があの末脚だった。
あれは何だったのか。思いを馳せ記憶を辿るとふと思い当たるものがあった。
──ウマ娘とは、競走馬の魂を受け継いだ存在。
アニメの冒頭でそんな感じの事をナレーションしていた気がする(うろ覚え)。
つまるところ、私は『トゥデイグッドデイ』という競走馬の魂を受け継いでいて、毎日王冠では極限状態でそれが表出した、ということだ。Q.E.D.証明完了。
トゥデイグッドデイなんて競走馬は知らないが、前世の私はスズカのライバルっぽいマチカネフクキタルだって知らなかったくらいだし……うん……。
まあそれは置いておいて、私は『トゥデイグッドデイ』に、彼に申し訳なく思った。
あの走りを思い返すにきっと強い馬だったんだろう。それが私みたいな萌え豚百合厨の魂とフュージョンしてしまったせいで負けたり勝ったり怪我したりと踏んだり蹴ったり。あの涙は悔しさに咽び泣く『トゥデイグッドデイ』が流したのだろうが、口をついた謝罪は私から彼に向けてのもの。
──だからこそ、これは決意表明だ。
秋の盾は、私が、トゥデイグッドデイが獲る。
そしてスズカの故障を防ぎ、グラスペを成す。
覚悟はいいか? 私はできてる。
あ、そういえば写真判定の結果が出た後、意識無くして倒れたところでスズカに抱きとめられたんだよな。ギルティ。
次は他の黄金世代か天寿だと思うンゴ
【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)
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秋天逃げ切り勝利√
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秋天故障半身不随√
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スズカ告白√
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一番いいのを頼む(↑上3つ混ぜ混ぜ)
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その他(活動報告にどうぞ)
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答えだけ見たい方向け