生まれ変わったら志村転狐の兄だった。 作:うららん一等賞
いつ自分の生が終わったのか…そんなことすら分からぬまま、目覚めた時には赤ん坊になっていた。
初めは意識が混濁していて夢かと思ったが、1日2日と時が経つごとに帯びてくるリアリティに、自分は生まれ変わったのだと気付かされた。
意識がはっきりと覚醒し、初めて認識したのは優しそうな母親であろう人物の笑顔だった。
肩にかかるくらいの髪を左右に分けて幸せそうに微笑みながら自分を見てくる姿は、客観的に見ても美人だと言わざるおえなかった。
「孤次郎〜今オムツ変えるからちょっと待っててね」
前世の記憶があるからか泣き叫んで母を呼ぶという行為に抵抗はあったものの、下半身が糞まみれという不快感には耐えられず、プライドを捨てて泣き叫ぶ。
そうすると、すぐに母は家事を辞めて飛んできてオムツを変えてくれる。
子供のオムツ替えなど楽しいはずもないはずだが、それでも嬉しそうに笑う母は本当に優しい人なのだろう。
そんなことを思いながら、今置かれている現状を少し考える。
赤ん坊のうちに知れる周りの情報などたかがしれているが、それでも家族のことについてくらいは分かる。
まずうちは父、母、祖父母の自分を入れた5人家族、そして犬のもんちゃんがいる。
父は仕事が忙しいのか中々会わない。
会った時もいつも仏頂面で難しい事を考えているようで、子供のことにはあまり興味がないのかもしれない。
父の職業については良く分からないが、今住んでいる家は大きくて綺麗だし、広い庭まであるのでお金はあるのだろう。
祖父母は母と同じで優しいが、なんだか父にすごく遠慮しているように感じた。
何か複雑な事情があるのだろうか…少し心配になってしまった。
しかし、赤ん坊の身で心配した所で何か解決出来る訳でもなく、ただ時間が経つのを待つことしかできなかった。
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新しく生を受けてから約2年が経ち、ある程度歩いたり喋ったりが出来る様になってきた。
出来ることが多くなれば自然と周りのことを知る機会も多くなる。
母や父、祖父母になるべく子供らしい口調で話しながら情報収集をした結果、とんでもないことが分かってしまった。
どうやらこの世界には個性と言われる超能力的なものがあるらしい……
それを聞いてまず思ったのが、この世界が前世で読んでいた僕のヒーローアカデミアの世界に似ているということだ。
熱心なファンではなかったので全ての内容を覚えている訳ではないが、テレビをつければオールマイトの特集をやっていたりと、ヒロアカに酷似した世界であることは否定できなかった。
ヒロアカに似た世界だと気付いたことで、自分の周りの環境にも少しだけ思うことが出てきた。
まず自分の名前。
志村孤次郎と名付けられた俺…
そして父は志村孤太郎
なんだか既視感を感じてしまう。
ヒロアカの知識はジャンプで流し見する程度だったのでどういう立ち位置の人物かは分からないが、既視感を感じるということは何かしら原作に関わっていた人物なのかもしれない。
そんなことを考えてしまったからか、最近は良く父を観察するようになってしまった。
父は最近は仕事が一段落したのか家にいることも増えてきて、話もするようになった。
色んなことを父に質問していくと段々と父の人物像が見えてくる。
まず第一に、父は自分が思っているより怖い人物ではないということだ。
基本的に仏頂面で分かりにくいが、俺が質問したことには分かるまで丁寧に教えてくれるし、欲しいもの…主に勉強に関するものであれば意外と簡単に買ってくれる。
勉強を教えてくれる父の横顔は意外に優しくて、自分が父に抱いていた感情が偏見なのだと気がついた。
しかし、そんな優しい父でもどうしても許せないことがあるらしい。
それはヒーローについて話すことだ。
元々疑問ではあったのだ。
ヒーローが当たり前に存在する世界で、俺は自分でテレビをつけて調べるまでヒーローの存在を知らなかった。
それは家族が一切ヒーローの話題を出さず、避けてきたからに他ならない。
なぜそんなことをしているのか、それは俺が興味で今日テレビで見たヒーローの話をした時に嫌でも気付かされた。
『ヒーローの話はするな!』
普段は冷静な父が声を荒げて食卓を叩いた。
俺はその急変に声が出ず、ポカンと口を開けて父を眺めることしか出来なかった。
そんな様子の俺に父は自分が取り乱したことに気がついたのか、拳を握りしめながら呟いた。
『……ヒーローっていうのはな、他人を助ける為に家族を傷つけるんだ…』
父はヒーローが嫌いだった。
それは何故なのか分からなかった。
母や祖母にそれとなく聞いてみたが話を濁され分からずじまいで、俺は結局悶々とした気持ちと何故か感じた既視感に蓋をして、父の指示に従った。
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俺が3歳になった頃、妹が産まれた。
名前は志村華。
初めて出来た妹だった。
前世で1人っ子だったからか、妹という存在は言いようもなく可愛く見えた。
幼稚園でまともな会話など出来ない子供達を相手にするという地獄のような時間の反動があるのか、俺は家に帰ると碌に遊びも行かずに華ちゃんの相手をしていた。
「お母さん、華ちゃん抱っこしてもいい?」
「ふふ、孤次郎は華ちゃん大好きだね。いいよ、でもあんまり乱暴にしちゃダメよ?」
「分かってるって」
その日もいつもと変わらずに、家に帰ってすぐに華ちゃんを抱っこさせてくれるように母親にねだった。
勝手に抱っこするのは流石に怒られるので、母親に許可をとるようにしている。
そうすると母は仕方ないなぁと言わんばかりに苦笑いをして、俺に華ちゃんを渡してくれる。
俺が抱っこすると華ちゃんは嬉しそうに笑う。
勿論母が抱っこする方が嬉しそうではあるのだが、この家では母に続いて僕が華ちゃんに気に入られているらしかった。
ちなみに父が抱っこをすると泣き出すことが多い。
その度に父は少しだけ肩を落とし、母に華ちゃんを返す。
『孤次郎は泣かなかったのにな…』
父がそんなことを呟いたのが印象に残っていた。
そんなことを思い出して少しだけ笑ってしまうと、母が不思議そうに俺を見てくる。
「華ちゃん抱っこするのそんなに楽しい?」
「いや、こないだ父さんが華ちゃん抱っこして泣かれちゃったでしょ?それ思い出して」
「あぁ、あの時か…でもお父さんのことあんまり笑っちゃだめよ。泣かれちゃったこと結構気にしてたんだから」
「分かってるって、父さんの前では笑わずに耐えたから」
「もう……孤次郎はまだ3歳なのに変に賢くなっちゃって、誰に似たのかなぁ〜」
いや、前世の記憶があるからです。そんなことは当然言える訳もなく、さぁ、父さんに似たのかな…と笑って誤魔化した。
出来るだけ子供っぽく振る舞おうとはしているものの、俺は劇団員でもないので少し心がける程度で留めている。
幸い個性が当たり前にあるこの世界では、ちょっと賢いくらいでは特別目立つ訳でもない。
「孤次郎が賢いのは案外個性だったりするのかな?頭が良くなる個性もあるみたいだし」
「うーん…僕はもっとカッコいい個性がいいな」
「あら、そういう所はやっぱり子供だね」
「う、うるさいなぁ…!」
母に揶揄われるのが何故か無性に恥ずかしくて、顔を真っ赤にしながら否定する。
前世ではまだ成人はしていなかったので、母と比べればまだ子供ではあるのだが、それでも子供扱いには慣れないものがあった。
真っ赤な顔を隠すようにそっぽを向いた俺に悪戯心を刺激されたのか、母は追撃するかのように僕を弄ってくる。
「照れちゃって可愛いんだぁ〜そうだよねぇ、孤次郎もカッコいい個性欲しいもんね〜」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる母に耐えられず、思わず感情的になって叫ぶ
「もうほっといて!俺は華ちゃん抱っこするのに忙しぃいいいい!?」
それは感じたことのない感覚だった。
いつも当たり前にあるものがなくなり、突如感じたのは浮遊感。
体が浮かび上がり、どんどん目線が高くなっていく。
「え、なにこれ、浮いて」
あまりのことに頭がパニックになり、思考が追いつかない。
個性がある世界という認識はあっても実際に自分が浮き上がってまともな思考が出来る訳もなかった。
思わず母に手を伸ばそうとしたが、両手に華ちゃんがいることを思い出す。
手を伸ばしたら華ちゃんを落としてしまう。
パニックになった頭でも、それだけはしてはいけないとなんとか認識できた。
突然のことというのは母にとっても同じだったようで、母が伸ばす手は浮き上がる俺の体に届かず空を切る。
「孤次郎…!」
母の悲痛な叫びが聞こえた。
母のそんな声も届かず、無常にも俺の体はどんどんと浮かび上がり、ついには家の天井にまで到達してしまう。
この時ばかりは、無駄に広い家に怒りを感じた。
下を向けば心配そうに俺を見つめる母、そしてやけに遠く感じる地面。
大人ならば大したことのない高さでも、3歳の体ではとてつもなく高く感じる。
「待ってて孤次郎…!お母さん脚立持ってくるから!それまで怖いかもしれないけどお母さん急いで行くから!」
大慌てで外に脚立を取りに行こうとする母。
「待ってお母さん!」
それを俺は大声で止めた。
「ごめん…俺、華ちゃん持ってられないかも…」
浮いている俺自身に重みは勿論ない、しかし、俺が抱っこしている華ちゃんはそうではないらしかった。
背中を天井につけた無理な体制で抱っこしているせいか、はたまた3歳の腕の力が少なすぎるのか、それとも両方なのか、俺にはお母さんが帰ってくるまで華ちゃんを持っていられる自信がなかった。
「お母さん…俺はいいから華ちゃんいつでも受け止められるようにしておいて…」
「でも…」
「俺も個性制御してなんとか降りてみるから…お母さんは華ちゃんだけ見てあげて…」
俺はそういってなんとか荒ぶる気持ちを落ち着かせようとする。
そして、どうすれば個性を制御できるか考える。
(個性が急に発動したのは多分俺が感情的になったから…だとすればゆっくりと心を落ち着かせれば制御出来るかもしれない)
浅い考えかもしれないが、それくらいしか思いつかなかった。
深呼吸をして、無理矢理呼吸を整える。
そうすると、今まで大音量で聞こえていた心臓の音も収まってきて、いつもの状態へと近づいていく。
しかし、心が落ち着けど個性は止まる気配を見せず、ただ腕力が限界に近づいていくのを感じるだけだった。
(クソ!落ち着いたからって何にもならないのかよ…というか個性の制御ってどうやってやるんだ…腕とか足動かすみたいな感覚なのか?全く想像できない…!)
漫画の中の人物達は当たり前のように使いこなしていたが、実際個性を扱うというのがどういうことなのか全く分からなかった。
もしかしたら個性なんて存在しない世界で生きてきた前世が邪魔をしているのかもしれない。
腕がプルプルと震え出し、手を離してしまえと弱い自分が言ってくるように感じた。
「華ちゃん…ごめん…」
そんな自分が情けなくて、泣きそうになってしまう。
「孤次郎!華ちゃんを見て…!」
諦めかけたその時、母の声が聞こえた。
華ちゃんを見て…どういうことなのだろうか。母の意図も分からずに、俺は涙が溜まった目で華ちゃんを見た。
俺の腕に抱かれた華ちゃんは、いつもとなんら変わりがないように見えた。
「華ちゃん泣いてないでしょ?それはね、華ちゃんが孤次郎を信じてるからだよ。孤次郎なら大丈夫だって、華ちゃんは思ってるんだよ。だから孤次郎、諦めないで…!」
それを聞いてハッとした。
華ちゃんが信じてくれている。
それを聞いて、俺はギュッと華ちゃんを握る手を強めた。
離してしまったら、もう華ちゃんの兄ではいられなくなるような気がした。
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目を覚ますと、自分が何処かに寝かされていることに気がついた。
電球の人工的な光に目をやられ、思わず手で顔を隠した。
「孤次郎…起きた?」
優しさに包まれた母の声、それを聞き、意識が急激に覚醒した。
「お母さん!華ちゃんは!?」
俺が飛び起きると、母はびっくりしたらしく、目を丸くして此方を見た。
しかし、それも一瞬で、すぐにいつもの優しい母の顔へと変わった。
「大丈夫」
そういうと母は俺の頭を撫でる。
「孤次郎は離さなかったよ。えらいね、お兄ちゃん」
その言葉を聞いて、涙が溢れ出るのを止めることが出来なかった。
少しだけ認められたような…華ちゃんのお兄ちゃんになれたきがした。
死柄木出すとこまでいきたかったんですけど思いの外長くなってしまったので投稿しました。
死柄木出るの期待した方には申し訳ないです。