今回はちゃんとレースする。あと、レースのルールとかで捏造設定あるけど許してクレメンス
《ゲートが開きました!》
ガタン、という音と共にゲートが開き駆け出すウマ娘達。
出遅れのないほぼ横一線の綺麗なスタートからレースは始まり、後はサイレンススズカが順当にハナに立つかと思われたが──。
《まず飛び出したのは……トゥデイグッドデイ!?》
場内のスピーカーから響く実況の驚愕の声。そしてターフビジョンに映し出された映像を見た観客からどよめきが漏れる。
この場だけではない。テレビ、ラジオ、スマホ、ありとあらゆるメディアの前の人々は、その展開に驚愕した。
《漆黒の髪をなびかせたトゥデイグッドデイが先頭を駆ける!! 駆ける!! 一気に4バ身、5バ身、6バ身とリードを広げます!》
黒鹿毛の長髪に褐色の肌。黒の勝負服に身を包んだ140センチにも満たない矮躯のウマ娘が、まるで一人だけゲートが無かったかのようなスタートによりあっという間に大きなリードを得た。
「なっ!?」
「はぁっ!?」
「嘘っ!?」
思わず驚愕を声に出してしまうのは、驚異的な末脚を持つトゥデイグッドデイらをマークする作戦を立てていたウマ娘達。
《これまで差し主体だった彼女が逃げを選択しましたね。他の娘は動揺していますよ》
先月の毎日王冠ではトラブルからの失速、そして再加速でかの『異次元の逃亡者』サイレンススズカにハナ差2センチに迫るという、彼女が見せた稲妻の如き末脚。
過去唯一サイレンススズカに勝利したマチカネフクキタル同様に今回の作戦も先行か差しだろうと観客、専門家、ライバル、そのトレーナー、誰もが確信していた中での逃げ。
《これは誰も予想していなかった展開だ!! あのサイレンススズカが、異次元の逃亡者サイレンススズカがまさかの2番手!! 先頭はトゥデイグッドデイ!!》
「な……ッ!?」
グラスワンダーは思わず身を乗り出し絶句した。
ウマ娘の高い視力はトゥデイグッドデイが一人だけ、ゲートなぞ無かったかのようにスルリと抜け出し、最初からトップスピードでハナを取った様子を肉眼で捉えていた。
「今のスタートは……」
「端的に言い表すならば、ゲートが開くタイミングに合わせてスタートしたんだろう」
シンボリルドルフがスタートの瞬間を思い返しながら言うと、それを聞いたグラスワンダーは「当たり前の事では?」と怪訝な顔をした。
「ん? ああいや、少し意味合いが違うんだ」
視線は単騎逃げるトゥデイグッドデイにジッと向けたまま、シンボリルドルフは顎に手を当てる。
「ゲートが開いてから動き出すのが君の言っている『当たり前』だな。しかし、知っているか? ヒトもウマ娘も反射反応時間はコンマ1秒から2秒程度、つまり何かを認識してから動き出すまでには僅かにラグがある。しかし、トゥデイはゲートが開くよりも先に、タイミングを測った上で動いていたように見えた」
「開くより先に動く……ッ!!」
グラスワンダーはなにかに気付いたのかはっと目を見開く。
「毎日王冠の怪我は」
「恐らく、今回と同様の事を行おうとして失敗したんだろう」
「ふーん……ゲートが開くより先にってルール上大丈夫なのかい?」
フジキセキが訊ねると、シンボリルドルフは腕を組んで眉根を寄せる。
「現状トゥインクルシリーズの競技規則に『扉が開くより先に走り出してはいけない』というルールは無いと記憶している。ゲートという物理的な障害が有る故に問題にならなかったのだろう。しかし、トゥデイが毎日王冠でゲートに衝突、出血したようにこれは危険な行為だ。偶然ではなく故意の可能性が高い以上、今回は兎も角、近い内に協議の末規制される事になると思う」
シンボリルドルフはチラリと東条の方へ視線を向けた。白フレームの眼鏡を通してレースを見つめるその瞳に動揺の色は見受けられない。東条の方針として指示したわけでは無い筈だが、トゥデイグッドデイの思惑を察した上で黙認したと見るのが妥当だろう。
「グレーな作戦だが生粋の逃げウマ娘であるスズカには有効……いや、スズカは競り合うつもりは無い、か」
トゥデイグッドデイがスタートダッシュに成功し外から内に緩やかに切れ込みつつ大きく逃げるのに対してサイレンススズカは競り合わなかった。
シンボリルドルフは感心した。
雑誌の取材へのコメントなどで時折顔を覗かせる先頭への強い拘りに、主にネット上で『先頭民族』と呼ばれる事もあるのがサイレンススズカというウマ娘であり、それはリギルのチームメイトである自分たちもよく知る所だ。
しかし、彼女には逃げるトゥデイグッドデイを無理に追う素振りは無い。
競り合って互いに消耗することを避けるためか、走りにくさからペースを上げられないのか、ここから判断は出来ないが、精神面での成長を実感する。
「トゥデイちゃん、スタートしてからのストライドがいつもより広いわね。回転数をピークに持っていくのに時間が必要かつ、最高速に劣るピッチ走法を捨てたということかしら」
マルゼンスキーはサイレンススズカすら置き去りにする初速を発揮する小さな後輩を冷静に観察、分析する。
「その分消耗は大きいはずさ。いくらあの子のスタミナが桁外れでも、あのスタート、それに走りは筋肉に無理をさせ過ぎる」
「加えて初めての逃げ……後方からのプレッシャーによる精神的負荷も相当だろうね」
ヒシアマゾンとフジキセキはターフビジョンに映るトゥデイグッドデイに目をやる。そろそろレースは中盤に差し掛かろうとしていた。
《さあ2コーナーを回り向こう正面。ハナを進むのは依然としてトゥデイグッドデイまさかの逃げ。その後ろ3バ身サイレンススズカ沈黙を保っているがこれはどうか。5バ身程離れて内エルコンドルパサー外エアグルーヴが続いてキンイロリョテイ、レップウソウハ、中団にメジロブライト、その後ろマチカネフクキタルはやや外か。最後方はアサヒノノボリ》
「(トゥデイさんが逃げるなんて全くの想定外です)」
マチカネフクキタルは思案する。
毎日王冠で見せたトゥデイグッドデイの末脚は各陣営を警戒させるものだった。そんな彼女と、唯一サイレンススズカに勝利している末脚自慢の有力バである自分はマークされ、思うようなレースはさせて貰えないだろうとトレーナーから言われていた。
「(トゥデイさんの逃げで意識が逸れたのかマークこそされていませんが、皆さん全体的に前目につけてますね。これは終盤直線に向いた時点で壁になるかもです。最悪、大外を回るか、一か八か内に飛び込むか、でしょうか)」
如何に豪脚と呼ばれるマチカネフクキタルであっても進路が塞がれてしまえばどうしようもない。距離と体力のロスを覚悟で外か、塞がれ接触のリスクがある内か。
「(レースはスロー、いえミドルペースですかね? このペースは普段のトゥデイさんからすれば速いですし、慣れない逃げとスタートダッシュで相当に消耗している筈。毎日王冠程の末脚のキレはないと見ていい。スズカさんも2番手につけたストレスはあるでしょう)」
このまま後ろで脚を溜め、終盤に仕掛ける。方針を定めたマチカネフクキタルは前を見据えた。
「(トゥデイさんが本気で勝ちに来たからこその奇策。なら)」
「打ち破ってみせましょう」
エルコンドルパサーは混乱していた。
「(スズカ先輩が2番手!? トゥデイ先輩は逃げてるし、何なのこれ!?)」
彼女自身は今回のレースを先行策で行くのは決めていたが、先日の毎日王冠のような超ハイペースになった場合は追わずに脚を溜めておくつもりだった。
また、トゥデイグッドデイやマチカネフクキタルといった末脚自慢はスタートの瞬発力に欠けている故、他の娘達が壁になって封じ込めにかかるだろうという算段もあった。
それらはもう意味をなさない。
「(甘えるな、エルコンドルパサー)」
動揺する思考をリセットし、冷静に状況を俯瞰する。
「(ペースは遅い。これくらいならスズカさんを早めに交わして…いや、それでペースを上げられたら毎日王冠と同じ結果。外を回る分アタシが不利)」
戦略を組み直す。
友情努力勝利を愛する熱血気質な言動の裏、マスクの下にあるのは怜悧でクレバーな一面だった。
「(勝負は4コーナー。二人が外に膨らんだ瞬間に最内に切り込んでスパート、ゴール直前で交わす。フクキタル先輩達が仕掛けるタイミングにも注意しないと)」
「(アタシが、勝つ)」
東条はストップウォッチを手にラップタイムを刻みながらレースを観ていた。
《1000メートルの通過タイムは…58秒9!! トゥデイグッドデイ先頭その後ろ2バ身サイレンススズカ、そこから3バ身差でエルコンドルパサー追走!! どうでしょうこの展開!?》
《トゥデイグッドデイがペースを作っていますね。毎日王冠ではサイレンススズカが1000メートル57秒7のタイムを記録していますが、抑えているようです》
スピーカーから響く声。手元ではストップウォッチが1秒1秒時を刻んでいる。
「(計画通り……かしら。トゥデイ)」
58秒9。サイレンススズカが作り出す超ハイペースと比べれば随分と遅く感じるが、それでも1ハロンのラップタイムが平均12秒以下でないと出せない時計だ。
今のペース、走法は相応に脚へ負担がかかり、逃げていることで受ける風圧や強引なスタートダッシュの負荷など現状トゥデイグッドデイが被っているマイナス要素は大きい。
しかし、それは他のウマ娘も同様だ。
「(ハナを切ってリードを広げてからのペースダウンで中盤1、2バ身のリードを保つ。末脚自慢の娘達をスズカが2番手につけているという状況や過去のレースとの対比から『遅い』と錯覚させて前目につかせて脚をすり潰す。そしてスズカ相手にはリードを保ち続けて抜かせない……マチカネフクキタルは察したのか後ろね。流石、と褒めるべきかしら)」
東条が思い出すのは天皇賞(秋)の出走表が発表された日の夜のトレーナー室。チームのトレーニングが終わった後、「伝えておきたい事が」と部屋を訪ねてきたトゥデイグッドデイとの遣り取り。
「秋天は逃げる? どういうつもりだ、トゥデイ」
「あの脚は使いません。いえ、使えないものと考えて走るしかありません」
「……続けなさい」
すわ故障か変調かと眉根を寄せる東条だが、それは杞憂だった。
トゥデイグッドデイの話では、あの時の末脚は意識して出したものではなくまさに無我夢中、我武者羅に走った結果のもの。そんな曖昧なモノ頼りに走るなんて事はしない。出来ないとの事だった。
「毎日王冠のゲートとの衝突。あれは、秋天のためにかしら?」
「……流石です、トレーナー」
東条の指摘にトゥデイグッドデイは瞠目すると微笑んだ。
サイレンススズカ相手に逃げる。それを試みた陣営は数多くあったが、彼女のスタートの巧さと加速には誰も競り合えなかった。それに、彼女の主戦場の中距離でハナを奪えるペースを序盤に出せば後でバテるのは必定。故に、逃げさせるしかなかったという事情もある。
それを成すための、トゥデイグッドデイの策。
「スターターがゲートを開けるタイミングを予想してのスタートダッシュ、ね。現行のルール上問題は無い。けれど……二度、いえ三度目はありえないわよ」
一人だけスルリと抜け出すようにスタートして逃げれば否応なしに注目され、毎日王冠でのゲート衝突に思い至る者も出る。危険行為としてすぐ規制されるだろう。
そこを指摘すると彼女は少しだけ困ったように眉を下げた。
「分かっています。でも、一度だけで十分です。次はありませんよ」
「そうか」
その言葉を『秋天で勝つための奇策であり繰り返す予定はない』と受け取った東条は、「くれぐれも他言無用で」と頭を下げる教え子に「当たり前だ」と返してから部屋を追い出した。
回想を終え、東条はレースに意識を戻す。
《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》
向こう正面の直線が終わり第3コーナーに入る。トゥデイグッドデイが作るペースとの差で徐々に差が縮まり縦に詰まりつつあるバ群が見えた。
そして、サイレンススズカが動く。
《大ケヤキを超えて最終コーナー!! サイレンススズカが並んだ!! サイレンススズカ! トゥデイグッドデイに並び、抜き去った!! 先頭に立ったのはサイレンススズカ!! トゥデイグッドデイはここまでか!?》
トゥデイグッドデイは大ケヤキの時点で接近に気付きペースを上げたが持続せず、サイレンススズカは並ぶことなく抜き去っていった。
「(脚を使い果たした、か)」
不利な要素はいくつもあった。彼女の力ならそれらを捻じ伏せて逃げ切ることも可能だろうと踏んでいたが、そう甘い話ではなかったらしい。
「(やっぱり、あの末脚をモノにするしかないわね)」
東条は脳内でトゥデイグッドデイのトレーニングプランを組み立てそうになるのを堪え、レースの結末を瞬きせずに見届けようと、目に力を込めるのだった。
王の逃げリスペクト
プロット組んだ2年前はシングレ読んでなかったから、オグタマの秋天でビックリした
次はスズカとデイカスと〆かな
そろそろデイカス散華するし華を添えると思って感想評価くれると筆が進むような希ガス
ワイは↓に生息してるので良ければどうぞ
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