転生オリ主ウマ娘が死んで周りを曇らせる話   作:丹羽にわか

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天寿前にエルスペ回


第38R 遠くを見て

 

 

Side:スペシャルウィーク

 

 

 

 毎日王冠から少し経ったある日の放課後。さあトレーニングだ、と部室に向かおうとしていると、トレーナーさんから「ジャージに着替えて校門前に集合!」とチームスピカのグループLANEに突如連絡があり、不思議に思いながら足を向けたのがつい先ほど。

 

 

「よし、みんな揃ってるな」

 

 

 校門前にデンと留まっていたワゴン車の運転席の窓からトレーナーさんが顔をのぞかせています。

 私含めてスピカの皆さんは疑問符を浮かべていますがトレーナーさんは意に介さずゴールドシップさんを手招きし、折り畳まれた一枚の紙を彼女に手渡しました。

 

 

「いいか、ゴールはそこだ」

「なんだこりゃ?」

「……宝の地図デース?」

 

 

 ゴールドシップさんが訝しげな表情で開いたA3サイズの紙を横から覗き込みながらエルちゃんが首を傾げます。

 

 

「いえ、旅館とありますわね……随分と山奥のようですが」

「ナンジカンカカルノコレー」

「府中中山京都……日本のレース場、そしてレースに坂はつきものだ。エルが走る秋天なら心臓破りの坂が、スペの走る菊花賞なら淀の坂がそれぞれ待ち構えてる。坂の特訓、それに体力つけて秋のG1、獲ってこい!」

 

 

 言っていることは分かりますけどこれがトレーニング? と首を傾げる状況に皆が困惑している中、トレーナーさんは「18時までに着かなかったら夕飯抜きだからなー」というセリフを残して走り去っていきました。

 

 

「「「「「「ええーーーっ!!??」」」」」」

 

 

 私達は驚きの声を上げますがトレーナーさんが戻ってくる事は無く、冬の気配交じりの風が私たちの間を空しく通り過ぎていきます。

 

 

「……あの方、本当にトレーナーですの?」

「何だよマックちゃんしけたツラしやがって、面白くなってきたじゃねえか」

「エエー…」

「これじゃあトレーニングというより」

「修行だな」

「修行……いいじゃないデスか!! 友情、努力、勝利に修行パートは欠かせまセン!!」

「あははは……」

 

 

 先陣は張り切ったエルちゃんが「フォロミー! アタシについて来て下さいデース!!」と地図を手に走り出し、「旅館の漢字が読めてなかったのに大丈夫ですの!?」とマックイーンさんが危惧して残りの全員で追いかける形に。

 

 

 ゴールまでの道のりには色々な事がありました。何故か海に出たと思ったら名状しがたい生き物と遭遇してそれをゴールドシップさんが謎の言語で送り返したり、山道を走っていると地元でも見たことがないサイズの巨大熊が現れてそれをゴールドシップさんが「熊を一頭伏せてターンエンド!!」と背負い投げで撃退したり、他にも、沢山。

 

 

「!! おせーぞ、おま、え、ら……?」

 

 

 這う這うの体でゴールの旅館にたどり着いた時、私たちの口から言葉が出る事すらありませんでした。

 旅館の前の街灯の下で待ち構えていたトレーナーさんに話しかけるどころか視界にすら入れずに虚ろな目で建物に入っていったらしく、お風呂に入ってから食事を前にしてようやく意識が戻ってきた私たちに、これまでに見たことないような真面目な顔で「すまん、悪かった」と謝罪してきました。

 

 ゴールドシップさんはケロッとしていましたが、まあ、あの人はそういう存在だと納得しています(遠い目)。

 

 そして、その日は日帰りの予定でしたが私達の余りの疲労困憊具合に旅館に一泊することになりました。明日が休日で良かったです……。

 

 部屋割りは四人部屋を私、エルちゃん、ウオッカさん、スカーレットさんで一部屋。ゴールドシップさん、マックイーンさん、テイオーさんで一部屋という組み合わせです。トレーナーさんは今日乗っていた車がレンタカーだったらしく、それを返してからまた明日こっちに来るらしいです。

 

 

「「くか~、すぴ~」」

 

「二人トモ仲良く寝てマスネ」

「ふふっ、そうだね」

 

 

 食事を終えて部屋に戻ったあと、どっちが長く起きていられるかを競っている間に寝落ちしてしまった二人に布団をかけながらエルちゃんと笑い合う。

 勝敗はどうだったっけ? 二人は眠気に抗うためにしりとりを延々としてましたけど、いつの間にか声が聞こえなくなりましたから。

 

 もう夜も随分と更けました。「くぁ…」と漏れかけたあくびを噛み殺して時計に目をやると、寮の消灯時間に迫っています。

 

 

「もうこんな時間デスね……寝まショウか」

「うん」

 

 

 エルちゃんの言葉に頷いて二人並んで布団に潜り込みます。

 

 

「ん……うぅん……」

 

 

 寝ようと暫く目を瞑っていましたが、いつも使っている枕と違うので少し据わりが悪いです。

 

 違和感にモゾモゾしていると、「スペちゃん」と隣から小さな声が届きます。

 

 

「エルちゃん? なに?」

「…………」

「?」

 

 

 返事をしても返ってきたのは無言でした。どうしたんだろう、と寝返りを打って顔を向けると、マスクを外した状態のエルちゃんと目が合いました。

 

 

「マスクが……」

「──トゥデイ先輩の事、スペちゃんはどう思うの?」

 

 

 急な質問に私は「トゥデイさんの事?」とオウム返ししてしまいます。

 

 

「……去年のジャパンカップ。アタシはスズカ先輩の走りを見て折れた。レースの世界で最速を、最強を証明する。その夢のために被っていた『最強無敵のエルコンドルパサー』の仮面は、粉々になった」

「最強を、証明? エルちゃんが?」

 

 

 その独白に私は怪訝な表情になってしまいます。だって、私の知っているエルちゃんは勝ちたいという強い意志で走る『挑戦者(チャレンジャー)』だから。

 

 

「世界を知らなかった。井の中の蛙大海を知らず、だっけ? 昔のアタシは正にそれだったの」

 

 

 苦々しい笑みを浮かべたエルちゃんは「それで」と言葉を繋げます。

 

 

「あの毎日王冠はアタシにとってそのトラウマを克服するためのステップの一つだった。でも、スズカ先輩の影も踏めなかった……ジャパンカップよりも疾くて、誰も追い付けないと思った……一人を除いて」

 

 

 その一人に、私は心当たりがありました。

 

 

「……トゥデイさん」

 

 

 呟くと、エルちゃんはギリッと歯を噛み締めます。

 

 

「並べなかった。あっという間に背中が前に、遠くにあって……すごく、凄く悔しくて……でも」

 

 

 ギュッと胸の前で手を握りしめるエルちゃんは、フッと柔らかな笑みを浮かべます。

 

 

「あとハナ差2センチ……諦めなければ届くんだ、超えられるんだ、って……勇気を、貰った」

 

 

 エルちゃんは笑顔から一転、真剣な表情になります。

 

 

「スペちゃんは、どう思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルコンドルパサーがスペシャルウィークの様子がおかしい事に気付いたのは毎日王冠が終わった後。

 トレーニングや勉強などやる事がある時には意識はしっかりそちらに向いているが、ふとした空白の時間に何かを考えこむ事が多くなった。

 その原因は恐らくトゥデイグッドデイだろうとエルコンドルパサーは見当をつけていた。

 偽りの仮面を被ってきた彼女にとって、純真で純朴な友人の視線や言動を察することは難くない。スピカのトレーナーも原因には気付いているだろうが、様子を見ているのか直接的な行動に移してはいない。この温泉旅行? は気分転換と「あわよくば」コミュニケーションによって解決しないかという期待があってのものだろう。

 

 そして、エルコンドルパサーは仕掛けた。

 

 

「──ねえ、エルちゃん。エルちゃんは、グラスちゃんや私たちに『遠くを見てほしい』って思った事、ある?」

「遠く?」

「そう。遠く。この先の未来、波濤を超えて」

 

 

 エルコンドルパサーは察した。この問いが、友人を思い悩ませているのだと。そして、この問いを口にしたのは。

 

 

「それを、トゥデイ先輩が?」

 

 

 確信を持って訊ねてみると彼女はコクリと頷く。

 

 

「あと、その言葉の前にトゥデイさんは、毎日王冠を走るグラスちゃんにこう言ってた。『見るべきは、私達じゃなくて、君たちライバルの筈。クラシック三冠を賭けて、黄金世代を』って」

 

 

 ライバルを見るべき。

 遠くを見てほしい。

 

 グラスワンダーに向けての物だとすると矛盾する2つの言葉。

 

 

「……つまり、スズカ先輩に?」

「うん、私もそう思う。でも、それだとモヤモヤして」

「モヤモヤ?」

「トゥデイさん、その後にこうも言ってた。『私には、難しいけれど』って」

「…………」

「毎日王冠を見て、もっと分からなくなったの。だって、スズカさんはトゥデイさん達ライバルをちゃんと見てる。トゥデイさんは、困難を乗り越えて届いた。それなのに、なんで」

 

 

 スペシャルウィークには彼女の意図が分からなかった。けれど、とても大事な、大事なことを言われたのだと理解(わかって)いた。

 

 

「…………風の噂だけど」

「噂?」

「スズカ先輩、去年の年末に香港から招待があったけど断ったって。ドバイからも。それと、URAからは海外遠征を勧められてるとか」

 

 

 海外、いや世界。未だG1の頂には手が届かないスペシャルウィークにとっては遠い話だったが、それでもエルコンドルパサーの言わんとする事は分かった。

 

 

「スズカさんが海外遠征をしないのって」

「……トゥデイ先輩達を置いて海を渡れる人だと思う?」

 

 

 否である。

 

 

「自分達に執着せず海外で活躍してほしい。自分はそこには一緒にいけない。そんな言葉だったのかも」

「……」

「スペちゃんはさっき、アタシが皆に「遠くを見てほしい」か訊いたよね」

「……うん」

「アタシは、嫌だよ。ライバルだもん。アタシを見てほしい……秋天を走るのに言うのもおかしいかもだけど」

 

 

 苦笑するエルコンドルパサー。

 

 

「それに、たぶんトゥデイ先輩はそれだけじゃないと思う」

「え?」

「だって、そんな想いであの走りは出来ないよ。むしろ、先に行くから決着は凱旋門でつけるぜ!! くらいあるかも」

 

 

 スペシャルウィークはエルコンドルパサーの言葉にパチパチと目を瞬かせると、クスリと笑みを溢した。

 

 

「あははっ、トゥデイさんはそんな言葉遣いじゃないって」

「そ、そこはどうでもいいでしょ!」

 

 

 赤面するエルコンドルパサーを見ていると、スペシャルウィークは胸のモヤモヤが晴れていくのを感じた。

 

 

「全部憶測、予想、妄想だけど、スペちゃんが心配に思うようなことはないって、一番間近にトゥデイ先輩の走りを見たアタシはそう思う」

「うん、そうだね、ありがとう」

 

 

 それから今日のトレーニングについての愚痴やら何やらを話していると、疲れがドッと湧いてきて目蓋がとろんと落ちてくる。

 

 

「(海外、かあ。いつか、私も……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

 

 沖野トレーナーは自前の原付で旅館を再訪し、「よーし、疲れも取れてるみたいだし帰りも頑張れよー」とあっけらかんと言い放つ。

 

 

「ふんぬぅーーっ!!」

「あぎゃあぁああああああああっ!!??」

 

 

 これにキレたメジロマックイーンによってパロ・スペシャルなどの折檻を受けたが、誰も庇い立てする者は居なかった。

 

 

 

 

 

 




エル、痛惜の解釈ミス
海外に行ってほしいのはグラスペなんだ
でもスペに海外への思いを植え付けるのには成功したからOK牧場?

マスク無し&敬語無しエルの口調分からん。

次こそは天寿のはず







あと2センチは『届いた』か否か。『次なら』超えるのか否か。

『普通のウマ娘、トゥデイグッドデイ』は秋天で逃げるけど、それはなんでやろなあ

【再掲】完結後の秋天IFルートで一番読みたいのは?(好みの調査です。感想への誘導が規約違反だったので再掲)

  • 秋天逃げ切り勝利√
  • 秋天故障半身不随√
  • スズカ告白√
  • 一番いいのを頼む(↑上3つ混ぜ混ぜ)
  • その他(活動報告にどうぞ)
  • 答えだけ見たい方向け

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