転生オリ主ウマ娘が死んで周りを曇らせる話   作:丹羽にわか

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第43R 天皇賞(秋)3

 

10月31日

 

 明日はついに秋天。

 秋の三冠、最初の一戦。共に走る相手はスズカとフクキタルを筆頭に強敵ばかり。

 でも、私が勝つ。

 ずっと、ずっと待ってもらった。

 こんな私のことを。

 だから、勝って証明、いや確信したい。

 私もスズカのライバルなんだと。皆と一緒に居て良いんだと。

 

 ……もしかすると、私はスズカ達に勝てない定め、運命なのかもしれない。

 それでも、私は超えてみせる。この脚で。私の意志で。

 

 どうか明日の日記に、今日は良い日だったと書けますように。

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 

 スズカに勝つ。そして沈黙の日曜日を変える。

 

 前者はグラスペのファクターであるスペの憧れであり続ける為に。

 後者はスズカに降りかかるクソッタレな運命を振り払う為に。

 

 ──グラスの戦績とおハナさんの方針やURAの思惑的に欧州遠征が行われる可能性は高い。そこにスペも加わってグラスペによる凱旋門ワンツーフィニッシュなんて起これば歓喜の絶頂で死ねる。その為の布石。スズカについては趣味だ。私はハッピーエンドが好きです(隙自語)

 

 

 思考が脱線した。

 では、どうしたらいいのか。

 

 スズカは以前共に走った毎日王冠で1000メートル57秒7のペースだった。そして、前世見たアニメでは秋天の時『57秒4』だったと記憶している。

 

 頭おかしい。(真顔)

 

 そんなスピードで走っている所に更に加速するとなればそりゃぶっ壊れる。ウマ娘の脚がその出力に対して脆弱なのは私自身体験したことだ。

 

 つまるところ、スズカのスピードを封じる事が第一。その為にはスズカ以上の抜群のスタートと加速をもってハナを取り、好きに逃げさせないようにするしかない。

 

 けれど、私のピッチ走法は脚の回転数が上がり切るまでそこそこかかる。そのままでは絵に描いた餅だろう。

 

 

 話は変わるが、このウマ娘世界にもヒトによる陸上競技は存在する。前世における一部のマイナースポーツのような日の当たりにくい扱いではあるけれど。

 私は前世が萌え豚百合厨おっさん──いやホモサピだった故に、ウマ娘としてレースを走るにあたってヒトの走りも参考になるのではと調べたことがある。

 そこで行き着いたのが『反応時間とフライング』についての記事だった。なんでも、短距離走においてはスターターのピストルの音からコンマ1秒以内に動き出すとフライングになるとのこと。0.099秒で動き出し失格になってしまったという選手が取り上げられていた。

 

 これだ、と思った。

 

 ウマ娘のレースにはスターティングゲートが用いられる。扉が開いたらスタートであり、潜ったり蹴り開けたりしなければ出ることが不可能な物理的な障壁だ。

 私は特に苦ではないが、ウマ娘の中にはゲートの中の空間が大嫌いで暴れ出す娘もいるらしく、それで衝突して流血沙汰になったりもする。

 そのゲートを操作するのはスターターというおっさん達。各ウマ娘の状況を見て、公平なスタートが行えるようしてるとかなんとか。時々トレセン学園でトレーナーでも記者でもないおっさんがゲート練習を眺めてたりするが、ウマ娘の癖などを勉強しているという。百合を愛する同志かと思ってたけど違うらしい。

 

 そして、スターターは人であるから何かしらの癖が、公平なスタートを行うための基準やテンポがある筈だ。

 

 これは……利用できるな。

 

 そう考えた私は収集したレース映像をスターター毎により分け分析。結構な労力を費やした結果おおよそのタイミングを掴むことに成功した。

 毎日王冠で試したときは僅かにズレて衝突したけども、その分の修正も済ませている。

 

 更に言えば、秋天で私は大外枠──つまりゲート入りは最後。ある程度タイミングをこちらで操作することも出来る。

 

 加速についてはピッチ走法を捨てて最初からストライドを拡げた青葉賞の時のスパートの走りで行く。負荷がキツイだろうが今の私の脚なら保つ筈だ。

 

 

 これは一度きりの奇策。

 

 

 URAは無能じゃない。筋を通す為におハナさんと話した際、この秋天で成功すれば次は無いと言われている。

 それは構わない。私が逃げを打つのは今回限りのつもりだし。

 

 ……毎日王冠の末脚を使いこなせるようになれば今後のレースでも勝機は見えるんだけども、今の所は何とも言えないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファンファーレが鳴り響く。

 

 

 さて、ゲート入りだ。

 

 私が入って、ガチャンと閉められた扉ギリギリの所に立つ。

 前扉までおおよそ1歩半程度だろうか。結構結構。それだけあればゲートを出る時にはトップスピードだ。

 

 首を回して、一息ついて、構えて──。

 

 

《G1天皇賞(秋)、栄光は2000メートルの彼方、各ウマ娘体勢完了》

 

 

 スターターがスイッチを握る左手、その根元の左肩が強張った。誰かの動きを見て止めたな? そのパターンなら……ふむ。

 

 

 ──今、一歩。

 

 

 ターフに倒れ込むような前傾姿勢、そして爪先で芝を蹴り付け前へ跳ぶ。

 

 

 ガコンッ。

 

 

《ゲートが開きました!》

 

《まず飛び出したのは……トゥデイグッドデイ!?》

 

 

 ドンピシャ。最高のスタートだ。スズカ達が動き出した時には既に1バ身以上のリードを得ている。

 

 私が何をしたのか気付いたのかスターターのおっさんが驚いた目で見ているが、発走やり直しになる事は無い。ルールに反してる訳でも、ゲート等に異常があったわけでも無いし。少し口の端が持ち上がるのを自覚する。おっさんの表情、「なん……だと……?」と吹き出し付けたいくらい完璧だからね。

 

 

 さあ、勝負はここから約2分。

 

 

 私は大外枠からのスタート。この東京レース場左回り芝2000はスタート位置が第1コーナー奥にあり、レースが始まってすぐコーナーに突入する。脚質や作戦の差によってバ群が縦伸びして内に入るよりも先に、外枠のウマ娘はコーナーの外を回らざるをえず、距離ロスがあり外枠不利だと言われているコースだ。

 

 

 今の私には関係無いけど。

 

 

《漆黒の髪をなびかせたトゥデイグッドデイが先頭を駆ける!! 駆ける!! 一気に4バ身、5バ身、6バ身とリードを広げます!》

 

「なっ!?」

「はぁっ!?」

「嘘っ!?」

 

 

 私やフクキタルの末脚を警戒してマークを企てていた娘達が驚く声が聞こえた。やっぱり、どこも私が逃げるなんて思ってなかったみたいだ。

 

 

《これまで差し主体だった彼女が逃げを選択しましたね。他の娘は動揺していますよ》

 

《これは誰も予想していなかった展開だ!! あのサイレンススズカが、異次元の逃亡者サイレンススズカがまさかの2番手!! 先頭はトゥデイグッドデイ!!》

 

 

 スタートダッシュに成功し大きくリードを作った事で、接触や進路妨害を気にすることなく緩やかな弧を描きながらスピードを落とさずに第2コーナーを曲がる。

 

 さて、スズカはどこにいるだろう。

 

 走りながら耳を澄ます。スズカの足音、そして息遣いは……大体8バ身後ろ。

 

 

 ──そろそろか?

 

 

 前傾していた身体を起こし歩幅を狭めて僅かにペースダウン。同時にペースアップしてきたスズカとのスピード差から間隔が3バ身程に詰まる。

 

 傍から見れば私の走り方の変化は劇的で、実際よりも大きくスピードが落ちているように感じるはずだ。それにスズカという先頭民族が2番手でいることがどんな印象を与えるのか。

 

 

《さあ2コーナーを回り向こう正面。ハナを進むのは依然としてトゥデイグッドデイまさかの逃げ。その後ろ3バ身サイレンススズカ沈黙を保っているがこれはどうか。5バ身程離れて内エルコンドルパサー外エアグルーヴが続いてキンイロリョテイ、レップウソウハ、中団にメジロブライト、その後ろマチカネフクキタルはやや外か。最後方はアサヒノノボリ》

 

 

 今のスズカなら私がハナを切れば無理に競り合わず控えるだろうし、それを見た他のウマ娘はペースを計りかねて前に行き気付かぬうちに脚を使うことになる。

 後は脚を使い果たした垂れウマ達がフクキタルとかの末脚自慢達の壁になってくれれば更に勝算は大きくなるけども。

 

 折り返しの1000メートルまであと少し──。

 

 

 56、57、58。

 

 

 ──59秒ジャスト、いやプラマイコンマ1秒くらい。

 

 

《1000メートルの通過タイムは…58秒9!! トゥデイグッドデイ先頭その後ろ2バ身サイレンススズカ、そこから3バ身差でエルコンドルパサー追走!! どうでしょうこの展開!?》

《トゥデイグッドデイがペースを作っていますね。毎日王冠ではサイレンススズカが1000メートル57秒7のタイムを記録していますが、抑えているようです》

 

 

 スズカは少し詰めて2バ身後ろ。エル達は前に出て来てる。作戦通りだ。

 

 それに沈黙の日曜日よりも1秒以上遅いペース。この調子ならスズカの脚は問題無い筈。

 

 しかし、流石に私の脚がキツくなってきた。普段は他のウマ娘の背中に隠れて風除けにしていたのが無いし、スタートダッシュからかなり酷使している。今のペースで脚をためているスズカの末脚を凌ぐには……気合い入れるしかな────ッ!?

 

 

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

 

 

 呼吸、踏み込み、そして気配。背後のそれらがガラリと変わり、肉食獣が獲物に狙いを定めたような獰猛さで私に迫る。

 

 

 

 

 

 ────ここで来るか! スズカ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:サイレンススズカ

 

 

 

 外から飛んできたトゥデイにハナを奪われた時、私の心は、私自身が驚くほどに静かだった。

 予想していたなんて事は無いけれど、私はこれまでフクキタルには三度差し切られ、トゥデイには毎日王冠でハナ差2センチまで迫られている。だから、覚悟はしていた。

 いつか、誰かの背中を見てレースをする事になるだろう、と。

 

 ──もっとも、それが逃げを選んだトゥデイだとは思わなかったけれど。

 

 ここで焦って競り合いになるよりも控えた方がいいと冷めた思考がつい前へ行きたがる脚を抑える。

 

 私は、スタートに自信がある。誰よりも先にゲートを出て、誰よりも速く加速するからこそ今の『異次元の逃亡者』という呼び名と結果がある。

 トゥデイが何をやったのかは分からない。でも何となく、無茶なことをしたんだろうな、と思う。

 

 遠くにある小さな背中。黒の勝負服に風になびく黒鹿毛。彼女はトレーニングで勝負服を着るタイプでは無いから、これは私が初めて見るトゥデイの後ろ姿。

 

 それに、一緒にG1を走るのは大阪杯と今回で二度目。そんなトゥデイの実力はG1勝利に手が届くところまで来ている。これから私達は何度もG1の舞台で競うことがあると思うと胸が高鳴った。

 

 いけない。

 

 気を取り直してレースに集中する。トゥデイは随分と飛ばしていて大差くらいリードされてる。スタミナ任せのゴリ押しで逃げ切るつもり?

 

 そう思い少しペースを上げるとトゥデイとの差が3バ身程に縮まった。

 

 

 ──?

 

 

 近い。

 

 ペースを上げすぎた? ううん、私の脚はもっと前へ前へとうるさい。いつもよりゆったりとしたペースで進んでいる。

 

 つまり、トゥデイが下がってきた。 ……私とタイミングを合わせて。

 

 

「……ッ」

 

 

 思考を読み切られている。その事に気付いた私を襲ったのは、背筋に氷柱を差し込まれたようなぞわりとした感覚だった。

 

 なら、今のこの展開は? 私の走りは? 全部トゥデイの掌の上?

 

 口が乾く。心臓がきゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。

 

 そして、私はあっさりと1000メートルの標識を通過する。

 

 もうレースは折返し。焦りと不安から前に行きかけ、やめる。このレースを走っているのはトゥデイだけじゃない。後ろにはフクキタル達だっている。今ここで仕掛けても、外を回る分の距離ロスと競り合いでの消耗が大きい。よしんばトゥデイを交わせても、フクキタル達に差し切られてしまうかもしれない。

 

 でも、このままだとトゥデイと後ろの娘達に挟まれることになる。それで集団に包まれて抜け出せずに仕掛けを潰されるのは最悪の展開。

 

 思考がぐるぐると回る。

 

 

 

 勝つためには、どうすればいいの──。

 

 

《さあ第3第4コーナー中間大ケヤキに差し掛かった!! 後続も徐々に追い上げてきているぞ!!》

 

 

 ──違う。

 

 

 違う違う違うッ!!

 

 

 かぁっと、頭に血が上った。

 歯をぎりりと食いしばってかぶりを振る。

 これは……怒りだ。そして、若干の羞恥と後悔。

 

 だって、そうだろう。私は初心を、原風景を見失っていたのだから。

 

 私が走るのは『景色』を見たいから。勝つ為じゃない。負けたくないからじゃない。

 

 

 子供の時に見た、あの緑と青の美しい光景。それよりももっとずっと綺麗で、かけがえのない、胸が高鳴って仕方がない、最高に気持ちのいいそれを求めているのに。

 

 

 今の走りは気持ちいい? ううん。全然気持ちよくない。敗北に恐怖して、トゥデイに慄いて、フクキタル達に怯えて、縮こまっているのが今の私。

 

 これが、こんなものが、私の走り?

 

 

 ──違う。

 

 

 皆の夢を背負って、皆に夢を見せる、そんな走り?

 

 

 ──違う。

 

 

 こんな無様な走りで、トゥデイ達と競うつもり?

 

 

──違う。

 

 

 

 私は、サイレンススズカ。

 

 

 

 

 

 

 先頭の景色は──譲らないッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:オリ主

 

 

 

 

 ああ、クソッ、一瞬気を抜いて仕掛けに気付くのが遅れたッ!

 

 ピッチを上げながらリードをキープする予定だったのがご破算だ。スズカの方が速い。

 

 フォームを変えるか? 

 

 でも、脚の疲労に芝のコンディション、それにコーナーという場所。リスクが大きすぎる。

 

 

 ……。

 

 

 まあ、上出来だろう。

 

 

 スズカは運命なんてクソッタレなモノを踏み越えて、静寂の向こうへ、栄光へ一直線に駆け抜ける。

 

 だから、今日はここまで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───んな訳あるか!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はトゥデイグッドデイ。

 

 今時グラム百円もいかない十把一絡げのTS転生者だが、ウマ娘だ。

 

 背負ってるんだ。

 

 こんなロクデナシだって応援してくれる人達の想いを。

 

 かつて駆け抜けた競走馬の魂を。

 

 ライバルと言ってくれる彼女たちの意志を。

 

 私が踏みつぶした皆の夢を。

 

 勝ちたい。

 

 スズカに勝ちたい。

 

 フクキタルにも、誰にだって負けたくない。

 

 全力程度じゃ勝てない。

 

 もっと早く、速く、疾く!!

 

 限界を超えて先へ!!

 

 

 動け! 私の心臓!! 動けよ脚!! 誰よりも疾くゴールに駆け込むため────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピキッ…

 

 ドクンッ…

 

 

 

 

 

 ──────ッ!

 

 

 ────。

 

 

 ──。

 

 

 

 

 

 

 

 

《大ケヤキを超えて最終コーナー!! サイレンススズカが並んだ!! サイレンススズカ! トゥデイグッドデイに並び、抜き去った!! 先頭に立ったのはサイレンススズカ!! トゥデイグッドデイはここまでか!?》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フッ……と、トゥデイグッドデイから溢れ出ようとしたひりついた気配が掻き消えるのをサイレンススズカは感じた。

 

 

「(トゥデイ……)」

 

 

 自身の仕掛けに気付き彼女はペースを上げ一瞬競ったが、その脚は続かずにあっさりと追い抜く。

 

 脚が尽きたのか、故障か、その判断はつかなかったが、彼女の秋天がここまでだという事が分かってしまった。

 

 

「(でも、トゥデイなら)」

 

 

 毎日王冠の映像は何度も見返した。

 

 ゲートへの衝突。出血し道中失速からの直線一気。ハナ差2センチの決着。この親友は、ライバルは、最愛の人は、諦めなかった。

 

 才能と適性の壁。青葉賞後の故障。宝塚記念の逆風。

 

 何度だって、追い付いてくれた。

 

 

 だから────。

 

 

 

 

 

 

「行け、スズカ」

 

 

 

 

 

 

 

「────ッ! あぁあぁぁああ~~~~~ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(やらかしたなぁ)」

 

 

 サイレンススズカの背中を見送ったトゥデイグッドデイは表情を歪め、自らを嘲るような笑みを浮かべた。

 

 

「(骨、いや靭帯か。オグリパイセンが現役時代なったとかいう繋靱帯炎かも)」

 

 

 サイレンススズカの仕掛けに呼応してのスパート。スタートからハナを走り続けた事による負担もあり、トゥデイグッドデイには故障が発生していた。

 痛みや走りへの影響は今の所感じない程度、偶然違和感を感じ取れた位に軽い。傍から見ても、慣れない無理な走りにバテただけだと思いとても故障したとは見抜けないだろう。

 

 

「(来年にはタイキも秋天を一緒に走るって約束してるんだから、ここで無理して療養期間を延ばすより今回は諦めて次に繋げるべきかね)」

 

 

 トゥデイグッドデイは寂しがり屋な友人のことを思い浮かべながらペースを落とす。

 

 ここで一気に落としすぎると距離を詰めてきている後続が危険に晒されるため、脚への負荷を抑えつつズルズルと下がっていく。

 

 

「先輩ッ」

「トゥデイ……」

 

 

 追い抜きざまにエルコンドルパサーやエアグルーヴといった知己のウマ娘達が驚きと困惑と心配を込めた視線を向けてくる。

 

 

「……トゥデイさんッ!?」

「……ッ(あっ、やべ)」

 

 

 トゥデイグッドデイが垂れた結果、外を避け内をついたマチカネフクキタルの進路を潰してしまった。彼女はすぐに切り替えて躱すがそのロスはこの場において致命的だった。

 

 

《伸びる!! 伸びる!! リードは3バ身、4バ身と開いていく!!》

 

 

 そして、サイレンススズカはトゥデイグッドデイの作戦により図らずも溜めに溜めた脚を一気に解放。突き放しにかかる。

 

 エルコンドルパサーら後続のウマ娘も直線に入り立ち上がるが彼女の末脚は凄まじく差は開くばかり。

 

 

「(──脚が軽い。どこまでも走れそう。これはきっと、トゥデイが、皆が、後押ししてくれたから)」

 

 

《もう誰も追いつけない!! これが異次元の逃亡者!! これがサイレンススズカ!! 栄光の日曜日!!》

 

 

「(今日は、私が先頭。次も、その次だって、譲らない)」

 

 

 割れんばかりの大歓声がスタンドから上る。

 

 そして、ゴール板を駆け抜けた。

 

 

「(でも、だから、何度だって、もっと綺麗な景色を、一緒に)」

 

 

 

 

《G1、天皇賞秋! 今1着で!! サイレンススズカがゴール!! 1着はサイレンススズカ!!》

 

 

 

《2着エルコンドルパサー! 3着マチカネフクキタル!!》

 

 

 僅かな差でエルコンドルパサーに続きマチカネフクキタルが3着に、そしてエアグルーヴ、キンイロリョテイと続々ゴールしていくウマ娘達の最後尾、ポツンと一人、トゥデイグッドデイがゴールに駆け込んだ。

 

 

《トゥデイグッドデイは大きく離されて13着!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《こ、このタイムは……レコード! レコードです! 勝ち時計は1分57秒7!! ヤエノムテキの記録1分58秒2を大きく更新しました!!》

《トゥデイグッドデイが作り出した前半58秒9のペースは、彼女にとって脚を溜めるのに十分だったということでしょう》

《これまでの彼女の走りとは異なるまさかの逃げでしたがいかがでしょう》

《もしや、と思わされるレース展開でしたね。彼女の今後に期待です》

 

 

 ターフビジョンにはゴールまでの映像が映し出され、掲示板には着順などが表示される。

 

 

「ハァッ…ハァッ…ハァッ…」

 

 

 サイレンススズカは肩を上下させ荒い息をつきながら空を眺めていた。

 青い空。雲一つなく、澄み渡っている。ウイニングライブは秋の星々の下で行うことになるだろう。

 

 

 ……パチパチ

 

 

「……ッ」

 

 

 拍手が聞こえ、その方向に顔を向けるとトゥデイグッドデイが手を叩いていた。

 その顔は笑っているようにも、悔いているようにも、泣いているようにも見える。

 

 

「トゥデ……」

 

 

 声をかけようとして、飲み込む。毎日王冠と同様に、二人の間には勝者と敗者という壁がある。そこに横たわる見えざる壁が、サイレンススズカに一歩を踏み出させなかった。

 

 

「おめでとうございますっ、スズカさんッ」

「ううぅ……完敗デース。でもっ、ジャパンカップは譲りまセンよ!!」

 

 

 足踏みしている内にマチカネフクキタルらから声を掛けられ、観客席からも割れんばかりの拍手と歓声が贈られる。

 それらに応じていると、いつの間にかトゥデイグッドデイが姿を消していることに気付いた。

 

 

「(トゥデイ……?)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Side:トゥデイグッドデイ

 

 

 トゥデイグッドデイはクールに去るぜ。

 

 そう内心でカッコつけながら私はターフを後にした。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 地下バ道に入った所で立ち止まり、一息。

 スズカ達に向けられた歓声と、私の息遣いだけが地下バ道に響いている。

 

 

 

 ……正直に言おう。

 

 物凄く悔しいいいいぃぃぃぃいぃぃぃッ!!

 

 

 

 スズカの故障を防ぐという目標があったとはいえ、勝つための奇策を持って臨んだ今回のレース。私、トゥデイグッドデイというウマ娘の全身全霊をもって、サイレンススズカ達を打ち破らんと走った結果がこれだ。

 

 悔しいやら恥ずかしいやら自分への怒りやら感情が色々込み上げてきて、大暴走してしまいそうでさっさと引っ込んできたがその判断は正解だったと思う。あの場にいたら大泣きしてスズカの勝利に水を差す結果になっただろうし。まあ、歩いているうちに少し落ち着いたので今は流石に泣きはしないが。

 

 

 ピキッ…

 

 

 ──っ。

 

 

 ……ああ、そういえば故障したんだった。

 

 左脚か。今のところ特に痛みはないけど、途中で救護室に寄ってテーピングとかしてもらうかな。

 

 …………。

 

 

「……くそッ」

 

 

 ぽろりと悪態が口をつく。

 

 復帰はいつになる?

 

 復帰出来たとして、衰えを取り戻すにはどれだけかかる?

 

 来年の秋天ではタイキも走ると約束した。ハレノヒランナーズの四人で一緒に走ろうと。競おうと。その場に私は立てる? 相応しい私なの?

 

 

「……いや、それよりもグラスペだ」

 

 

 そうだ。くよくよせず、切り換えていこう。私の目標はグラスペを成すこと。それだけなんだから。

 

 かぶりを振って余計な思考を振り払い、私は控室に戻るために一歩を踏み出し─────────。

 

 

 

 

 

 

 

 ドクン

 

 

 

 

「────────ぁ、が」

 

 

 

 突然、胸のあたりをナイフで抉られたような痛みが走った。

 視界が明滅して手足から力が抜ける。前のめりに倒れそうになるのをどうにか壁に寄りかかって耐えようとしたけども、ずりずりと身体を擦り付けながらその場に崩れ落ちる。

 

 

 

 

 ふざけんな。

 

 

 なんで。

 

 

 グラスペを成すんだ。

 

 

 もっと走りたい。

 

 

 そうじゃないと、何のために。

 

 

 みんなに勝ちたい。

 

 

 あの子達の夢を。

 

 

 約束したのに。

 

 

 私が。

 

 

 私は。

 

 

 

 その間、私の世界はゆっくりと流れていった。

 いくつも言葉が浮かんでは消えていく。

 すうと何かが抜けて、零れ落ちていくような感覚。

 

 もう駄目だと解ってしまった。

 

 

 

 だって、これは、運命────────。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめ、ん、な、さい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……なんでしょうこのサイレンは》

 

《地下道の方が騒がしいようですが》

 

《……は? え? トゥデイグッドデイが……?》

 

 

《倒れた?》

 

 

 

「…………トゥデイ……?」

 

 

 

 

 

 

 

速報

トゥデイグッドデイ 心肺停止状態で発見 救急搬送

 

 

 

 

 

 

速報

トゥデイグッドデイ 心肺停止状態で発見 救急搬送

 

 

 

 

 

 

 

 










R.I.P. todaygoodday

手向けの花代わりに感想評価よろしく

次はまあぼちぼちと。埋めた地雷起爆していく予定

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