生まれ変わったら志村転狐の兄だった。 作:うららん一等賞
転孤視点の話です。
志村転孤にとって、家というのは少しだけ窮屈な所だった。
別に大きな不満があったわけではない。
家族はみんな優しいし、転孤のことを気にかけてくれているのは分かっていた。
しかし、そんな家で一つだけ、転孤には納得できないことがあった。
ヒーローの話をしてはいけない
この家で一つだけ、そして絶対のルール。
そのルールは転孤にとって理不尽なものだった。
テレビから流れてくるヒーロー達の活躍、どんなピンチであろうと笑顔を絶やさず人々を助けていく存在を、まだ幼稚園すら出ていない年齢の子供に憧れるなという方が無理であろう。
転孤は父の言葉に従わず、友達とヒーローごっこをしたり、父には内緒でヒーローのカードを買ったりした。
父には隠れてやっていたそれらだが、所詮は子供がやっていること。父はどこからか情報を持ってくると、その度に転孤を叱った。
初めは正座をさせられ説教をされるだけだった。
しかし、それでも転孤がヒーローを目指すことを辞めないと、今度は謝るまで家に入れてくれなくなった。
転孤は泣き叫びながら父に引っ張られ外に出される。
それを止めてくれる人はいなかった。
いつも転孤のことを優しく抱きしめてくれる母や、転孤のことを気にかけ慰めてくれる祖父母、泣き虫な自分の手を引っ張ってくれる姉。
誰もが父に逆らえなかった。
初めて父に外に引っ張り出され体育座りで顔を埋めて泣く中で、その時までは転孤はそう思っていた。
そう、その時までは。
「転孤…大丈夫?寒くない?」
啜り泣く転孤に対して、心配の声が投げかけられた。
転孤が涙を拭い声の方を見ると、そこには毛布を持った兄の姿があった。
いつもは父に似た無表情の兄の不安そうな顔が、転孤は印象的だった。
それを見た時の転孤の感情は感謝…ではなく、何故…という疑問だった。
正直言うと、この時まで転孤は兄のことが苦手だった。
小学生なのにも関わらずやけに大人びていて冷静な姿が、父と重なって見えたからだ。
それに今まで転孤が父に怒られていた時も、兄は転孤を助けてはくれなかった。
「なんで…?」
転孤は素直にそう言った。
明らかに自分を心配してくれている人物に対して失礼な言葉だったが、そんなことはまだ転孤には分からなかった。
「なんでって…?転孤が心配だから来たんだよ」
優しい声でそういう兄に、転孤が初めに感じたのは怒りだった。
「今まで助けてくれなかったのに…」
心配してくれた兄に対して、思わずそう言ってしまった。
そして、言ってしまった後にすぐ後悔した。
自分が言った言葉がどれほど兄を傷つけるものだったか、それは転孤にも理解できた。
「あ…今のはちがっ!そうじゃなくて!」
慌てて取消そうとしたが、転孤は碌にフォローすることが出来ずにしどろもどろになる。
「そうだよな…なんで今更って思うよな」
転孤の言葉を遮るように兄はそう言った。
それはいつもの冷静な兄とは思えないほどに掠れた声で、今にも泣き出してしまいそうなものだった。
転孤はそんな兄を見ていられなくて否定の言葉を出そうとするが、口から出たのは音にならない空気だけだった。
「今まではな、転孤はすぐにヒーローになるの諦めると思ってたんだ。俺がそうだったから…転孤もきっとそうなんだろうって、勝手に思ってた。
そうすれば父さんが怒って空気が悪くなることもないだろうって、自分勝手に思ってたんだ」
兄は毛布を握る手を力いっぱい握り締めて、懺悔するように言った。
「でも今日転孤が泣きながら外に出された時…凄く胸が苦しくて、我慢出来なかった。
そこで自分が今までしてたことがただ楽な方に流されてただけだって…気づいたんだ」
兄はそう言うとゆっくりと転孤の方へと近づき、転孤に毛布をかけた。
そしてゆっくりと転孤の隣へと座り、一緒の体制になる。
「ごめんね転孤…弟の夢すら応援してやれなかったお兄ちゃんで…本当にごめん」
「……ううん、僕こそ酷いこと言ってごめんなさい」
お互いに謝ると、少しだけ沈黙が流れる。
それがどれほどの時間だったか、転孤にとって長いようにも一瞬だったようにも感じられたその時間は、兄の言葉で終わりを告げる。
「ねぇ転孤、転孤はどうしてヒーローになりたいの?」
兄からのその問いに、転孤は自分のテンションが上がっていくのを感じた。
「えと、あのね、ヒーローごっこしてちょう楽しくて、それで友達がね転ちゃんはオールマイトだって言ってくれたの、仲間外れなのに遊んでくれて優しいからって!」
ヒーローごっこの時の気持ちを思い出すかのようなテンションで兄に言った。
それを聞いた兄は微笑むと、転孤の頭に腕を置き撫でた。
ゆっくりと動く兄の手は、転孤にはとても大きく感じた。
「そっか、転孤は優しいんだね。俺とは大違いだ……」
兄は転孤を撫でる手を止め、悲しげに言う。
「ううん!そんなことないよ!お兄ちゃんだって優しいもん!」
自虐的に話す兄に、転孤は思わず否定した。
頭を撫でる兄に手の優しさを知ったからこそ、転孤にとって兄の自虐は受け入れられなかった。
そんな転孤の言葉に兄は一瞬惚けたような顔になると、すぐに嬉しそうに笑った。
「そっか、ありがとう転孤」
兄はそう言うと撫でていた手を離し、目を覚ますかのように両手で顔を叩いた。
「よし!決めた!今日から俺の夢は転孤がヒーローになることだ!」
「え…?」
突拍子もないことを言う兄に、転孤は困惑した。
「え…って、嫌だったか?」
「……ううん、嫌じゃないけど…お兄ちゃんはヒーロー目指さないの?」
「俺?俺はヒーロー向いてないよ。他人を助けにいけるほど優しい人間じゃないんだ」
またも自虐的にそんなことを言う兄に、転孤はむすっとしたように頬を膨らませた。
「お兄ちゃんは優しいもん……それに、お兄ちゃんも一緒に目指してくれた方が僕嬉しい」
「そうだなぁ…」
無茶振りをする転孤に、兄は困ったように頬を掻いた。
「うーん、やっぱり俺には無理だよ。俺は妹と弟で手一杯だよ」
誘いを断る兄に、転孤は少し悲しかった。
そんな気持ちを表すように、あからさまにガッカリしたようなため息が出てしまった。
しかし、そんな様子の転孤に、兄はでもさ、と続けた。
「妹と弟を守れるようになったら考えてみるよ」
その時、照れ臭さそうに笑う兄の姿は、転孤にとって忘れられない思い出だった。
▲
その後、兄は言った言葉通りに、転孤を手伝ってくれるようになった。
転孤が隠し持っていたカードが父にバレた時は、それは自分のものだと名乗り出てくれた。
父は兄がそんなものを持つはずがないと分かっていたようだが、いくら問い詰められても折れない兄に根負けしたのか、結局転孤は怒られなかった。
そして兄はその後、転孤の持っているカードを自分の机に入れるよう言った。
兄の机に入れた方がバレにくいからと、そう言っていた。
転孤が好きなヒーローごっこも、一緒にしてくれるようになった。
父にバレないように、わざわざ公園まで行ってくれた。
そんな兄はまさに今まで自分が欲しかった理想の存在で、家にいると何故か出た痒みも、兄と一緒の時だけは感じなかった。
父には逆らえない家族の中で唯一、転孤のために立ち上がってくれる兄。
そんな兄のことを転孤は心の底から大好きになったし、兄だけは自分のことを裏切らない存在だと思った。
しかし、そんな兄にも一つだけ嫌いな所が転孤にはあった。
それは転孤が父に怒られて外に出された時、兄はあの時のように転孤の横へと座り、泣き止むまで話をしてくれた。
「転孤…お父さんもね、転孤のこと嫌いなわけじゃないんだよ。俺はね、ちょっとだけ転孤より長く生きてるから、お父さんのことも転孤より知ってるんだ。
だから分かるんだけど、お父さんだって転孤を怒るのは辛いんだ、それだけは分かってあげてほしい」
兄は間違ったことは言っていないのだろう、しかし、まだ幼い転孤にとっては、自分の味方であるはずの兄がそうでなくなってしまったように感じた。
兄が父を庇う時、収まっていた痒みがまた出てくるのを転孤は感じていた。
しかし、そんなことはあれど兄は基本的に転孤の味方だった。
兄はずっと自分の味方でいてくれる。
転孤はそう信じていた。
全てが壊れたあの日までは
なんとか原作いくまでは頑張ります